ジロウさんとユリエさんのバトルは、まさに熾烈を極めていた。ジロウさんのロボはメタルグラップラー型のメタルベアー。緑の装甲と金髪の刈り上げ頭。無骨なデザインで、見た目通りのパワーを重視された性能。だが、ジロウさんが操ると、パワーだけではない。スピードも並のコマンダー以上。
しかしユリエさんも負けていない。エアリアルビューティー型のプラネッタを操る彼女は、その持ち前の空中性能を生かし、外に跳ねた茶髪を揺らしながら、ジロウさんが繰り出す攻撃を躱している。
深海のホロセウム。海亀が優雅に泳ぐ戦場で、二人の戦いは止まる所を知らない。
「ふふっ……ジロウさん、腕が鈍ったの? 一発も当たってないわよ」
岩の上に乗り、不敵に微笑むプラネッタ。しかし、メタルベアーはそれをクールに流して鼻で笑う。
「俺はエンジンのかかりが遅い方なんでね……。ぼちぼち、暖まってきたかな」
言うや否や、メタルベアーが力強い足取りで走り出した。速く重く、まるでダンプカーのようだ。プラネッタへ拳を振りかぶる。しかしそれは跳んだプラネッタに掠りもしない。代わりに、残った岩が粉砕された。
「い、岩が壊れたぁ……!!」
絶句。いや、聞いたことねえよホロセウムの障害物壊しちゃうとか!! どんなパワー!?
「パワーだけじゃ勝てないってば。ジロウさん」
空中から、プラネッタはポッドを発射。メタルベアーは、もろに直撃。
「やった!」
ガッツポーズをするプラネッタ。だが、彼女のさらに上には、三角錐状の青いビームが停滞していた。
「げっ……」
それは、ジロウさんが得意とするガン。彼の代名詞として名高い、『レイフォールガン』だ。
そのビームはプラネッタの背中を貫き、地面に叩き落とした。彼女が放ったポッドの爆炎から、メタルベアーがゆらりと出てきた。体が多少焦げてはいるけど、大きなダメージはなさそうだ。
「いったた……」腰をさすりながら起き上がるプラネッタ。「まだレイフォールガンだったんだ……」
「当然だ。俺はメタルベアー命のレイフォールバカだからな。――途中浮気もしたが、やはり譲れん」
「そんなんだから、お兄ちゃんに勝てないんだってば!」
プラネッタはサイドステップから、円を描くようにメタルベアーの周りを走り始めた。ボムを放ち、それが躱されたら、今度はガンを放った。一本のビームだった物が、途中で炸裂。無数のビームへ。
「なんだっけ、あれ……」
俺の呟きに反応してか、カリンさんが呆れたように「マルチプルガンでしょ」と教えてくれた。
確か、範囲は広いしホーミングも性能高いけど、攻撃力がないんだっけ。
それと同時に、プラネッタはボムを放つ。それはメタルベアーの頭上へ。正面と頭上の退路を封じられたメタルベアーは、横に走った。
「もちろん――計画通り」
小悪魔的な笑みを見せ、プラネッタは逃げたメタルベアーを追う。そこへ、頭に向かって跳び、マルチプルガンを突きつけようとしたのだ。
「いくらメタルベアーの耐久力がすごくても、至近距離なら、首持ってけちゃうもんね!」
「それくらい読めない俺じゃないさ」
なんと、そこでメタルベアーがバク転。サマーソルトキックのように、プラネッタのマルチプルガンを弾き飛ばしたのだ。
「詰めが甘い」
そのまま、片手逆立ちでレイフォールガンをプラネッタの腹に突きつけ、放った。
先ほどのマルチプルガンのように、弾き飛ばされるプラネッタ。地面に倒れ、それを確認したメタルベアーは、足を地面につける。
■
『一回戦第四試合は、ジロウ選手の勝利で決着だぁぁぁ! さすがグレートロボカップ常連です!!』
審判の声に会場が割れた。ジロウさんの勝利を喜ぶ声と、ユリエさんの勝利を願っていたファンのブーイング。
「うぉいコルァ!! ユリエちゃんに勝たせんかぁぁぁぁッ!!」
俺の隣のアキラも、どうやらユリエさんファンだったらしく、ブーイングに参加していた。見たこともない鬼の表情。……一体なにがこいつをそこまで。アイドルファンってのはわからん。
