俺は自分に無理矢理言い聞かせ、『好き』に大きく傾いた感情をどうにか『別に好きじゃないし』にまで押し戻した(我ながらキモい表現だ)。
仮にも(大きなお世話にも程がある。程があるにも程があるレベル、だが)助けに来てくれた相手だ。問答無用でブチ殺したら後で後悔するだろう。少し。あ、やっぱ殺し……たくないたくない大丈夫。絶対後悔する。一生引きずる。うん、よし。
深呼吸。
俺は部屋の隅に移動し、状況を改めて確認した。
部屋の真ん中には、視界を一時的に閉ざされ無防備な大型怪人一体。それを、自称正義の味方四人が攻撃している。
武器は銃剣が付いたアサルトライフル。H&KG36に見えるが、合っているなら軍用だ。中々良いものを持っている。
それと、見たことがない……恐らく最新式の対衝撃服に防弾ゴーグル付きヘルメット。
軽装ではあるものの、装備の質は総じて高い。
何か悪い事があるとするなら……相手が悪い。
「おい! どうすんだこいつぁよ、銃弾効いてねぇぞ!」
怪人のせいでそこまで大きく見えないが、恐らく2mはある大柄の黒人が叫ぶ。流暢な日本語だ。
「化け物用の兵器なんて持って来てないっすよ……つーか持ってもいないし」
まだ若い、見た目ベル子と同い歳くらいのガキが焦りを見せている。
怪人が低い呻き声とともに、のっそりと起きあがった。
どうやら視界は元に戻ったようだ。早くどうにかしないと……死ぬぞ。
「なんかこんな状況あったぞ、ゲームで。ボスがどんだけ撃っても全然ダメージ受けなかったんだよね」
平然と構えながら、足で下の空間を広げて動きやすさを確保する細身の男。よく見ればゴーグルではなく眼鏡をかけている。
「そいつはどうやって倒したんだ?」
髭面の隊長が弾薬を補充しながら問いかける。
隊員二人も耳を傾けて答えを待った。
「いや、そこらに落ちてたロケットランチャーで」
「あるわけねぇだろそんなもん!」
「……逃げます?」
「逃げるならもう少し早く逃げるべきだったかもな……む」
怪人は片手を振りあげる。真上に手を伸ばせば天井につっかえるほどの巨躯だが、だからと言って動きが緩慢だとは限らないのが怪人だ。
「散開!」
踏み込む足がわずかに動いたと同時に、全員が四方に散った。
ワンテンポ遅れて、奴らがいた場所に拳が降ってきた。
5m程もあった距離を一瞬で詰め、間にあった障害物を弾き飛ばし、床に大きなクレーターを作りあげる。
やはりな。
タメこそ必要だが、直線移動のスピードはとても人間に避けられる速度ではない。
火力、体力、瞬間速度。どれをとっても圧倒的だ。正義の味方に勝ち目は無いだろう。
「おいおい、勘弁してくれよぉ! 聞いてねぇぜ、化け物退治なんざよぉ!」
「……とりあえず、正面にはいない方がよさそう、だね」
「全員無事か? 『ウォッチャー』、『ウォッチャー』はどうした? 返事をしろ!」
隊長の声が響く。
今俺の位置から見えるのは、黒人と眼鏡と隊長。それに足音を鳴らして反転している怪物だ。チビの姿は見えない。死んだか?
「いっつぅ……生きてますよ、なんとかね!」
机の山をかき分けて、チビが返事をする。どうやら運悪く、飛んできた机に激突されたようだ。
そして更に運の悪い事に――
「って、おい……何でこっち来ちゃうんだよっ!?」
居場所は怪人から一番近い場所で、しかもそこは怪人の視界内で、おまけに右足は未だ机の山に突っ込んだままだった。
怪人の腕がチビに伸びる。
広げた掌は、小柄な体を握り潰すには十分な大きさだった。
「まずい……『ブレット』、『バスター』、目だ! 目を狙え!」
「了解」
「あいよぉ!」
三者の小銃が火を吹く。フルオートで放たれるライフル弾が眼球に当たれば、怪人にも効果はあるだろう。
当たりさえすれば、の話だが。
必死の抵抗を嘲笑するかのように、怪人は射線を手で覆う。肉厚の腕に阻まれ、銃弾は明後日の方向に飛んでいった。
「さっきので目は警戒されてるのか……?」
「ひょっとして、俺達の言ってる事わかってるんじゃないの?」
「糞が! 知能もあるってのかよッ! ふざけすぎだ化け物ッ!!」
銃弾も、黒人の叫びも、チビの抵抗も意に介せず。そのまま怪人はチビの体を、大根でも握るかのように鷲掴みにした。
「やめろ、ちょ、俺はうまくないっての!」
……仕方ない、助けてやるか。
変身すると後が面倒だ。俺は地面を見回して、唯一武器に使えそうな鉄の扉を探す……が、無い。
いや、落ちて無いはずが無い。くそ、どこだ……。
「う、うわああああああああああ!!」
怪人のゆっくりとした、しかし着実に狭まっていく締め付けに、チビは悲痛な声を捻り出させられる。
「『ウォッチャー』ッ!!」
……はいはいわかったよ、変身すればいいんだろ!
俺は傷の塞がった胸をこじ開け、急いで使える玉を探す。
これは使用済みか。まあ再生したしな。っと、これでもない……
「ああああああああああ!! ……あ……」
あ、間に合わねぇわこれ。わりぃ。ドンマイ。
――ぐしゃり。
『ウォッチャー』のチビが、手からこぼれ落ちる。
「う……」
……が、死んではいなかった。
俺の探してた、ドア。普通の人間には持ち上げることすら適わぬ、大型の鈍器。
それが、怪人の頭にめりこんでいた。
「間一髪、だな。運よくこんなのが落ちてて助かったな、『ウォッチャー』!」
持っていたのは、黒人の隊員。ふらついた怪人の頭にもう一発、大きくスイングして遠心力で叩きつけた。
「『ウォッチャー』、無事か!?」
「あ……あまり無事じゃないっす……肋骨が何本か……」
「おう、元気に痙攣してるぞ! 俺のおかげだな!」
「そうか、よくやった『バスター』!」
「良かったな生きてて。頭から食われでもしてたらしばらく肉が食えなくなってた所だ」
「だ、誰か俺の心配を……」
なんとか助かったみたいだ。いやーよかったよかった。
助けられなかった事をちょっと後悔するところだった。五秒くらい。
「さて。うちの隊員をよくもやってくれたな、化け物」
隊長の良く通る声が、頭を押さえている怪物へと向けられた。
「『バスター』、銃をくれ」
「あいよ」
黒人の男、『バスター』が、銃を放り投げた。隊長がそれを片手で受け取る。
そして両手に一丁ずつ構える。拳銃ではない。銃剣付きアサルトライフルを、だ。
「指揮権を『ファング』から『ウォッチャー』に移行する」
「了ぅ解!」
「了解」
「……了解」
「これより『ファング』は――」
ざり、と地面を踏みしめる。
『ファング』を名乗る隊長の雰囲気が、変わった。射抜くような殺気が、全身から溢れ出ている。
いや、もう既に奴は『隊長』ではない。
『正義の味方』でもないし『暗殺者』でもない。俺みたいに殺戮を楽しむ『戦闘狂』のものでもない。
「――
無理だ。
無謀だ。
馬鹿だ。
阿呆だ。
正気か。
不可能だ。
俺は、そう思った。
しかし、そんな事『ファング』は微塵にも考えていない。
『ファング』の『気』を例えるのに、一番適した言葉があるとすれば。
『武人』だ。