気にはなるが、そちらを気にしている余裕はない。
俺の前に立ちはだかるのは『ナンバーズ』の一人。
柏木と同格か、下手をすればそれ以上かもしれない実力の持ち主だ。
小物臭さが凄いので、あまりそうは見えないが……油断するわけにはいかない。
「白金? とか言ったなてめぇッ……。どうやら灰塵衆の新入りのようだが、一般兵がこの俺に勝てるとでも思ってんのかよッ!?」
へらへらと、馬鹿にしたように笑う和田。
俺が近付いてきていると言うのに、変身もせず余裕綽々だ。指抜き手袋から伸びる細指など、拳一発で消し飛びそうに見える、のだが……。
「……仲間だろう、そいつらは。何故お前は、そうも簡単に殺せる?」
「仲間? 仲間ッ!? 一人相手に十数人でかかって一蹴された雑魚が俺の仲間だって? 冗談やめろよッ……! お前のとこの桝田クンが言ってたように、こんなクズ共、ただのフンコロガシのゴミ虫だぜッ……!」
――不快だ。
こういう輩は、怒りを覚える程に嫌いなんだ、俺は。
距離、2.5m。間合いにはとっくに入っているが、和田は構わずに手鏡を取り出して自分を眺め始めた。
「んん、今日もバッチリ決まってるな俺ッ……!」
「……ふざけているのか? 早く変身しろ」
今すぐにでも殴ってやりたい所をどうにか抑える。
奴が変身した瞬間、ゼロコンマ一秒でこの疼く拳を叩き込んでやる。そのために、しっかりと右手を握り締め、刹那の一歩を踏み出すべく床を強く踏みしめる。
「先輩がいい事を教えてやるぜ、平隊員の白金クンッ……。てめぇは俺が変身した直後にぶん殴ろうと思ってるのだろうが、先手を取ることは叶わないッ!」
パチンと手鏡を閉じてポケットにしまう和田は、一向に変身する様子を見せない。
「そんなこと、やってみなければ――」
次の瞬間、三つの出来事が同時に起こった。
一、和田の姿が消えた。
二、和田の「雑魚がッ!!」と言う声が鼓膜に刺さった。
三、鋭く速く重い衝撃が俺の顔面にかかり、床に後頭部を叩き付けられ、バウンドし、続けて額を地面に打った。
「がっ……!?」
攻撃を、受けたのか……!?
混乱する頭を上げると、追撃の
「くっ……!」
腕の力を使い、素早く立ち上がって辛くも回避する俺。
頭部への攻撃によりバランスを取れず少し後ろへ仰け反るものの、どうにか体勢を立て直す。
前方には、和田。酔拳の真似事のつもりか、ふらりふらりと千鳥足のようなステップを踏んでいた。
その姿は……紛れもなく、先程と同じ格好であった。
「人間態のまま、だと……!?」
「そうともッ! 俺は『変身する必要のないニナカワ』ッ……。イカしたクールな超人類ってわけだッ!!」
和田は量産型の死体を拾い、軽く放り投げると胴回し回転蹴りでそれを爆散させる。
血と肉と骨と内臓が散弾となって、俺の全身を襲った。
「怪人態なんて糞が三つ付くくらいだッせぇ姿になる必要も、煩わしい時間制限も無しッ! この身体は最高だぜッ!」
ダメージ自体は大した事がなかったが、血糊の付着により視覚能力が低下した上に、過敏となっている嗅覚が激しい不快感を催す。
「くそっ……」
俺が目を拭っている数秒にも満たない時間に、和田は倉庫内にあるコンテナを持ち上げていた。
軽く数トンはあるであろうそれを、軽々と。
そして先程怪人の死体にやったのと同じ要領で――
「グッバイだモブシュターゼン野郎ッ!! 俺にぶっ殺された事をあの世で自慢しなッ!!」
――俺に向かって、蹴り飛ばす。
「!!」
●
なんか向こうでデカい音聞こえたんだけど大丈夫なんかな。白金死んだらキツいぞこれ。
俺はバイク王の追撃をどうにか紙一重で避け続けていた。
右正拳、踏み込み左肘、膝、双手。
