Neetel Inside 文芸新都
表紙

ネクラが覗く世界
サドとドマゾとオオカミと

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 満ち満ちた月が明るい。私がオオカミなら絶対に吠える。多少声帯をおかしくするくらい吠える。帰りにイソジンを買って帰ることになる。まぁ、オオカミではないのだけれど。

 「そうやってバカなことばっかり考えてるからさぁ、あんたは何時まで経っても平社員なんだよ?」
彼女がこの論調でくだを巻いている時は、まだマシな方である。酔った二人のケンカが熱を帯びていくと、彼女は私を激しく叱りつける。拗らせた怒り上戸なのである。
 私は私で、ドマゾのウイルスに酔った頃合いで日和見感染されてしまうため、
「もっと大きな声で!」
「ごめんなさいっ」
「もっと!」
「ごめんなさいっ!」
まるで満月の下の二匹のオオカミのように、こんなやりとりがマンガよろしく行なわれるのである。
 NとSで磁石。MとSでもまた、引き合う。人間とは因果なものである。

 『そうやってバカなことばっかり考えて』はいるけれど、そんな私も上手くやったもので、彼女の他にもう一人、お付き合いをさせてもらっている女性がいる。彼女とは正反対のお嬢様で、泥酔はまずしない。同じだけ飲むから、私もドマゾに感染しない。おそらくこれが恋愛における酒の適切な飲み方というものであろう。
 そうして私は、今日もお嬢様を連れていつもの店に入る。ただ、今日は約束がニアミスしていて、時間どおりに別れなければ彼女がやってきて気まずいことになる。
「ハイボールふたつ」
二人で乾杯をしたあと、日々のよしなしごとを語らっているうち、あっという間に時間が来た。ただ、運悪く話のキリが見えない。ハイボールは半分弱残っている。時計を見る。
「もしかして、もう、時間?」
「あ……いやぁ、まぁ、そのぉ……」
見破られてはおしまいである。先程、『そんな私も上手くやったもので』と書いたことを全力で後悔する。
「ごめん、楽しくて、つい、喋りすぎちゃった」
それじゃぁ、と彼女が席を立つ。慌てて見送る。
 ドアがカランカランと鐘の音をたてて閉ま……り切らずにまた開いた。
カランカラン

 彼女である。女子飲みの一次会終わりらしく、ほろ酔いの感がある。
 入り口近くで立っている私を、不自然な目で見る。気づかれたか?いや、その感じは無さそうだ。まぁ、酔っている訳だし、何とかなるだろう。
 彼女をもといたカウンターまで連れて行ったところで気がついた。

 私は思わず息をのむ。やってしまった。
 飲み残したグラスが二つ、カウンターに残っている。状況証拠は揃った。いくらお粗末な酔っぱらい探偵でも、点から点へ一本の線を結ぶことは容易であろう。
 どうすれば良いのかわからなくなった挙句、私は右側のグラスと左側のグラスを順番に指差して、
「『飲みかけ』と『飲みさし』、どっちが良い?」
と訊いた。破れかぶれである。
 彼女は、いかにも意地の悪い顔をして、
「こっちがいい」
とおもむろに左側のグラスをひっくり返した。溢れていくハイボール、崩れていく彼女の顔。

 なるほどねぇ、今夜は一対一でのしつこいお説教が待っているようだ。どっちにしろイソジンを買って帰ることに変わりはない。

       

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