Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
4-2 死線

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 敵か味方かも不明な、漆黒の怪人。
 「敵の敵」であることは間違いないが、「敵の敵は味方」と単純に考える事はできない。
 
 人の頭を鷲掴みにし、壁に叩きつけて、破裂させる。
 そんな光景を眼前で見せ付けられては。

 「……!」
 さっきまでそこに存在していた頭部が車に轢かれたトマトのように潰れ、首の上から消失した。
 頭を失った戦闘員は、首の断面を壁に擦りながら力無く倒れる。
 壁には、打ち上げ花火の落書きのような、生命そのものの赫が染みていた。

 体が、震えた。
 目の前の怪人は、根本的に俺とは違う。
 いや、人間とは違う。
 どう間違っても、こいつは正義の味方ではないだろう。

 俺が沈黙を続けていると、通路の角を曲がって奥から何者かが出てきた。
 怪人が二人。
 色こそ俺とは違うダークグレーだが、デザインは俺の姿と共通点が多く、類似していた。
 俺が新型なら、奴等は旧型になるのだろうか。
 彼等はこちらを黒く細長い、何かで指し示していた。
 信じたくはないが……大きな銃のような、対物ライフルのような、何か。
 それを、二人が片手に一つずつ。計四丁の『何か』が、俺と漆黒の怪人を捉えていた。
 
 「おーおー、怪人の癖につまんねぇ戦い方だな」
 「撃て」
 呟いた声が聞こえてきた次の瞬間には、眼前に弾丸は迫って来ていた。
 先程のライフル弾とは速度こそ大差無いが、大きさが段違いだった。
 当たったら、この体でもどうなるかわからない。
 俺は無理に手で弾こうとはせず、回避に専念した。
 左脇の横、空気を弾丸が抉り取ってゆく。

 右手が、飛び跳ねた。
 「ぐあッ!?」
 つられて体が持っていかれる。右手から激痛と痺れが走り、意識が集中する。
 一つの弾に注意を向け過ぎたか。
 銃弾に掠った右手は千切れ飛んだりはしなかったが、骨は砕けたであろうことは間違いない。
 中から食い破られてるかのような痛みが伴うが、握れる事は握れるのが凄い。
 俺はハッとして、再び前方に視線を向ける。
 痛もうが痺れようが、立ち止まっていたら的になってしまう。とにかく銃撃を掻い潜り、活路を見出さないと。
 そう思い気を引き締めたが、結果としては二度と俺に銃口が向けられる事は無かった。

 俺が見た光景は途中からで、時間にして一秒にも満たなかった。
 漆黒の怪人は天井から壁を吸盤でもついているかのように走破し、僅か2m程の距離から放たれたライフル弾を紙一重で滑るように避け、すれ違い様に前衛の旧式怪人の腹に大穴を開けた。
 相手は旧式とは言え、俺と同系統の怪人だ。とても走りながらのパンチの威力ではない。
 
 異常だ。
 寒気すら覚えてくるほどに、彼の力は常軌を逸していた。
 
 後衛の旧式怪人を捉えると、彼はまたしても壁へと向かった。
 先程とは違い壁を走るのではなく、一足に蹴って跳ぶ動作。
 床を蹴り、壁を蹴る。旧式怪人はワンテンポ遅れて、彼の影を追う。
 天井を蹴り、真下に急降下すると同時に、携えた手刀を振るう。




 その時、確かに俺は聞いた。
 ぴしぃ、と言う、小さな歪みの音と、囁くような声を。


 床から壁、壁から天井、天井から床への、三角形の軌道。
 線上に立っていた旧式怪人は一瞬の静寂の後、邪魔だとばかりに綺麗に両断された。


 「……!?」

 風通りの良くなった自分の腹を見ながら、崩れ落ちる怪人。
 何が起こったかもわからずに左右に分けられ、バランスを失って倒れる怪人。
 二人が地面に伏したのは、全くの同時だった。


 「……ったく、誰が負けんだ……」
 漆黒の怪人はそう呟いて振り返り、只一人残った俺を見据える。


 全身に、酷い悪寒が走った。
 俺は本能的に、奴とは反対の方向へと全力で走っていた。
 決して振り返る事をせず、一心不乱に奴から逃げ出していた。
 
 喉の奥に氷を入れられたような感覚だった。
 あれは、根本的に俺とは違う。
 いや、俺や旧式の奴等みたいな怪人とは違う。
 どう間違っても、あいつは正義の味方ではないだろう。
 ならば、悪か?
 ……いや、きっとあれは悪ですらない。
 殺意を纏い、殺気を呑み込み、息をするように死を振りまく。
 近い言葉を捜すなら――
 

 

 ――死神、だった。

       

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