Neetel Inside ニートノベル
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先輩と僕。
Script03「初デートと僕(1)」

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   3.「初デートと僕(1)」

 そんなこんなで結ばれてしまった僕と京子先輩の奇妙な関係、そのファーストステップはその週の土曜の朝に踏み出される事となった。
 メールの着信音に目を覚ますと、折り畳まれていた携帯を開いてディスプレイを覗き込んでみると受信通知が表した送り主は京子先輩だった。
 ちなみに、朝っぱらから送られてきた彼女からのメールの文面はこうだ。
『磯野~、デートしようぜ!』
 思わず「中島とカツオがデートとかどんなBL展開だ?」と思って、メールにはその通りに返信した。
 そのほんの数十秒後。午前七時だというのに外で、自転車の珍走族かと錯覚するぐらいにむやみやたらと自転車のベルが鳴った。
 寝ぼけ眼をこすって部屋の窓からマンションの駐輪場を見下ろしてみるとそこには、えらく美少女に変身してしまった中島がそこにはいた。
 もとい、携帯電話を片手に自転車に乗った京子先輩がこちらへぶんぶんと手を振っているのが見えた。

 で。

「……恋人ごっこを始めて昨日の今日じゃないですか。いきなりデート、ですか?」
 朝食も済ませていなかったので、外で待たせたままなのもどうかと思って京子先輩を部屋に上げて一緒にご飯と相成った。
 京子先輩が押し掛けて来たのは先ほど僕が口にした通り。つまりは「磯野~、デートしようぜ!」って事で、まるで朝起きてすぐに思いついたかのように僕の部屋に来たわけである。というのか、僕は磯野ではなく西原、カツオではなく祐介である。モデル級美人先輩な中島が押し掛けてきたとしてもいきなりデートする理由はない。
 これは言うのも恥ずかしい話ではあるが――例えごっこの恋人関係と言っても、普通なら僕も男なのだから京子先輩をリードして早急にデートに持ち込む流れを作るべきなのだろうが、実際のところ京子先輩が積極的にこちらとの距離感をぐいぐい埋めようとしてくれるせいか僕は若干たじたじになっていたのも事実だ。
 恋人ごっこの関係といっても先輩から一方的に持ちかけられて、それをする覚悟もままならない僕の曖昧でぐずぐずな答えなどお構いなしにこれまた先輩が一方的に事態が進ませているわけなのだから、僕と先輩との関係というのはどうにもなしくずし的な物だった。
 今日の先輩もいつもと変わらぬ調子で、しぶしぶとした僕の質問にはこう返してきた。
「じゃあ、西原はいきなりエッチとかの方が良かったのかな~?」
 ニヤニヤとまたからかうような笑みを先輩が浮かべてそんな事を唐突に言ってみせるのに、口にしていたコーンスープを吹き出しそうになってこらえようとする。だけど、喉に絡ませてしまってむせた。
「げほっ……ごほごほッ。いやっ、それは……」
「そうだよなあ、昨日の今日で家に上げちゃう西原なんだからあたしもそれぐらい覚悟した方が良いよなあ~」
 いったい何を納得したのやら。うんうんと腕を組んで頷いて強引に、一足飛びに事を進めようとしている京子先輩の顔は何やら楽しげだ。
「いやっ、ちょっと、ダメです! 待ってくださいよ先輩!」
「何だよ、西原はあたしじゃ不満なのかよ」
 むぅと頬を膨らませてみせる先輩に、僕は責任追及される政治家よろしくたじたじになりつつも弁論する。
「ふ、不満とかじゃなくて!」
「不満はない、じゃあ何でダメなんだよ」
「やっ、やっぱり物事には順序ってのがあると思うんですよ。その、いきなりエッ……ごほん、いきなりそういう事までは……僕も流石にできませんよ。もう少し段階を踏んだ方が……」
「ふーん……」
 僕の言葉を聞き終えて、京子先輩が腕を組むと何やらしてやったりとした雰囲気でニッといつもの笑みを浮かべるときっかりとした口調で言った。
「その言い分だとつまり、いきなりデートはOKって事だよな?」
「うっ……」
 そう言ってくるのに、ある事に気が付いて思わず僕は返す言葉も出せなかった。京子先輩のこの笑み、間違いない。
 僕は言わされたのだ。先輩ははじめから、言葉巧みに僕を誘導していきなりデートはOKと言わせる状況にまで持ち込み籠絡するつもりだったと、そういう事なのだ。
「よーし、じゃ行こうか!」
 やれやれだ。それはもうこの状況に持ち込めたのが嬉しいと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる京子先輩に、ただ僕は言葉通りに従うしかなかった。
 してやられた、彼女は僕よりも一枚も二枚も上手だった。