一撃一撃が空気を引き裂き、破れた大気がスーツ越しにがびりびりと伝わってくる。
「よくもまぁ、避ける」
「ふふへへへ、そりゃぁお前の攻撃が柏木隊長より全然遅ぇからな。こんくらいは慣れっこだぜ」
嘘です。今のめっちゃ嘘です。
柏木隊長より速いかもしんない。ってか多分速い。基礎スペッククッソ高いのこいつ。まぁ多分戦えば柏木隊長が勝つと思うけど。
攻撃と攻撃の間に継ぎ目はあるんだけど、そこを狙うと――
「ほぶっ」
――とまぁ、見事なカウンターを食らうわけだ。顔面やら腹部やらに。草生える。
まぁ予想できていたからそこまでのダメージでもない。打撃の勢いに乗って、一旦距離を取る。
「……耐久力も、バカに高い。シュターゼン式の装甲など、大抵は一撃二撃で貫通できるものだが」
バイク王は深追いせず、確実に有効打を重ねていく。
こういう冷静な奴相手だと、
まぁ直情タイプ相手でも役に立つんだけどな。
こいつは、戦闘スタイルは真逆と言ってもいいが……経験で戦うタイプと言う点では、柏木隊長に近い。もっとも、踏んだ場数では柏木隊長に届かないだろうけど……ま、俺よりは多分上だな。上。
ってか基本的に全部上。どうすんのこれ。ほんと笑えるんだけどマジどうすんの俺。
「防戦一方では勝てんぞ。反撃してみろ」
ほとんどノーモーションでゼロ距離まで詰めてくるバイク王の左上段突きを、半分ヤマカンのスウェーで避ける。
「きっ……ちぃ……!」
拳ではなく、拳の風圧が掠っただけで視界が揺れるような一撃。では、終わらない。
体勢が乱れる俺にすぐさま追撃するではなく、確実に倒れるように下段蹴りを入れる。
が、俺は倒れない。
「!」
コンクリートに右足を深々とぶっ刺して固定し、その上で滅茶苦茶に踏ん張っていたからだ。
読んでいた俺が、半手速い。
勢いよく蹴り上げた俺の右足が、幾多の飛礫と共にバイク王の顎を穿つ。
だが、バイク王に目くらましなど通用しない。
例え眼球に銃弾のような石礫が飛んできたとしてもこいつは目を背けるような奴ではない。
「面白い手だ」
ドンピシャのタイミングで、カウンターを合わせに来るような奴だ。
――そして俺は、バイク王がドンピシャのタイミングで、カウンターを合わせに来るような奴だと言うことをよくよくよくよくご存じの。
天才研究者にして今人気急上昇中の中堅動画投稿者だ。
奴の方が手が速い。
だから俺は、顎を狙った蹴りの軌道を、カウンターの出より速くカウンターに合わせる。
予想通り、繰り出される右拳。その上腕に、俺の爪先が綺麗に入った。
右腕が大きく弾かれ、ガラ空きとなる――
勝機。
「魔剣抜刀ォ!!!」
「オーバートランス」
!
合わせて、きやがった……!!
俺は
奴が『導火線』を回避した隙に、踏み込んで焦熱地獄そのものをぶち込む――はずだった。
バイク王は、迫り来る業火の入口を避けずに、ただ。
交差するように腕を振るう。
そして。
「『月光』」
人差し指から伸びる青の光刃が、赤の軌跡を断ち切った。
世界が等速に戻った時にあったのは、バイク王が焼き切れて廃車になる光景ではなく。
レーザーブレイドによって切り裂かれた導火線が背後で爆発するのを横目で見る、バイク王の姿だった。
「末席で、この実力か……なるほど、首領が警戒するわけだ」
マジか……!
今のは完全に死んどく流れだっただろ……!!
空気読んで死ねよ……!!!
今の詰み損ないは痛い。超痛い。
って言うか完全に死ぬ流れじゃんこれ。俺が。
逃げよっかな。俺頑張った超頑張った。
と、俺が秘奥義魔剣抜刀ガン逃げを企てようとすると……バイク王が何故か変身を解いた。
あれ。
どうしたんだろ。まぁいいや。
なんだかよくわからないが……やったぜ!
俺の勝ちだ!
やっほーい!