Neetel Inside ニートノベル
表紙

P-HERO
第二話:本と名前。

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 朝ごはんを食べていると、なんだか生きていることを実感することができた。昨日の夜のことは夢の中のことなんじゃないかとまだふと思う。
「あんた、そんなゆっくりご飯食べてると遅刻するわよ!」
 母さんが食器を洗いながら言った。時計を見る。八時。……八時?
『うっほ!』
「はあちじいいいいいいいい!?」
 あ、死んだ。と英正は思った。


 息を切らしながら駐輪場に自転車を置く。昇降口の近くには遅刻をしまいと小走りする学生達がちらほら見えた。英正もその中の一人なのは言うもでもない。
『おー。間に合ったな』
(あ、あー。なんとかな……)
 だがまだ一息ついている場合じゃない。一時間目の授業はもう後一分もしないで始まってしまうからだ。英正は他の生徒を巧みにかわしながら階段を一段飛ばしで駆け抜けて自分の教室まで走った。ちなみに高校二年生の英正のクラスは三階にある。
「キーンコーン――」
『ほれほれ。ベルが鳴ってるぞ~』
(間にあえええ!)
 チャイムが鳴り終わるぎりぎりで英正はなんとか教室に滑り込んだ。肩で息をしながら窓の隣の一番後ろの自分の机に着いた。
『間にあったか。がんばったな』
 お茶らけた感じで声の主は言った。
(昨日の夜のことがなければな……) 
『ん……。まあそれより、お前なんか空気読めてないっぽいぞ』
 肩で息をしながら教室を見渡す。何故か教室内の空気が重い感じがした。後ろからではクラスメートの顔は見えなかったが、それでも歯を見せている奴は一人もいないことは感じ取れた。それにもう授業は始まっているのに先生が来ていない。きっと朋也のことだろう。それだけは容易に想像できた。
「遅くなってすまない!」
 それから五分くらいして前の入り口から担任の山下先生が入ってきた。いつもならここらでクラスのお笑い担当の鈴木辺りが「遅いっすよ!」とか突っ込みが入るところだが、今日は入らない。
「あー、まあみんなももう知ってると思うがな~……」
 山下先生は何か言いにくいことがあるのか、本題に入る前に少し間をおいた。先生は何回か深呼吸したり、黒板の方を向いたり、とにかく落ち着きがなかった。そして、覚悟を決めたのか教卓の前に立ち、まっすぐ生徒達を見た。
「昨日なあ、……栄花が亡くなった」
 クラス内がざわめきだす。「やっぱり本当だったんだ」「昨日商店街にいっぱい警察着てたらしいぜ」そんな声が聞こえるたびに、昨日の夜のことを鮮明に思い出した。
 山下先生は「栄花のために、みんなで黙祷しよう」と言った。英正も周りに流されながら黙祷をした。黙祷をしている間、朋也がなぜ殺されたたかについて考えていた。


 声の主は朋也が殺されたのをいち早く知っていた。もしかしたらどうして殺されなければならなかったのか、その理由も知っているかもしれない。いや、むしろ声の主に付かれていたからあいつに狙われたのではないのか?


 疑問は増えるばかりだった。でも、一つでも多く真実が知りたかった。
(おい、お前朋也に付いてたって言ってたな? 朋也がなんで殺されたか、なんか知ってるんじゃないの?)
 英正のその問いに、声の主はすぐには返事をしなかった。
『……ああ。でも今はまだ話せないな』
 少ししてそう言った。今はまだ話せないということはつまりなにか段階があるということだろうか。その段階とは何の段階なのか、気になる。
(……今はってど――)
「はい、目え開けろ―」
 そう声がかかったので、すんでのところで聞くタイミングを逃してしまった。
『お前のためにも……』
 そう小さく声の主はつぶやいたが、英正には聞こえなかった。

     

 一時間目はそんなこんな潰れてしまった。でも今日はいつも通り授業はするらしい。明日の夜に告別式があるとか言っていた。朋也との最後の別れだ。
 話は変わるが、朋也の死因は噂によると交通事故というのことになっているらしい。これはどういうことなのか、寄生虫に聞いても『俺がなんでも知ってると思うなよな』とその件に関しては知らないようだった。まあ少し気になるだけでだったので別にいいのだが。

 と、そんなことを考えていた二時間目。教科は体育、種目はソフトボール。英正のポジションは社交的な理由からいつも外野の端っこだ。ただでさえあまり楽しいと思ったことのないソフトボールだが、今日は朋也のこともあって更に盛り上がらない。なんとなくみんなもそんな感じだった。
『何だよ。ボールこねえじゃん』
(そういうポジションなんだよ)
 英正はその場にしゃがみ込んだ。ポジションはライトだし左打者が来ない限りはほとんどボールは飛んではこない。この際だから声の主が何故朋也に付いていたのか聞いてみようと思った。
『ん。気まぐれ?』
 声の主は英正に質問するように答えた。
(気まぐれって……。じゃあ俺に付いてるのも気まぐれなのかよ……)
『いや英正は違うぞ。朋也が選んだ』
(はっ?)
 朋也が選んだ……。それは何故だ。こいつを寄生させる理由が分からない。朋也は英正に何か求めているのか? それは声の主は知ってることなのだろうか?