   ◆

 場所は打って変わって、市内某所。
 地下鉄で環状線に乗り換えて、郊外の方へ。港へ向かう路線の終点駅から三番の出口から出て徒歩五分。僕達は夜になるとネオンが夜空に煌びやかな極彩色の光を妖しく映え渡らせるのが特徴的なスポットに行く事になった。
「まずはあのネオンの光る場所で二人で溶け合おっか……」
「……。何を言ってるんですか先輩……」
「え、イヤだった? じゃあさ、あのお城に行って西原が腰砕けになるまで二人で頑張ろっか……」
 などと京子先輩がふざけて意味深な方向へ勘違いしそうになりそうな際どい発言を艶っぽく発したりしてるが、一応言っておくと僕達は高校生が足を踏み入れるにはあまりにやましいスポットなんかに来た訳じゃない。
 集まってくる周囲のカップルからの視線やクスクス笑いに冷や汗をかきながら言葉を返す。
「えーと……、その言葉に対して僕はどんな反応をすれば良いんですか。というか、どうしてもそういう方向に持って行きますね。先輩は欲求不満とかですか?」
「はぁ……ったく、西原も物書きだったらもうちょっと雰囲気の出る返答をして欲しいんだけどな。せっかくあたしが恋人ごっこに協力してやってるんだ、『僕も先輩のことがもっと知りたいんです、全てをさらけ出してくれませんか……』くらいの事言ってくれないとあたしだって萎えちゃうって」
「そんな事を僕に求めないで下さいよ……。ていうか、僕達は昼間の臨海トレインランドに居るんですからそ~いう危ない発言は慎んで下さい」
 京子先輩が頬を膨らませてひそやかなブーイングをしているのに、ぴしゃりと言う。
 そう、臨海トレインランドだ。僕らが来たのは遊園地だった。
 さっき言ったネオンの光というのはここの象徴とも言える観覧車、その巨大な円環に配置されているゴンドラが発するものだ。
 ちなみに京子先輩が言っていた「お城」というのはこの海に面した遊園地の人気アトラクションの一つで、その名もモンスターキャッスルと言う。ファンタジックな世界観のもと精微に創られた城の中から外を襲いかかってくるモンスターを魔法の杖で反撃しながら空飛ぶ船のライドで駆け抜けるというシューティングアトラクションだ。
「でも、臨海トレインランドのフリーチケットなんてよくもまあこんな都合よくありましたね……」
 用意されていたチケットは二枚。まるで昨日の今日で二人がこういう状況になる事を見計らったように京子先輩が持っていたのだから、何だか妙な作意じみたものさえ感じて僕は呟く。それに京子先輩はニッと笑って、
「企業秘密だよ、企業秘密。細かい事は気にしない♪」
 二枚のチケットをひらひらさせながら意気揚々とチケットゲートへと向かった。
「あ、西原。あれ乗ろうよ」
 入園してからまず真っ先に京子先輩が指さしたアトラクションは、空中に浮いた線路がうねうねとこんがらがってるアレだった。遊園地と言えば定番のアレだ。
 京子先輩の指先から辿ってそのアトラクションに目が止まった瞬間――
 僕は、ただただ、戦慄した。
 はっきりと言ってしまうけれど、僕は絶叫マシンが嫌いだった。あの急な下り坂を降りるときの体の中で内蔵が浮いている感じや、遠心力で押さえつけられる感じがどうにも苦手で、その手の類の物にはアレルギー反応を起こしてしまいそうになるほど大の苦手だった。ピーマンとかニンジン嫌いとかのレベルじゃねぇ、もっと恐ろしい物の片鱗を味わうことになるんだ。
「いや! あの、他の乗り物にしませんか。もっと大人しい物から……」
「何言ってんだよ。西原がジェットコースターのシーンを書くことになっても、乗ったことが無かったら書けないだろ? 何事も経験だって!」
 少なくとも、舞台演劇の恋愛物脚本にジェットコースターのシーンを入れるのは無理があると思う。
「ほらほら、じゃあ行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださ……先輩!」
 ずるずると京子先輩に腕を引っ張られ、手足をばたばたさせて何とか抵抗を試みたが……
「ほら、西原! さっさと並ぶぞ~!」
 京子先輩がニッと笑って腕を抱き寄せてくる。
 ふにゅり。
 密着する二つの豊かで柔らかい感触。見ると抱き寄せられた肘が先輩の二つの丘の谷間に埋もれていた。
 思わず頬が急に熱くなったのを感じた。
