Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
2-7 Pure Violence

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 手の中で潰した玉から液体が飛散する。
 その液体は一旦心臓に吸収された後、血流に乗って全身を駆け巡る。
 細胞の一つ一つに注がれ浸透し、表面も中身も濁った黒に染め上げ、変革を促す。
 髪の毛から、爪の先まで。異物を注入された細胞は異常な勢いで活性化し、分裂し、膨張する。
 手が、足が、体中が。黒ずんで岩石のように硬質化し始める。ゴムのような体のあいつらとは、まるで正反対だ。
 人間の体を突き破るかのように肉体は肥大し、さっきまで見上げていた怪人を見下ろす程の巨体へと変貌する。結果として、衣服は破れた。
 顔は人間のものを捨てて骨格ごと形を変え、狼と獅子を融合させたかのような狂獣の面へと変化を遂げる。


「――――――――オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 暴力と言う言葉を体現したような姿の、異形の存在。
 大型怪人・『殺戮病』トゥーレイトが誕生した。

「サア、殺シ合オウカ」

 玉を二つ使ったこの姿は、はっきり言ってエネルギーの無駄遣いだ。強さ自体は一つ消費と大して変わらないし(と言うかむしろ弱いくらいだ)、変身していられる時間もそう長くはない。
 だが、俺は好きではない。特に雑魚を片づける時は、これが一番爽快だ。上手く喋れなくなるのが少し煩わしいがな。
 俺が殺意を剥きだしにしているのに対し、怪人たちは明らかに動揺していた。
 正義の味方も、研究員も。まさか俺が怪人になるとは思いもしなかっただろう、目をひん向いて驚いている。
「来ネェナラ、コッチカラ行クゼ」
 俺はゆるやかにジャンプして、一番近い怪人……後ろから出てきた二体の、右側の正面へと降り立つ。
 さっきの大型怪人ほどの瞬間的な速さは、この姿には無い。今の俺にあるのは、足周りの安定感。
 体格の割に動きは滑らかで、小回りも利く。ジャンプして着地した瞬間にはもう次の行動に移れる程だ。
 まずは一発。打ち下ろしの右拳を、怪人に放つ。
 滑らかながらも鋭くキレのある、その挙動。
 怪人はそれを見切り、反射的に左(こちらから見て)に跳ぶ。
 俺の拳は空を突き、地面へと突き刺さる。
 怪人は回避に成功した、はずだった。
「ソノ判断ハ、不正解ダ」
 時間差で放った左フック。
 真横から飛んできた巨大な拳。しっかりと体重を乗せた一撃に脇腹を打たれ、怪人は壁まで吹き飛んでいった。
 拳に確かな手応えを感じる。怪人化によって強化された骨格を砕いた感触が、左手に残った。
 俺はすぐさま怪人へと跳び、床にずり落ちる前に追撃を仕掛ける。
 右手で手刀を作り、アイスピックのように鋭く尖った爪を心臓に突き入れる。同時に、心臓を貫通させたその指を滅茶苦茶ににかき回した。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
 内蔵をかき混ぜられる激痛に、怪人が悲痛な声を上げる。
「アアアアァァァ!」
 必死に身をよじって逃れようとするも、既にそんな力は残されていなかった。
 ただ、痙攣するのみ。
 既に中身の心臓は、挽肉になってしまっている。
「アア、ア……ッ…………」
 弱々しくながらも暴れていたそれは、糸が切れたように動かなくなった。
 あと二匹……
 そう思った瞬間、延髄に鋭い痛みが飛んできた。
「……ッ!」 
 膝……か?
 一瞬の間、思考が揺らされた。
 その隙を逃さず、側頭部に打撃。続けて、頭頂部に意識を飛ばされるような強烈な衝撃が走った。恐らく、踵落としのそれだ。
 予想外のダメージを貰いながら振り返ると、もう一体の怪人が今まさに着地したところだった。
 こいつは先ほどの戦いを観察し、俺と自分達の戦力差を見極めていたらしい。
 正攻法では勝ち目が無いと判断し、俺が獲物を仕留めた一瞬の隙を狙って効率的に狙いを絞ってきたのだ。
 卑怯でもなんでもない。仲間が殺されるのを見過ごそうが、油断した隙を狙おうが、結果が全てだ。
 利用された奴が悪いし、隙を見せた方が馬鹿なのは明白だろう。
 だが、先程の戦い――個々では絶対に撃破出来ない相手に連携で勝利をもぎとっていた姿を見ていた俺にとっては。
「……雑魚ダ、オ前ラハ」
 としか思えなかった。
 俺の足がふらついているのを見逃さず、怪人は素早く地面を蹴り、壁を蹴り、更に天井を力の限り、蹴った。
 重力に怪人の脚力を上乗せし、俺の脳天を割る勢いで拳を突きだす。
 その勝ち誇った顔は、たまらなく俺の好みだ。
 俺は足で地面を突き破り、根を張るように固定した。肘を降り上げ拳の落下地点に合わせて、ただ力を入れて踏ん張る。
 俺の顔も、勝利を確信して歪む。
 怪人の拳と俺の肘が、激突した。
 一瞬の静止の後、表情を変化させたのは……言うまでもなく、怪人の方だった。

