Neetel Inside 文芸新都
表紙

アサシーノス
ヴィガリオ・ジェラウ

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ナシメントとマチアスの二人は
その都会とヴィガリオ・ジェラウ地区とを仕切る線路の上を通る
歩道橋を歩いていた

~ヴィガリオ・ジェラウ地区~
ここは数あるリオ・デ・ジャネイロのスラムの中でも
麻薬組織の抗争が激しい場所である 

     


     

2002年 このヴィガリオ・ジェラウ地区を仕切っていた
コマンド・ベルメーリョ(以下CV)の幹部"クレイジー・エリアス"が
ジャーナリスト ティム・ロペス氏殺害容疑で逮捕された

     


     

エリアスは28年6ヶ月の実刑を受け、CVはボスを失うという大打撃を受けた
彼の逮捕から5年後、隣の地区パラーダ・ジ・ルーカスを治めていた
テルセイロ・コマンドー(以下TC)がここヴィガリオ・ジェラウを奇襲し、占領した
これにより、CV派の住民の家屋はことごとく破壊され、住民150家族が"難民"となったとされている

     

「よし、ここがスラム ヴィガリオ・ジェラウだ」

線路だけでなく、壁に仕切られ、都会から遮断された別世界が
そこにはあった
湿った土の道には穿られ、小さく積み重なった土の塊がポツンポツンと点在していた。
その上に立ち並ぶ家屋は塗装や、外皮が剥がれ
まるで中東やアフリカの紛争地帯のそれを
そのまま持ち運んできたかのようにボロボロと罅割れていた
街行く人々がナシメントとマチアスをじろじろと見つめる

「仕方が無ぇさ ここじゃ警官は人殺しも同然だ」

「ですよね……あんな事件があった後じゃ・・・・・・」

     

マチアスの口から出た事件
それはヴィガリオ・ジェラウ虐殺事件のことである

     


     

1993年8月29日 50人以上の警察官が同スラムを襲撃
動機は同月28日にギャング達が警察官4名を同スラムの
カトレ・ド・ホッシャ広場にて殺害したことへの報復であった
だが、犠牲となった21名は売人ではなく
女性子供を含めた無実の民間人であった

事件から数ヵ月後、公式に起訴された警察官はたったの6名であり、
その内の4名はヘイビアス・コーパスにより釈放されている

「……ですが、個人的には複雑な気持ちです
 スラムの人間が麻薬組織の影響下で生活してる以上、
 あの事件の結果は止むを得なかったかもしれません・・・」


「疑わしきは罰しろってか?」

「・・・勿論 無実の人を殺したことは
 警察官として恥ずべきことだと思います
 ですが・・・・仲間を殺されて許せない気持ちも
 分かりますし・・・・・・すみません
 まだ自分でも答えが・・・・・・」

「確かなのはオレたちにとって 
 ここは戦場と同じってことだ・・・・
 無実の民間人を盾にする下衆共と
 戦うってところがな」

ナシメントは煙草を取り出すとライターで火をともした


「市街地における"捜査"では
 敵を瞬時に見極めることが重要だ
 それが警察官の仕事だからな」

「はい」

ナシメントの顔には何処か理想という焔を内に秘めた表情が浮かんでいた

「お?」

彼らの前に現れたのは、
ドレッドヘアーとスポーツシャツを着た黒人男と、
スキンヘッドの口ひげにVictoryと書かれたシャツを着た男、
ニット帽に黒髪でパーカーを着た男であった