「あ、あああ、あの……! せんぱ――」
 どうにかしてこの場から逃れよう、そう思って焦って何かを言おうとするがぐいぐいと京子先輩が僕を乗り場の入り口まで引っ張っていく。それにつられて、その二つの感触もぐいぐいと押しつけられていく訳で。
(うわ、やばい……抵抗……でき……ない……)
 僕が頭の中を花畑になっていってる内に――
「はぁ……」
 気が付いたらもう搭乗させられていた。それはもう、言葉通りに「まんまと乗せられた」わけだ。しかも、コースターの先頭に。
 もしこうして腕を絡めてくるのを京子先輩が狙ってやっているのだとしたら、随分と弄ばれている感があると思う。ましてや、ごっこの関係程度でここまでの事をできるとするなら、先輩は相当な演技派かもしれない。それは当たり前か、演劇部なのだから。
 キリキリキリキリと坂を上っていく音は、やがて訪れる空に対して直角に落ちる降下への恐怖を痛みで訴え掛ける僕の胃の音のようだった。
 最初の上り坂の頂点に辿り着くと、そっと手を握られた。しかもしっかりグッと指を絡めた恋人握りだ。その主に振り向くと、隣に座った京子先輩だった。
 先輩も怖いのだろうか――
「先輩……?」
 そんな事を思って右隣に座る彼女に声を掛けてみたが、どちらかというと京子先輩が向けてきた表情は僕が予想した物とは違った。
 どちらかというといつもの何かたくらんでいるようなニッとした笑みを浮かべていた。
 何か、イヤな予感がした。
 ガコン、とコースターが音を立てると先頭から滑り落ちるように降下する。
「――……ッッッ!!」
 浮き上がる感覚に思わず歯を食いしばる。目の前にあるバーをつかもうとするが、左手はどうにかバーを掴めた物の、握られた右手はむしろバーとは逆の方向に持って行かれた。
「イヤッホー!!」
 コースターが直滑降を滑り落ちていくと、京子先輩がはしゃいで両腕を上げていた。自然と、僕の右腕も宙ぶらりんになるわけで――
「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁァァァッッ!!」
 対して僕は叫んでいた。既に涙目だ。
「うわっ! ひぃぃっ! ぎゃああああああ!!」
 コースターがぐるりと宙返りし、螺旋状に降りる線路を突き進み、急なカーブに行く度に一つ悲鳴を上げる。涙の帯を振り回される度にまき散らしながら。
 そこから待っているのは二回ループして高さ150メートルの所まで上って一旦停止からの逆走で同じコースを戻る感じだ。
「ぎゃあああ! うわぁああああああっ!! もう降ろして! 死ぬ! 死んじゃうよ! ひぃぃぃぃぃ……ぎゃあああああ!! へるぷみーーッッ!!」
 我ながら酷い叫びようでヘタレ具合に男泣きしたくなるが、本当にジェットコースターが苦手だった。
「はぁ……ふぅ……やっと終わった……」
 一通りのコースが終わって、乗り場に戻ってきて一段落。これで解放される……と思いきや、地獄はここからが始まりだった。
 京子先輩が僕の腕を引っ張って再び列に並び始めたのだ。
「西原、もう一回乗ろうぜ!」
 その一言で、それから京子先輩が満足するまでジェットコースターのハシゴ地獄が開始された。
「せんばい……やめでぐだざ……」
 心は正直だ。口に出して乗りたくないと抵抗するも、腕を組んでくる先輩が押しつけてくるモノの魔力には逆らえるはずがない。あの感触とあのボリュームは男をダメにする麻薬だと言って良い。
 結局先輩から逃れることができずに、二回目もまんまと乗せられて――
「↓R1ーッ! →↓→R1!? △+○ッ!! →→↓→↓→□+△+R1ーッッッ!!」
 言葉にならない悲鳴を上げた。何か某格闘ゲームのコンボにも見えなくも無いけど、そんなことは気にしてはいけない。
 そうしてハシゴすること通算五回。もちろん、その間僕の悲鳴は臨海トレインランドに響きわたっていた訳だが、最後の方に至ってはこうだった。
「………………あ”ー」
 もう悲鳴にもなっていなかった。
 僕はボロボロのズタボロぞうきんになって、入園前に京子先輩が言った言葉通り本当に腰砕けになっていた。

       

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