Neetel Inside ニートノベル
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アンチヒーロー・アンチヒール
1-1 ロクゲンレッド、見参!

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 8月11日 火よう日 はれ
 ぼくは夜おそくにヤツフサといっしょにおまつりにでかけました。
 さかを下ってたんぼのよこを通って、おくの林の中の道を歩いていると、ヤツフサはきゅうに林の方へうなって、ほえた。
 なにかいるのかなと思って林へ入ると、そこにはへんなふくの人がふたりいました。
 へんなひとたちは「こどもだ、つかまえろ」と言いながらぼくたちの方へちかづいてきました。
 こわくなったのでにげようとしたけど、ヤツフサがにげないのでにげられませんでした。
 とてもこわかった。
 「まてっ!」
 でもそこにロクゲンレッドがあらわれました。
 いつものふくじゃないしギターももってないけど、ぼくのピンチにかっこよくあらわれた。
 「もうだいじょぶだ! あく人はこのロクゲンレッドがゆるさない! せいぎのねいろでやっつけてやる!」
 と言ってあく人とたたかいました。すごいかっこよかったです。
 「ここはあぶない、にげるんだ!」
 とロクゲンレッドが言いました。ぼくはあく人をたおすところ見たかった。でも、ヤツフサがひっぱるのでお礼を言ってはしっておまつりに行った。
 おまつりにはロクゲンレッドのお面があったのでかいました。
 あとロクゲンレッドといっしょにたたかうやくそくをしました。

 ぼくもロクゲンレッドみたいにかっこいいヒーローになりたいです。













 最近ここらで子供の行方不明者が増えているらしい。間違いなくどこかの組織の仕業だ。
 例えばこんな人通りの少ない雑木林なら、ガキの一人や二人捕まえるのは容易だろうな。
 反対側の竹林も確認してきたが、向こうは割と見渡しがよかったのでここにヤマを張ってみることにする。
 今日は近くの神社で祭りを開催しているので、悲鳴も聞こえにくいだろう。絶好の神隠し日和ってわけだ。
 懐中電灯を片手に少しうろついてみることにした。直接現場に遭遇しなくても、何か手がかりが残っているかもしれない。
 怪人どころか幽霊でも出てきそうな不気味な林だ。
 垂れ下がった柳の枝を見ていると、昔、近くの森に首吊り死体を見たとかわめく友人を思い出す。
 あいつらは今何をやっているんだろうな。
 ――まさか俺みたいなことをやってる奴はいないだろうが。
 左手に持ったビニール製の赤い仮面を見て自嘲気味に笑う。
 予想以上に蒸し暑かったので団扇に買った、名前も知らないヒーローのお面だ。
 レッドだからきっとリーダーだ。仲間もいるんだろうな。大層なこった。
 と、そこで獣……犬の吠える声が耳に入った。近い。
 野犬だろうか。わからないが、声の方向へ走る。懐中電灯で前を照らしつつ、邪魔な枝葉をかき分ける。

 いた。
 真っ白な狼……いや犬か。それを引っ張る小さなガキ。
 そして、ガキ共に歩み寄る、黒服の二人組。
 間違い無いだろうな、子供さらいの犯人だ。
 俺は名も知らないヒーローのマスクを被り、輪ゴムを止めてしっかりと装着した。


 変身!

 ――ってな。


 その場にいた全員が懐中電灯に照らされて俺に気づいたが、逆光で顔は見えないはずだ。
「待てッ!」
 素早くガキとの間に割り込むと男達は後ずさり、改めて俺の姿を眺める。
 お面を被ったタンクトップにジーンズの男だ。安全靴も履いているが、一見ではわからないだろう。まあ、端から見れば俺の方が不審人物かもな。
「お前……何者だ?」
 たじろぎながらも黒服の一人が問いかけてくる。

 ……俺も知らねえよ。
 何と答えるべきか。まさか本名を名乗るわけにもいかないだろう。

「あー……あれだ……ゴホン。悪党に名乗る名前は」
「ロクゲンレッド!?」
「へ」
 ガキの大声に振り向く。
 信じられない、と言った顔で俺を凝視している。
 どうやらロクゲンレッドと言うのがこのお面の顔の名前らしい。
 ロクゲンって何だ? 家主か?

