Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
2-5 The Fang

見開き   最大化      

「俺は動けません! 『バスター』は俺のカバーをお願いするっす! 可能ならば一人で奴を引きつけて下さい!」
「可能ならばだぁ? 誰に言ってやがる! 任せろぃ!」
「『ブレット』は弾丸を特殊樹脂弾に交換! 『ファング』を支援して下さい!」
「特殊樹脂弾ね。ま、流石に『ファング』一人じゃ厳しいか。了解っと」
 残された三人は『ファング』の暴走を止めようともしない。
 俺は最初、こいつらの事を自衛隊か警察の特殊部隊か何かじゃないかと考えていた。
 その予想はどうやら外れたらしい。指揮官が一人で突撃するなど、戦争の時代を間違えている。
 統制された組織の人間ならば間違ってもこんな無茶な真似はしないだろう。
 指揮官の命令に口答え一つしないと言う点だけは、軍隊的だが……
 いいのか? 大丈夫なのか、お前たちはそれで。
 正義の味方は、仲間を信じる……とでも言いたいのだろうか。

 ゆったりと構えて一瞬静止。『ファング』がスタートを切った。
 銃剣を前に構え、姿勢を低く保ち、獲物を捕らえる肉食獣の如く部屋を駆け抜けてゆく。
 怪人は唯一自分にダメージを与えた『バスター』に怒りを向けている。斜め後ろから迫る『ファング』には気づいていない。
 その巨体の懐に、『ファング』が滑り込んだ。しゃがんだ体勢から足のバネを使って大きく飛び上がり、銃剣を突き立てるは――
 ――がら空きの、喉元。
 狙いは悪くない。だが、その一撃が喉元を抉ることは無かった。
 大型トレーラータイヤを更に凝縮させたような肉厚で弾力のある怪人の体は、刃を通すことなく易々とそれを跳ね返した。
 「……」
 苦々しげな表情で着地した『ファング』にすぐさま張り手が落ちてくる。
 反撃を予想していた『ファング』の方が速く、股下を潜って回避。離脱する。
 怪人が地面に大きな手形を作った掌を上げ、目障りな虫を潰したかどうか確認した頃には既に『ファング』は元の位置に戻っていた。
 そして隙ができたその側頭部に、三度『バスター』の扉が飛んでくる。怪人の頭が、またしても扉の形に凹む。
「おらおらどーしたどーした化け物! お前の相手はこっちだッ!!」
 ダメージこそ決定的では無いが、何度も鈍器で殴打された上に挑発まで入れられ、怪人は怒りに吼える。
 最初に殺す標的は『バスター』一択となり、がむしゃらに腕を振り回し、攻撃し始める。

『ファング』の突撃の目的を、陽動であると仮定しよう。
 唯一ダメージを与えられる『バスター』の攻撃が当たるように怪人に隙を作り、生命線の『バスター』へ攻撃が向かないように自らが囮となる。
 そして二人に気を取られれば、『ブレット』が目に銃弾を撃ち込むチャンスが生まれる。
 怪人の高い耐久力と回復力との戦いだ。持久戦になるし、勝率も高くない。が、相対的に考えると作戦としては悪くない。
 そもそも、この戦力だとそれ以外に怪人を攻略する方法が無いのだ。
 普通ならそうする。と言うか、逃げる(俺は馬鹿なのでそうしないし、殺したい相手から逃げると言う選択肢は無い。あくまで客観的意見だ)。
 だが。
『ファング』はゴーグルとヘルメットを外し、『バスター』に攻撃を続ける怪人の背中を遠くから眺めているだけ。
『ブレット』はその横に立っている。この位置では怪人の目を狙うことは不可能な上に、銃弾は恐らく貫通力の低いであろう樹脂弾に交換してある。
『バスター』はあろう事か、怪人に挑発を始めた。『ウォッチャー』から注意を完全に逸らす事は成功したが、回避に専念しているため命綱の鉄扉(俺のだ)を手放した。
『ウォッチャー』の出した指示は、『ファング』を軸に据えて戦えと言うものだった。
 戦術に疎い俺でもわかる。明らかな愚策だ。
 確かに、こいつらは予想よりは遙かに強い。中でも武器有りとは言え、怪人に有効打を与えられる『バスター』は並の戦闘員を上回る逸材だ。
 だからこそ、理解できない。何故こんな真似をするのか。