 カキーンッ。


『きたあああああああ!』
 中と外から英正の思考を止める音と声が響きわたった。英正はそれに反応して立ち上がる。ボールはぐんぐん伸びていく。体を反転させて外野の奥へ走り出す。三メートルくらい先でボールは落下した。なおも転がろうとするそれを、英正のグローブがかぶさるようにして止めた。
「中継!」
 セカンドの生徒が叫ぶ。英正はボールを掴むと内野の方に振り返り投げる体勢に入った。
『直接ホーム狙え! 力貸すぜ!』
 リリースポイントに入った瞬間声の主がそう言った。刹那、上半身に急に力が入る。
「うおおっ!?」
 右腕があり得ないくらい早く回る。ボールを投げると同時に、右腕の勢いで体も柔道の前回り受け身のように一回転して背中から地面にたたきつけられた。
「ごはっ!!」
 呼吸ができない。咳き込むのと同時に涙が出てきた。
「うは! 何だ今の!?」
「一回転したな! 日向野気合入ってるなー」 
「てかどこ投げてるんだよ。ランニングホームランされてるし」
「格好つけてんじゃねえよ、へたくそー!!」
 遠くからはクラスメート達のからかう声が聞こえてくる。英正は体をゆっくり起こし、あぐらをかき右手で涙を拭いた。ちなみにボールはレフトとサードの間辺りに転がっていった。
(おい、てめえ……)
『ち、力の使い方を体で分からせようと……』
(よ、余計なことを……)
 いやまて……。そうだ、こいつにはこの力があった。もしかすると朋也はこの力を俺に使わせたかったのだろうか。でも正直英正には用途が不明だった。格闘家にでもなるかなとか考えていた。
「おっし! そろそろ集まれ―!」
 体育の教師が大声で叫ぶ声が校庭に響き渡った。英正は腰の痛みを見ながらゆっくりと立ち上がり、集合場所へ歩き出した。


 一方、校庭のすぐ隣にあるテニスコート――
「ねえあかり、今の見たあ!? 日向野くんすごかったよお!?」
 フェンスにしがみつきながら、金髪でショートカットの女子がはしゃいでいる。
「ああ、うん。薄情な奴よね、日向野って」
 その隣で、『あかり』と呼ばれる長身でセミロングの髪をした女子が冷たい目で英正を見つめた。
「え? え? なんでー?」
「だって、あいつ栄花とかなり仲が良かったじゃん? それなのにあの張り切り具合はないわ。頭おかしんじゃない?」
 そう吐き捨てると長身の女子はそのままコートの方へと歩いて行った。ショートカットの女子は、その背中を見つめた後、またフェンスの方を向き直した。
「……そんな人には見えないけどなあ」
 英正の少し寂しそうな背中をみて、そうぼそっと呟いた。

     

 放課後、教室内は朋也のことはまるで無かったかのような和気あいあいとした空気が漂っていた。でも別にみんなが冷たいわけではない。ただ子供だから適応能力があるとか、いつまでもどんよりした空気が漂っているのは耐えられないとか、たぶんそんな感じだろうと思う。


 一緒に帰ろう、朋也――


 そう言いかけて隣の席を見た。ポツンと一つあいている席の上に花瓶に生けた花が咲いていた。なんの花かは分からないけど、いいにおいがする花だった。それを見ると、急に朋也が死んだことを実感した。もう一緒に帰れないんだな。そう思うと泣きそうになった。ここに居ると泣くのを我慢できそうにないので、荷物をまとめるとすぐに教室を出て行った。
『一人で帰るのか?』
 声の主がそう聞いてきた。痛いところを突いてくるなこいつは。
(う、うんまあ。よるところもあるし……)
『ボッチなのか』
 その通り、なんて死んでも言えない。隠すことでもないが英正は学校で話せる人は担任の山下先生と朋也くらいという悲しい学校生活をエンジョイ(?)している。そして、朋也が亡くなった今、英正は本当にボッチだ。いじめられているというわけではない。ただ、友達ができない。話しかけてくる人がいない。きっと自分にコミュニケーションをとる力がないのだと思う。
(違うわ! ただ一人で帰ろうと思っただけだよ!)
 少し強がった。我ながら見苦しいと思う。
『はいはい。で、どこに行くんだ?』
 声の主はあきれた感じで言った。
(……図書館)


