Neetel Inside 文芸新都
表紙

剣と槍。受け継ぐは大志
最終章 夢

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 南へ向かって、すでに三ヶ月が経とうとしていた。
 旅である。首都ピドナからの出立であり、私は王からの勅命を受けていた。つまり、正式な国の使者として、南に赴くのだ。南といっても、その土地は広大である。いくつもの集落が点在しており、各集落には代表者とも呼べる長(おさ)という存在が居た。また、集落には大きさがあり、この大きさが南での力関係を現しているのだという。しかし、争いなどは皆無であるらしく、力関係と言っても、何か揉め事が起きた時の裁量権を指す意味合いの方が強かった。
 旅といっても、単身のものではなく、従者として八人の若い男女が付いてきている。私は武術の類は全くダメであるため、腕の立つ者が旅には必要だったのだ。世が平和になったからといって、安心して単身の旅などは出来なかった。未だに賊などは密かに跋扈しているのだ。
 実際、小規模ではあったが、二度ほど賊に襲われた。私はその時、ただ震えているしかなく、従者が見事に撃退してくれたのだった。特に、アルベルトという従者の腕が立つ。あのスズメバチ隊の隊長、シオンの一人息子であるという事を考えれば、当然なのかもしれないが、アルベルトのおかげで死なずに済んだ、という者は居たはずだった。まだ歳は十五、六だが、武術の腕は従者の中でもずば抜けている。
「ヨハネ様、あと二日もあれば、目的地に到着すると思います」
 野宿で火を熾(おこ)しながら、アルベルトが言った。こういった作業の手際も良く、アルベルトは旅に必要不可欠な人材になっていた。他の従者も、思い思いの作業を行っている。ただ、座ってのんびりしている自分が、どうにも情けない。
「なかなか、険しい道のりだな。お前が居なければ、私はどこかで野たれ死んでいただろう」
「ヨハネ様は旅に向いていないのかもしれませんね。やはり、宮中で政治に携わっておられた方が良かったのだと思います」
「そう言ってくれるな。父上は、私を立派な男にしたかったのだろう、と思う。しかし、まぁ、ごらんの有様だがな」
 言って、私は苦笑した。
 私の父はヨハンという名で、かつてはメッサーナの宰相だった。すでに老齢であり、隠居生活を送っているが、たまに発する言葉は切れ味鋭いものである事が多い。そのため、王や今の宰相も、隠居している父を大事にしてくれている。頑固で説教くさい所が玉にキズだが、私は父を敬愛していた。
「しかし、本当に居るのでしょうか?」
 火を熾し、道中で狩ったウサギを刃物で切り分けながら、アルベルトが言った。
「それを探すのが、私たちの旅の目的の一つだよ、アルベルト」
 南に、一人の男が居るという話があった。名はレン。かつてのスズメバチ隊の隊長であり、天下分け目の戦で決定的な勝利をもたらした男である。すでに伝説となっているが、ハルトレインを討った男、死を超えた男でも知られていた。そして、その父であるロアーヌとシグナスは、メッサーナ時代に建国の英雄として民に語り継がれている。
 そのレンは、メッサーナが天下統一を果たした後、消息を絶っていた。その理由は不明であり、行方は誰も知ることがなかった。あの義弟である、シオンですら知らなかったのだ。しかし、一年前に隻眼の男が南に居る、という話を持ってきた商人が現れた。
 元々、国は南と交易を結びたかった。南でしか入手できない産物が数多くあり、今の王は交易を拡大して、国力を高めたがっている。天下を定めたといっても、外敵の脅威は常に存在するのだ。元来、南は閉鎖的な風潮が強く、交易等を結ぶことはおろか、和平的な交流すらも取れない時代があった。これを武力で解決したのがハルトレインであり、今の王は何らかの切り口から、交易に結び付けたい、と考えているのだ。
 その切り口が、レンというわけだった。前述の商人の話では、隻眼の男の年齢は四十から五十代といったところらしく、南の民とは顔の作りが違うらしい。それでいて、最も大きな集落の長なのだった。これだけでレンだと判断するのは早計だが、可能性としては有り得る話である。
 ただ、王の勅命の内容は、隻眼の男がレンであるかどうかの確認、というよりも、国と南の交易を決めてくる、というものだった。その交易を決めるにあたって、隻眼の男がレンであれば、交渉は多少なりとも有利に働くだろう、というのが私の考えである。
「もし、本当に居たとしたら、そのレンという人は俺の伯父という事になるのでしょうか」
 アルベルトがウサギの肉を焼いていた。脂がしたたり、火の中に落ちると、ジュッと音を立てている。
「そういう事になるな」
「楽しみですよ、俺は」
「メッサーナを去った男だぞ、アルベルト」
「そのメッサーナも、今はもうありません」
 アルベルトが肉に塩を振りかけた。あとは焼きあがるのを待つだけだ。
「それはそうだがな」
「死を超えた男です。一度で良いから、手合わせをお願いしてみたいなぁ。絶対に負けてしまうんでしょうけど」
 そういう話をしながら、皆で焼き上がったウサギの肉を食い始めた。食ったら、あとは寝るだけである。私は星空を見上げながら、交渉のやり方を頭の中で描いていた。
 二日後、私たちは目的地に到着した。集落といっても、大きな街のような感じである。開けた大地に、テントのような建物が並んでいる。ざっと規模を見た感じては、一千前後の民は居るという気がした。
 集落の入り口には、武装した男が二人立っていたが、目は穏やかだった。アルベルトもすぐに警戒心を解いたようで、武器は預けざるを得なかったが、心配する必要は無さそうだった。