「向こうからお出ましか」

彼らの手にはMP5サブマシンガン、MAC10サブマシンガンが
握られていた

「サツが何の用だ?」

ドレッドヘアーの男がMAC10サブマシンガンを腰に沿え、ナシメントに尋ねた
連中の眉間には皺がより、完全に威圧的な様子であった

「そうピリピリすんなよ・・・・・・あ、そりゃ無理だよなぁ~
 スマン 今日はパクりにきたんじゃねェんだ
 オタクんとこのボスと話がしたいだけだ」

「・・・・・・・・・」
ドレッドヘアーの男の顔は不信感に満ち溢れていた
"戦場"を棲家とする者が敵を信用するワケがない

そんな不信感を少しでも解こうとすべきか
気だるそうながらも、やや微笑みながらナシメントは言った

「ほら~、俺こう見えてもスラムの出なんだ
 だからさ、同郷の好ってやつでさぁ・・・・・・
 会わせてくれよ」

ナシメントの額に向かってドレッドヘアーの男は
MAC10サブマシンガンを突きつけた

「ボスは忙しい さっさと帰れ」

銃を突きつけているドレッドヘアーの男の腕を
じろじろと見つめながら、ナシメントは口を開いていった

「……まず、お前さんの手首をへし折ってそのMACを奪おうか
 いや、手首を思いっきり掴んで
 金玉が 潰れたトマトみたいになるまで
 蹴り上げるのもいいな……
 その後、お前さんを人質にして……そっちの二人が
 撃ってきたら盾にしてやるのもいい……」

ドレッドヘアー、アセロラは
まるで尾てい骨から延髄にかけて鋭い剣を通された戦慄を覚えた
先ほど語ったナシメントの一連の行為が実現され、
血塗れで横たわる自分の姿が脳裏に焼きついたからだ
敵に銃を突きつけているからこそ、分かる恐怖というものを
アセロラは味わった

凍りつき、沈黙するアセロラの両肩にナシメントが
ポンと力強く手を置いた

「そういうのなぁ お互い 後味悪いだろぉ~!
 だからさぁ~ ボスの居場所教えてくれよ~
 この通り!」


両肩を叩かれた直後、アセロラは口、尻、男根から
魂を噴出しそうになるほどビビリ上がった
"戦場"では敵に密着された時点で敗北は決定している
もはや、アセロラに戦意などあろう筈もない

「……ついてこい」

たった一つのその言葉がアセロラに出来る虚勢であった
アセロラがアジトまでの道へと歩いていくのと同時に
追われるように残りの二人も歩き出した



【あとがき】
今回の執筆には以下のサイトからの情報を参考とさせていただきました

Jornal do Brasil
http://www.jblog.com.br/hojenahistoria.php?itemid=9850

ニッケイ新聞
http://www.nikkeyshimbun.com.br/041009-22brasil.html

Historia Agora e' outra Historia!
http://historica.com.br/hoje-na-historia/30081993-vigario-geral-isso-te-lembra-algo

PAUTA DO DIA
http://robertatrindade.wordpress.com/2009/11/06/invasaovigariogeral/

     

湿地帯の近くにそれはあった
レンガの塀で囲まれ、コンクリートと土を集めて作られた
建物の壁には何度も何度も赤いペンキで塗りつぶされた跡があった

そこはコマンド・ベルメーリョと対立する
テルセイロ・コマンドーのギャングのアジトである
アジト内ではギャング達がテーブルサッカーに興じていた

「おい!そこカバーしろ!」

「すり抜けたぞ!! まずい!まずい!」

「うわっ!!ちょっ!!」

「うわぁぁーっ!! くそぉーー!
 負けたぁぁああああーーーっ!」

「よっしゃああーーっ!!」

銃で武装しているとはいえ、やはりギャングにもブラジル魂はあるようだ
サッカーのことになると我を忘れ まるで子供のように熱狂していた

「次は俺の番だ!」

そこにはボスのパジーリャも参加していた

「おい!カイオ!俺に代われ!」

だが、そんなパジーリャを興ざめさせたのは
そこに現れたナシメントとマチアスの二人であった

「ナシメント・・・・・・!」

ナシメントの来訪により、パジーリャの眉間に刻まれた皺は
まるで東洋の闘神像のそれのように深くなっていた
ナシメントのせいで一度ブタ箱行きになった彼としては
二度と会いたくない相手であるから、当然である。

「いやぁ~ お久しぶりだね~ パジーリャ」

パジーリャのそんな表情とは反対に
ナシメントは嫌みったらしくニヤニヤと微笑みながら、
テーブルサッカーの台へと歩み寄った
そして、周りにいたパジーリャの部下達をどかしながらも
棒を引っ張り、くるりと回転させた
棒の回転にあわせて人形がくるりと回転した
その勢いで傍にあったボールが転がり、ゴールへと入っていった

