Neetel Inside 文芸新都
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千文字前後掌編小説集
少年ガラス

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 ゴミ袋ではなく人だった。
 夜九時に仕事を終えた帰り道、ファミレスの駐車場脇の暗い歩道を自転車で通ろうとしたところ、黒い何かにぶつかりそうになり慌てて自転車を降りた。道端に放り出されたゴミ袋に見えたのは、黒い服を着てうずくまるみすぼらしい少年だった。
 めんどくせえ。
 そう思ったが放っておくことも出来ずにいた。ちらほらとだが同じ道を通る人達はいるのに、少年のことは見て見ぬ振りをして通り過ぎていく。僕もそうすればよいのに出来なかった。何もしなければ後味が悪い、自分にストレスが溜まるような事態は避けて通りたいという、偽善よりも酷い思いからだった。
 少年の左足は不自然な角度で曲がっており、身動きの取れない彼の下半身は小便らしい液体で濡れていた。夜なのに三十度は越しているであろう気温の中、少年は極寒の地にいるように小刻みに震えていた。大丈夫か、と声をかけても「おおおぅ」というような唸り声しか発しない。言葉を忘れてしまうくらいに重症らしい。手持ちのブラックサンダー(チョコ菓子)を与えようとすると、食べるためではなく僕を威嚇するために大口を開け、吠えた。構わずブラックサンダーを突っ込むと、半分は地面に落としたものの飲み込んでくれた。
 ついでに携帯していたビタミンB錠を開けたままの口に放り込んだが、何か危ないものであるかのように吐き出されてしまった。

 少し行けば夜十一時まで開いてるスーパーがあり、飲食物を買うことも出来た。自転車は荷台付きだったので無理やり乗せて病院まで運ぶことだって。だがそこまでするほどの優しさやお金を持ち合わていなかった。この町の救急車は二年前に廃車になった。
 それにどう見ても助かる見込みはなさそうで。
 チョコを与えたからか、少年は敵意を向けてくれなくなった。まだあどけさなの残る、大人しそうな子供だった。とても小便にまみれて行き倒れになるような環境にいる子には見えなかった。
 でも今はそんな子供達ならいくらでもいて、いちいち助けていてはきりがなかった。死体となっていれば保健所に電話をかけるだけで済んだのに。めんどくせえ、と再び思った。
 オーノー、と日本人でない声がした。自転車で通りかかった外国人の夫婦連れが、少年と僕に道を塞がれて困っていた。チョコを与えたりしているうちに少年は歩道の中央まで出てきてしまっていたのだ。僕は彼を足で端へと追いやり、道を空けてやった。ドモアリガトゴザイマス、と言って彼らは去っていった。潮時と感じた僕も家路に着いた。

 翌朝、少年は轢死体となって、今度は歩道ではなく車道の真ん中で平たくなっていた。僕が与えたブラックサンダーでいくらか体力を回復させ、歩いて渡ろうとしたのか、酔っぱらいにでも放り投げられたのかは知らない。過程はどうであれ、結果は死だ。昨晩少年がうずくまっていた場所には小便だけでなく大便も落ちていて、まだ乾燥しきってはいなかった。
 朝は誰もが忙しくて、人も自転車も車もスピードを上げて走っている。一人の少年の死に感傷的になるような人は少ない。血の跡を掻き消してくれる雨が降るのを近所の人は待っている。
 歩道に少年の物らしい靴が残されていた。それには底がなく、少年はほとんど裸足で歩いているのと変わりなかったようだ。靴を拾いながら、めんどくせえ、と声に出して呟いてみた。

(了)

※「少年」を「カラス」に置き換えれば大体実話。

       

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