 長に会いたい、という話をすると、別の建物に案内されて待機を命じられた。半日が経ってから、長との面会が許されたようだ。ただ、随行者は一人だけだ、と伝えられたので、私はアルベルトを指名した。
 長が居るという建物に入った。他の建物と外観はそう変わらず、ほんの少しだけ大きい、という感じである。
 目線を前に移すと、一人の男が長椅子に座っているのが見えた。その左右で、男と女が一人ずつ立っている。立っている二人は、まだ若い、というより、女の方はまだ子供のようだ。アルベルトと歳はそう変わらないだろう。男の方は、二十歳は越しているという気がする。
 アルベルトは、緊張しているのか、落ち着きがなかった。
「よく来てくれました。私が長のミルザです」
 ミルザと名乗った男が、丁寧なしぐさで頭を下げる。名前が違う。いや、偽名なのか。ただ、隻眼である。レンと同じ左目が潰れており、深い刃傷が見て取れた。
「ヨハネです。ローザリア王国から参りました」
「ローザリア王国? そうですか、メッサーナは滅びましたか」
「はい。バロン王がご在世の頃は政治も安定していましたが、病で急死してしまってから、内輪揉めが起きたのです」
「後継者問題ですね」
「ご指摘のとおりです。お詳しいですね」
「ある所までは、よく知っているつもりです。長子は不出来であり、次子が王の器であったのだと聞いた事があります」
 ミルザの言うとおりだった。長子は愚劣であり、次子はバロンの才覚をしっかりと受け継いでいたのだ。
 しかし、バロンは後継者を指名することなく、世を去ってしまい、それで長子派と次子派で派閥が分かれた。くだらぬ争いである。しかも、シオンやニールという、軍の主要人物が情勢の静観を決め込んだせいで、争いは長期化した。天下は再び乱れる、とみえたが、レキサスが長子派に付いて、次子派を滅ぼした。その後、長子が王となったが、愚劣であったために国政が乱れ、これを再びレキサスが鎮圧、禅譲を受けて今のローザリア王国がある。
 つまり、ローザリア王国の王はレキサスだった。すでに在位して八年が経つが、名君として誉れ高い王である。もっとも、これは補佐するノエルの力による所が大きい。メッサーナ内乱の時も、レキサスの行動を的確に指示・支援していた節もある。そのノエルは、ローザリアの宰相だった。これは同時に、私の上司という事になる。
「それで、交易でしたか」
「はい。我がローザリア王国と交易を結んで頂きたく」
「困りました。私が一人で決められることではありません」
「存じております。しかし、我が王は交易を通じて、南と手を取り合いたい、と考えているのです」
「ならば、他の長とも相談という形になりますね」
「ミルザ殿は、どうお考えなのでしょうか」
「私は交易すべきだと思っています。ただ、争いに利用されるのはごめんだな」
「なるほど」
 しばし、沈黙の時が流れた。アルベルトはまだ緊張しているのか、背筋を伸ばして立ったままである。
「その隣の少年は?」
 ミルザが、アルベルトに視線を移しながら言った。
「これは失礼しました。名はアルベルト。スズメバチ隊の隊長、シオン将軍の息子です」
 私は喋りながら、ミルザの様子を探っていた。スズメバチ隊、シオン。この二つの単語を喋った時、ミルザはあるかなきかの反応を見せた。
「そうですか、まだスズメバチ隊はあるのですね」
 ミルザはまだ、と言った。ならば。
「未だ天下最強の騎馬隊として、名を馳せています」
「遠い昔、そういう事を誇りにしていた時もありました」
「父上」
 隣に立っていた女が口を開いた。心配するような口調である。
「ディアナ、良いのだ。おそらく、ヨハネ殿は全て分かっておられる」
「ミルザ殿、あなたは」
「私はミルザですよ、ヨハネ殿。それより、私の方の若い二人を紹介しておりませんでしたな。こちらがディアナ。私の娘です。槍をよくつかい、南の男は誰一人として、これには適いません。いや、一人だけ例外が居ます」
 続けて、ミルザは逆側の男の方に身体を向けた。
「それが、このナイトハルト。私と血縁関係は無く、父は早くに亡くなってしまいました。ただし、腕は立つ。それで傍に置いています。槍もそうですが、何を使わせても右に出るものは居ません」
 そう紹介されたナイトハルトという男は、ただ黙って佇んでいた。どことなく、南の民族とは雰囲気が違う。というより、私たちと南の民族の特徴を併せ持っている風貌である。それでいて、高貴な印象をも漂わせていた。父を亡くした、とミルザは言ったが、その父は誰なのだろう、と私は思った。
「このナイトハルトは、戦乱の世で言うならば、天下最強の男でしょう」
 天下最強。その言葉が出た瞬間、アルベルトが表情を変えた。
「アルベルト、やめなさい」
 私がそうたしなめると、アルベルトは恥ずかしそうに顔をうつむけた。
「ディアナとナイトハルトは、婚儀をあげる予定です。これも何かの縁だ。交易が成り立てば、二人の婚儀に、ヨハネ殿も出席して頂けませんか。無論、アルベルト殿も」
「是非、そうさせて頂きたいと思います。問題は交易ですが」
「焦る必要はありません。今晩は、この集落に泊まっていってください」
 ミルザは、即座に交易に向けて行動する意思はないようだった。ただ、私たちも南の事をもっと学ぶべきだろう。本当に交易を結べるかどうかも含めて、様々なことを見極める必要もある。
「ヨハネ殿」
「はい」
「ヨハンさんは、元気ですか?」
「とても。説教くさいところも変わっておりません」
「そうですか、それは良かった」
 そう言ったミルザは、本当に嬉しそうな顔をしていた。

       

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Neetsha