Neetel Inside 文芸新都
表紙

千文字前後掌編小説集
ショベルカーの見えるベランダにパンツ一枚姿で立つ方法

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 川原でショベルカーが土砂をいじくっている。川を埋め立てるつもりなのか、作業員の暇潰しなのか、眺めるだけではよく分からない作業が僕らを眠りから覚ました。
 僕がこれまで書いた幾つかの掌編小説で、目の前に化学汚染された虹色の川が流れる部屋を舞台にしたものがある。「River Of Pain」「肌の裏側の汚れた絵画」「小説工場にて」、古くは「雛を拾う」。それらのモデルは、築四十年は経ちそうな古びた公団住宅に住むかもしれなかった際に見学した部屋だ。家の前を流れる川は虹色ではなかったものの、季節柄かあちこちに蚊柱が立ち、ほのかに油の臭いが漂っていた。近所にある、そこそこレベルの高い進学校に通う高校生達の爽やかさが、妙に儚げなものとして見えた。
 現在、僕が週に四日ほどを恋人と過ごす、一人暮らし用マンションの前にも川が流れている。その川は虹色ではないし、窓から工場の煙突が見えることもない。
 ショベルカーを眺める僕に彼女が声をかける。
「パンツ一枚になってベランダに立ってなよ」
 彼女の口癖に僕は部屋着のズボン(彼女の別れた夫のものだ)を降ろして応えようとするが、「いいって!」と彼女は引き留めてくれる。でもきっといつか本当に寒空の下、パンツ一枚でベランダに立つことになるのだろうと覚悟はしている。
 
 それから僕らはトイレに行って。
 それから僕らは歯を磨いて。
 それから僕らはセックスをした。
 数珠繋ぎのキスマークが僕の首もとを埋め立てていく。血こそ流れないものの、強く歯を立てられる肩にはくっきりと小さな歯形が残る。彼女に対抗して僕も彼女の胸上部に強く吸い付くものの、吸引力が弱いのか、それは蚊に刺された後軽く掻いた程度の跡にしかなってくれず、その日のうちに消えてしまう。「肉が厚いからかな」と僕は言わない。でも言わなくても何故か彼女に伝わって責められる。

 同じ職場で働く彼女と僕はシフトを合わせてあり、平日の火曜と金曜を休日にしている。月曜と木曜の仕事終わりにそのまま彼女の家へと向かい、途中のスーパーで買い出しなどして、翌日の夜に僕は実家へ戻る。彼女の家に入るときに「ただいま」と僕は言い、駅で彼女と別れる際に「行ってきます」と言うようになってきている。
 そんな生活は楽しいが、物足りなく感じることもある。それが音楽と創作だ。実家にいる時のように、ナンバーガールを爆音で聴きながら適当にギターをかき鳴らして歌ったりすることも、泥辺五郎名義で私小説風ファンタジーを書いたり、山下チンイツ名義でソフトBL小説を書くことも出来ない。かといって平日に実家に帰った際も、時間を有意義に使うわけでもなくだらだらと過ごしてしまっている。
 今この文章は、久し振りに存在を思い出したポメラで、彼女が料理を作っている最中に書いている。あまり小説に興味を示さない彼女にも、この文章を読んでもらうつもりだ。今のところほとんど小説らしくなく、ほぼ事実そのままなので、「何これ?」みたいな反応しか返ってこないかもしれないけれど。

 *

 わたしのマンションは一人暮らし専用なので騒音なのか響くことがあるのでゴロ君が思ってることをなかなか現実にしてあげられないことが申し訳ないと思う。

「彼氏は、ほんとうはストレスを溜めてるんじゃないのかな」とか思うことがある。だけどまだ付き合ったばかりだから、わからないことがある。彼氏は色々と気を遣ってくれて優しい、わからないことがあれば教えてくれる頼れる彼氏さんです。そんな彼氏をからかったりして楽しく過ごせてる日々です。

 どうしてもわたしの言葉には、「伝える言葉」がうまく話せないことがあるから彼氏さんは理解に苦しむことがあるような気がする。だけど、それを彼氏さんなりにうまく理解をしてくれているような気がする。

 こういうわたしと、付き合ってくれてる彼氏さんにとても感謝してる。時間や日々過ごしていくなかでもどんどん彼氏さんのことが「好きになってる」。

 毎日毎日、メールや、お電話をしていても「好き(絵文字)」などを送信して返信を待ってる。ときどき、目の前にいる彼氏さんにラブラブ愛情メールを送って、彼氏さんからのラブラブ愛情メール返信の内容をみて、彼氏さんがどれだけ好きなのかを確かめてる。

 タイトル「大切な大好きなゴロ君へ」

 終わり。
 
 人でも物でも一つのことしか愛せない私より?。

 *

 ポメラを渡して、さっきまで書いたところを読んで貰うと、彼女は慣れない手つきでキーボードを叩き始めた。そうして出来上がったのが上記の文章だ。多少僕が手を入れたい部分もあるが、敢えてこのままにしておく。僕らのような小説書きが、文章を書き慣れていくことで失っていった何かがそこにはある気がするから。
 彼女が心配しているようなストレスを僕は感じてはいない。背の高い僕が浴室のあちこちに体をぶつけるのも、東京出身の彼女が作る料理の味付けが、大阪生まれ大阪育ちの僕がこれまで食べ慣れてきた母の味付けと違うことも、あまり気にはしていない。むしろその違いを楽しんでもいる。これまでメールの文章は文字だけしか使ってこなかった僕だが、たまにはデコレーションしたりもする。
 僕と人妻達との関係を書いた(僕の女性関係は全て彼女にぶちまけてある)「ペッティング・フィクション」「アノミーズ」、彼女と付き合うきっかけになった夜をそのまま書いた「EIGHT BEATER REPEATER」など、ここで発表した近作は、ごく僅かな反応しか貰えなかった。こうして書いているこの文章だって、ただのノロケ話でしかなく、「ブログでやれ」と言われる類のものだろう。そもそも「これそのまま投稿サイトに載せていい?」と彼女に聞いても反対されるかもしれない。いよいよ本当にパンツ一枚でベランダに立つ日が来るのかもしれない。それはそれで構わない。

 彼女がシャワーを浴びていても、僕の時のように浴室の壁に肘や足をぶつける音は聞こえてこない。
 彼女にこの小説を読んでもらっている最中、パンツのくだりだろうか、彼女が噴きだして笑っていた。僕はその笑顔がとても好きだから、失いたくはない、曇らせたくはない。だけど誰よりも彼女から笑顔を奪っているのも僕自身で、職場に行けば、彼女から見える位置で他の女性と親しげに関わったりもする。職務上、多少は仕方のない面もありはするのだけれど。
 仕事中、たまたま二人きりになれた際、僕は彼女の脇腹をつんつんと指でつついた。すると彼女の大きなお尻による、五発のヒップアタックが返ってきたのだ。
 大きく吹き飛ばされて全身のあちこちに打撲傷を作りながらも、僕は満面の笑みを浮かべていたと思う。

(了)

       

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