Neetel Inside ニートノベル
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詰まった時に書く詰まらない話
非日常的な幸せ (ジャンル:お散歩エッセイ)

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『非日常的な幸せ』



 最近の僕のマイブーム、お散歩。

 高校生にもなって、犬じゃあるまいし。そんな風に僕も思うけど、馬鹿に出来ない魅力がある。
 少し肌寒いくらいの秋の風、雨が降った後の適度な湿度の中、少し乾いてまだら模様になる道路を横目に、僕は外へ歩き出す。
 先ずは裏路地だ。

 急な勾配の、狭い階段を下りると見える一戸建て。
 その玄関先に沢山置いてある鉢植えの植物。
 葉に乗せた水滴が太陽の光を受けて輝いているのを、あぁ良いなぁと思いながら眺めるんだ。
 大きな壷に釣具のウキみたいにパンパンに膨らんだ浮き草が浮いていて、その下に赤い魚がちろちろ見え隠れする。雨で壷が溢れて、浮き草が隣の鉢植えに乗ってるのを、家の人に黙って戻しておいた。……怒られないよね?
 そーっと家を覗くと、向こう側に垣根が見えて、その木はもしかしたら僕の好きな木に見えたんだ。
 ぐるっと家の周りを回ると、やっぱりそうだった。金木犀だ。
 僕はまだ花の付いてない金木犀に指をさして、心の中で「君が咲いたら必ず匂いを嗅ぎに来る」と宣言しておいた。

 よし、行くか。

 足腰の悪いおじいさんがトコトコと、全然曲がらない足を少し開いて、体を小刻みに左右に揺らしながら、腰を90°にして僕の方にに向かって歩いてた。おじいさんは僕を見つけると、物凄い勢いで左の手を挙げて挨拶してくれる。

「おっす!」
「こんにちは!」

 おじさんの笑顔につられて僕も笑う。
 この不思議な力を持ったおじいさんの笑顔。競争しても、腕相撲しても簡単に勝てそうなおじいさんなのに、表情だけで人の心を操ってしまう。僕は何時もそこに、何だかとてつもないパワーを感じている。

 空には色々な雲が浮かぶ。形もそうだけど色が本当に様々で、見ているだけで楽しくなる。
 薄っすらと広がる透明な白い雲、米粒みたいに千切れた真っ白な雲の塊。そして中央が灰色の雲の母船は、その輪郭を銀色に光らせてる。
 母船は太陽からは遠い。もう少しの間、ここら辺も明るいな。

 歩いていると判らないけど、止まってみると良く判る。雲は動いてる。
 雲が物凄い勢いで姿を変えて、うねうねと何処かへ向かっているんだ。僕の居る場所はそよ風だけど、あそこは風が強そうだ。何処へ流れていくんだろう……。太陽があっちだから……南かな? あれ、東かな? 良く判らないけど、まぁいっか!

 さっき階段で下った分だけ、坂を登る。ここも急だから、いつもゆっくり登ってる。
 急な斜面を見ていると、つい「あぁ、雨の時に来たかったな」と思ってしまう。

 雨が降るとそれはもう! 凄い楽しいんだから!

 降水量にも拠るけれど、この急な坂を雨水の膜が張って、それがつるつると流れていく。あれを時間も忘れて眺めていると本当に楽しい。
 雨粒が小さいと、それとも大きいとかな? 雨水が跳ねるんだけど、跳ねた水滴が小さなビーズに見えて、消えては出来て、出来ては地面スレスレを煌めきながら滑空して、そしてまた消える。
 雨は好きだ。

 道路の両脇にぐしょぐしょになった落ち葉が溜まってる。これは頂けないな、やっぱり落ち葉は乾いてなくっちゃ。
 やっぱり晴れが好き。

 そんな事を考えながらやっと坂の頂上まで到達した。そこには小さな公園がある。

 折れた枝と、壊れたビニール傘が落ちてた。ついフラフラと、しゃがんで観察してしまう。傘は裏返しになって、複雑骨折してて、偶然の造形美を感じる。ふむ、これは中々……なんて評論家ぶってると、向こうから人が来た。何だか恥ずかしくなって、僕は何やってるんだろう、って思いながら何事も無かった様に立ち上がって歩き出す。歩き出して気付く。僕の挙動は不自然だな、歩かなきゃ良かった。

「おー、ハルじゃーん!」
「あ、こんにちは」

 歩いてきたのは床屋のおじさんだった。おじさんは近所に住んでいて、二人子供が居る。僕が小学生の頃は子供達と同じ登校班だったから、おじさんとも毎朝顔を会わせていたけれど、高校入ってからは朝の活動時間帯がずれて、そういえば長い事会ってない。懐かしいなぁ。

「なに散歩?」
「あ、はい、まぁ」

 見るとおじさんの手には四角いダンボールの箱がビニール袋に入ってぶら下がっていた。

「あ、それ」
「うん、お兄ちゃんの誕生日でさ」
「え~? おじさんが欲しいんじゃないの?」
「あら、バレちゃった?」
「ま、でも、みんなで出来ますしね」
「最大四人対戦だよ」
「おお! 丁度良いですね!」

 おじさんは気の良い顔で「だろぉ? だから買ったんだよ」と誇らしげに胸を張った。
 やっぱり長男の希望で、というより、おじさんが独断で選んで買ったみたいだ。
 でも、あの子ならきっと喜んでくれるだろうなぁ。

「じゃ、またな!」
「失礼します」
「たまには髪、切りに来いよ!」

 僕は会釈をして公園を出た。出た途端に、何だかもう今日は満足してしまった自分が居た。

 よし、帰ろう。

 僕はくるりと方向転換して、公園を通り抜けて、坂をノンブレーキで駆け下りた。その先におじさんが見える。

 「おじさーん!」

 足に力を入れて、必殺マックス・ブレーキング・システム発動!

 「一緒に帰りましょ!」



 全速力の後の心臓がトクントクンと鳴る音が聞こえる。
 そんな訳で、おじさんに併せてゆっくり歩くのはちょっと辛かったけど、おじさんにアドバイスしてもらった通り深呼吸してみたら意外と楽になった。

 辺りが急に暗くなる。見上げると太陽は母船に隠れてしまっていた。母船の先端が今日一番の煌めきを見せる。
 風が湿り気を含んで、雨上がりの地面の匂いがした。
 
 秋だなぁ。

       

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