有史以来、この世界には『悪』の組織が数多く存在している。
規模は数人で運営している零細から、数百万人が知らずの内に名を連ねる一大組織まで。
活動内容も様々だ。
政界を裏から牛耳ろうとする秘密結社に、信者から金を吸い取り私腹を肥やす宗教団体。
人身売買、麻薬取引、闇金融経営と言ったマフィア、ギャング、極道。
暴走族やチーマーも言ってみれば『悪』の組織だし、軍隊なんかも見方によってはこれ以上ない『悪』の組織だ。
天下の国家公安、警察様も、それらに繋がりが全く無いかと聞かれたらノーだ。そもそも、警察内部に不祥事をもみ消す組織や、自分らに都合の悪い人物を『行方不明』にする組織も存在する……そうだ。俺は見たことはないがな。
そして、それらとはまた別の『悪の組織』がある。
改造手術で戦闘員や怪人を生みだし、人を殺し、子供をさらい、街を破壊し、
正義と、社会と、悪と戦い、いつしか滅ぼされる。
現代社会で口に出せば爆笑の渦が巻き起こり、
犯行理由で供述すれば馬鹿を言うなと怒鳴られ、
テロの目的で声明を出せば鼻で笑われる。
そんな途方もなく巨大で崇高で馬鹿馬鹿しい刹那の夢……『世界征服』を企む、『悪の組織』。
それは確かに、この世に存在している。
だが。
揺るぎない正義の心を持ち、選ばれた力で変身し、人を救い、子供を助け、街を守り、
悪と、自分と、正義と戦い、いつしか英雄となる。
現代社会で口に出せば周りから避けられ、
犯行目的で供述すれば精神鑑定の医師が駆けつけ、
テロの目的で声明を出せば世界を敵に回す。
そんなちっぽけで曖昧で誰もが願う永久の幻想。……『世界平和』を望む、『正義の味方』。
俺はそんなものを見たことがないし、これからもきっと見ることはないだろう。
「ここか」
住宅街から離れ、広大な工業地帯。
そこから更に離れた、独立した廃工場。
工業地帯で働く者以外にはそもそも存在すら知られていない、ドーム状の巨大な建築物だ。
建物は古いが造りは頑丈で、今はいくつかの工場が資材置き場として活用している。
徒歩でも簡単に入る事ができ、開け放たれた入り口から中を覗けばトラックから積み荷を下ろしている作業員の姿が見える。
まさか、ここの地下に悪の組織のアジトがあるとは露にも思っていないだろう。
レイジの情報によれば、そこには違法薬物や、そもそも存在を認知されていない薬物の精製施設にして、動物及び人体実験施設が存在するとのこと。
『悪の組織』寄りの『悪』の組織と言うわけだ。
俺は堂々と中を闊歩し、工場の奥へと向かう。
作業服では無いこちらをチラチラと見る奴がいるが、何か言ってくる様子も見せない。その内関心は作業へと戻っていく。
何食わぬ顔で奥まで進み、エレベーター(廃工場なので電源は切れている)の横の薄暗い階段を下りる。
コツ、コツ、とコンクリートに硬い靴底が擦れる。踊り場から下を覗けば、既にそこは光の届かぬ深淵だった。
闇を歩く。
俺の目は闇に強く、昼間と同じような……と、外は昼間か。まあ、外と大して変わらない視界を構築する。
地下一階。二階。三階。四階。五階もあるが、目指すは四階だ。
階段を下りて数メートル歩いた所にある『立入禁止』と書かれたコーンとポールのバリケード。
を、蹴飛ばす。
更に数メートル歩いた所にある何も書かれていない鉄扉。ドアノブを回すも、当然鍵が掛かっている。
を、蹴飛ばす。
ドアは2メートル程前方に平行移動した後、一瞬静止。そして派手な音を立てて倒れ、来客を告げた。
中からはまばゆいばかりの光が漏れる。俺はそれに吸い込まれるように室内に入った。
椅子の一つもないがらんどうの部屋だ。どうやら応接間は奥にあり、招かれざる客はここでお引き取り願うらしい。
すぐさま奥の扉から慌てた様子で男たちが出てくる。四人だ。
服装も年齢も様々だが、俺と扉を見比べてすぐに銃を取り出すところと、何者か尋ねることもなく発砲するところは共通していた。
そんなに盛大に歓迎されると、好きになっちまいそうだ。
銃声が部屋を埋め尽くす。
俺は嬉しさに頬を緩めつつ、その中心へと突っ込んでいった。
腿を、肩を、腹を、腕を、頭を、銃弾が穿つ。肉が削がれ、血潮が弾ける。
止まらない。
踏み切って、跳び、先頭の首に拳を叩き込む。
頸骨が肉を突き破って飛び出た。中途半端に出血しながら倒れる。疑いようも無く、死んだ。
一人。
その光景に奴らが怯んだ隙に、右の奴の顔面に裏拳を叩き込む。
はっきりとは見てないが、顔面が陥没し目玉が勢い良く飛び出た事は間違いない。
二人。
そのまま半回転、左の奴に左足でローキックを入れる。
いきなり外膝を蹴り折られ、為すすべなく膝から崩れ落ちる男。
完全に倒れるより、俺がもう一回転する方が速かった。
蹴った左足を軸にしての、踏み込み回し『横蹴り』。
パァン、と首から上が爆ぜ、辺りに細かい肉片と脳漿が降り注いだ。
三人。
奥の男がやっと動いたと思えば、自分の頭に銃を押し当てている。
「それじゃあ即死できないぜ」
優しい俺はそう忠告してやる。正しい拳銃自殺の方法を教えるのは面倒だったので、正拳で胸をぶち抜いてやった。
ハート・ブレイク・ショットだ。
四人。
ファーストステージクリア。タイムはおよそ8秒。まあ、いいウォーミングアップだ。
手に、足に、残る感触。体に染み込む充実感。
奥から聞こえる足音。心に湧き上がる高揚感。
腹の奥のそのまた奥から、笑みがこぼれてくる。
――今日は何人、殺せるだろうか。