Neetel Inside 文芸新都
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君と俺のREDO!
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努めて明るく、努めてしとやかに、努めて清純に。佐野早夜(さの さや)は努めてそう振る舞ってきた。
 今着ている白地に花柄をあしらったシャツ、アンティークドレスのような白いレーススカートだって自分のイメージをより色濃く、より鮮烈に他人に印象付けるためだけのアイテム。本当は白みたいな明るい色は好きじゃないし、むしろ真逆の黒の方が早夜の好みなのだ。
 キャラ作りに手を抜いたことはなく、必要とあれば頭の残念なバカ女みたいな発言をし、わぁたしぃ、ちょーっとぉ、てんねんなんですよぉーをアピールした。
 体型、体調管理は基本で、その他気を遣うべき物にはすべて気を遣ってきた。学校でだって『営業』の仮面をかぶり続けた。何のために? もちろん本当の自分を表に出さないために。完璧な仮面を被って完璧な評価をもらって成功するため。すべては仕事と自分のため。そのためには糸一本の綻びも許されない。
 佐野早夜という存在はそういった犠牲の上で成り立つ付加価値で装飾され、完成されていた。彼女の惜しまぬ努力は賞賛に値する物であり、誰もがたやすく実現できる物では無かった。彼女にだってその自負があり、誇りがあった。
 しかし今、佐野早夜は絶望の淵へと急速潜水している。今までの犠牲や努力が泡に帰る音や、誇りが水圧に耐えかねて軋んでいる音を聞きながら。
 端的に述べれば、佐野早夜はアイドルだった。そして、今はもう違う。
「はぁー……落ち着きなさい私」
 所属プロダクションの支部が入っている都内のテナントビル最上階。優しいオレンジのライトが灯る女子トイレに逃げるようにして駆け込んだ早夜は、洗面台に半ば倒れるように上体を預け、恨めしそうに正面の鏡に映る自分の顔を見つめる。
 女子トイレに充満させる程の負オーラを放っていても尚、整った小さくて美しい顔。大きく、意志の強さを感じさせると同時に少し幼く、可憐な少女である事を主張する淡い緑の双眼。ふんわりと柔らかいことに違いない唇はリップでピンクに。高い鼻は絶妙な丸みを帯びていて、可愛い、という言葉を誰にでも連想させる。
 早夜は長く艶やかな黒髪を心底うざったそうに背中に流し、もう一度深く、深くため息を吐いた。
 クソッタレ。何でこんな事になった。
 しかし、慎み深い早夜は自制心を効かし、声には出さずに心の内だけで思った。
「クソッタレ! 何でこんな事になりやがった!」
 訂正。全力で叫びました。自制心などとうの昔に一家丸ごと惨殺してやったさ! と言う感じに。
 個室の方からガタッ、とか「ひっ!」とか聞こえたが気にしない。そんなのはもう気遣うべき物ではないのだから。
「終わりじゃん……何もかも。今まで積み上げてきた全て……」
 脆い。脆すぎる。私が今まで必死になって積み上げてきた物が一瞬で、本当に一瞬で吹き飛んだ。全て無価値になってしまった。そして、誰も助けてなんかくれないし、助かる方法なんてまるで見当が付かない。これぞ終わり。佐野早夜の価値は、跡形もなかったかのように消えた。
 信じられないし信じたくないが、このカタストロフィーは現実だ。
「たった一枚の写真……それに私は殺された……ふふ」
 いろいろな境地を超えて、もはや変な境地に立つ早夜は左手で顔を覆い、鋭い目つきで暗黒微笑。言い得て妙であるが、正気を保てば気が狂う、そんな状態なのだ、今の早夜は。
 再びのため息を吐きつつ、早夜は奪うような荒い手つきでバッグから携帯電話を取り出した。
 片手で器用に携帯を開くと画面が点灯し、あらかじめ開いてあったウェブページが映し出された。
 巨大掲示板に建てられたスレッドをコピペした通称コピペブログ。その数あるコピペブログの中でも最大級の人気を誇る「めっちゃ痛いニュース」。そこで今最も観覧され、話題をさらっている記事。
『天使可愛い黒髪美少女、佐野早夜ちゃんがホテルでおっさんとチュー画像流失でオワコン。ライフライナーさん達チーッスw』
 ピキッ、と携帯が悲鳴を上げる。さっきから個室に入っていて出るに出られない女性が息をのむ。
 目を通せばいくらでも見当たるいらつく書き込みの数々……。
『やっぱりビッチ。黒髪だけどビッチ』『こりゃ何回もやられてるな』『おっさんに喜んで股開くクソビッチに貢いでたキモオタざまぁwww』『あの清純な早夜たんが何人ものおっさんに代わる代わるの大回転乱交パーティー……ふぉああああああありだああああ』『AVデビューあるで』等々……。
「勝手なことばっか言いやがって……彼女いない歴=寿命の不細工顔面永久保有者どもめ……」
 数日前までは誰も彼もが『天使』だの『美少女すぎる』だの言ってたのに。なんと言う見事な手のひらワンハンドレッドエイティーフリップ、衝撃的ビフォーアフター。
 うんざりだ。早夜は力なく携帯を閉じ、バッグにしまう。
 この通り、何度確認したってネットでは早夜の話題が面白可笑しく取り上げられている。つい先にはとうとう事務所から解雇通告が言い渡された。デビュー当時から面倒を見てくれていたプロデューサーが本当に残念そうに、悲しそうに、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ様子は早夜の心を啄むように抉った。
 今や世間の言う佐野早夜はどんな風になっているんだろう。そんな事を洗面台にうな垂れながら他人事の様に思う。
 鏡に映る少女は最早誰でもないのか。
 そう一度理解してしまうと、酷い喪失感が体を駆け抜けた。
 
 しかし何故だろう。早夜は何年かぶりにほっと一息、誰にも聞こえないように息を吐いた。

       

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