『ファング』が一点を睨んだまま、ピクリとも動かない。
 その間も、怪人は『バスター』への猛攻を休めない。
「ぐっ、あぶねぇっ……!」 
 紙一重で避けた拳の風圧で、『バスター』の足がふらつく。体勢を立て直す間もなく次の拳。王手の連続を、どうにか避ける。
 大振りの動きではあるが、怪人の動きは決して遅くない。加えて、自由に動けるスペースも限られている。
『ファング』ほどの身のこなしが無ければ、いつまでも回避し続けられるものではない。
 近いうちに被弾し、死ぬ。どんなに運が良くても戦闘不能は免れない。一発当たれば詰みの綱渡りだ。
「っ……!」 
 ついに机に足を取られた『バスター』。それを仕留めようと、怪人が、重い腕を振り上げる。

 その時だった。
 何の前触れもなく。
 この部屋に入って初めて――




   ・・・・ ・ ・・・
――『ファング』が、走った。



 それは先ほどとは違い、全くのノーモーションから切られたスタート。並の人間とは動体視力が違う俺ですら、一瞬その場から消えたかと錯覚したくらいだった。
 『ファング』が三歩踏み出した時点で、既に先程の最高速を上回っていた。
 忍者のように腕だけ脱力させて、銃剣を浅く握り、オールバックの髪を後ろに置いて、一瞬で部屋の中心まで到達する。
 雲の切れ間から太陽が顔を出して出来上がった影のように。
 気がつけば『ファング』はそこにいた。

 跳ぶ。
 飛ぶ。

 振り上げられた怪人の腕。血管が浮き出ていながらも弱点になる事はない、その場所へ。

 唸りをつけて。二本続けて。
 銃剣を、ぶち込む。
 同時に、銃声。

 刹那の静寂。
 今まさに振るわれようとしていた『死』そのものに。
 刃は深々と、突き刺さっていた。

 間髪入れずに、一つの点を貫いていた銃剣を左右に開く。
 間欠泉のような、鮮血の噴射。部屋の壁紙が塗り変えられ、深紅に染まった『ファング』が地面に降り立って、ようやく――

 ――部屋を揺るがすような、怪人の慟哭が響き渡った。

「へー。化け物の血も赤いんだ」
 平然と呟く『ブレット』の持つライフルから、硝煙が立ち上っている……
 ……こいつが、撃ったのか。
 はっきりとは見えなかったが、恐らく『ブレット』は、『ファング』が銃剣を突き出すその瞬間に、その銃を後ろから『狙撃』したのだ。
 左、右と突きだしたその二撃が同時に重なるように、右、左と撃ったのだろう。
 ただでさえ狭い銃底の、真っ直ぐ力が伝わる一点に。二発続けて。
 言うまでもないと思うが、人間技ではない。

 常識外の速度を乗せ、その上に銃弾そのものの力を加えて、更にそれに二を掛けたその一撃は――
 ――人間と怪人の壁に、ヒビを入れた。

 縦に斬り裂かれた、血管。おびただしい量の出血は、怪人の治癒力を持ってしてもすぐには塞がらない。
 痛みに悶絶する怪人。これ以上ない隙を、『バスター』が逃すはずが無かった。
 再び鉄扉を拾って、呼吸を整える。
 ゆっくりと、一回転、二回転。三回転。遠心力を乗っけて、四、五、六、そして。
「たぁぁぁおれろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 渾身の横薙ぎが怪人の腰を強打し、叩き転がした。手からすっぽ抜けた鉄扉が、遙か遠くへ飛んで行く。
 仰向けに倒れた怪人は、一人の男と目が合った。
 殺しを何とも思っていないような冷徹な眼をした『ファング』が、銃剣を逆手に持って立っていた。








「死ね」





 大きな眼球を、血で染まった刃が抉った。
 一気に奥まで突き刺すと同時に、トリガーに手をかける。
 銃声は、聞こえなかった。
 赤紫の液体を何度も眼孔から噴き出しながら、怪人は断末魔を上げた。地下全体を揺らすような音量で、地獄を凝縮したような音色の、断末魔を。
 それが止んだ後も、最後の抵抗をするかのように耳の奥にこびり付いて離れなかった。
 マガジン一つ撃ち尽くした後、今度は銃を口の中に突っ込む。
 体重を乗せて一気に突き刺し、マガジンもう一本分引き金を引き続けた。 
 その後、念入りに鉄扉で幾度と無く顔面を打ちつけ、叩いて、砕いて、潰して、原型を留めなくなったところで、ようやく『化け物退治』は終わった。

 大きい生き物の死骸に成り果てた、怪人だったもの。
 を、一瞥して『ファング』が言い放った。

「これが人間の『牙』だ。相手が悪かったな、化け物」

       

表紙

はまらん 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha