長かったアヴァロンもついに決勝までやってきた。まさか全国大会で決勝に駒を進められるとは、さすがに考えていなかっただけあって緊張してきた。
俺とカリンさん、そしてシイナとエリナがホロセウムを挟んで向かい合う。
「ついに兄貴と戦うことになったな!」
シイナは、俺に向かって勢い良く指を突き出し、歯を見せて子供みたいに笑っていた。
「お兄ちゃんは私達の敵じゃないね! このサリー&エリーが優勝いただいちゃうもんね!」
エリナが、シイナの腕にぶら下がる様に腕を組んで、仲の良さを存分にアピールしていた。本当にこいつらはずっと一緒だからなぁ。デュアルダイブして強くなる、ってのもわかるよ。頭を掻きながら余裕を見せていたら、心配そうな表情をしたカリンさんに肩を叩かれた。
「大丈夫なのセイジくん。妹ちゃん達、マジで強いよ」
「大丈夫大丈夫。妹に負ける兄なんて、いないですからね」
もし居たら、それは兄組合の恥だな。
「お互い油断しまくってるなぁ……泥試合にならないといいけど……」
俺達はお互いにロボキューブを取り出し、ホロセウムに向かって投げる。
「駆け抜けろ! アルファ・レイ!!」
「「ツインズ・バトル! レディー……ゴー!」」
深海のホロセウムに降り立ったアルファ・レイとアデラが向かい合って、睨み合う。いろんな恨み辛みが、俺達の間にはあるのだ。カスタムロボでバトルするのは初めてでも、長い時間を三人で過ごしている。
「っしゃ! 行くぞバカ共!」
スピード重視の戦法を取るため、ロボをアルファ・レイにしてある。俺はサイドステップから、アデラを横目に走りだす。いくらエリナの作戦が優れていると言っても、カスタムロボの基本あってのことだ。つまり、一撃一撃を丁寧に躱す。それが対双子の勝利方法だ。
「はーん。そう来る……」アデラが鼻の頭を摩りながら、何かをブツブツと言い始めた。あれはエリナが物を考える時にする仕草だ。っていうか、今俺が走っただけでどんな戦法を取るかバレたのか? ちょっと恐ろしくなったぞ。
「エリナー。どうする?」
今度はシイナの仕草。腰に手をやり、足をパタパタと上下させる。二人が一体のロボに入っている物だから、妙な違和感がある。
そこから少しの間黙っていると、身体の操作がエリナに移ったらしく、またボソボソと呟き始めた。それが終わると、身体の操作権がシイナに戻り、俺に向かって走ってきた。どうするつもりかは知らないが、こっちも近づかせてやる気はない。ストレートボムをアデラに向かって放ち、牽制を図る。
しかし奴は、そのボムを空中にジャンプすることで躱す。俺はそれを追いかける様に、今度はスタンダードポッドを射出。しかしホーミング性能なんて殆ど無いポッドなので、やつは空中ダッシュで悠々と躱して、ぐるりと体を一回転させ、俺に向かってミサイルみたいに飛んできた。
「一人だけどダブルキーック!!」
足を伸ばしたその体勢と掛け声で、俺に向かって飛び蹴りしてきているのだとわかり、紙一重で地面に飛びつく。危なかった。あの急角度からの飛び蹴りとか、首取れてたかもわからんぞ。
「まだまだーっ!!」
着地して、素早く拳を付き出してくるアデラ。それはまさしく、シイナの動き。ガンとか使えばいいのに、なんでまた。
シイナの格闘はいつも見慣れているので、苦労なく躱せる。やつが大振りのパンチを繰り出してきたところで、それを肩に乗せ、一本背負いでぶん投げようとした。が、背中に何かを当てられ、その瞬間身体がバチンと痺れた。
「ガッ!?」
アデラを離してしまい、満足に動かない身体でヤツを捉えようと振り返るが、俺の胸にガンを当て、それから電流が流れたかと思えば、今度は長い間痺れさせられた。
