連絡もせず帰りが遅くなった(と言うか手術があったので帰ったのは翌日の昼だ)事に突っ込まれて顛末を話したら霰は俺に食いかかってきた。
「内緒も何も、俺の事だろ」
「白金くんは私の所有物じゃないの! 自分をなんだと思ってるの? あなたは変身できるバイブでしょ!!」
「殺すぞ」
いつから所有物になった。
もちろん俺はこいつと肉体関係はないし持つ気もない。
「ご主人様に向かってどういう口の利き方してんのよ!! ああもう、羽々斬も何考えてんの!?」
いつも以上に霰が煩わしい。
理不尽な言い様に、俺はわずかに奥歯を噛みしめた。
「……これは俺の問題だ。俺が誰と手を組んで誰を倒そうと、お前には関係無いだろう」
「大有りよ!!」
……やかましい。
改造後の敏感な感覚に響き、自然と手に力がこもる。
この声を、止めてしまいたくすらある。
「『ストーム』は私の最高傑作なの。それを開発者の私の了解を取らずに改造なんて……」
その言葉を聞いて、頭に熱が上るのを感じた。
それに、と続けようとする霰の細い首筋に、半ば無意識に右手が伸びていった。
「! 何、すんの……」
「……人を勝手に改造した挙句に所有物扱い。大事なのは俺ではなく『ストーム』、か」
ぎり、と指に力が入るにつれて、霰の抵抗も弱々しくなる。
その事に、何故だか高揚感を覚える自分がいた。
「やめ、なさ……っ!」
手の中で、命が少しずつ消えていく感覚。
生殺与奪……これが強者の特権か。
気取った言い方をするなら――甘美だ。
「あまり調子に乗るなよ。俺がその気なら、お前程度すぐにでも殺せ――
――え、殺せ、えっ……?」
自分の言葉によって今自分が何をやってるかを理解し、慌てて手を離す。
霰は崩れ落ちて酷くむせ、涙ぐんでいた。
「す、すまん霰! 大丈夫か!?」
「ぅ、うぅ……白金くんに心的外傷が残る家庭内暴力を受けたわ……ひどいわ……こんなに興奮するプレイなのにちんこを入れないなんて鬼だわ……女の敵よ……」
「どうやら大丈夫みたいだな……」
こういう時はメンヘラ入った糞ビッチでよかったと思う。
危うく本当にトラウマを与えてしまう……いや、それ以前に命が危なかったところだ。
「許さない……許さないわよ白金くん」
「わ、悪かった。つい頭に血が上って……」
「許して欲しかったらちんこにも血を上らせなさい」
と言いながら俺の下半身に顔を擦りつける糞ビッチメンヘラマゾ女。
俺に引き剥がされると、ベッドに顔を埋めて足をバタつかせる。
「うー……なんで私がおあずけ食らわないといけないのよー……」
「(見た目は)可愛いんだから、どっかで男でも引っかけてくればいいだろう」
「今の私は白金くんを貪るだけ貪って白金くんが私の身体の虜になったらポイしたい気分なの!」
なんだこいつ。
霰は枕を抱きかかえて、俺に背を向けて丸くなった。
「……そうよ。白金くんなんて大事じゃないんだから。私が大事なのは『ストーム』と、せいぜい白金くんのちんこくらいよ。白金くん、なんて……」
言われて、改めて俺は霰との関係を考える。
こいつは俺を改造した悪の組織の科学者。
俺はそれとなりゆきで同棲している、一怪人だ。
恋人どころか、親愛的な関係ですらない。
だったら、俺よりも怪人態の方が大事なんて言われて逆上するのもおかしな話だろう。
「……」
スマホで時刻を確認すると、俺は軽く服装を整えて扉へと歩く。
「出かけてくる」
「……灰塵衆に行くの?」
俺はその問いには答えずにドアを開けた。
「ばーか。白金くんのばーか。殺戮病にやられてちんこだけになって帰ってきなさい」
そんな器用な死に方できるか。
●
レイジの奴が、どうにか店を開けるレベルにまで回復した。
まだ精神的に落ち着いてもいないので休んでろとは言ったが、逆に身体を動かしていないと考え込んでしまうと言うので働かせておく事にする。
