カスタムロボ。
体長三十センチほどのロボ。精神力で操縦し、ホロセウムと呼ばれるスタジアム内で戦う、今老若男女問わず大人気のおもちゃである。この物語は、様々なパーツをカスタマイズし、小さなステージで行われるその戦いに魅了された少年達の物語である。
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目の前に立っていたのは、金色に輝くロボだった。そのロボが放つ閃光は一瞬にして周りのロボ達を打ち砕いていき、スクラップの山を築く。
圧倒的な力を前に、その金色のロボを取り囲んでいた他のロボ達は次々に退いていくが、その中で一体だけ、そのロボに向かっていくロボがいた。
赤い髪の青年型ロボ、『レイ』だ。
顔には怒りが刻まれ、その足取りは地を削る。
まずは小手調べの、左手に装備されたボム。まっすぐに飛び、金色のロボへ当たる。だが、傷一つなく、まっすぐレイを見据えていた。
「だったら、これはどうだぁッ!!」
そうして、左手に装備されたガンを構え、撃つ。頭を撃ち抜いたはずだったが、堪えた様子はない。
金色のロボは、右手をゆっくり上げ、照準をレイに合わせると、閃光が走った。
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「セイジ兄ちゃん、朝だぁぁぁぁッ!!」その叫びと共に、腹にとんでもない痛みが走った。
見れば、妹その一が俺の腹に肘を叩き込んでいた。
「お、まえ……何をしている……!?」
妹その一、シイナ。
茶髪をショートカットにした、ちょっとつり上がったアーモンド型の瞳が特徴的な妹だ。ちなみに中一。今は白いTシャツに赤いスカーフ、ジーンズに身を包んでいる。赤いスカーフが決め手、とかなんとか。モデル体型だから、確かにかっこいい。
まあ、いろいろ言いたいことはあるが、一言。
「起こし方を選んでくれよ!!」
と、怒鳴った。
「兄ちゃんがいけないんだぜ。早く起きないからさぁ」
「寝坊しただけでエルボー食らうって、どういう事態なんだよ……」
緊急事態なのか?
むしろ緊急事態なのは、俺の腹なのだが。中身がズルッと出るかと思った。出てないのが不思議なくらいだ。
「とりあえず、着替えるから出ていけ」
「ういーす」
俺の言葉に従って、シイナは部屋から出て行った。
着替える為にベットから這い出て、クローゼットに歩み寄る。ふと、壁に貼られたポスターが目に入った。それは、カスタムロボと呼ばれる、三十センチほどの小さなロボだ。
今大ブームを起こしているおもちゃで、俺もハマっている。――とは言っても、カスタムロボを、俺は持っていないのだが。
お小遣いで生活している身の上だし、カスタムロボは高い。技術の最先端なのだ。
ため息をついて、クローゼットから着替えを取り出す。青いタンクトップに、炎のガラが入った白いジャケット。そして赤いズボン。いつもの私服に着替えて、部屋を出た。
廊下から階段を下り、リビングへ。そこには、四人掛けのテーブルに座る三人の女性がいた。一人は、妹その一シイナ。もう一人は――
「おっそいよ。お兄ちゃん」
妹その二。エリナ。
垂れたアーモンド型の目が特徴的な妹。黒いキャミソールに、赤いフリルたっぷりのスカートと黒いニーソックス。茶髪のボブカットと、シイナに比べれば女の子っぽい正反対の出で立ちだが、彼女らは一卵性の双子だ。俺の一つ下。
「どこかのバカにボディエルボーかまされたんだよ……」
次からは腹に雑誌でも仕込んで寝た方がいいのかな。自宅でそんな警戒したくないわ。
「マジで? 兄ちゃんにそんなことするとは……許すまじだな」
「お前だよ!」
とぼけるシイナに怒鳴り、シイナの隣に座った。数分前の行動を思い出せよ、という意味合いを込めて頬を引っ張る。やたら伸びる頬だな。ちょっと気持ちいいじゃねえか。
「ひ、ひたいにいひゃん! 悪かったかひゃ!!」
ギブアップが入ったので離す。そして俺は、食卓に置かれた朝食をかきこむ。
「兄妹仲がいいわよねえ」
と言いながら、俺たち三人を見るのは母さんだ。ピンクのタートルネックにジーンズ、白いエプロン。俺たちの茶髪は母さんの遺伝だ。
「けっ。いきなりボディかましてくる妹はイヤだよ」
「兄ちゃんが起きないのが悪い」
「どうかーん」
妹が二人いると、こういう時に不利だ。多数決って酷く不公平だよな……。
