Neetel Inside 文芸新都
表紙

インディアン・サマーズ
2 Las Meninas

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 ヨーコさんと、彼女がやってるラス・メニーナスというバンドについて記す。彼女はもともとギタリストだったが、次第に面倒になり(本人いわく「六つの弦の間に漂う虚無に耐え切れなくなった)、イライラしてノイズ系のバンドを組んだ。オヤジさんが所持していたグレッチを用いて、友人のジュリさんという女の子とともに結成したこのバンドに、本人が好きだという絵のタイトルから「ラス・メニーナス(女官たち)」という名前をつけた。
 ジュリさんは高校の制服を着て、頭に紙袋をかぶったスタイルでドラムを叩くのだが、なぜかフロアタムとスネア以外叩かない。なぜかと聞いたら「できないことはしないのです」という明快な答え。ときおり「レインスティック」という、でかいサボテンを乾燥させた楽器を使う。雨のような音がするのだが、マイクで拾ってからいろいろなエフェクターをかけているため、雑音にしか聞こえない。
 ヨーコさんはグレッチを歪ませて、無念無想で弾く。
 本人は「ラス・メニーナスはカバーバンド」と言うがそうは思えない。具体的には、ヨーコさんがうろおぼえの曲を、利き手ではない左で弾いているので、まったく原曲とはかけはなれたノイズができる。なぜそうするのかと聞いたら、「それなら訴訟されないから」という答え。
 そういうスタイルだった初期のラス・メニーナスはほんとうに人気がなかった。オレもあまり興味がなく、彼女たちが演奏している間はライブハウスの外に出てぼんやりしていた。
 そんなラス・メニーナスにしばらくして新メンバーが入った。どんな奇特な人物かと思ったのだが、ほんとうに暇で、おまけに楽器を練習するのが面倒だという動機で入ったと聞いて納得した。髪を真っ赤に染めたアンナという女の子で、ヨーコさんの後輩らしい。担当楽器はキーボード、ほとんどオモチャみたいな小型のやつで、アウトプットもないからマイクで音を拾っているのだが、轟音のギターにかき消されて聞こえない。それでいいのかと本人に聞いたら、もともとボリュームをゼロにしてあるので別に問題はないとのこと。他にも入りたい人がいたら歓迎すると言っていたが、これ以上増えるとは思えないし、増えたからといってどうにかなるとは思えない。
 あるときオレはヨーコさんに言った。
「完全オリジナルは作らないんですか」
 すると彼女が、
「作れる。なんなら今作ってもいい」と言い、「えっと、『夜景』『キュクロプス』『羊飼いの少女』だな」
「だなってなんですか」
「今あたしは頭脳の中でその三曲を作った。次のライブでやるよ」
 それはどうせアドリブなんじゃねえの、とオレは思ったが言わなかった。次のライブでその三曲をほんとうにやったのだが、従来のカバー曲とどう違うのか、よく分からなかった。

 千羽は深山(みやま)さんという女の子と付き合っていたのだが、この人がどうもおかしかった。あるとき彼女が、無線LANの設定がうまくいかなかったので千羽を呼び、彼もよく分からないというのでオレを呼んだ。オレもよく分からなかった。
 深山さんが次第にイライラし始めたので、何度か千羽が「カエデ(下の名前)、落ち着け」となだめていたのだが、オレが不用意に「これはだめですね、もはやモデムを窓から投げ捨てたい気分だな」と言ったらなぜか深山さんがほんとうにそうした。オレはたまげて窓の外を見たが、ドブ川が下にあって絶望的だった。なんだか怖くなって帰った。たまにライブを見に深山さんが来ると怖い。
 深山さんはピアノを習っていたらしいのだが、なぜか人差し指でしか弾かないという。千羽がいうには、最初ピアノを習い始めたとき、どの指でどこを弾くか、みたいなポジショニングの練習をするのがいやで辞めて、しかし先走った両親がグランドピアノを購入してしまっていたので、ずっと人差し指でのみ弾いていたから、らしい。
 個人的にはそういった限定的というか、異形のスタイルは非常に望ましいと思う。邪道、ヘタウマ、歪、そういう感じなのだが、それがオリジナリティに繋がるのではないだろうか。例えば特定のジャンルにとても傾倒しているとか、ボロい機材しかなくてどうにか努力するとか、下手だけど無理やり技術の必要な曲をやるとか、そういうのだ。でもこれは、文化を衰退させると思うし、まあGOODと明言はできないが、オレはそういうのが好きだし、そういうふうにやっていきたいと思う。
 もう一つ思うことがある。努力するのが嫌だからといって、楽をしようとすれば、普通にやる二倍くらいの労力を費やさなきゃいけない場合が往々にしてあるのではないだろうか。でもそういうのもしかたないと思う。

 ヨーコさんと月一くらいでライブをし始めたころ一緒にやっていたのは主に、LA BEFANA、阿片街道、Ramblin' Roseといった面子で、だいたいガレージ、パンク系だった。ラス・メニーナスだけがやたら浮いていたのだけど、三ヶ月くらいしていきなりヨーコさんが「もうノイズはやめる」と言い始めた。「メロディックなのがしたい」と。そして普通にギターを弾き始めたのだが、困ったのはジュリさんとアンナさんだった。この二人はヨーコさんと違いマジで演奏ができないのだから。アンナさんが「裏切り者!」とか「泥棒猫!」などと罵倒しているのを何度か聞いた。
 そこでヨーコさんは一計を案じ、あえてチープな音楽をやっていこう、ということにして、ジュリさんには引き続きスネアとフロアタムだけ叩いてもらうことにした。アンナさんはボーカルで、タンバリンを叩く。ほんとうはベースをやる予定だったのだが、「不可能」と本人が拒否した。
 一般的にアンナさん加入前を第一期、加入後を第二期、そしてこのノイズからガレージロックへ転向したあとを第三期と呼ぶ。これ以後はまあまあの人気だった。まあまあっていうのはオレたちの中では、コンスタントに三人くらい客が来ることを指す。

       

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