 ~そして~


 学校から自転車で十分ほど走らせたところに、目的地の住江町立図書館がある。あまり大きくないが、他地域の図書館と共同体を組織しているので注文すれば数日かかるが大抵の本は借りられる。
 友達はいないし、部活や習いごとにも入っていない英正は高校に入ってから放課後は朋也と帰らない限りは大抵ここにやってくる。
「お、高校生! また来たのか。暇だな」
 受付のお姉さんに声をかけられた。いつも来るのでついに顔を覚えられてしまった。ここでバイトしている大学生で、よく「暇だろ?」の一言でバイトを手伝わされる。そのかわり貸出期間を延長したりしてもスルーしてくれるので助かっている。
 「どうも」と軽く会釈して本棚の方へ向う。声の主に『隅に置けねえなおい』とおっさんみたいにからまれたが無視した。
 適当に本を漁る。面白そうなのがあればラッキー、なければ残念。見つける作業だけで一、二時間たっていることはざらにある。
 丁度小説の棚を漁っていた時だろうか。
『お、なつかしいもんがあるな』と声の主が言った。その時英正が持っていた本は「名前のない声」という題名だった。作者は角田 治(つのだ おさむ)という人だ。
(ん、なんだよ。これ読んだことあるのか?)
『いや、読んだというか。オサムは俺が前に付いてた奴なんだよねー』
(マジかよ)
『ああ。マジマジ! すげえだろ』
 英正はまじまじとその本を眺めた。「名前のない声」か……。ふと思った。もしかしたらこの「名前のない声」というのは声の主のことなのではないだろうかと。
(なあ、この本の元ネタってお前?)
『あー、うんまあ。少し照れるけどな』
 やっぱりか。だとしたらこの本にはこいつのことを知る手掛かりがあるかもしれない。英正はその本を右手に持つと急いで受付カウンターに向かった。

 

 
 

     

「お、『名前のない声』じゃん」
 受付のお姉さんは「これ結構おもしろいんだよねー」といいながら本の個別番号のバーゴードを読み取った。
「読んだことあるんですか?」
「まーな。この作者が自殺したことで結構有名でさ、そんで読んでみたんだよね」
 自殺……したのかこの人。
「うつ病かなんかだったんですか?」
「そうそう。最後の方はなんか一人で誰かと会話してたらしいぜ」
(それってお前とじゃねえの?)
『俺は俺と喋るときは声に出すなって言ってたんだけどな』
 懐かしそうに声の主は言った。
「ほれ、高校生。ぼーっとしてんじゃねえよ」
 そう言ってお姉さんは英正の頭を本で軽くたたいた。「どうもっす」といって英正はそれを受け取った。その本をバックにしまうとお姉さんに「じゃ、また」といって図書館を後にした。


 自転車を漕いでいる途中、ふと思ったことがあった。
(この本ってお前が元ネタなんだよな)
『おう。しつこいな』
(ならお前に名前ってあるのか?) 
『名前ねえ……いっぱいあるけど、オサムにはアオって呼ばれてたな。蒼い虚空から聞こえてくる声のイメージかららしいけど、良くわかんねえ。ちなみに朋也にはパラ太郎って呼ばれてた』
(パ、パラ太郎……)
 どうせパラサイトから取ってきたんだろうけど……。小学生みたいなネーミングセンスだと思った。
『俺はどっちも気にいってたけどな。名前をつけられるのは結構嬉しいもんだぜ?』
(そうか……)
 こいつはきっといろいろな人に取り付いて、そのたびに名前を貰ってきた。そして貰うたびにいろいろな思い出を作ってきたはずだ。名前はこいつの記憶の付箋なんだと思う。なら、俺も何か名前をつけてやるべきだろうか。きっとそうだろう。
(よし。じゃあ俺も名前をつけてやるよ)
『マジか! かっこいいのにしてくれよ?』
 声の主は本当に嬉しそうに言った。
 さて、いざ名前をつけるとなると以外と悩む。子供に名前をつける親の気持ちがよくわかる。それにしても頭の中にパラ太郎の名前がちらついてしょうがない。ああ、もう寄生虫ってことしか思い浮かばない……。こいつは寄生虫……寄生虫……。
(そうだ! 寄生虫だからチュウ太ってのはどうだ?)
『お前も大概だな』
(ぐっ……)
 それでも自分的には上手く出来たつもりだったのだが……。
『まあ、うん。チュウ太。いいんじゃね? 俺チュウ太! よろしく! うん。結構しっくりくる』
(そ、そうか?)
 なにはともあれ、喜んで貰えてうれしいかった。これで俺もこいつに付箋をつけてやれただろうか。
(じゃあ……これからよろしくなチュウ太)
『おう!』
 こうして、親友を失った英正には、新しく寄生虫(?)の友達ができた。それが友人と呼べるか否かはいささか疑問ではあるが、英正がそう思ったのならそうなのだろう。

       

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