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妹二人と学校に行き、学年が違うので階段で別れて、俺は自分のクラスに入った。我が校は私服制だから、みんな私服だ。
俺はショルダーバックを自分の席に置いて、ふうとため息を吐く。
周りはほとんどカスタムロボの話をしている。俺も一応知ってはいるが、持ってないから会話に入りにくいんだよなぁ。
「よう、セイジ」
「ん……よう、アキラ」
アキラ。襟足を結んだ金髪と、白いダボダボのTシャツにファットジーンズ。ちょっと前に流行ったBボーイファッション。俺のクラスメート。ちなみに、彼もカスタムロボを持っている、コマンダーだ。俺の周りでカスタムロボを持っていないのは、妹二人と母親くらいなもの。
「いい加減、貯金してカスタムロボ買ったらどうよ?」
「いや……貯金してもなぜか金がたまらないんだよな……。貯金箱からお金が消えていくというか」
「……それ、ぬす――いや。なんでもない」
「あ? ……まあとにかく、そんなんじゃ買えるわけないじゃん?」
「貯まらないんだからな、金」
「だから俺にとっちゃ、カスタムロボは夢のまた夢なんだよなぁ」
おもちゃのくせに高い。そしてそれが流行る世間がわからん。まあ確かに、かっこいいけどさ。
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どうも最近学校に行くと、カスタムロボのことでため息を吐いてる感じがする。いや、最近だけの話じゃないか。昔から、カスタムロボが欲しい欲しいとため息を吐いている。小学校の頃は毎日駄々こねてたものです。
学校が終わって、ロボバトルしようと言って教室から出て行く級友達を見送って、帰路を歩きながらそんなことを考えていた。
その時、前から一人の女性が歩いてくるのが見えた。黄色いバンダナを頭に巻き、淡い緑の繋ぎを着た、二十代前半ほどの女性だ。ケータイらしき物をいじっているらしく、真剣な表情で画面を睨んでいる。前が見えなくて危ないんじゃないかなぁとか思いながらすれ違った瞬間、そのケータイが大きな電子音を鳴らし、女性は「ん!?」と目を見開いて、なぜかケータイじゃなくて俺を睨んだ。
「ちょ、君、名前は!?」
「は……? え、セイジ……です」
勢いに押されて、名前をバラしてしまった。個人情報保護はどこへやら。
「オッケー。セイジくん今日からこれは君のモノ!」
と、つなぎのポケットから、ソフトボール大のサイコロを取り出す。それは、カスタムロボが収納されたロボキューブというサイコロだった。そのキューブには腕や頭などの簡易的な絵が描かれており、カリンさんはその頭の部分を押すと、キューブがロボ形態へと変形する。
そのロボは、炎のような赤い髪をした青年型で、端正な顔立ちをしていた。そのロボと目が合う。
「……えっ。これを、俺に?」
「うんうん!」
「……いや、あからさまに、怪しいです」
「あ、やっぱり……? 言っててこりゃ無理だなって思ってたのよ」
まあもらえるものならもらいたいが。
俺の中の常識がもらうなと叫んでいるからもらわない。
「本当は時間ないんだけど……。いいわ、きちんと説明してあげる。私はカリン。移動ロボショップをやってるお姉さんよ」
「はあ……」
自分でお姉さんと自称するのは、本当に若くてもどこか痛々しい感じがするのはなぜなんだろう。特に胸を張ってると、お姉さんというよりは背伸びした感じが全面に出てる。
「んでねえ、このロボキューブは、私のオリジナルロボ、『アルファ・レイ』っていうんだけど――」
ロボキューブのロボの詳細がわかった所で、「いたあッ!!」と横槍が入ってくる。
見れば、カリンさんが来た方向から黒服の男が走ってきた。
おいおい。なんだこの展開は。
「カリンさん! そのアルファ・レイを渡してください!!」
黒服の男が、呆れているのか怒っているのか、判断のつかない声で叫ぶ。
それをカリンさんは、のれんのようにのらりくらりと躱す。
「いーやーだってんでしょ。――それに、もう遅いわよ。アルファ・レイは、このセイジくんが『アイコンタクト・レジスター』しちゃったもの」
「え、アイコンタクト……したっけ?」
アイコンタクト・レジスターとは、カスタムロボを扱う前の儀式だ。
カスタムロボは他人が操縦出来ないように、網膜認証を扱っている。ロボと目を合わせることによってアイコンタクト・レジスターを完了するのだが――。
「あ」
してたよ!