膝から地面に倒れて、俺の記憶からアデラのガンが『スタンガン』だということを思い出した。射程距離が極端に短いが、連射に優れ、一度ハマれば大きなダメージを食らわせられるというものだ。
「セイジくん!! 大丈夫!?」
カリンさんの声に喝を入れられて、俺はなんとか立ち上がろうとする。そして、ストレートボムを地面に発射。ヤツが怯んだ隙に、空中ダッシュで離脱。まだ身体が痺れているが、無視できるレベルだ。
「スタンガン……。ちょっと厄介ね……。セイジくん、距離を取って。装備は3ウェイガンでしょ? 弾幕を張って近づかせない様にして!」
「了解!」
カリンさんの言う通り、空中から3ウェイガンで弾幕を張る。しかし、アデラは華麗な動きで、俺に向かってボムを発射する。山形に飛ぶ軌道から、トマホークボムかと思ったが、「セイジくん! 空中ダッシュ! それに当たっちゃいけないわ!」とカリンさんが叫んだ。
「い、いや。もう空中ダッシュなんて残ってない……」
アルファ・レイの空中ダッシュは二回まで。それも、アデラからの離脱でほとんど使い果たしてしまった。俺が落ちた場所にボムが落ち、残っていた爆風にぶっ飛ばされて、アデラの方へ引き寄せられるみたいにふっとばされた。
「うおおおお何故ぇぇぇぇ!?」
「ディレイボム……。引き寄せる爆風のボムよそれ!」
「ふっとばされてから言われても!」
もちろん、飛ぶ俺の先にいるのはアデラ。ヤツは軽くジャンプして、飛ぶ俺に向かってシャイニングウィザードをかましてきた。勢い余って、頭から地面に落ちて、またスタンガンの餌食になる。
「あががががががが!!」
身体が痙攣して、ヒットポイントも大分削られてしまった。
「くっそ!」
3ウェイガンを発射し、やつの顔面を撃ちぬいて、身体を転がし離れる。
「いってええ! 実の妹の顔面撃ちぬくとか! 兄貴サイテー!」
「そうだそうだ! お兄ちゃんちょっと思いやりが足りないよ!」
エリナとシイナが、明らかにブーメランと思われる文句を飛ばしてきた。アホか貴様ら。実の兄にスタンガン向けてる癖に何をおっしゃっているのやら。
「あー、頭がクラクラする……」
ふらついてしまう頭を押さえ、なんとか立ち上がる。
「……セイジくん。なんとかあの二人のチームワークを乱せないかしら」
俺の耳元でカリンさんがボソボソと耳打ちしてくる。確かにヤツらのチームワークは驚異的だ。確かに手強い。俺は頷いて、アデラに向き直った。
「ふっふーん。今ならギブアップ聞いてあげるよ、お兄ちゃん」
エリナがアデラの操作権を取り、片手で顔を扇ぐ。
「ギブアップなんてするか! ……しっかし、お前らほんとにチームワークいいな」
「「そっかなー」」
照れた様に笑うアデラ。二人入っているロボでこんな風に動きが重なるのだから、ほんとこいつら双子の名に恥じないシンクロ率だ。
「ああ。――ところで、知ってるか? ちょっと前だ。シイナのTシャツが胸の部分だけ伸びてたことあったろ?」
「ああ、あったね。そんなこと。たしか、お兄ちゃんが洗濯してた時に伸ばしすぎちゃったって。もう許しはしたけど、あれお気に入りだったんだからね」
「そのことなんだがな、あれやったの俺じゃねえんだ」
「だああ兄貴! それは!」
露骨にシイナが暴れだした。しかし、それを身体の中から押さえつけるエリナ。デュアルダイブは二人の呼吸が揃わないと動けないからな。
「あれやったのシイナなんだ。エリナのTシャツ着て、裾から膝入れて、エリナごっこしてたとかなんとか。それを俺がかばってやったってわけさ」
エリナに比べて、シイナは胸が貧相だからな。憧れがあったんだろう。そこで見分けついちゃうし。
「し、シイナ! それ本当!?」
「ご、ごめんエリナ……つい……」
「信じらんない! あれすごいお気に入りだったの、シイナも知ってるでしょー!?」