 べきりと音を立てて、拳が粉砕される。
 続いてめき、めきと音を出して手首がへし折れる。
 衝撃が上るように、下椀が、上椀が、肩が、連鎖的に次々と破壊されていく。
 骨が肉を飛び出して、切断された血管から血が噴き出して。
 奇声を上げながら地面に落下する頃には、怪人の右腕は戦車のキャタピラに巻き込まれた小動物のようにズタズタになっていた。
「グギャアアアアアアアアッ!!」
 腕を抑えてのたうち回る怪人。
 その左腕を掴み取り、思い切り雑巾絞りをしてやる。筋肉の断裂する音と共に左腕は捻れて、千切れる。
 あまりの激痛のせいか、怪人の悲鳴の音程が一つ上がった。
 ゆっくりと達磨にして楽しもうかと思ったが、もう一体怪人がいるのを思い出した。ので、てっとり早く済ませることにした。
 バタバタさせている怪人の両足を両手で掴み、ふっと一呼吸。
 裂く。
「ガッ……――」
 力の入れ加減が悪かったのか、綺麗に頭まで裂けることには失敗してしまう。派手に飛び散った臓腑の中で、腸だけが二つに割れた体を綱渡ししていた。
 あと一匹。
 一向に襲ってこない最後の怪人に、俺は目を向けた。
 最後の一体は、腰を抜かし、逃げることもできない研究員を守るように仁王立ちしていた。
 チラチラと後ろを伺う怪人に向かって、俺は駆け出した。
 一歩ごとに地響きのような足音を鳴らしながら、部屋を横断する。
「ひっ……に、逃げるぞ! 早く行け!」
 自分の方に向かってくる大型怪人を見て、研究員は声を張り上げた。
 怪人は一瞬の躊躇を見せた後、扉に向かおうとする。
「お……馬鹿! 何で一人で逃げるんだお前は! 私を連れてだ、この低脳怪人が!!」
 馬鹿はお前だ。
 怪人は慌てて元の場所まで戻ってきて研究者を担ぐも、時既に遅し。
 もう目の前には、自分を上回る巨体の怪人が迫って来ていた。
 地面を、踏み割る。

「砕ケロ」

 大きなテイクバックからの、必殺の右ストレート。
 今までこれを受けて生きていた奴は一人としていない、正真正銘『必殺』の業。
 その一撃は怪人がガードした腕ごと、胴体にくり貫かれたような風穴を開ける。そして同時に、拳の風圧が怪人の内部に凄まじい衝撃を与える。
 その結果、俺が拳を引き抜くと同時に――怪人の体が、爆発した。

「――カイジンケン壊人拳……ッテ、ナ」

 部下から付けられた、技名だ。
 以降、俺の名前は『壊人かいと』で定着してしまった。別に構わないが。 

 地下に赤の雨が降り注ぐ。
 俺が踏み込む瞬間に怪人に放り投げられて命拾いしていた研究員はそれを思いっきり顔に浴び、派手にむせた。
「、ット……」 
 力が、体から零れ落ちていく感覚。変身が解除され始めた。
 空気が抜けた風船の如く体は縮み、甲殻類のような肌は哺乳類の柔らかい皮膚へと退化していく。
 世界から大型怪人・『殺戮病』トゥーレイトが消え去り、一糸纏わぬ姿の人間、柏木壊人が現れた。
 俺は未だ咳き込んでいる研究者の頭を軽ーく蹴る。
 ぎょ、とした顔でこちらを見る研究者。
「三十秒以内に俺の服を用意してこい。遅れたら股を裂く」
 とお願いしたら、文句の一つも言わずに部屋から飛び出すように探しに行ってくれた。うむ、これも人徳と言うやつだな。

「さて」
 後ろを振り向くと、呆然としていた正義の味方達と目が合った。
 滝のような汗を流しつつも、即座に『ブレット』は俺に銃を向ける。
「止めろ」
 それを、『ファング』が止めた。声に余裕は、全く無い。
「奴は敵じゃない」
「敵じゃない、ったってよぉ……こいつは……ば」
 化け物、と言おうとした口を、『バスター』は慌てて抑える。
「……さっきの研究員の発言。あれはもしかして、死体の山を作ったのはこいつだって言ってたんじゃない?」
「そ、そんな……」
『ウォッチャー』はすっかり怯えきってしまっている。目には涙を浮かべ、初めて目にした純粋な『暴力』を酷く恐れていた。
「今の戦闘と言い、殺し方が普通じゃない。どこに敵じゃない証拠があるのさ」
『ブレット』の声もわずかに震えている。逃げ出したいのを必死で堪えているようだった。
「証拠なんてない。敵じゃない、ってのはただの願望だ。死にたくなければ間違っても抵抗するな」
 そう言って武器を捨てる『ファング』に、一瞬躊躇ったあと全員が倣う。
 俺はその悪魔でも見るかの態度に深いため息を吐いた。悪魔と怪人ってどっちが悪いんだろうな。
「だー、かー、らー。さっき言ったじゃねぇか、お前達の敵の敵だって。それにお前達を殺すチャンスだっていくらでもあったろ」
「敵じゃない、んだな……?」
「敵になって欲しいのか?」
 俺の冗談に、ファングは全力で首を横に振る。
「いーや、絶対に御免だ……良かったよ、お前が敵じゃなくて。今年一番の幸運な出来事だ。人生でもベスト3に入るラッキーだな」
 トップとは言い切れないのか。凄い経験してるなこいつ。
「敵じゃないが、お前らに聞きたい事が色々ある。場所を移して話さねぇか」
 俺の提案に仲間と顔を見合わせた後、無言で『ファング』は頷いた。

 息を切らせて戻ってきた研究員から服をもぎ取り着替える俺。
 服のサイズがぶかぶかに大きいので、一発拳骨を食らわせてやった……
 ……殺そうかと思ったが、『重要参考人』らしいので今度にしておく。

       

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