さっきカリンさんにアルファ・レイを見せられた時に、ばっちり目を合わせたじゃん!!
なにやってんだ俺ェェェェェェッ!?
「というわけで、正式にこのアルファ・レイはセイジくんの物よ」
はい、とアルファ・レイを手渡された。
そこはかとなく厄介払いされた感じがするんだけど。
「いや。そんなの関係ない。だったら、バトルで奪い返すだけだ」
男は、ポケットからロボキューブよりさらに小さい、普通サイズの白いキューブを投げた。そのキューブが空中で変形し、テーブルのようになる。そのテーブルの上には、小さなミニチュアの街が広がっている。これがホロセウム。カスタムロボのバトルステージ。
「バトルだ、少年。私が勝ったら、アルファ・レイを渡してもらう」
「いや、バトルとかそんなの関係なく……」
「上等じゃない!」
俺の言葉はカリンさんに遮られた。
どうもこの二人は、俺を置いた他の世界で戦っているんじゃないかという気がしてくる。
まあ、いいか。せっかくロボバトルができるのだ。負けるだろうが、いい機会だと思ってやってみよう。
「行くぞ少年!」
そう叫び、黒服の男はホロセウムの中にロボキューブを投げ入れた。
空中で変形したそれは、青い髪をオールバックにしたガタイのいいナイスミドルっぽい男性型。装甲は鎧っぽい。
「あれはカーライル。防御に特化したワイルドソルジャー型ね」
「へえ……」
カスタムロボにもいろいろあるんだなあ。
俺も、黒服の男と同じように、ホロセウムにキューブを投げ入れた。
キューブからアルファ・レイに変形し、繁華街の中心でカーライルと向かい合う。
カスタムロボを動かすというのは、不思議な感覚だ。まるでロボそのものになったみたいに、ロボが感じていることが頭に直接流れてくる。目の前に立つ相手ロボの存在感や、そびえ立つ摩天楼のリアリティ。
「さぁ。アルファ・レイを渡してもらおうか!」
カーライルは、そう叫ぶと銃を構えて俺に向かって撃ち始めた。
「うわぁ!!」
ロボにダイブしているリアリティは半端じゃなく、向かってくる弾丸からは死の匂い。もちろんロボだから死にはしないたろうが、俺は必死こいて避け、ビルの隙間に逃げた。
肩で息をして、俺は自分の装備を確認する。銃と、いくつかの手榴弾。そして、背中に背負ったミサイルポッド。相手もおそらく同じくらいの物だろう。
興奮か恐怖か、よくわからない感情が胸を打つ。やってやる。やってやる。それを何回も口の中で繰り返し、隠れていたビルの隙間から飛び出そうとする。
しかし、そこにはすでに、カーライルが立っていた。
「いっ――!!」
銃を構え、俺を狙う。
やべえ、と思うより前に、俺はその銃に向かって手榴弾を投げていた。カーライルは一瞬でケリをつけるつもりだったらしく、すぐに引き金を引いて、発射された弾は俺の手榴弾を撃ち抜いて、二人の間で爆ぜた。
「うぉぉぉ!?」
「ぐぅぬッ!!」
俺たちは互いに弾き飛ばされる。
空中でぐるりと回転し、体勢を整える。その時、履いていた靴(みたいなの)から、ブーストが出て、空中でダッシュ。いまだに爆炎渦巻く火中に突っ込み、その向こう側に出た。
酷く熱かったが、まさか爆炎を越えてくるとは思わなかったらしく、カーライルは驚いたように目を見開いた。
「うっるぁぁぁぁッ!!」
俺は、そんなカーライルの顔面を、思い切りぶん殴った。