Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
2-3 Encounter

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 さっきのは少し迂闊だったかな。
 雑魚の一人を扉で『左右に分け』ながら俺は思案する。

 先程の待ち伏せ。敵の武器が殺傷力の低いサブマシンガンだったからよかったものの、全員がライフルでも持っていたら死ぬ可能性も有り得た。いくら強化してるとはいえ、一応この体のベースは人間だ。対貫通、対衝撃の戦闘服どころか防弾チョッキの一枚も着ていないと、一定以上の火力は死に繋がる。
 そう、ちょうど今相手にしている連中みたいにカービンやらショットガンを手にしていたら――そんな想定もしておくべきだったかもな。
 一点に留まれば的だ。俺は広い部屋を動き回り、火線の集中から逃れる。先読みされないようにスピードには緩急をつけ、走る方向も一直線は避けて、常に人数が多い方向にドアを構える。
 足に散弾の一部を受けた。ショットガンも直撃しなければただのパチンコ玉だ。全く支障ない。
 俺は手早くマガジンを交換し、天井の明かりと言う明かりにマシンガンを乱射。
 照明は次々に音を立てて砕け散った。わずか数瞬にして辺りは闇に包まれる。
 視界は閉ざされた。俺以外の、な。
 奴らに暗視能力があったとしても、俺のそれより勝っていることは無いと断言できる。暗転直後は尚更だ。
 案の上、急な出来事に対応できないでいる。
 俺は部屋の反対側に向かってドアをひょいと放り投げた。
 ガン、ガン、ガシャン! と大きな音が聞こえたその方に、奴らは一斉に銃を向ける。
 すぐさま、俺が一番近い敵の脳天を撃ち抜く。するとその音を皮切りに、俺のいない場所に総攻撃が始まった。近くにいた一人が巻き込まれ、何か言う暇すら与えられずに数え切れない程の肉の欠片となった。
 後は簡単だ。近い奴から順に殺していけばいい。
 俺はショットガンを拾い上げ、壁に向かって必死に銃撃している男の頭を吹き飛ばす。仲間の頭が西瓜割りのように爆ぜても、自分達の銃声の音で誰も気づかない。
 走って、二人。三人。首から上が吹っ飛ぶ。歩いて、四人。五人。自分が死んだことにすら気づかないだろう。
 最後の一人が静けさを感じ、撃ち方を止めて振り返る。
 もうどこからも、音はしない。自分の鼓動の音すら、聞こえることは無いだろう。
 俺が心臓を、音もなく潰したからだ。

 先程より重装備の相手に俺が優位に立ち回れているのは、第一に装備が充実しているからである。
 殴ってよし叩き切ってよし投げてよし守ってよしの、鋼鉄製のドア。俺の腕力あってこその話だが、ここまで役に立つとは思わなかった。
 取り回しに優れ、走りながら乱射するだけで戦力を削れるサブマシンガン。弾薬も多いので気兼ね無く使える。
 敵の一人が着ていたのを奪った、対弾ジャケット。普通の人間なら貫通せずとも衝撃でショック死の危険があるが、俺にはちょうどいい。
 これだけ整っていれば、特に耐久力は段違いだ。よほどの馬鹿でもない限りまず死なないだろう。俺もあまり頭は良くないけどな。
 第二に、向こうの陣型が乱れているからだ。
 部屋で待ち伏せすれば開かれた扉に向かって撃つだけで一斉射撃になる。北極熊が出て来たって蜂の巣だろう。
 逆に一人づつ通路におびき寄せて順に倒したり、死体を投げ込んで動揺させた隙に部屋内に飛び込めば集中砲火は避けられる。
 脅威なのはあくまで相手の連携や戦術であり、銃なんてそれの手段でしかないのだ。

 闇雲に突撃するのがどれほど危険な事かは頭ではわかっている。
 死ねない理由も、あるにはある。
 そもそも、この程度の連中、本気を出せば全くの無傷で殲滅できる。
 だが、衝動を抑えたくなかった。

 俺には信念と呼べるようなものはなにもない。
 が、七年前に一つだけ、心に決めた事がある。
 
『殺したい奴を、殺したいように殺す』と。
 だから俺は、楽しんで人を殺す。

 次々に部屋を制圧していく。俺が通った後には死体の山と、死体とは呼べないものの山が幾重にも形成された。
 扉を開く。銃撃は無かった。どうやら、休憩室、または仮眠室のようだ。
 中にはモジャモジャした頭に眼鏡をかけた白衣の男が一人ガクガクと震えていて、俺の姿を見るや否や両手を上げた。どうやら戦闘とは無縁の研究員らしい。
「た、助けて下さい! わた、私は脅されて研究させられていただけなんです!」
 上擦った声でそう訴えかける。

