私は何をしていたんだっけ?
確かお腹が痛くなって、歩いていたはず。
あれ、おかしいな、おかしいな。でもキモチイなあ。なんか全部出た気がする。なんだろう、この開放感。なんだろう……。
坂を下り、回れ左をする。するとそこに、自宅までの最後の難関、本当に一直線に伸びた道が、私の眼下に広がっている。
なんと素晴らしいのだろうか、全くカーブのない、綺麗な直線。素晴らしい、これを後百メートルも歩けば、私の家だ。と、といれだ。
道の端にしては、裏道なだけ車や人の交通量も少なく、これはいざ、否、ここまで来たのだから家のトイレで全てをさらけ出すべきだ。
無限尻取りのおかげか、今までにないくらい気分がいいが、それは私の気分の問題であって、お腹の調子は荒れ狂う海よりも激しく荒れ狂っている。それはもう、神が怒り、大洪水……違うな、この場合「土砂崩れ」か、が起こりそうであーもう、歩く!
そんな訳で歩き出した私だったが、腹痛は正直限界突破していた。肛門の感覚は鈍り、常に全身に力を入れていなければ自然と涙まで出そうな、そんな混沌とした状態で、私は歩いた。
家はこの直線の左側にあるので、左側に沿って歩いているが、こういう時に限って道路工事とかいう交通妨害的なアレがやってるわけであって、でもなに、もう、悟りの境地に立たされかかっている私には目の前の光景など見えているようなもので見えていなかった。
道路工事を華麗に回避、大丈夫だ。まだ、大丈夫、後、五十メートル、わたしならいける。
勢い良く息を切らしながら歩く、なんだこれは、なんだこれは、なんだこれは、腹が痛いじゃないか! さっきからずっと痛いけど、痛いじゃないか! 便秘な上にこの痛さ、どんだけ土砂が私の腹の中をグロッキーしてるって言うのよ! いいかげんにしなさいよ!
心のなかで叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。もうそれしかできない。出てきた言葉をひたすら心の中で叫ぶ。もう、これしかない。尻取りとかいう高度な伝達遊びはもうできない、ファック!
クソシット! いや、確かに、今私がしたいのはシットでもあり、クソだけど、ダメだよ、そういう方向に思考を持って行くとダメだって、死んでないばあちゃんが言ってない!
ダメだって! 道の横に落ちている木の棒をお尻の穴に差して蓋をしようとか、そんなヘンタイチックなことを考えたらダメだよ! 私、そんな趣味ないし!
あああああああああああああああ、アナルプラグほしいなああああああああああああああ!! 尻の穴に差して蓋したいなあああああああああああああ!!
走り出したい、でも無理、後三十メートル。どんだけあるのよ、永遠じゃないの三十? 三十路? 味噌汁? 味噌? いやあああああああああああああああ!!
正直に言うと、この時の私は心の中で叫びつつ、声に出して叫んでたかもしれない。なんせ、この時の記憶は曖昧で、もう何をしていたかなんて覚えていない。
残り二十メートル地点に来ました! 現状ぶっちきり一位です。どうもありがとう! もう、無理だから走っちゃう? は、走りながら華麗に土砂崩れしちゃう? しちゃいましょう、じゃねーよ!!
残り十メートルキっ……ター!! 家が超見えてるうううううううう。五十メートル地点で確かに見えてたけど、いやーもう、天国、ヘブンが見える! 普段は汚らしいボロ屋が天国に見える。嗚呼、嗚呼!
そしてついに、私は目標を達成したのだ。家についたのだ。後は家に入ってトイレに駆け込むだけなのだ。行くのだ、トイレなのだ。このボロ屋は全てがトイレなのだ。
残りの障害はあと2つ、家のドアとトイレのドア。これだけだ。こ、れだけなんだ。
裏道が裏口に接していたので、裏口から入ろうとしたが、大変です。お父さん、普段は「お母さん」って敬意を持って呼ばさせてもらっているあの、クソババア、裏口に鍵を掛けてたみたいなのです。
ドアが開かないのです。このドアを蹴り飛ばしたいのですが、でも、そんなことしたら、私の肛門が彼に蹴り飛ばされる、そんな気がするので、あー、応接間のあの戸なら開いてるかもしれない、いくっくよおお!
開いてました。裏戸は開いていないのに、応接間の戸はバッチリ開いてました。家に入れました。
応接間で上着を脱ぎました。
玄関で靴を脱ぎました。
廊下でズボンを脱ぎました。
トイレの前で全裸になりました。
トイレに入りました。
便座に座りました。
逝きます、逝きます、出します!
それは今までにない快楽。
彼を出す時、気持ちいいではなく、痛かった。
体が増えるえる。オルガズムでは感じられない、生命の開放感。ふるえる、全てが震える。
生きているという生命の実感。魂の鼓動、全てがそこにあった。あの時、私は確かにこの世ではないどこかにいた。
嗚呼、気持ちいい……。
クソ気持ちいい……。
全てを出しきっても、しばらくはトイレから動けなかった。
そう、言葉通り全てを出し切り、言葉通り、快楽にまみれながら、今までにないほどの臭いが私を襲った。
そして、朦朧とする意識の中、私はこう呟いた……違う、叫んでいたのだ。小さな声で呟こう思っていたら、隣の家まで聞こえるような大声で「くッッッさ!!」とね。