Neetel Inside ニートノベル
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アンチヒーロー・アンチヒール
3-6 たったひとつ、この手に掴んだもの

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 「……そもそも、『あの少女は助けた』とだけ言って、体質の事は黙っていればいい話じゃないですか」
 憮然とした態度のベル子。よっぽど死亡扱いが気にくわなかったらしい。
 「助かってねーんだから死んだも同然だろ」
 「は?」
 机を拭くベル子の手が止まった。
 何を言ってるんだこいつは、と言う目で俺を凝視している。
 「……助かってる、じゃないですか」
 「お前はどう思ってるか知らねぇが……俺からすりゃ、お前は助けられなかったんだよ」


 俺が、苦痛と衝動に負けずに。最初に蜷川をぶっ殺してさえいれば、誰も死ぬことは無かった。
 親父もお袋も、ベル子の両親も。そして、春海も。
 ベル子の改造も、止められていただろう。普通の人間としてのベル子は、あの時に死んでしまった。

 ……『死んだ』のではない。『殺された』のだ。
 殺したのは、俺だ。


 
 「なあ、ベル子」
 「なんですか?」
 
 
 「お前、まだ俺を恨んでいるか?」
 
 
 「……『まだ』ってなんですか、『まだ』って」
 さも「恨んだ事なんて一回もありませんよ」とでも言いたげな呆れ顔で、ベル子は再び机を布巾で掃除し始める。
 柔らかい生地のスカートが揺れ、俺の膝を軽く撫でた。
 「最初の頃なんか、お前ずっと俺を睨んでたじゃねぇか」

 『アフターペイン』を潰した俺は、ベル子に一声かけて基地を後にした。
 ベル子は、俺を追いかけてきた。親の敵である俺を憎み、隙を見て殺してやると言った様子で俺の後ろをついてきた。
 声をかけても返事はしない。寝苦しくて起きたら首を絞められていたこともある。そのくせ、飯だけはたかりにくるんだ。

 「あれは……まあ、小さい時ですから」
 「今でも小さいだろ。色々と」
 呟いた瞬間、ベル子の目が昔の目に戻った。
 「食べますよ、声帯」
 「勝手にしろよ」
 どうせ喰われた所で再生するからな。
 ベル子は鼻でため息をつき、俺の隣に座った。視線は、前を見ている。
 「……別に、恨んじゃいませんよ。むしろ感謝してるくらいです。カイトくんがいなかったら私は死んでましたからね。蜷川も殺してくれたし」
 「俺がもっと早く来ていれば、お前の両親は助かった」
 「過ぎたことを言っても仕方無いでしょう。『衝動』がどれほど強いのかは私だってよくわかっています」
 「いいのか、お前はそれで。俺は、お前の両親を殺したんだぞ」
 「私は、その両親を食べました。罪があるなら、二人で背負いましょう」

 ベル子が、俺の方を向いた。
 いつもよりしっかりと開かれたその目には、迷いの色など無かった。
 
「それに……私は知っています。カイトくんの、肉の味を」
 ああ。俺の殺人衝動は一週間は耐えられるが、ベル子は二日に一度は人肉を喰わないといけないからな。
 幸い、俺の肉体はすぐに再生する。ここ最近は少なくなったが、足りなくなった時はよく喰わせていた。

 ……?
 で、知っているからなんなんだ? うまいのか?



 「肉の味を……知っている……」
 奥から、意味ありげに繰り返す声が聞こえた。
 変態が来たぞ。
 「鈴ちゃん鈴ちゃん、俺々! 俺の肉とか凄いおいしいよ! 特に股間の辺りとか絶品だよ! 食べてみない?」
 冗談なのか本気なのかよくわからない口調で、レイジが客席に出てきた。
 「ベル子、本人がお望みだぞ。食い千切ってやれ」
 「嫌です。カイトさんこそ今すぐこれを殺すべきじゃないんですか?」
 ベル子の目は、汚物を見る目になっている。さっきの怒った時の何倍もの負の感情に溢れていた。
 
 「いやー、でも本当エロいよねお前達の関係。今日はそれで抜くわ」
 「お前いいかげんにしないとマジで舌引っこ抜くぞ」
 「そう言えば、なんでカイトさんは私を助けたんですか?」
 ベル子は完全に無視を決め込んだらしく、俺へと質問してきた。
 「あー……? 知らねぇ。っつか覚えてねぇ。助けようと思ったからじゃねぇの?」
 「何でそう思ったんですか?」
 「だから覚えてねぇっつの」
 「それはだね、鈴ちゃん」
 変態が話に参入してきた。
 「下らないこと言ったら喉を噛み千切りますよ」
 「え、じゃあ下らない事言おうかな」
 俺は黙って右手を自分の左胸に突き刺した。
 「わかった! 真面目に話すから変身はやめろ!」
 慌てて制止するレイジ。
 最初からそうしろ。

 「カイトはな、鈴ちゃんに妹の面影を重ねているんだよ。代役って言ったら聞こえは悪いけど、救えなかった妹への懺悔も兼ねて、君を守ると自分に誓ったんだ」

 そうだろ? と言わんばかりに俺を見るレイジ。いわゆるドヤ顔と言ったやつだ。
 「……そうなんですか?」
 「アホか。全然ちげーよ」
 「え、今の話の流れだとそんな感じでしょ? 鈴ちゃんを妹だと思ってるんじゃないの?」
 やれやれ。とんだ的外れだ。
 
 「あのな……俺はそんなところで混合しねぇよ。春海は春海、ベル子はベル子だ。
 だいたい、春海とベル子じゃ似ても似つかねぇ。春海はこんな根暗チビ眼鏡と違って元気で活発でそれでいておしとやかで礼儀正しく、友達も多くて勉強もスポーツもできて笑顔はまるで天使のようでお兄ちゃんお兄ちゃんってついてくる春海の可愛さと言ったらそれはもうそれこそ殺人的なレベルで、当然モテる春海を狙ったクソガキ共が告白とかしてきてな、俺が痛い目に合わせてやってどうにか追い払っても次から次に湧いて出やがる。しまいにゃ俺が春海の背後霊として小学生の間じゃすっかり有名になっちまって……」

 
 「……」
 「……」
 「ん、どうした? なんだその目は」
 気付けばレイジもベル子も、一歩引いた目で俺を眺めていた。
 そんなに春海の可愛さが疑わしいのか。
 「私、疲れたので今日は失礼します」
 「そうだね、そろそろ上がろうか」
 「おい、話はまだ終わってねぇぞ」
 俺の言葉を無視して、二人は店じまいの準備を始め出す。
 なんなんだ、全く。

       

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