「何しにきやがった・・・・・・?」

パジーリャの言葉に視線をテーブルサッカー台からパジーリャへと
ナシメントは移した 
銜えていた煙草を右手の人差し指と中指で挟み、口から放すと、
微笑みながら首を横に振った

「そうギスギスするなよ パクりにきたんじゃあねえ
 お前さんはちゃんと金も払って
 罪を償ったんだからな」

微笑みながらの嫌味に苛立ったのかパジーリャは
一切まばたきせず、先ほどと同じ東洋の闘神像の如く、
眉間に皺を寄せてナシメントを睨み続けた

「で、用ってのは何だ? そんなくだらん嫌味を言うために
 ここまで来たわけじゃねぇだろ?」

苛立つパジーリャに動じる様子も無く、目を半開きにしながら
ナシメントは数枚の写真をふところから取り出した

パジーリャの座っているソファーの前にある机の上にポイッと放り投げた
投げられた写真は、机の上をスケートリンクのように滑ると
そのまま綺麗に停止した

「つい2~3日前 CVのサンチェスがくたばった
 ホシーニャのデウスデッチって酒場でな
 全身 風穴だらけにされてた
 蜂の巣もビビって裸足で逃げ出すぜ」

サンチェスの死体の写真を眺めるうちに、
パジーリャの闘神のような皺はまるで潮が引くかのように消えていった

「ほう サンチェスがねえ」

敵であるサンチェスの死に思わず、パジーリャも笑みが漏れていた
その笑みに誘われてか、部下達も写真を覗き込んで死者を侮辱する
笑いを浮かべ出した

「お前がやったのか?」

彼らの態度に怒りを通り越して呆れながらも、
ナシメントはサンチェスを上目で睨み、たずねた

それにイラッとしたのか、パジーリャは
またあの皺を刻んだ表情をしながら、ナシメントをにらみつけた

「・・・・・・否定したってどうせ信じないんだろ?」

「ああ」

「警部!」

しばしの緊張が続いた
パジーリャの神経を逆撫でに撫でまくるパートナーの態度に
マチアスは気が気ではなかった相手は銃を持ったギャング達だ
うるさいという理由で平気で人殺しをするような連中相手だ

いつ銃を引き抜けるようにマチアスは
ポケットに忍ばせたスナッブ・ノーズ製の38口径リボルバーの
引き金に手をかけていた

「ハッ まあ そうだろうな!」

パジーリャは目を見開き、目の筋肉をほぐすかのようにぐるりと動かす
皺が消えたパジーリャの顔はナシメントの言葉に根負けしたよと言いたげに
落ち着いたような表情になっていた

「オレたち(テルセイロ・コマンドー)は
 CVとは30年間も戦争やってる・・・・
 おまけにこのシマを巡って今もいがみ合ってる・・・・
 犯行動機としちゃあ充分だ」

おそらく、下手に誤魔化そうとすると変に疑われると感じたのだろう、
彼はナシメントの言葉に一旦は同意の姿勢を見せた
自分の反論を相手により一層聞いてもらうためによく使う手法だ
当然のごとく、パジーリャは反論を始めた

「だがな サンチェスを血の海に沈めたがってるのは
 ADA(アミーゴ・ドス・アミーゴス)も同じだぜ
 元々ホシーニャは連中のシマだったんだ
 サンチェスに幹部のホドリゴを丸焼きにされるまではな
 それに死んだ場所がここならともかく、
 ホシーニャだったんなら俺が疑われるのは
 おかしいんじゃねぇか?」

パジーリャの主張はもっともである
テルセイロコマンドーのパジーリャがサンチェスを殺す理由は今のところ シマ争いだ
ならば、サンチェスの死体がヴィガリオ・ジェラウにあった方がより自然な流れであろう
だが、ナシメントはその主張をあっさりと一蹴するかのように呟いた
勿論、それがパジーリャの怒りに触れたことは言うまでも無い

