Neetel Inside 文芸新都
表紙

剣と槍。受け継ぐは大志
第十五章 真の幕開き

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「シオン、お前にスズメバチ隊の半数を預ける」
 将軍達が揃っている軍議室に呼ばれて、俺はレンにそう言われた。
「はぁ」
 正直、状況をよく理解できていなかった。王であるバロンが最も奥の席に座っていて、あとは順番にクライヴやアクト、クリスといった将軍達が座っている。新任のシンロウも居るし、当たり前だがレンも居る。
 元々は、レンに呼び出されていただけだった。シンロウの後任の件だと思って、軍議室に出向いてみたら、この面子だったのである。
 俺は兵卒だ。兵卒が、この面子を前に直立しているのだ。
「兄上、申し訳ありません。その、意味がよく分からないのですが」
「今のスズメバチ隊の兵数は知っているな?」
「はい、一千です。ロアーヌ将軍が御存命の頃は、千五百との事でしたが」
「そうだ。その一千の半分、五百をお前に預ける、と言っているのだ」
「それは大隊長、という事ですか?」
「違う」
 思わず、俺は首を傾げていた。ますます、意味が分からないのだ。
「シオン、お前を将軍に任命しようと考えている」
 バロンが言った。言われた瞬間、何かの間違いだろうと思った。しかし、周囲の空気がそうではない、と言っている。それに気付くと同時に、冷や汗が全身からにじみ出てきた。
 将軍。バロンは将軍だと言った。つまり、レンと同格だという事だ。いや、そんな事が有り得るのか。
「スズメバチ隊を二つに分割し、一つはレンが指揮する。もう一つはお前だ、シオン」
「バロン王、何故そのような事に? 俺にそんな資格は」
「レン一人では、ロアーヌにはなれん。ましてや、超える事も出来ん」
 クライヴだった。ここからでも、貧乏ゆすりをしているのが分かる。身体が小刻みに揺れているのだ。そして、そんな事にわざわざ気付く自分に、俺はちょっとだけ戸惑った。それだけ冷静という事なのか。
「シオン、矢継ぎ早になってすまんが、至急で部隊を整えろ。しかし、スズメバチ隊の単純なコピーは許さん。それなら、レン一人で十分だからな。お前に課すのは、別のスズメバチ隊の編成だ」
「バロン王、時間は、どの程度頂けるのでしょうか?」
 もう頭の中は、はっきりとしていた。要するに、今のスズメバチ隊を元にして、新部隊を作り上げろ、という事である。こうなった経緯までは読めないが、俺にその力があると判断されたから、今回の抜擢となったのだろう。そう思えば、やってやろうという気になった。
「一ヶ月。この期間で、兵の選出を済ませ、部隊の練度を高めろ。レンのスズメバチ隊もそうだが、最終的には五百を一千にまで増やしてもらう」
「分かりました」
「他に質問は?」
「兵の選出ですが、全て俺の独断で決めて構いませんか?」
「それで良い。いや、ジャミルだけは駄目だ。俺の副官だし、居なくなると困る事が多いからな」
 レンだった。俺はそれを聞いて、頷いた。
「分かりました。質問は以上になります。早速、今から兵の選出をしようと思いますが、よろしいですか?」
「無論だ」
 それを聞いて、俺は頭を下げた。
 軍議室から出ようとした時に、シンロウと目が合った。シンロウは何も言わず、口元を僅かに緩めただけだったが、頑張れ、と背中を押してくれたような気がした。
 もしかしたら、俺はこうなる事を望んでいたのかもしれない。レンの指揮が物足りないと感じた時から、一軍を率いたい、という想いが芽生えていたという気がする。上の言う事を聞くのは嫌ではないが、それよりも自分で物事を推進する方がずっと良い。
 今回の将軍任命は、一つの転機だ。しかし、まだ喜ぶのは早い。何と言っても、レンとは違うスズメバチ隊を作り上げなければならないのだ。スズメバチ隊は、すでに完成された部隊と言って良い。攻守共に隙が無いばかりか、全てが高い次元でまとまっているのだ。