アデラが一人でじたばたしはじめた。醜い……(引き起こしたのは俺だけどね!)。
「後な、シイナが大事に食べてたお高いチョコ」
「あぁ。兄貴が食べたやつか」
「だぁぁぁお兄ちゃんそれはダメだって!!」
「あれ食べたのエリナなんだ。俺は、エリナをかばったの」
「なぁぁぁにぃぃぃぃ!? エリナそれマジかぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁごめんごめんごめんなさーい!!」
あっさりとチームワークを乱す事に成功し、二人が一つの体でやりにくそうな喧嘩をしている内に懐へ潜り込んで、下から拳で顎を突き上げた。力に沿ってぶっ飛ばされたアデラを見て、俺は「……やったか」と呟いた。
「……いってえ。兄貴卑怯すぎだろ!」
「カスタムロボでそんな戦法ありー!?」
双子が騒ぎ始めたので、俺は3ウェイガンを放った。さすがのシイナもそれを全て避けきるのは難しかったらしく、何発かは体に当たっていた。
「え、エリナ……! 呼吸合わせないとダメだって!!」
「そんなこと言ったって……! シイナが私のシャツ伸ばしちゃったのがいけないんでしょ!!」
「そっちこそ、あたしのチョコ盗ったじゃん!!」
相変わらずアデラの動きは鈍ったままだ。空中に飛び、そのまま距離を取りながら、3ウェイガンをアデラ周辺に掃射。徐々にホロセウムの端へ追い詰める。
「トドメだ! 全弾ッ解放ォォォォ!!」
ボムとポッド。更にガンもオマケして、全ての弾がホロセウム端に追い詰められたアデラへ向かっていく。当たれば終わりだ。俺は勝利を確信した。
「エリナ! 今は喧嘩してる場合じゃないぞっ!! 呼吸合わせろ!」
「う、うん。後で喧嘩しよ!」
瞬間、アデラは自分の前にディレイボムを放つと、その爆風をバリアにした。爆発によって、ボムとポッドは相殺されたが、ガンだけはそうもいかない。だがガンだけなら、充分に対処が可能だ。ジャンプして、空中ダッシュ。それだけで弾丸はアデラに当たらない。
そのまま俺の元まで飛んで、ぐるりと、特撮ヒーローみたいに宙返り。
アデラの飛び蹴りが、俺の胸に突き刺さった。
「あがっ……!!」
五メートルほど弾き飛ばされ、ヒットポイントが限りなくゼロに近づいた。
「ふう。チームワークさえ整えば、やっぱりあたし達は無敵だったな!」
「これからは、あんまりチームワーク乱すようなことはしないようにしないとね」
シイナとエリナの気楽な言葉が、耳に障った。そんな心の嵐を原動力に、地面を押して立ち上がろうとする。
「セイジくん! もう無理よ!! ヒットポイントないじゃない!?」
カリンさんの声も、俺にはどうだっていい。
「こんな所で……この程度で……止まってられるか……!!」
違法パーツを使うサスケには、こんな程度じゃ勝てない。
伝説のコマンダー、ジロウさんには、一発も当てられなかった。次に勝てばいいなんて、嘘だ。今勝ちたかった。例え無謀だったとしても、勝ちにこだわらなかったら、やる意味なんて無いじゃないか。
「んだよ兄貴。もうやめとけよ。兄貴にトドメはちょっと罪悪感あるって」
「うんうん。ギブアップしなよ」
「ギブアップなんて出来るか!! グレートロボカップに出て、ジロウさんを倒すってさっき言ったばかりなんだ!」
俺の力がいたらなかったばかりに、カリンさんを未熟者扱いされたりしたんだ。だから、もっと強くなって、俺がチャンピオンになる。
そう誓った瞬間、アルファ・レイの体が熱を帯び始めた。こんな肝心な時に熱暴走か。
「熱っ……! 熱い……!!」
そして、頭が茹だるような感覚に襲われ、プツリと何かが切れた。
「あっ……あぁぁぁぁぁッ!!」