「・・・・お前は妹をヤツにレイプされてる
 これも充分な動機だ」

「妹の話はするな!」

パジーリャはナシメントの額に向かってタウラス9mm拳銃を突きつけた
妹を犯された話など兄として掘り返されたくないのは当然である

「警部!」

マチアスはパジーリャに向かってポケットに忍ばせていた
スナッブ・ノーズ製の38口径リボルバーを突きつけた
同時に、マチアスはパジーリャの部下達にライフルやマシンガンを
突きつけられる
だが、そんな状況にも関わらずナシメントは
動じることなく、パジーリャを真剣なまなざしで見つめていた

「待て 俺は妹さんを侮辱したわけじゃない
 俺もレイプ犯はクズ野郎だと思ってるし、
 妹さんは気の毒な目に遭ったと思ってる 
 俺はただ"どうしてADAじゃなく、お前を疑うのか?" 
 ただその質問に答えただけだ」

微動だにすること無いナシメントの表情にパジーリャは
銃を突きつけながらも何故かビビっていた
どうして、この男はこんな状況でも平然としていられるのだろうかと

「分かったら先ず、こいつに向けられてる銃をおろしてくれ」

平然とした表情のまま、ナシメントはマチアスを親指で指し示しながら
パジーリャに部下に銃をおろさせるように命じた

その気迫に押されてか、パジーリャは銃を下ろした

「警察官ってのは人を疑うのが仕事なんだ
 好きでやってるわけじゃねえ」
  
「・・・あぁ 分かったよ」
 
マチアスもパジーリャの部下達も驚いていた
怒り狂ったライオンのようだったパジーリャが
引き金を引かず、怒りを抑え大人しくソファーに座ったのだ
この場にいた全員が警察官の気迫というものを改めて思い知らされた
 
「・・・・・動機はこの辺にしとこう
 さて、問題は誰がサンチェスをやったかだ
 この事件の現場には"犯人"が使用したと思われる
 銃から銃弾、薬莢まで一切見つからなかった
 あったのはサンチェスたちの銃だけだ」

「何が言いたい?」

遠まわしにくどくど言われるのが元々嫌いなパジーリャである
苛立つのは当然のことであった

「つまり、"犯人"は武器を現場で調達したってことだ
 これから人を暗殺するっていうのに
 銃を持たずに現場に現れたってことだよ」

「随分とまあ・・・・変わった"殺し屋"だな」

ナシメントは一度も"殺し屋"とは言っていない
なのに、パジーリャは"犯人"を"殺し屋"と同意義と考えて言い直した
その不自然な態度を感じ取りながらも、ナシメントはそれを
悟られないように表情を変えずに話を続けた

「この手口を使う"殺し屋"に覚えは?」

「無えな」

「即答だな」

間髪など入れる余地もないほどの見事な即答に
流石のナシメントもパジーリャを尊敬してるような様子だった

「殺し屋の仕事のやり方なんか知るかよ
 そういう連中に金渡した後の
 手口は好きなように任せてるんだ
 どうやって殺したなんざイチイチ 聞くかよ」
  
「"シュハスコの焼き方はシュハスカリーアに任せろ"ってことか?」

「それが"客のマナー"ってもんだろ?」


しばしの沈黙と共にナシメントはソファーから立ち上がり、
マチアスの肩に手をポンとのせると、そのまま出入り口へと
歩いていった

「OK,分かった 参考になったよ」

「おい、いいのか? 今の証言で俺を殺人教唆でブチこめるぜ」

パジーリャは手錠をかけられたポーズでするかのように
両手を前にかざして、左右に振った
ナシメントをからかっているのは明らかである

「あっ!そうですよ!警部!」

先ほどのパジーリャの発言は殺し屋と日頃から親交があるという告白であった
殺人教唆の証拠としては充分であった
気付いたマチアスがナシメントの肩をパンパンと叩いた
だが、ナシメントはそんなマチアスの方もパジーリャの方にも
振り向くことなく、そのまま右手を上にあげて左右に
大きく振りながら言った

