Neetel Inside ニートノベル
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アンチヒーロー・アンチヒール
7-5 柏木流骨法・参式『骨絡』

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「ウィーアーザワール! ウィアーザチルドレーン!! ウィアーザふーふふふふんふふーんふーんふふーん!!」
 どっかで聞いたような歌をノリノリで歌いながら、桜間は逃げ遅れた一般市民を肉塊へ変えていく。
 歌詞を知らないことを適当に誤魔化し、恥じらいもなく腕を振るう。曲に没頭する指揮者のように。
「ああ、久しぶりだ! 久しぶりの虐殺カーネイジだ!! シャブもヘロインも目じゃねぇ!! 馬鹿女と何百回ヤるよりも!! 赤ん坊の頭を踏み潰す方が何億倍も脳汁飛び出るぜ!!!」
 周りから見れば俺はあんな感じなのだろうか。普通に引くな。
 


 ここで一つ言っておくことがある。
 流石にここまで話を聞いといて、俺の事を正義の味方だと思うやつはいないだろう……
 が、一応だ。
 俺は殺される一般人を見て『可哀想だ』とか『絶対に許せねぇ』なんて感想は出てこない。
 そりゃあ、余裕が有り余っている時に怪我人を見たら救急車くらいは呼んでやる。
 だが、怪人と……それも、手加減して戦ったら死ぬような奴と対峙している時に、『奴を殺すより、人助けを優先しよう』など、思えるはずもない。
 俺は俺の、したいことを再優先する。
 だから――



「ハッハァ!!」
 ――奴がパンチでへし折った電柱を掴み、雑居ビルに向けてぶん回し。
 ビルが倒れ死傷者の数が一桁上がったとしても。俺が瓦礫を退けて、避難誘導をする義理などない。
 強いて言うなら、あの馬鹿を一刻も早くブチ殺す方が被害は抑えられるだろう。
 走って逃げていた親子連れが、仲良く瓦礫の下敷きになってアスファルトを赤く染めた。それを見た桜間は、更に乗り気になっていく。
「ヘイヘイヘーイ!!」
 電柱を手放したと思ったら駐車してあった車を掴んで横手投げサイドスローで軽くぶん投げ、素手で交通事故を築いていく桜間。
 血と臓物の臭いがする赤の上に炎と煙の臭いがする赤が重なり始め、いよいよ街は地獄絵図へと遷移していく。
 奴は殺戮に夢中で、俺の存在を忘れかけているようだった。
 そこに俺は奴の捨てた電柱を拾い上げ、背後から思いっきり振り下ろす。
「いっちにっちひゃっくさっつ、みーっかでさー……おおっとぉ!?」
 が、ギリギリで気付かれ、左手で持ったタクシーで防がれる。
 タクシーは電柱の一閃によってひしゃげて千切れ、その下の桜間まで届きはするが、
「あいたっ」
 ……程度のダメージだった。
「……頭沸いてんのか、てめーは」
 手をブラブラさせて痛がる気違いに、俺は距離を詰めて回し蹴りを放った。
 余裕を崩さず、間合いを取って回避する桜間。
「へっ、アンタが言うか先輩? 『アフターペイン』を裏切った時の話は聞いたぜ。
 アンタが暴れた後の基地の中は、赤くなかった所の方が少なかったらしいじゃねーかよ」
 そして俺が蹴りを空振るとすぐさま踏み込み、殴りかかってくる。
 左、左、右、左、右、右。
 回転式拳銃リボルバーの早撃ちよりも鋭く、黒の拳が飛んで来る。
 両肘で、迎撃するように受ける。も、肉は抉れ、骨はヒビ割れたような鋭い痛みを感じた。
 ……認めたくはねぇが、馬力が違うな。
 苦々しさを覚えながらも俺は後退する。追ってはこない。
 奴はまだ遊ぶつもりのようだ。ムカつくが、考える時間は有効に使っておくか。
 高速化オーバートランスを使うか? いや、まだ早い。
 それに、誰が作ったのか知らねぇが……俺の『完成品』なら、奴も使える前提で考えた方が利口だろう。
 さて、どう攻めたものか……と考えていると。


「おかあさん……おとうさん……!!」

 視界の隅で、女子小学生と思しきガキが瓦礫の傍にへたり込んで泣いていた。
 ほとんど岩盤と呼べるそれの下からは、血と、腕だけがはみ出ている。
 それを理解しているのか、いないのか。ガキは両親の名前を呼びながら、ただ泣くことしかできない。


 ……前言撤回だ。
 気の毒ではある。
 だが、それ以上の感想はない。
「あ……」
 たとえ――ガキの頭上からまた似たような瓦礫が降ってきていて、あと数秒で両親と同じ所へ送られるとしても、だ。
 運が無かったな。悪いが、俺には全く関係ない話――