とは言っても今日は定休日だ。本来なら客などいるはずもない、のだが……。
テーブル席には、俺の他に四人の男が座っていた。
「協力を頼みたい。謝礼は相応に出すつもりだ。もっとも、お前さんが金で釣れるかどうかは怪しいもんだがな」
『ファング』、『ブレット』、『バスター』、『ウォッチャー』。
『スカベンジャーズ』が揃い踏みで、俺に商談を持ちかけてきたのだ。
「協力ってのは何だ? 自慢じゃねぇが、俺は殺ししか能の無い男だぞ」
百も承知、と言った具合に『ブレット』は飲み干したカップを傾けた。
「用心棒、かな。とある目的のために『ジ・インテグレィション』って組織に潜入することになったが、敵戦力が未知数だ。こちらの手に負えない奴がいたら始末して欲しい」
「とある目的、か」
タイミング的に、おおよその検討はつく。
手に負えない相手の出現を想定し、警戒しているのも恐らくそれ繋がりだろう。
「そりゃ、俺に似た奴の話か?」
「まさか、あの大惨事をやったのはお前じゃねぇとは思ってるがよぉ。かといって全くの無関係ってわけでもねぇんだろ?」
「まぁな。一応言っておくが、仲間じゃない事だけは確かだ」
やはり、お偉方もあれだけ被害が出ればこいつら対組織チームに力を入れざるを得ないと思ったようだ。
資金と人員は出る。が、人間用の武器で怪人を、まして『アフターペイン』のクソ野郎共など相手にできるはずもない。
「で、その組織に手っ取り早い対抗手段になりうる物が置いてある可能性が高いと」
「……そこらへんは企業秘密っす」
俺がつついた瞬間にビクッと震えたので恐らく図星なのだろうが、『ウォッチャー』は目を逸らして答え合わせを伏せる。
他の三人が半笑いなので、まず間違いなくそういうことだ。
「なーんか情報の出所が怪しいと言うかぶっちゃけると罠っぽいし、例の事件の後だから変なフラグ立ってそうと思ってさー。でも、罠だったとしても勝てさえすれば問題ないし」
『ブレット』の予測は、俺のそれとは少し違った。俺の嫌いな奴のやり口に似ている。
そう思っていたら、
「あー、そりゃきっと羽々斬の手口やなぁ。罠やあらへんと思うけど、利用されてるのは確かやね」
振り向くと、いつの間にやら入ったのかベル子大好きゴスロリ関西弁娘が俺の後ろの席に座っていた。
憮然とした顔を返されるが、文句を言いたいのはこっちの方だ。
「まったく、連絡返すくらいしーや。普通に元気そうで、心配して損したわ」
「いきなり出てくるんじゃねーよ。心配って、どーせベル子から聞いてんだろ。てめーは俺の母親か」
「うわ、誰ですかその女の子。聞かれちゃまずいっすよこの話!」
慌てふためく『ウォッチャー』と、急に現れた気配に驚きながらも一瞬で警戒する三人。
真っ先に俺の反応を見る辺り、相当実力を買われているらしい。
「……その子は?」
「元同僚だ。敵に回すと面倒極まりないから適当にかわいいかわいい言っとけ」
「はぁ。美少女っすね……」
その言葉でおおよその強さを理解したのか、三人の表情はやや強張った。
「ヒナ子、こいつらの説明いるか?」
「いらんわ。もう見させてもらったし。警察の力まで使おうとするとか、羽々斬も手段選ばなくなったなー」
その台詞で、『ウォッチャー』の表情がものすごく強張ることになった。
「どこまであいつの手の平の上か知らんけど、うちもそれ一緒に行くわ。『ナンバーズ』が出てきたら、一人じゃ手に余るやろ」
いつの間にか俺が行くこと前提に話が進んでいる。まぁ、断る理由もなかった。
こいつらにとっても、戦力は多い方がいいだろう。
「そういうわけや、よろしゅうな。
あと、うちは人の考えてる事がわかるんやけど……
あまりバケモノ呼ばわりされるとめっちゃ機嫌が悪くなるから、そこんとこ覚えといてね」
にこ、と。
精一杯かわいこぶってるつもりのドス黒い笑い顔を見せるヒナ子に、『スカベンジャーズ』の連中は引き気味の笑顔を返していた。