「いいさ、でかい魚が釣れるまでの辛抱だ」

その言葉を去り際に吐いたナシメントの背中を、
パジーリャは相変わらずの東洋の闘神像の如き憤怒の顔で
睨みつけて送り出していた



     

「肝が冷えっぱなしでしたよ センパイ」

ヴィガリオのスラムから出るため、
ナシメントとマチアスの二人は元来た道を戻っていた
マチアスは冷やした肝をいまだ震える臓腑で
精一杯抱えながら、何度もフーフーと小さな溜息を吐いていた

「・・・・冷や冷やしただろ? 悪かったな」

「全くですよ センパイ
 よくあんな連中相手にビビりませんでしたよね」

ナシメントの無茶な行動に半ば呆れつつ、マチアスは彼の行動に敬意を抱いていた
警察官として犯人にビビらずに行動できることこそ、一番のステータスだからである

「あーいう輩は目を逸らすとつけあがる・・・・
 目を山のようにしてじっとさせるんだ
 そうすると向こうから目を逸らしてくる」

彼の目は平坦なテーブルの上に置かれたコップの水のように、
一転の揺れも無い静かな目をしていた
その静かな目で見つめられると、目を逸らしたくなる気持ちが分かる
まるで、自分の醜さを見透かされているような"千里眼"のように思えてくるのだ

「それが出来るのは先輩だけですよ」

目を山のようになんて東洋の修行僧かなんかの言いそうな台詞だなと感じ、マチアスは少し微笑んだ
そして、微笑みながらもマチアスは次の言葉を続けた

「まったく・・・・センパイってホント 命知らずですよね 
 わざわざ連中の神経を逆撫でするようなことばかり言って・・・・」

ナシメントがこめかみに人差し指をコンコンとつつきながら、答えた

「頭に血が上れば本音が出る 真実を掴むコツってやつさ」
 
(なるほど・・・・・パジーリャの妹の話をしてヤツを怒らせたのもそのためか)

あまりにもリスキーで、自分には到底真似できそうに無いコツだと感じつつも、
マチアスはその教えを無駄にしないように記憶に留めようとするかのように
軽く頷いた

「お陰で少しだけ"ボロ"を出してくれた」

「"ボロ"?」

「ああ、ヤツはサンチェスを殺した"犯人"を
 "殺し屋"と言い直した・・・・・・」

「・・・!!そういえば・・・・!」

「サンチェスを殺してないとするのなら
 どうして"犯人"が"殺し屋"だと直ぐに分かった?
 "敵対組織の構成員"の可能性もあるかもしれないのに」

ナシメントの目にはようやく糸口を掴んだ達成感の片鱗が見えていた
その目は、達成感という焔を胸に秘めるかのように静かに熱く燃えていた

「・・・・パジーリャを"殺人教唆"で引っ張りますか?」

ナシメントの目に思わず、マチアスはパジーリャの逮捕という結論に達した
ナシメントは彼女の言葉に、結論を急ぎすぎていた自分の存在に気付くこととなった
そして、彼の目は達成感の片鱗を引っ込めるかのように再びあの"千里眼"へと戻った

「・・・いや まだダメだ
 自分で言い出しといて何だが、
 これだけじゃまだ決め手にはならねぇな」

彼の"千里眼"にマチアスも目が覚めた 
結論を急ぎすぎた自分に反省し、彼女はパートナーとしてかけるべき最適な言葉を選んだ

「暫く調査を続けましょうか センパイ」

この千里眼はまだまだ結論を求めてはいない
冷静に数ある嘘の中から真実を探したがっている目だ
ならば、そのナシメントの目の示すまま行動することこそ、パートナーとしての役割ではないかと思った
だが、ナシメントにとって喜ばしい筈の彼女の言葉にナシメントが返事をすることはなかった
彼は突然 黙り込み、己の前に広がる道を見つめていたのだった