「……助けて……



 ……お兄……ちゃん………」







 ガキの頭上に、瓦礫は降ってこなかった。
「……え……?」
 高速化オーバートランスによる超々音速の蹴撃によって木っ端微塵に砕かれた、コンクリートの粉塵が僅かに降り注ぐくらいだった。

 …………二度目の前言撤回だ。
 カッコ悪いったら、ありゃしねぇ。
 
「なんだぁアンタ、メスガキなんて助けて。ロリコンか?」
 やはりと言うべきか、桜間は俺の切り札を見ても驚いた様子は見せなかった。
 怪人化した姿にポケットなど存在しないと言うのに、手をそこに置きながら歩み寄ってくる。
「……そんなところだ」
 わざわざ説明するのも面倒だし、こいつに説明したくもない。勝手にそう思っていればいい。
「つーかさっきからよぉ、なんなんだアンタは? 誰も殺そうとはしねぇ、ガキなんか救う、んで俺には殺気丸出しで向かってくる。正義の味方にでもなったつもりか?」
「それはないから安心しろ」
 即答する。俺ほど正義の味方から遠い奴はどこの世界を探してもそうそういないだろう。
 答え終わると同時に、櫻井のハイキックが飛んできた。
 俺の反応を上回る速度で、首から上を吹き飛ばすような衝撃に見舞われ、たたらを踏む。
「ぐっ……」
「……よぉ。まさか先輩、アンタ『人殺しはよくない』とか『人類皆友達』とか『平和って素晴らしい』とか思ってんじゃねーだろーな?」
 最後のはてめーが言ったことだろ。
 揺れる視界の中で、ガキの姿が消えていたのに安堵する。
 安堵はするが、それ以上は知らねぇ。兄貴にでも、保護してもらえ。
「そうじゃねーだろォ!? 持ってんだろ殺戮欲をよぉ!! 殺せよ!! 殺せ!!! 楽しんで殺すんだよ!! どいつもこいつも!!!!」
 桜間の怒声に重なってサイレンの音が幾重にも鳴り響き、近づいてくる。
 警察が到着したらしい。パトカーが五台停まり、それぞれ警官が降りてきて、俺達の姿に戸惑いながらも銃を向けた。
「こういう奴らもッ!!!」
 引き金を引くのに躊躇したせいで、三人が瞬時に細切れになる。
 仮に引き金を引けたとしても、桜間には当たらないし、当たっても意味が無い。よって、あいつらは無力だ。
 突然同僚が爆散して度肝を抜かれ、正常な判断も危うい警官隊に向かい俺は声を掛けた。
「……お前ら、死にたくなかったら下がってろ。救助とかあんだろ、そっち行け」
「あぁン!?」
 俺の『忠告』は狙い通りの効果を生んだ。
「てめぇは、この期に及んでまともぶるつもりかァ……!?」
 即ち、桜間への挑発だ。
 思い通りにならなくて頭に来ているのか、標的を俺一人に絞ってきた。
 足元がふらつく俺に対し、一歩、一歩と近寄る桜間。
 それに対し俺は右手を大きく振りかぶり、間合いに入るよりも早く殴りかかる。
 完全なテレフォンパンチだ。
「タマなし野郎のへなちょこパンチなんか効くかよッ……!」
「ほう」
 桜間は左手で受け止めようとする。掴んだ拳を引き、カウンターの一撃を放つ心算だろう。膂力で上回ってるが故の判断だ。
 
 ――馬鹿が引っかかりやがった。

 次の瞬間に桜間が見たものは、自分の左手に深々と突き刺さっている黒い突起物。
「あぎっ!?
……は!? 頭沸いてんのか、おま……」
「てめぇに言われたらお終いだ」 
 そして、高速で縦回転する景色だろう。

 俺は桜間にパンチを受け止められる直前に、自ら右腕をへし折り、怪人化により黒く染まった骨を露出させて突き立てた。
 そして突然の激痛とそれによる混乱で隙ができ、何が起こったのかを桜間が理解するより早く。
 背負投げの要領で、瓦礫の破片が散乱した寝苦しそうな地面へと。
 渾身の、
 全力で、
 力の限り、
 ぶち殺す勢いで。
 叩き、落とす。

『骨絡み』。
 双道のバカは、そう呼んでいた。

「あがっ……!!」
 桜間の身体が、アスファルトに深々とめり込んだ。


「……ごちゃごちゃうるせぇんだよ。俺は殺したい奴を殺したいように殺す――

 ――ミジンコ以下の脳味噌の分際で、俺に指図するんじゃねぇ」

       

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