Neetel Inside 文芸新都
表紙

千文字前後掌編小説集
溶けんとって(学先生からのお題「限りなく人間に近いもの」)

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 溶けてんで、と彼女が言うので僕は慌てて人の形を意識して輪郭を取り戻す。うとうとするとよく崩れる。眠っている時は完全にゲル状になってしまうのだけれど、そこは彼女も責めない。「面と向かって話してる間ぐらいは人型でいて」と彼女は言う。「ゲルと話してるなんてなんだか寂しい人みたいやん?」などと。実際友達も恋人もいないから、僕のような限りなく人間に近いけれど、人間でない生物と暮らしているのだというのに。

 2011年秋、琵琶湖上空に巨大な神様が現れてゲロを吐いた。
「これ、人間になんねん。好きなように使うて」
 ゲル状のゲロで埋め尽くされた琵琶湖の湖底ではブルーギルもブラックバスも死に絶えてしまった。バス・ギル回収ボックスは無用の長物となって湖岸で暇を持て余していた。「神さんのせいでワシら失業ですやん。かなわんなあ」とある回収ボックスはぼやいたとかぼやかなかったとか。どちらかというとぼやかなかった。

 神様がどの宗教に出てくる神様なのかの議論は紛糾したが、とにかくそのゲル状のものをちぎって「ちょ、人になって」とか声をかけると、なんとなく人間の形になり、この二十数年間なんとなく生きてきました、役に立たない資格もいくつか持っています、恋人は一度出来たことはあるけれど二週間で別れました、みたいなプロフィールを持ってそうな、ぱっとしない人になった。ゲルの持ち主の好みもいくらか反映されたりもしたけれど、優しければ馬鹿だったり、賢かったらすぐ死んだりと、なんだか適当な代物だった。
 神様のゲロはどれだけ採ってもなくならなかったので、琵琶湖は世界的観光スポット兼各宗教の巡礼地と成り果てた。釣具屋は潰れ、廃墟じみていた湖岸のホテルは大繁盛してしまったために倒壊し、テロリストが琵琶湖に核ミサイルを撃ち込んだけれど別に何も起こらなかった。
「やっぱほんまもんの神様やったんやなあ」と現地の人は半ば呆れながら、バス・ギル回収ボックスを解体して燃やしてしまった。

 僕の来歴は以上。多くの寂しがりやと同じように、僕の主人もゲルをつまんで持ち帰り、ぱっとしない僕を話し相手にして、主に職場の愚痴をこぼした。たまにセックスの真似事をしたけれどあそこはふにゃふにゃのままのことが多かった。する時は大抵彼女は酔っ払っていて、アルコール分が僕に流れ込んで僕の意識も酩酊してしまうから。僕なんかが人と寝ていいのかな、なんて意識が常に僕の中にあるから。そもそも僕らに生殖機能はないから。どれも正解でどれも間違っている気がした。そもそも彼女に、僕みたいなあやふやな奴とセックスするのは恥ずかしいことだ、という気持ちがあるからじゃないかな、と僕は思っている。どの道僕に選択権などない。飽きれば捨てられ、ゲル状のゴミとなって生ゴミの日に追い出されるだけだ。もう三度捨てられてるし。回収前に連れ戻してくれたけど。

 僕らは気まぐれな神様の失敗作だったのだろうか。それとも、僕らみたいなぼけっとした扱いやすい連中こそが成功作で、弱くて儚くてややこしくてめんどくさくてどうしようもない、人間達こそが神様唯一の失敗作だったのかも、なんてことを、別に僕は思ってない。彼女が僕相手に割と真剣に語っていたことだ。
 真夜中に起きると彼女は半裸で、下着から乳房が片方まろび出ていた。僕は指だけ人の形を作って彼女の鼻を摘んでみた。
「むうー」とうなる彼女は少し可愛い。でもしつこく七回繰り返すとさすがに起きた。拳が飛んできたのでその時だけは人型になって、痛みと共に受け止めてみた。
 だって以前ゲル状で受け止めたら気持ち悪がられて捨てられたから。

(了)

       

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