熱がピークを越えた瞬間。
アルファ・レイの体が、金色に輝き始めた。
「なんだよありゃ!? エリナ!」
「私にもわかんないよ!」
「……ソウル・ブースト」
双子が慌てている中、カリンさんだけは、この現象の名前らしき物を呟いた。
このロボが金色に輝く現象は、ソウル・ブーストというらしい。力が湧き上がってきた。
地面を蹴り、走りながら3ウェイガンを放つ。
唐突に動き出した俺に、アデラは急な対応ができなかったようで、腕をクロスさせてガードする事くらいしかできなかった。
しかし、その攻撃でアデラも気を持ち直したようで、ボムを俺に向かって放った。
だが、今の俺にとっては、そのボムは遅い。スローに見える。
「まだだぁッ!!」
シイナの声と共にアデラが、低空ダッシュで接近してきた。
スタンガンの範囲内に飛び込んできた。その素早さに、一瞬驚き、スタンガンの攻撃を受けてしまう。
……しかし、今の俺には、あまり効いていないようだ。ヒットポイントも、全然減っていない。
「終わりだアデラ」
3ウェイガンを構え、アデラの胸に向かって射撃。
そうして、このバトルに決着がついた。
■
『アヴァロン決勝!! 土壇場でソウル・ブーストを発動させ、セイジ選手が優勝したぁぁぁぁ!!』
そんなアナウンスで、俺の意識がアルファ・レイから自分の体に戻ってきた。
「ぐっ……完敗だよ兄貴……こんなに強いなんて、思いもしなかった……」
「うん。やっぱり、お兄ちゃんはさすがだよ」
シイナとエリナは、そう言って、悔しさを押し殺して笑っていた。負けたら悔しいのは当たり前だ。でも、その悔しさが、きっと強くなる為の鍵なのだ。
「……おめでとう、セイジくん。すごいね、土壇場でソウル・ブーストを発動させるなんて」
しかし、なぜか、俺の味方であるはずのカリンさんも、テンションが低かった。
「……ダメだなぁ。私がセイジくんを信じてあげなきゃいけないのに」
「いや、そんな。カリンさんが隣に居てくれたから、俺は戦えたんですよ。……ところで、ソウル・ブーストって?」
「あぁ、えっと。ロボとコマンダーのシンクロ率が極限まで高まった時に起こる現象で、ロボの性能が向上するの。でも長くは続かない。終わったら、ロボが汚れて性能が落ちるから、使い所を間違えないように。それから、ロボのメンテナンスも忘れずに」
「了解です」
アルファ・レイを回収し、見てみると、確かに黒いススみたいなもので薄汚れていた。
「カリンさんにメンテナンスしてもらおっかなー! 俺よりロボの扱いは手慣れてるでしょうし!」
「……うん、わかった。やっておくね」
そう言ったカリンさんの横顔は、どこか寂しそうだった。元気を出して欲しいけど、なぜ元気を無くしているか、俺にはわからなかった。
アヴァロンの結果は、一位が俺。二位がサリー&エリー。三位がミズキという結果になった。本来ならミズキとジロウさんで三位決定戦をやるはずだったのだが、ジロウさんは棄権して、ミズキが三位になった。
ミズキは「ナメてるわよね」と腹立たしさを飴にぶつけた為か、飴を噛み砕いていた。
俺はグレートロボカップに進出する事になったが、あまり嬉しさを実感できなかった。ジロウさんに勝ちを譲ってもらったこともあるけれど、一番の原因は、カリンさんの元気がなかったからだ。
バットくらいはあるだろう、イルカを模した大きなトロフィーをもらって、家に帰り、自室の棚に飾った。サンデーマッチでもらったトロフィーと並べて、ぼんやり眺めていたら、こんな声が聞こえてきた。
『今日はお疲れ様。悔しさもあると思うけど、一段と成長した日でもあるね』
トロフィーからの労いという、幻聴以外の何者でもない言葉を聞きながら、俺はベットに体を預けた。
カリンさんは、大丈夫なのだろうか。