Neetel Inside 文芸新都
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千文字前後掌編小説集
霧森環状線

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 霧が深い。
 森の中を走る三両編成の列車の三両目は貨物専用になっている。人の座れる座席はそのままに、どこから積み込まれてどこまで運ぶのか不明な荷物が押し込められている。
 二両目に乗る乗客はまばらながら、話し声は響いている。離れた座席に座る者同士が話すものだから、自然と声は大きくなる。
「終点はないんだよ、環状線だから」
「この間は猿が乗り込んできてねえ」
 次の駅名がアナウンスされるが明瞭ではない。何々学園前、だったようにも、ガケンメー、みたいな知らない国名のようにも聞こえた。森の風景は木々と時々池と今では使われていなさそうな山小屋と。学校らしき物は見えない。遠くの景色は霧にかき消されている。
「売れない画家が描いてる最中なんだよ、窓の外の景色は」と誰かが言う。やはり大きな声で。
「額縁の外にはもう景色はありません、みたいな気持ちで描くから、売れねえんだよな」別の誰かが言い、遠くの席の誰かが相槌を打つ。
 列車は何駅か分からない駅に停まり、猿、ではないが、人、とも言えない何かが乗り込んでくる。知らない国の文字をうろ覚えのまま書いてみると、雰囲気は似ているがどこか違う文字になり、何と読めばいいかわからないものになる。そんな印象のそいつはやはり何かのなり損ないだったらしく、しばらくすると消えていた。
 遠くの席で相槌を打っていた人がいつのまにか隣に座っている。目の細い老婦人で、膝の上に風呂敷を広げ、空の弁当箱を乗せている。
「眠りなさい」老婦人が優しく言う。
「食われちまうぞ、眠ったらさあ」遠くで誰かがしてくれた助言をもっともなことと感じる。
「眠りなさい。私はお腹が減ってるの」老婦人の細い目がつり上がり伸びていき、顔の輪郭からはみ出していく。
「すいません、眠くないので」と断ると、「何でよう」と老婦人はいじけて小さくなってちょこちょこと元の席に戻っていった。誰かが投げたパン屑に向かって「ふざけるんじゃないよ」と怒っていた。だが拾って食べた。
 三両目の荷物が増えており、収まりきらない荷が開け放しの窓から落ちて行く。
 どこまで行くのだろう、いや、環状線だった。回り続けるだけだ。
「猿が乗り込んできてねえ」
「腹が減ったよう」
 車両を移ろう、と一両目を覗き込む。暗くて見えない、いや、黒くて見えない。
「塗り潰しちゃったんだよ」
「たくさん描き込み過ぎて」
「二度と見たくないんだってさ」
 霧は、晴れない。

(了)
 

       

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