ジロウさんは気にせず、ユリエさんの肩を叩いて、観客席へと消えて行く。そして、ユリエさんはというと、涙を堪えながら、「女性に華を持たせられない男なんてサイッテー!!」と叫んで、ジロウさんを追いかけるみたいに観客席へ。
「相変わらずだなぁユリエは……」
乾いた笑みで、ユリエさんがいるであろう辺りを眺めるカリンさん。
「あれ? 知り合いだったんですか」
呼び捨てで親しそうな様子に、思わず訊いてしまった。
「うん。小学校からね。昔は大人しい子だったんだけどなぁ」
小学校は大人しくて、大人になったらあんなになっちゃうんだ……。歳を取るって、怖いなぁ。
「てか、セイジくんの番じゃん。アヴァロン初陣。褌締めて行ってきな! 今回、私はセコンドしないからさ」
バチンと高い音が鳴るくらい力強くカリンさんに背中を叩かれた。どうやらそれで気合いが入ったのか、「オスッ!」と叫んで、俺はホロセウムへと歩んでいた。
『さて! 一回戦最終試合!! そのカードは、数多の強豪を倒し、アヴァロンの切符を勝ち取ってきたラッキーボーイ。特別枠で出場したセイジ選手!!』
審判の人の叫び。それを合図に歓声が沸く。まるで歓声に起こされたみたいに、俺の中の緊張がムクリと起き上がってきやがった。バクバクうるさい心臓を抑えながら、ホロセウムの前に立つ。
『そして! 相対するはカスタムロボに美を追求する麗しの女神! 妖艶の女戦士、ミナモ選手!!』
そんな紹介で俺の目の前に立ったのは、ツーサイドアップの髪型をした、八頭身のパッツンパッツンなお姉さん。胸元が開いたブラウスに紺のベスト。青いスカートミニを穿いている。
「はじめましてボクちゃん。アタシはミナモ。カスタムロボメイクアップアーティスト」
「は?」
なにそれ。カスタムロボメイクアップアーティスト? 意味がまったくわからん。
「その顔は知らないって感じね……。なら教えて、ア・ゲ・ル」
なんか脳髄にガムシロップ流し込まれたような、とろける声だ。俺はユリエさんよりこっちのが好み。
「カスタムロボって、使ってるとコマンダーの顔をキャプチャして、段々コマンダーに似てくるでしょ?」
「そうなの?」
俺はすぐに腰のキューブホルダーからアルファ・レイを取り出し、顔を見てみた。すると確かに、目つきが悪い俺の顔がそこにあった。ほあー……知らなかったなぁ。前はもうちょっと普通な顔だったはずなんだけど。
「だ、か、ら。カスタムロボにメイクをすることは、自分を磨くことでもあるってわけ。女の子の間だと流行ってるのよ。アタシはその、第一人者ってわけ。男もファッションには気を使うべきよ。ボクちゃんがその気なら、アタシにロボ、預ける? いい男にしてあげるわよ」
「い、いいですよ。ガラじゃないし。つか、早くやりましょう!」
「あらそう? ……ふふっ。照れちゃって」
うわぁもうすげー調子狂うよ!
なんかいい匂いがするもの!!
「それじゃ、お姉さんが天国に連れてって、ア・ゲ・ル!」
「駆け抜けろ! アルファ・レイ!!」
■
俺たち二人のロボが、深海のホロセウムで向かい合った。俺はアルファ・レイ。ミナモさんは、ミントグリーンのアシンメトリーな髪型。紫の口紅。コマンダー本人と同じくスレンダーだが出る所は出たメリハリの効いたスタイル。セクシースタンナー型か。
「名前はバネッサよ」
セクシースタンナーは、空中戦法に気をつけるべし。それなら。
「空中に上がる前に、ぶっ倒す!!」
俺はバネッサに向かってストレートボムを放つと、バックステップしながらガトリングを放つ。小手調べと言っても、初っぱなから仕留める気は満々だ。
バネッサはジャンプしてボムの爆風から逃れ、さらに素早い空中ダッシュでガトリングを躱しつつ、俺に近づき、ソバット気味の跳び蹴りを顔面に叩き込んだ。
「あぐっ……!?」
うぉっ。意識飛びそうになった……!! カリンさん並の威力!