 さて、どうしようか。
 俺は過去の経験から、こういった研究者の類はあまり嫌いではない。それに何かムカつく顔をしている。
 試しにサブマシンガンを向けると、ひぃぃと情けない声を出してチワワのように震えだした。
 ……迷うって事は、別段殺したくもないと言うことだ。
 殺す相手には困っちゃいないしな。
 俺は銃を下ろし、踵を返して今来た道を戻る。
 後ろから何か声がしたが、耳障りなので聞かないでおいた。

 それにしても、違法薬物やらの精製所と聞いたが……研究者の格好をしたのは今の奴だけだったな。
 他の職員は……まあ、戦闘員も兼任していると考えるのが妥当か。そう考えると、一般人らしいのにわざわざ連れてこられたさっきのは、よほど優秀だったのか。
 わからないし、どうでもいい。

 作業机の並んだ大部屋。
 そこそこ奥まで来たはずだが、人体実験をしている部屋などは未だ見えてこない。
 培養液で満たされたカプセルに入った人間もいないし、手術台に縛り付けられたような……
 ……マヌケ野郎も、いやしない。
 戦闘員の姿も見えなくなってきたし、そろそろお開きかな。

 そう思った、直後だった。





 ゴウン――


 天井が、膨らんだ。





 ゴウン、ゴウン――

 二回三回と音がなり、その度に膨らみはどんどん大きくなる。


 焼いた餅を逆さにすればあんな形だな、と俺が呑気に考えた瞬間、隕石が落下してきた。
 そう錯覚するほどの暴力的な音と同時に、天井が割れて『それ』は落ちてきた。
『それ』の下にあったパソコンの厚みが、そばに落ちていた紙切れと同じくらいまで潰れた。
『それ』を中心に地下の一室に暴風が吹き荒れる。
『それ』の周りにあった机や椅子が回転しながら部屋を暴れ回った。

 体長は3mを軽く超え、だらんと垂れた両腕は電柱と大差ない太さを持つ。
 ゴムのように弾力のある肌は深い紺色に染まっていて、浮き出た血管が血を送っているのが肉眼でよく見える。

「ふしゅるる、るるる――」

 ただの呼吸音が、大型獣の唸り声よりも重い。
 自然界には存在しない生物……怪人。
 シルエットは人間に近いが、その異形の姿は人間には程遠い。
 誰もが口を揃えて呼ぶだろう。化け物、と。

『それ』はゆっくりと顔を上げ、俺を白目のない両眼で捉え、爬虫類のように裂けた口から涎を垂らし、笑う。
『それ』につられて、俺も笑う。

 愛してるぜ、化け物。

 初めて見るタイプの怪人だ。相手の実力は未知数だが、これまでの戦闘員より遙かに強いのは間違いない。
 対する俺、体力に余裕があるわけではない。仮に体力が万全だとしても、この体で勝つのは難しいだろう。
 つまりはそういうことだ。化け物同士、楽しくやろうぜ。

 ずぶり――
 俺は自分の左胸に、指を突き刺した。
 肉をかき分け、心臓に直結している球体の中から、膨らんでいる物を探し、指で転がす。
 一方、怪人は胸元まで垂れた舌を揺らしている。そして俺へ飛びかかろうと大きく踏み込み――


「変――













 カン、カン。
 何か小さいものが部屋に転がる音がした。
 俺の股を通って、対峙する二人の間で止まる。
 俺と怪人が同時にそれを見た、瞬間。

 閃光。

「なッ!?」
「グウァ!?」

 俺の視界が、白で染まった。
 怪人も目をやられたらしく、襲いかかってこない。
 間を空けず数人の足音がなだれ込んできて一瞬の静寂が訪れる。続いて、会話。

「なんだ、こりゃぁ……」
「…………化け物……ですね」
「どうやら、あの惨状はこいつの仕業だった……ってわけらしいな」
「おいおいどうすんだこんな……」

「構え」

 会話が止まった。銃を構える小さな音が、短く鳴る。

「撃てぇッ!!」

 激しい銃声が鳴り響く。が、俺に弾は当たらない。
 
 なんだ? 何が起こっている?
 視界がようやく元に戻り始める。比較的目が良くないこの姿だったせいもあって、怪人より視力の回復は早いようだ。
 ぼんやりとした景色の中、軍人のような男達が四人、目を押さえた怪人に向かって小銃を発砲していた。

「おう兄ちゃん無事か!? 早くこっちに来い!」
 先程の声からして、どうやら隊長格の男のようだ。
 言いたいことも聞きたい事も山ほどある。最初に出てきた言葉は、これだった。
「何モンだ、てめぇらは……!」
 隊長の男は笑って答えた。
「俺たちか? ……そうだな、正義の味方ってとこだ」







































 …………。









 ……ぶっ殺していいかな、こいつら。

       

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