Neetel Inside 文芸新都
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生協の白石さん
CMハンターの回顧録

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Q,なぜ相撲業界はあんなに身内に甘いのでしょうか?

A,たとえ角界が身内に甘かろうと、彼らの仕事は良い相撲を取ることに変わりなく、私たちは彼らの妙技に心を奪われ、千秋楽、両者相星結びの一番に手に汗握るのであります。スモウは熱いのであります。従って半畳乱れ打つのであります。近年の観客は大したことがなくても座布団を放り投げる悪癖があります。負けたわけでもなかろうに、畏れ多くも横綱に向かって何たる狼藉。言語道断であります。ちなみに私は八百長があっても構わず楽しめます。

 えー、質問ですが、これにばか正直に答えるのは私の仕事ではありません。週刊誌やワイドショウを参考になさってください。そちらの方が私より適切な回答者になってくれるはずです。しかし私に課された仕事がこれでなくなるわけではない。何故ならば仮にも文芸生協お悩み相談員である私には、迷える子羊さながらの若人たちに然るべき引導を渡すという使命があるのです。拡大解釈、亀毛兎角、竜頭蛇尾がモットーであります。あしからず。ははは。

 なんと言いますか。多くの人たちには、この世を白と黒で分けたがる癖がありますね。本来無関係なことに首を突っ込んで、あまつさえ余計な訓示を垂れて、ドヤ顔で鼻を膨らますような大人が沢山います。そしてそれを頭から信じてしまう一般大衆がいますし、ろくに裏づけも取らずに吹聴してしまう口の軽い人たちもいます。無責任がまかり通る情報社会であります。

 仮に疑いの心をもって、テレビのチャンネルをワイドショウにスイッチしてみましょう。誰が結婚するとか離婚会見がどうだったとか、そんな腐った情報は忍法ちくわの耳で捌いてしまいましょう。坂東太郎の河口近くにアザラシがやってきたとしても、地球の裏側で今も起きている残酷な人殺しは中断さえしません。さて、果たして角界は『本当に身内に甘かったのか?』本題であります。それを確かめることはテレビの前にただ座っているだけでは不可能です。さあ、今こそコタツから脱し、カメラとメモ帳とジェットストリームインキのボールペンを持って東京都墨田区へレッツゴー。日本相撲協会はそこにあります。横綱1-3-28。いかにもな所在地でありますね。握った拳で門を叩き、声を響かせるのです。「理事長はどこだ!」そして言うのです。「そこんとこ、どうなんです?」

 何が言いたいのかというと、個人で確かめるのは不可能に近いということです。くれぐれも上のようなことはしないでください。

 こんな投げやりなことを言うのも、そもそも本題に興味が無いからに他なりません。ろくすっぽ調べもせずに返答を書いている次第であります。

 角界云々、世の中奇麗事ばかりで溢れているわけではありません。社会とは基本的に汚くどす黒いものです。それは人間の心の底に静かにたゆたう堕落願望であり、退廃主義であり、唯我独尊の自尊心であります。人間社会に生きる人々はみな、まず初めにそれを認め、隠さず、禁じず、大らかになることが必要です。清濁併せ呑む心意気であります。

 テレビの狂気に当てられて真実を見失ってはいけませんよ。真実はテレビの中で見つけられるほど親切な場所に落ちていたりしませんので、確かめる努力を惜しまず、探し出してください。たったそれだけのことが言いたかっただけなのです。



 家の給湯用灯油ボイラーがエラー表示を出し、家中の蛇口からお湯が出なくなったとき、我々一家は大童の慌てぶりでした。そんなときに颯爽と帰宅した姉。「どうしたの」実はこれこれこうで。「ふうん」
 姉は納屋に向かい、とんぼ返りしてやってきました。手にはプラスドライバーとオープンレンチが数本。「姉ちゃん」私は言いました。「やめとけよ。業者にまかせようぜ」「なあに、やってできないことはないさ」姉の横顔は自信に満ち溢れていました。
 数十分後、日も傾ききった頃、頬を黒く汚した姉が台所の勝手に姿を見せました。「ちょっと試してみてよ」
 ――直ってるんですね、これが。「姉ちゃんすげーな」
「あんたね、バイクいじるくせにボイラーひとつ直せないなんて、どういうことなのよ。はいこれ」といって押し付けた工具はそういえば私が買い揃えたものでした。「汗かいた。風呂はいる」
 脱衣場のすりガラスの向こうに、ぼやけた姉のシルエットが背を屈めています。衣擦れの音。「姉ちゃん、ほんと尊敬するわ」「別に大したこと、してないけどね」背中越しに聞こえてくる姉の声はくぐもっていました。「でも、おれは思いつきもしなかった」「たまたま予想通りだっただけよ」「その予想すら立てられなかったんだぜ」「バカな弟ね」姉はため息をつきました。「ほんとバカ」
 やがて風呂場の戸がすべる音と、シャワーの水音が聞こえてきました。

 思えばあの時、姉はただ確かめたかっただけなのかもしれません。昔から破天荒な姉で、マルチなオールラウンダーぶりには舌を巻くばかりでしたが、もしかすると。姉は自分の予想と実際の状況があっているのかを確かめるためだけに、工具を引っ張り出してきてボイラーに立ち向かったのかもしれません。姉のことですから、そうでもしなければ気が済まなかったんでしょう。
 ちなみに、原因はパイプのつまりだということでした。安くて早くて安心なクラシアンでも八千円の出費になるところでした。








       

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