「・・・・センパイ?」

「・・・・尾けられてる・・・・・4~5人はいる」

「!?」

マチアスは一切後ろを振り向くことなく、ナシメントの顔を見つめた
彼女の反応は日頃から尾行に気付いても後ろを振り返るなと、教えられていた成果の賜物といえよう


「連中 パジーリャの?!」

「・・・・だろうな 
 さっきチラッと見覚えのある顔が見えた」

ナシメントは後ろを振り返ってはいない
マチアスにそうするなと教えていたから当然の行動だったと言えよう
だが、同時にそれは尾行者の存在を捉えることはほぼ不可能であることを意味していた
にもかかわらず、ナシメントが尾行者の存在を把握出来たのは最早 職人技としかいいようがなかった



パジーリャの部下達であるフランコは子分のラランジーニャ、ポルコ、ヴィヤードと共に
アジトからナシメントとマチアスを尾行していた

勿論、彼らも悟られぬように衣装は変えていたし、
馬鹿正直に2人の後を尾けていたわけではない。
時々立ち止まっては露店の商品を買ったり見たりしながら歩くなどの
ようなカモフラージュはしていた
だが、そんなカモフラージュも全て
ナシメントに見透かされていたことは予想外であった

「あいつら気付いてねえようだな」

「ああ」

「このまま尾行続けても大丈夫なようだな」

フランコは右耳に携帯電話を当て、
 仲間であるカガードとイタリアーノに連絡をとった


「カガード、イタリアーノ
 配置についたか?」

「あぁ、ばっちりだぜ」

電話越しからでもカガード 親指を立てて喜んでいるのが分かった

「よし 順調だな
 このまま二人を橋まで尾行しろ
 二人を捕らえたら例の場所まで運べ」

「うまくいくか?」

「ああ、大丈夫だ 
 この街から出るにはあの橋に行く以外に方法はねえんだ
 で、その橋にはカガードたちが待機してる
 もう奴等はケツから頭までどっぷり
 チェックメイトに浸かってんだよ」

「フランコ、さすがだなぁ~」


このフランコの敗因を振り返るとするなら
思い当たる節は様々ではあるが、
まとめて言うとするのなら、
彼は現実というものをあまりにも軽く見すぎていたことにあろう
そして、この橋で彼は現実というものを思い知らされることになる

「それにしても、奴等・・・・
 一体どんだけうろついてやがんだ・・・・」

「もう1時間近くになるぞ」

ナシメントとマチアスは近くの露店に立ち寄ってはリングイッサの串焼きや
パッションフルーツジュースを飲食したりなどを繰り返していた
おまけに、マチアスの方はノリノリの様子で服屋に立ち寄っては
どの服がいいか、どの水着が合うのかとナシメントに尋ねていた

しかし、最後に立ち寄った服屋でマチアスが黒色のマイクロビキニを購入し、
店外でナシメントが出迎えたところから、二人はようやく橋の方面へと歩き出していった

ナシメントとマチアスが出入り口である橋のド真ん中まで辿り着いた時であった
都会側の方からカガード、イタリアーノを含む5人、
スラム側の方からフランコ達の4人が
ナシメント、マチアスの二人の前後を塞ぎ、現れた・・・・

「・・・・センパイ!」

「・・・・ああ 来やがったな」

まさに挟み撃ちである
前か後ろにしか進むことの出来ない橋という場所で
その2つを塞がれてはもはや二人に逃げ道は無かった

「グへへへェ~~ フランコぉ~
 あの女のポリ公 なかなか
 良いって思わねぇか?」

「例の場所まで運んだら、好きにしていいぞ」

「ホントかぁ? フランコ!」

下卑た大笑いや微笑を浮かべながら、
フランコやカガード達は二人の元へとじりじりと歩いていった

「よぉ お巡りさん
 せっかくヴィガリオくんだりまで来たんだ
 もうちっと観光楽しんでくれよ
 俺たちが案内してやるからよ」

「いや、もう充分だ」

「すごいよね~
 袋のネズミにされてるのに
 そんな余裕ぶっこけるなんてさぁ~」

「東洋の諺に窮鼠猫を噛むって言葉がある・・・・
 袋のネズミでも油断してると手痛い目に
 遭うぜ」

「ハッ!! ほざいてろ
 おい、2人を早く捕まえろ」

2人のこめかみを伝い、汗が下へ流れ落ちていた
もはや 追い詰められた緊張感から出た生理反応であることは
隠しようが無かった

「・・・・センパイ」

その時であった電車の近づく音が遠くから響いてきた

「大丈夫だ 必ず上手くいく」

フランコ側からポルコとヴィヤードがカガード側から
イタリアーノとアバカシが2人を捕らえようと走り出したその時であった
橋の下を電車が通りかかった!!

