オイルが手に付着して狼狽える馬鹿に、禁煙だと睨みを入れる。
「飛鳥山を三人で狙ってきた事からもわかるように、各個撃破がしたいのだろう。柏木も複数で狙われていたと報告を受けた……つまり、四枚刃が一人で行動していれば、釣れる確率は高い」
「え、じゃあボスが囮に~? 大役お疲れ様です~」
俺はPKで馬鹿の首をぐしゃりと捻り曲げた。
「し゛に゛ま゛す゛っ゛」
このぐらいでは死なない事に安心感がある反面腹立たしい。
「げっふぉ、ごふぉ……か、軽い冗談だったのに……」
「俺はお前の下らない冗談が吐き気がするほど嫌いなんだ。利用価値がなかったら今のがお前の遺言になっていただろう」
「雛ちゃん隊長といい、何でみんな俺の事殺したがるんですかね……? 人気に嫉妬……?」
何かほざく底辺Youtuberを無視し、俺は指令を下す。
「『ナンバーズ』を一人か二人生け捕りにしたい。桝田。お前はマークされていないであろう白金を連れて、適当に目立ってこい」
「……白金かー。まぁ、現時点ではいないよりはマシレベルですけどね。『ナンバーズ』三人相手だと、俺もアレも持たないですよ? たぶん」
確かに、一人二人ならいざ知らず、飛鳥山でさえ危うかった三人相手は荷が重い。
そうなったら、仕方ない。
「三人かそれ以上で襲われたら二十分持たせろ。俺が行く」
四枚刃が二人並んだら、それは討伐ではない。戦争だ。
『アフターペイン』は、いずれ灰塵衆の脅威になる。
「俺は大丈夫ですけど、白金は十中八九死にますね」
桝田は平然と言う。織り込み済みでしょと言わんばかりに。
当然、織り込み済みだ。
「その時はその時だ。奴のデータは取れている。『アフターペイン』の情報、『ナンバーズ』のサンプルと引き替えなら悪くはないトレードだ。ここで死ねば、それまでの男だったと言うわけだ」
「俺はゆっくり育成したいんですけどねぇ。まぁ、二人までならなんとかしますよ」
「当然だ。お前は自分を何だと思っている」
「へ、何かって、そりゃ――」
出てきて一話で死ぬ子悪党かチンピラの取り巻きのような顔で、灰塵衆の悩みの種は得意げに笑った。
◎
「……なんで性能を試すのに色々寄り道するんだ?」
魔剣のテストをするとのことで灰塵衆に赴くも、場所は外にあると言われ二人で歩くことに。
その途中でゲーセンやら模型屋やらに入る桝田に戸惑いながら、港の近くまで連れられる。
ひょっとしてこいつ友達いないのだろうか。これ以上クズにロックオンされるのは御免なのだが。
「いやー時間が余ってさ。そろそろいい具合だと思うんだよな」
軽いノリで言いつつ、桝田は人気の無い倉庫へと入っていく。
倉庫は小さい体育館ほどあり、壁際にはコンテナが積まれている。
中には俺と桝田しかいないため、場所はともかく時間がどう関係するのかよくわからない。
「さて、白金。お前はその腕に魔剣を宿したわけだが、何か自分に変化はあったか?」
「変化……?」
体調が悪いわけでもないし、右腕に全く違和感を感じない……と言うわけではないが、気にしなければさほど気にはならない。
身体面において、特に問題は……
「……あ」
「どうした?」
俺は今朝の事を思い出した。
霰に向かって『殺すぞ』と口走り、更には彼女の首を絞めて危うく殺す所だった。
以前の俺なら人に腹を立てる事があっても、あんな暴力的な言動はなかったはずだ。
「殺戮、衝動……」
「お? もう誰か殺ったんか?」
「いや、殺してはいない。殺しそうになっただけだ」
なーんだ、と残念そうに言う桝田に、少し腹が立つ。
「お前アレだろー、人殺したくないちゃんだろ? いわゆるドーテー。そんなん持ってても、邪魔なだけだぞ」
「うるさい……。俺が、殺すのは、あいつだけ……柏木壊人、奴だけだ」
あいつは理由も無く、殺したいからと言うだけで関係のない子供すら殺す。
人間ではない。怪人ですらない。人の味を覚えた、狂ったけだものだ。放ってはおけない。許してはおけない。
俺が止める。いや、殺す。
殺す。
殺す。
【殺す】。
「……?」
あ、れ?
