Neetel Inside 文芸新都
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千文字前後掌編小説集
イギー・ポップ・ファン・クラブ・ファン・クラブ

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 気の触れた上半身裸の白人男性が街を駈けていて。
 胸から血を流しているのを見て君は「イギー・ポップみたい」って言って笑った。

 それから三年経った今では君の顔をうまく思い出せなくなってしまっているけど、以前よりイギー・ポップのことは好きだと思う。レコードを聞き込むことはなくなり、安物のaiwaのミニコンポではとっくの昔にCDもカセットテープも再生出来なくなってしまったし、隣にマンションが建ってからラジオもノイズだらけになってしまったけど。二人で聞いたヒロTのトークは今もどこか他の部屋で流れていて、君はそれを僕の知らない誰かと聞いて時に笑ったり、聞きながら二人で全然別のことをしたりしているのだろう。
 いつだったか二人でトランプの神経衰弱をやって、「なんでこんなことしてるのだろう」って途中で嫌になってやめたことがあった。じゃあ何でやろうなんて言い出したんだろうね。
 きっと大半がイギー・ポップのせいだったんだろう。

 記憶の中のあやふやな顔の君はあの頃よりきっと綺麗になってる。上村一夫の漫画みたいに劇画チックな同棲時代を送りたがっていた君に対して僕は優しいばかりで、怒り出した君の怒る理由を理解するのを放棄して何も分からず謝ったりしていた。そしてますます君は腹を立てて、その度aiwaのミニコンポは蹴りつけられて、イギー・ポップの歌声は途中で途切れてしまった。
 もうすぐ十二月なのに相変らず僕の部屋にはエアコンもストーブもない。電気こたつを膝に乗せ、その上に毛布を羽織ってこれを書いている今より、あの頃はずっと暖かかった。部屋の中には二人分の熱量があって、二酸化炭素が今より多く吐き出されていた。君はよく日本酒を飲んで顔を赤らめていた。君の吐いた吐瀉物を始末するために僕は冬でも汗をかいた。
 胸から血を流してそうな中国人が隣で夜中に悲鳴をあげることがあって、そんな時に君が酔っ払ってあげた奇声を思い出す。今思えばあれは君なりの歌だった。

 休日に昼まで寝ていても殴り起こしてくれる人がいないので、昼飯を食べてまた夕方まで眠ってしまう。そうするともうどこにも行く気が起きなくなって、夕飯を食べて朝まで眠り、また安い時給で倒れそうになるまで働く一日が始まる。平日の睡眠は気絶に似ていて夢も見ない。
 
 土日ダイヤでいつも乗ってる電車に二本遅れてしまうと、走っても会社には間に合わない。開き直ってうろ覚えの「The Passenger」を口ずさみながらのんびりと歩く。知らない人に笑いかけられて僕も笑い返す。おかしいことなんて何もない。空には雲もないし、僕に未来は始めからない。君すらいなかった、とまで思えてきたけど、君に包丁で切り付けられた傷はまだ脇腹に残っている。道端で服を脱いで確かめようとしないくらいには、僕にはまだ正気が残っていることに少し苛立つ。
 仕事に遅刻した日の朝の挨拶は、いつもより爽やかに響く。
 

(了)

参考
NUMBER GIRL「IGGY POP FUN CLUB」http://www.youtube.com/watch?v=3h-7MTKNNTY
IGGY POP「The Passenger」http://www.youtube.com/watch?v=QEY6_jcrzI8

       

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