「そうそれ、ロクゲンレッドだ!」
 兎にも角にも敵を指さし高らかに宣言すると、ガキは大粒の涙をこぼしながら喚きだした。
 ガキはすぐ泣くから嫌いだ。大嫌いだ。
「来てくれたんだ! ろくげ、げほっげほっ……ロクゲンレッド!」
 よほど怖かったらしい、その場にへたり込んでしまった。
 放っておく訳にもいかねえか。俺は敵に背を向け歩み寄った。
「君、もう大丈夫だ。このロクゲンレッドか来たからには……」
 そこまで言った所で、背後から殺気。
「おおっと!」
 黒服の一人が繰り出した右拳を辛くも回避する。
 並の人間とは速さとキレが明らかに違う。やはりこいつらは……。

「チッ、空気の読めない……『戦闘員』だなァ?」
 まぁ、嫌いじゃねぇがな。

 ゆっくりと振り返ってみると、二人の態度は明らかに変化していた。
 サングラス越しにも目つきが違うのがわかる。緩んだ口元は引き締まり、わずかに構えの姿勢を取っている。
 どうやら俺の認識を「馬鹿な一般人」から「要注意人物」へと格上げしているようだ。
 俺は警戒している二人から思いっきり顔を背けてガキに叫ぶ。
「ここは危ない。人の多いところまで走るんだ!」
「でも……」
 でももヘチマもねーだろ糞餓鬼が。
 いっちょまえに自分がどうすべきか迷っているようだ。
 自分も戦いたい、ってか? 一人だけ逃げたくない、とかか?
 ははっ、いい根性だ。
 ……好きじゃねーぜ、そういうの。
「大丈夫だ、私は悪党なんかには絶対に負けない!」
「ぼ、僕も一緒に……」
「じゃあ約束しよう。君が大きくなったら私と一緒にヒーローとして戦おう。だから、今回は私に任せなさい」
 勇敢なのは良いことだ。(もっとも、俺は嫌いだが)自分の力量を知ってさえいればな。
 さて、このガキは果たして納得するだろうか。とっとと帰れ。
「……うん、わかった、約束だからね! ヤツフサ、走るよ!」
 まあまあ賢い奴だ。俺は聞き分けの良いガキは嫌いだが。
 ガキが声をかけるより早く犬は紐を引っ張っていた。そうして二人は光へと向かっていき、やがて見えなくなる。

「随分と邪魔をしてくれたな……『正義の味方』様よぉ?」
 黒服のB、先程殴りかかって来なかったほうの戦闘員は歯軋りしている。
 一方のAは不意打ちを避けられた事をかなり意識している様子だ。その証拠に拳銃――おそらくサイレンサー付きの――を取り出して両手で握り締めている。
「ああ、それなんだけど」
 俺は、この視界の悪いお面を剥ぎ取って足下に捨てた。それを見た二人の表情が僅かに変化する。
「糞ガキが邪魔だったから騙しただけでな。別に正義の味方でもなんでもないんだ。そもそも俺ヒーロー嫌いだし」
 踵で仮面を踏みつぶすと黒服がわなわなと聞こえてきそうな程震えだした。顔に血管を浮かべている。
 ははっ、どうやらロクゲンレッドさんのファンだったようだ。悪いことしちまったかな。
「じゃあ何者なんだよてめぇはァ!!」
 闇夜に吠えるのは犬だけで十分だ。まあうるさい悪人は嫌いじゃあないが……俺は首を捻りながら言葉を探す。


おまえらの敵?」

 あのガキとの約束を果たすことはできない。

 俺は、ヒーローではないのだから。

       

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