「今だ!」

「はい!」

その瞬間、2人は橋の欄干に手をかけ地面を強く蹴り上げた
その勢いで2人の身体は宙へと舞い、橋の下を走る
電車の屋根へと落下していった

「なにっ!!」

「クソッ!!逃がすかァー!!」

急な動きをした2人を撃って止めようと、
ポルコとアバカシが自身の拳銃の引き金に指をかけた時だった

「馬鹿!やめ!」

頭に血の上った2人を制止しようと、フランコは喉から
張り裂けんばかりの大声を吐き出した
だが、それがマッハの速度を誇る銃弾の速度に敵う筈もなく、
彼らの拳銃から吐き出された銃弾はそれぞれの真正面にいた
ポルコとアバカシの臓腑に命中した

「ぐぎゃああぁぁあっっ!!」

ポルコの持っていた銃がイングラムサブマシンガンだったことが
さらなる悲劇を招いた
銃弾はアバカシだけでなく、イタリアーノの喉と頬を貫き、
彼の後ろにいたファルカンのわき腹、ヘポーリョの胃へと襲い掛かった

「ごわぁぁああっ!!」

「ぐげあッ!!」

彼らの断末魔の悲鳴と同時にナシメントとマチアスの身体は
橋の下を走っていた電車の屋根へと落下していった


「くそ!電車の上か!!」

カガードは先ほどのポルコの撃ったマシンガンの流れ弾を
伏せてかわしていたが、落下していくナシメントを見ながら直ぐに怒りの反撃を開始しようとした
だが、落下するナシメントはそんなカガードの怒りの反撃を捻じ伏せるが如く、
愛用の銀色のべレッタの9mm弾を叩き込んだ

「あぎゃあッ!!」

銃弾はカガードの肩と腹部に直撃し、カガードは血を噴出しながらそのまま仰向けに倒れこんだ
それを見届けたナシメントとマチアスの2人の身体は
無事に電車の屋根の上に着地した

「クソッ・・・・!! 撃て!撃て!!」

慌てたフランコ達は電車の上に飛び降りたナシメント達に
死に物狂いで一斉射撃を開始した

だが、時速数十キロで移動し、橋から離れていくナシメント達を
フランコ達が放った銃弾が正確に捉えられる筈がなかった
逸れた銃弾は、屋根、そして線路へと当たり虚しく火花を散らすだけであった

橋の上に残ったのは血塗れの遺体と怪我で苦しみ悶える
フランコ達の仲間の姿であった

(やられた・・・・!畜生!!
途中でやたら買い物をしていたのは電車が通りかかる時間を稼ぐため・・・・!!
わざわざ オレたちに挟み撃ちされたのは同士討ちを狙うためか・・・・!!
チェックメイトにどっぷり浸かってたのはオレたちの方だ!!)

無事に敵の手から逃れ、ナシメントは電車の屋根で一服していた

「ふぅ~・・・・危機一髪でしたね」

「全くだ」

「それにしても残念ですね
 パジーリャの部下達を捕らえるチャンスだったかもしれなかったのに」

「残念? そうでもないさ」


フランコ達は狼狽していた
当然である パジーリャの命令を遂行出来なかったのだ それは死を意味していた
フランコの脳裏に銃で撃たれ、ガソリンを全身にぶっかけられ焼かれる
自分の姿が何度も再生された

「ちきしょう!何ボサッとしてやがる!!
 直ぐに連中を追え!早く!!」

「しかし、どうやって!?」

「近くの車を襲って追えば済む話だろーが!
 早くしろ!」

フランコ達は都会側の道路へと向かい、近くを通りかかる車を
ジャックしようと階段を駆け下りようとしたが
そんな彼らの低レベルな目論見はあっさりと強大な力によって
捻り潰されることとなった