「ほらほらぁ! どうしたのボクちゃん!?」
そのまま、空中から蹴りが雨のように降り注いできて、なんとか腕を使いガードする。すぐに地面に着地するだろうと思っていたのだが、なぜか全然地面に着地して来ない。まるで俺の腕を地面にしているみたいだ。
「きゃはははははっ! ほらほらほらぁッ!!」
サディスティックな甲高い声を上げて、俺を何度も何度も踏みつける。
「ここでしょ!? 顔がいい!? それとも……!!」
バネッサは突然、地面に降り立ち、斜め下から蹴り上げてくる。その狙われた場所をガードした為、弾き飛ばされる。
くっそ。股関狙ってきやがった。どういう教育されたんだこの人は。男は下半身に爆弾抱えてるんだぞ。カスタムロボで痛くなるのかはわからないけど。
「あん。惜しい」
舌なめずりをするバネッサ。こっちはというと、背筋が凍りついて、表情も張り詰めて。とにかくハラハラした。
落ち着くまで待って欲しかったが、戦いにはそうも行かない。バネッサは、ガンを構え放つ。ブーメランのような弾丸が、『く』を描くみたいに飛んできた。
「あっぶね!」
しゃがんでそれを躱したが、まだバネッサの猛攻は止まらない。連射された弾丸がさらに飛んできて、俺はきちんと立ち上がることすらできない。
ほいほいの体でその場から逃げ出し、岩の影に隠れる。なんか、バトル前と雰囲気がちげえじゃねえか。どうなってんだ。いや、大まかに言ったら『エロいお姉さん』というカテゴリーは変わってないんだけど、Sっ気が随分プラスされた。
「っくしょー。俺の相手って、なんかみんなタチ悪くねえ……?」
呟いてみたが、なんか悲しくなったからすぐに忘れた。俺の運が悪いとか認めないから。
そんな戯言を言ってる暇はなかった。真横から飛んできたブーメラン型の弾丸に気づく。が、その時はすでに遅く、わき腹に突き刺さった。
「ぐっ……!!」
そうか。あのガンは途中で方向転換するから、壁の後ろにいても壁を避けて飛んでくるんだ。……たしか、そう。ライトアークガンって名前だ。まっすぐ飛ばず、右に大きく曲がる弾丸が特徴。
「それさえわかりゃ怖くねえ!!」
壁から飛び出し、まっすぐバネッサへと走る。ライトアークガンはホーミング性能もそこそこあるから、もちろんそれだけでは当たってしまう。しかし起動さえ読めれば、きちんと躱せる。
その動きを見てか、バネッサは後方に飛び上がりながら、ガンを構える。
「手の内割れてんだ。もう食らわねえぞ!!」
ガンが放たれる。俺は左に跳び、それを躱そうとしたが、なぜか俺が飛んだ先に弾が来ていた。
「――なっ!?」
そしてそのまま顔面コース。ぐるりと体がひっくり返って、背中を叩きつけられた。
「あれぇ? 右からだけじゃねえねえのか?」
……あ、そうだ。ライトアークガンって、ジャンプしたら左からに変わるんだ。やべえ。カリンさんから念入りに言われてたっけ。『ガンの中には空中で性能が変わる物があるから、気をつけてね』って。あー、カリンさんの怒りを背中に感じる。
俺の気持ちはバトルを離れ、後のカリンさんによる説教をどうやり過ごすか考えていた。
しかし何度も言うが、バトル中に他のことに気を取られて勝てるほど甘くはない。
今度はボムが飛んできて、ギリギリ躱し、ポッドを捲いた。ヤジューポッドF。子犬型爆弾(最近本当に子犬か微妙)が地べたを這いずり回るみたいにバネッサへ。
「あーまいっ」
低空ダッシュでちょちょいと爆破圏内に入り、次々に爆発させていく。
「うっそぉ!?」
あんなことできんの!?