「桝田、今何か言ったか?」
「んあ? 何も言ってにゃーだぜ」
今の声は、誰だ?
何かが、俺の中に――
「ああ、こいつらじゃね?」
「こいつら? ――!?」
大したことでもなさそうに顎をしゃくる桝田の言葉で、俺はようやくその気配に気付いた。
囲まれている。
三方向にある窓をそれぞれ蹴破って、漆黒の怪人が飛び込んできた。
四、かける三。十二人のそいつらは、どこか既視感を覚えるフォルムをしている。
「柏木に似た、ニナカワ……こいつらが『ナンバーズ』か……!?」
「いや……多すぎるし、明らかな格下だ。ただの量産型ってところと予想。んで」
正面シャッターから、雷鳴のような轟音が響いた。
大穴となったそこから入ってきたのは、二人の人間。
一人はビジュアル系のようなメイクをしていて、赤と青の二色で髪を染めていた。
もう一人は、ライダースジャケットを着た寡黙そうな男だった。
「あっちが、恐らくナンバーズだ」
「!」
桝田に指を差される二人。
ビジュアル系は得意げに笑い、親指でぐっと自分を示して叫んだ。
「そうとも! 俺が『アフターペイン・ナンバーズ』、『ナチュラリィ・テン』の 和田自由(わだじゆう)だッ!」
ライダースジャケットの方は反応らしい反応を示さなかったが、隣で自己紹介したのを聞いて口を開いた。
「……『ムーンライト・ファイブ』、宮越輝刃(みやこしきば)。いい機会だから、死んでけ」
「ナンバーズ……柏木と、同タイプが二人……!」
「柏木? ……ああ、試作品の『ジェノサイド・ゼロ』か! ははッ、おいおいこの俺をたかだかプロトタイプと一緒にされちゃあ困るぜッ! 『ジェノサイド・ゼロ』と同スペックなのは、そこらの量産型の方だ!!」
「なっ……!?」
和田の、衝撃的な台詞。
俺は焦りと緊張によって、心拍数が上がるのを感じる。
周りの奴、一人一人が柏木と同性能だと……!?
ジリジリと迫る、怪人達。ナンバーズの二人は変身する様子を見せず、近付いてもこない。
「どうするんだ、桝田!?」
「あっちのは様子見ってわけだな。じゃ、まずは雑魚を片付けてやるか」
動揺を隠せない俺と違って、桝田は余裕を崩さない。
「んな固くなんなよ白金。二対二だ」
そう笑って、ショルダーバッグから取り出した大きいベルトを腰に巻き付ける。
――デン、デデデン、デデデッデッデッデッデッデッデッデ……
謎の機械音と共に、ベルトのバックルが発光し始める。
右手を高く上げ、ゆっくりと目線の高さまで下ろすと同時に、奴は呟いた。
「変身」
瞬間、桝田の足下から赤い水晶のような鉱石が多数登ってきて、氷付けになったかのように身体が埋もれる。
そしてそれらが一斉に弾けると同時に……赤銅色の戦士が姿を現した。
燃えるような意匠の、戦国武将をスマートにしたような姿。
右腕だけが、焦げたように真っ黒に染まっていた。
「灰塵衆第二連隊隊長にして最高幹部『四枚刃』が一人。桝田双道だ……って」
変身を待っていたのであろう、言うや否や量産型怪人達が一斉に襲いかかってきた。その内三分の一ほどは、俺の方に向かっている。
「くっ! 変身……!」
変身し、迎撃しようとする俺を、桝田が手で制した。
「言ったろ白金、二対二だ。指導ついでにナンバーズのみなさんにも見てもらおうじゃねぇか」
俺の眼前にある、桝田の黒腕に。
俺の右腕が当てられて、低く唸ったような気がした。
「『魔剣抜刀』――《レヴァンテイン》」