「ごうッ!!」

ヴィヤードの腹のド真ん中を12口径のショットガンの散弾が弾け飛ばし、
肉片が叩き付けたトマトのように床へと飛び散った
フランコ達は飛び散ったヴィヤードの肉片を前に腰が抜け、
その場に本能的に硬直した

「警察だ! 全員 動くな!」

ヴィヤードの腹を吹き飛ばし、彼らの行く手を塞いだのは、
ナシメントの親友のフェルナンデス大尉率いる軍警察の部隊であった

銃口から硝煙を漂わせたショットガンを持ったフェルナンデス大尉は
まるでインドラのように勇ましく、フランコ達を竦ませるには
充分すぎるほどの威圧感に満ち溢れていた

「投降する!!投降する!!」

フランコ達の手から銃が落ち、両手が後頭部へといってしまったのは
当然の成り行きと言えよう

「全員、手を頭に置け!」

「腹這いだ!腹這いになれ! 早くしろ!」

床に腹這いになった売人共にフェルナンデス大尉とその部下達が
ライフルを突きつけながら近づき、落ちた武器を蹴り滑らせ
彼らの手元から引き離した 僅か数秒の出来事であった

敵の逮捕を部下に任せ、エゼキエルがポケットから携帯を取り出し、
ナシメントの携帯電話の番号へと繋いだ

「こちら エゼキエル 売人共は捕らえた」

電車の屋根の上で片膝を立てて座り込み、
吹きつける風で涼みながら、ナシメントは駆けつけてくれた
友への感謝の笑みを浮かべた

「借りが出来たな 感謝するぜ」

ナシメントは携帯を切り、そのまま携帯をポケットへと押し込んだ

「フェルナンデス大尉ですか?」

「ああ、いざって時のために連絡しといたんだ
 オレたちが逃げられなかった時の保険としてな」

「二重に保険をかけてたわけですか・・・・」

「まあな おまけに連中を生け捕りに出来た
 連中はパジーリャと事件とを結ぶ手がかりになるだろう」

連中から逃げるだけでなく、その連中を罠にはめるという
一石二鳥の作戦を練ったナシメントの知略に
マチアスはただ感心せざるを得なかった

「い~や、この作戦が成功してよかったです
 センパイのアイディアが無かったら・・・・」

「どうなっていたか」と言おうとしたマチアスの言葉を
遮るようにナシメントが彼女を誉める言葉を被せた

「お前の長い買い物にも助けられたよ
 女の買い物に付き合わされる男の姿なんてよくある光景だからな 
 どれだけ時間かけても時間稼ぎには見えない」

彼女の行動を面白げにからかうように意地悪に笑うナシメントの顔に、
マチアスは少し膨れながらも微笑んでいた

「なんか誉められてるのか嫌味言われてるのか
 分かんないんですけどー」

「まあ、良い意味にとってくれ」

ナシメントが電車の屋根に吹きつける風で、
しばし休憩しようとした時だった
マチアスは何かを思い出したように大声を出した

「あ!! 買い物で思い出した!!
 そういえば! あの水着 あそこに
 置いてきちゃったんだったー!!
 うわぁー!あの水着 気に入ってたのになぁー!!」

マチアスは自分の不注意さに
ショックを受けた様子で頭を両手で抱えて悔しがった

「しゃあねぇなぁー・・・・エゼキエルのヤツに回収しといてもらうよ」

「でも、血糊ついてたら嫌だし・・・・どうしよう」

「あー もー しゃあねぇなぁ 今後、水着買ってやるよ」

「ホントですかー? センパイ!」

「ああ」

「絶対買ってくださいよー!約束ですよ!」

「心配すんな 絶対 約束守るから」
(こいつの水着姿 いいオカズになりそうだしな・・・・)

クールで面倒見の良いセンパイ面を装いながらも、
内心は後輩への不純な下心で満ち溢れている
ナシメントであった


       

表紙

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Neetsha