ギリギリまで引きつけて爆破させたのか……。そういうテクニックがあるんだ。すごいな。
つか、この荒々しいというか、ノールールな感じ。なんかサスケを思い出すんだけど……。
「……ミナモさん、なんかバトル前と人格ちょっと違うんじゃ」
「あぁ……ん……そうなのよ。バトルすると、どうしても現役時代を思い出すのよね……」
「現役時代って……今は?」
「趣味よ。……ここだけの話。私って、闇コマンダーだったのよね」
闇コマンダー……。闇組織にいるコマンダーの別称。つまり、ミナモさんは元々どこかの組織のコマンダーだったってことか。
「『ドレッド』って知ってる?」
頷く俺。一度だけ聞いたことがあった。カリンさんから、伝説の男を倒した男、ユウキさんの話を聞いた時に出てきた名前だ。
「私って、そこの幹部だったのよ。ドレッド四天王、『妖艶の女戦士』ってね。まあ、もう壊滅したし、私はただのカスタムロボメイクアップアーティストだから」
元闇コマンダーとの戦いか。いつかサスケに再戦を申し込もうとしている身としては、こうやって闇コマンダーとのバトル経験を積めるのはありがたい。
「……あら、どしたのボクちゃん。ビビった?」
「んなまさか。むしろ、貴重な体験ができてありがたいくらいですよ」
強がりのように聞こえるだろうが、これはほとんど本心だ。今の俺にビビっている暇などない。負けたら勝つまでやる。それが男の子ってもんだ。
「ふー……っ」
息を吐いて、体の中のいろいろを入れ替える。新鮮な空気、新たな意気込み。しっかりと地面を踏みしめて、バネッサに向かって走る。
「そんな走り方しちゃあ、いい的になっちゃうわよっ!」
ライトアークガンが俺の首を刈り飛ばすような軌道を描く。だが俺は、ヤジューポッドを一つ射出。身代わりにするみたいにライトアークガンを防ぐ。
「身代わりの術!」
ちょっとサスケのキャラと被ってしまったような気がしないでもないが、まあいい。躱す事ができた。
方向を変え、まっすぐバネッサに向かう。
「ちょこざいねえっ!!」
ライトアークガンが、今度は俺の正面に飛んできた。しかし再び、ヤジューポッドを射出して防いだ。
「もうライトアークは効かねえぞ!!」
拳を振りかぶり、バネッサの顔面向かって思い切り放る。だが、それは高く上げた足で弾かれ、俺の顔面にビンタが返ってきた。
「ってぇ……!!」
ビンタって痛みより、不快感のが強いよな。ムカついた俺は、反撃の為ボディブロウ。
が、腰を捻ったことにより躱されてしまい、俺の拳はバネッサの脇を突き抜ける。
「残念」
「――かどうかはまだわかんねえよ!」
そのまま、バネッサの腰を抱き寄せるみたいに、空いた手をバネッサへ。
「う――るぁっ!!」
バネッサを持ち上げ、後方へとブン投げる。渾身のジャーマンスープレックスが決まり、俺の意識がアルファ・レイから離れて行った。
■
『一回戦最終試合ッ!! 勝者セイジ選手!』
審判の声に、勝利を実感する。酷い疲労感に包まれ、しんどさを我慢してホロセウムのアルファ・レイを回収。キューブに戻し、腰のホルダーへ。
「んー……現役退いて長かったから、ちょっと腕鈍ったなぁ……」
前髪を掻き揚げながら、恐ろしいことを言うミナモさん。あれで鈍ってたのか。すごいな……。
「ボクちゃんやるじゃん? お姉さん、ちょっと感心」
「え、あぁ……ども」
「久しぶりに楽しかったよ。今度は店にきなよ。ボクちゃんなら無料でメイクアップしたげるからさ」
ミナモさんに名刺を渡され、受け取る。俺がお礼を言う前に、ミナモさんはすでに観客席の方へ去っていた。背中を向け、手を振りながら。
その後ろ姿が、不覚にもかっこよかった。