「!」
慌てて躱す俺の真横を、不可視の『うねり』が通り抜けていく。
目は、由佳から逸らさない。
「あら、あれを避けるとは。視力と学習能力はございますね。でも」
ああ。一撃で終わるわけがないのは知ってる。さっき嫌というほど味わった。
二つ三つでは済まない。単位は十、二十だ。
彼女の念動力は休む暇など与えないと言わんばかりに、次から次へと空間を食らい、俺を弾き飛ばそうと襲いかかる。
もはや、被弾を恐れている場合ではない。俺は上半身をクロスした腕で防護し、一直線に
何撃も被弾する。ぶつけられた箇所には、痛みと鳥肌が立つ。
(熱を、と言うか体温を……奪われている気分だ……)
感情の篭っていない無機質なそれは、『冷気』とすら形容できた。
氷が混じった滝を逆上りしているかのようだった。
俺の猛進も、速度が目に見えて落ちる。
だが、止まらない。
「ぐ、おおおおおおおおおおおッ……!!」
「……耐久力も中々。それでは、これならどうでしょう?」
棒立ちだった彼女はその台詞と同時に、左足を前に出して半身になる。
右腕を、ぐぐっと後ろに回す。弓を引き絞るように身体を巻き込んで、限度いっぱいまで。
流し目の視線が、俺の左胸に照準を合わせているのをわかりやすすぎるほどにはっきりと感じる。
(……そうか、この寒気……ESPで、俺の精神を侵食していたのか……!)
言葉にしなくとも、幾つもの意図を受け取ることができた。
『貴方の精神に重圧をかけて』
『弱った心臓をぶち抜きます』
『どうか頑張ってお凌ぎ下さい』
……律儀な奴だ。
PKの波状攻撃が止むと同時に、由佳は(怪人の聴力を持つ)俺が聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、僅かに囁いた。
「…………『なんちゃって・
不可視ではない。黒く長い、矢印のような『気』であった。
形は矢印をしているが、印と言うよりは矢、そのものに近いだろう。
震える彼女の右手に纏わりつくそれが。
由佳の殺意を凝縮して固めた非情の尖端が。
彼女のスイングにより開放され、俺に飛ぶ。
柏木の『超能力』よりは幾らかマシではあったが。
直撃すれば簡単にあの世に行ける類の技だ、と言う事くらいは俺にだってわかる。
回避は不可能。
防御は無意味。
闇より昏い
「……ッ!!!!!」
怯むな。
怖気つくな。
あれは実体の無い、思念の塊だ。
影も形もあるが、質量はない。
存在しない幻に――
――俺の拳は、砕けないッ……!
正拳が、黒槍を迎撃する。
第三中手骨。中指の、最も硬い骨で正面からぶん殴られたまやかしの刃は、俺の肉と骨をガリガリと削りながらも軌道を反らし、頬を掠ってあらぬ方向へ飛んでいった。
短く息を吸い込む。呼吸も、脈拍も荒い。
幼少時に居眠り運転のワゴン車に轢かれかけた時に味わった感覚と、酷似していた。
「……お見事。私の攻撃手段の中では、一番の威力のあれを……パクリですけど……殴ろうと思い至る気迫、そして実際に跳ね除ける底力……」
相当殺気を込めたのか由佳の消耗は激しく、一発撃っただけで肩で息をしていた。
好機だ。一気に距離を詰めて――
「……詰めて?」
絞め技で、倒す――!!
右足が凍った。
俺の、右足が。
「……!?」
いや、違った。これは、殺気だ。
あらぬ方向に飛んでいったはずの黒槍が――俺の右腿を、貫通していた。
「馬鹿、な……!?」
「……本家本元に比べて誘導能力に雲泥の差があるとは言え、それは私の思念。まさか、曲げられないとでも?」
由佳の声は怒気を孕んでいた。
出来の悪い教え子に苛つく、家庭教師のようだった。
……まずい。
足が、動かない。
立ち上がることが、出来ない……!