Neetel Inside ニートノベル
表紙

霧隠れの塔
三話

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扉の先の通路は今までと違って明かりが全く無かった。
薄暗くひんやりとした空気が肌に触れる。
唯一の明かりはこの魔法のランプのみ。旅の友には些か心許無い。
とは言えソロモンにも魔術の心得程度はある。
指先に光を灯せばランプよりずっと明るく照らしてくれるだろう。
だが、魔術というのは精神を消耗する。使えば使うほど集中力は乱れ、思考は単調になり、眠気が襲う。
普段より魔術の修業しているものならともかくソロモンは学者だ。
無駄な消費はなるべく抑えたかった。
「うん? あれは……」
薄暗い道を歩きつづけていると目の前に宝箱が現れた。
「……」
真直ぐ道は続いている。其の先は以前暗闇が続くだけである。
しかし隣にはちょっとしたスペースがあり、そこに宝箱が一つ、二つ、三つ。
「いや、これは………いくらなんでも怪しすぎるだろう」
そう怪しすぎだ。
こんな何も無いところで突然宝箱。もうなんか露骨過ぎである。
絶対何かトラップが仕込まれているに違いない。
大体ここを通った者が自分だけとはソロモンは思えなかった。
あの部屋に閉じ込められこの道を見つけ出したものも必ずいる筈。
だというのに、宝箱には手がついていない。
「宝箱を開けようとした瞬間に……いや、触れた瞬間に毒針……だが死体はないし、落とし穴か?」
ぶつぶつと考える。
普通に考えれば、トラップが無い方がおかしい。というか今のところトラップ的中率100%だ。
いや、一回しかないが。でももしかしたら用心した先人たちが全員手をつけずに進んだのかもしれない。
にしたって宝箱があいてないのはおかしい。いや、そもそもこんな所に宝箱があるのがおかしい。
これ見よがしにこんな所に普通置くだろうか。いいや置かない。少なくとも私なら置かない。
やはり罠が仕掛けてある。間違いないだろう。
いや、しかし。と、見せかけて実は何でもなかったり……
数分ほどその場で悩みつづけたソロモン。
さらにソロモンの特徴に加えておこう。彼は割と決断が遅い。


結論から言うと、ソロモンは宝箱を開けた。
トラップは何も仕掛けられていなかった。
だが中には、紙切れと数枚のコイン。それと指輪が一つ。それっぽっちだった。
「ちっ。随分と大きい箱に入れる割りにはしょぼいな……」
等と口では文句を言いつつも上機嫌そうに中身に手をつける。
彼が上機嫌な理由はトラップではなかったこと、そして何よりここに来て初めて宝物と言えるものと出会えた事だった。
指輪やコイン。それはソロモンにとってただの金銭的価値があるものではない。
霧隠れの塔にあった、という事が大切なのだ。
彼は学者だ。それを調べ、謎を解くことこそが彼の至上の喜びなのだ。
まず紙切れを手にとる。何かメモのようなものなのだろう。何かが走り書きされていた。
ただその文字が古代文字なのか、精霊文字なのか。彼には判別できなかったが、とりあえず読めないという事は分かった。
獲って置いて損は無い。というより捨てるのは勿体無い。
彼は紙切れをポケットの中にしまった。
次にコインを手にした。
そのコインは全く見たことが無かった。少なくともソロモンの知識の中にはそのコインと結び付けられるものは見つからなかった。
どちらが表なのかはわからないが、仮に表だとすると、表には一つだけ小さな星の絵が。裏には戦士と思しき鎧を身に着けた屈強な男の姿があった。これが3枚。
同じように表には星が描かれているが裏には魔法使いのような男の姿が描かれているのが2枚。
どちらも銀でできていそうだった。
ありえないとは思うが、もし何の価値が無いものだとしてもコレクションにはなりそうだ。
そう思い、ソロモンはコインをポケットにしまった。
最後の指輪。
シンプルなデザインで赤い宝石がついているだけのものだった。
大きさはソロモンにぴったりで、彼は機嫌よくその指輪を人差し指に嵌めた。
もうトラップとか魔術とかそんなものはすっかり忘れていた。
彼は美しいものが好きなのだ。それも飾らないな美しさが。
この指輪は丁度ソロモン好みだったと言えよう。
「良い物を手に入れた。これだけでここに来た甲斐があったというものだ」
うっとりと自分の指に嵌められている指輪を眺める。
勿論彼は望んでここに来た訳ではない。何者かの手によってここに連れてこられたのだ。
が、それすらも忘れてしまっている。
ソロモンは有頂天でまた歩み始めた。機嫌良さそうにスキップで。



冷静になったソロモンは先ほどまでの自らの行動を恥じていた。
いくら気分か良かったとは言え、あの行動は無い。
「はぁ~……醜態を晒してしまった」
救われたのは、周りに誰もいなかったということだ。
勿論近くに誰かがいたならばあんな行動はしないとは思うが……。
それでも分からない。一度気分が乗ると羽目を外してしまう事が多々あるのだ。
その所為で酒の席には呼ばれないようになった過去も持つ男である。
「とりあえず、無事で良かった」
そう。さっきまでは偶々何も無かったから良かったが、もしまたトラップがあったら……。
きっと気付かずにに引っかかっていた事だろう。そう思うとぞっとした。
「以後、気を引き締めて自粛せねば」
ちらりと指輪を見る。
惜しいが、これも仕方の無い事だ。
「しまっておくか」
ソロモンは指輪に手をかけ、引き抜いた……と、思った。
が、抜けない。何度とろうとしても指輪はまるでくっついたように離れない。
「ん……? ぐ、ぬぬぬぬ……んんんんっ!」
抜けない。どんなに頑張っても抜けない。
指輪は輝きを放ちつづける。
頭が真っ白になる。
でれでれでれでれでーでれれでん。
どこかで嫌~なメロディが鳴り響いた気がした。

       

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