 ならば、もう一つの完成形を作れば良いのか。しかし、具体的な案は特に出て来ない。どう転がしても、スズメバチ隊はスズメバチ隊にしかなれない気もする。変わり得るとするなら、指揮官の質が鍵となるのか。
 そういう事を思案しながら、俺は兵舎の一室に入った。そこには名簿があって、兵士達はこの名簿で管理されている。名前や身長、体重はもちろん、細かな特徴や癖までも記載されていた。
 具体案はまだ何も無いが、名簿を見ながら、俺は自然と攻撃面を重視している事に気付いた。レンの指揮下で兵卒として戦った経験から、やはりどうしても攻め足りない、という想いが強い。
 これは指揮官の質として活かせるかもしれない。そう思いながら、気になる兵に印を付けていく。
 五百人の兵に印を付けるのに、丸一日かかった。さすがに飯は食ったが、よほど熱中していたのか、気付くと眠っていたという事も何度かあった。
「キリも良いし、ちょっと休憩するかなぁ」
 そう呟いて、俺はため息をついた。ふと窓に目をやると、日光が差し込んでいる。日は中天に差し掛かった所だろう。
 立ち上がると、目まいが襲った。知らない内に、相当な疲れが溜まっていたらしい。
 日光を浴びるため、俺は外に出て散歩する事にした。
 しかし、五百人の兵を選出したのは良いが、俺に指揮が出来るのだろうか。今まで、俺はただの兵卒だったのだ。指揮と言えども、要は兵卒の延長線上の事なのだろうが、見なければならない範囲は大幅に広がるだろう。いや、見るべきものだって増えるはずだ。
 選出した兵とは、ひとりひとり会って話をするつもりである。俺が選んだ理由を、しっかりと伝えなければならない。そして、俺自身も兵達と共に学んでいくという事もだ。
 そんな事を考えながら歩いていると、女二人が優雅に会話している姿が目に入った。姉妹なのだろうか。どことなく、顔が似ているという気がする。その瞬間、俺はハッとした。
 エレナの事を思い出したのである。
 つい先日、酔った勢いでレンと一緒に二人の女をさらった。二人はモニカとエレナという姉妹で、エレナは妹の方だった。そして、レンは何を思ったのか、モニカを嫁にすると言い出して、俺にもエレナを嫁にしろ、と言ってきたのだ。
 それはともかく、俺はエレナの事を好いていた。おそらく、一目惚れというやつである。しかし、あれからまだ会っていない。恥ずかしいのだ。というより、会ってどうすれば良いのか分からない。
 急にダウドが憎たらしく思えてきた。あいつは、とんでもない女たらしなのである。
 歩きながら、エレナの事を考えた。彼女は肌が白く、華奢な身体つきで顔立ちも整っており、とびきりの美人だった。あれだけの美人なのだから、他の男も放っておかないだろう。外見以外でも、話していて落ち着くし、何よりも一緒に居て楽しかった。あぁいう女を、世間ではきっと良い女と言うに違いない。
 そこまで考えて、俺はなんだかんだと理由を付けて会っていなかった事を、悔いる気持ちになった。そして、それは焦りへと直結していく。
 しかし、今は将軍任命の件がある。女などにうつつを抜かす暇があるのか。そう自分に言い聞かせたが、焦りは収まらなかった。というより、将軍任命の件を会わなくて良い理由にしようとしていないか。つまり、エレナに対する、いや、自分に対する言い訳をしている。
「会いに行こう」
 そう決めると、俺は走り出していた。走ると、気持ちが躍った。同時に焦りも激しくなる。どうして、もっと早く会わなかったのか。会ってどうすれば良いかなんて、その時に考えれば良いだけではないのか。
 とにかく会わなければ、何も始まらないのだ。

     

 息を切らしていた。エレナの家の前である。ここまで、ずっと走ってきたのだ。エレナの家は牧場を営んでいて、遠くの方からは馬のいななきが聞こえていた。
 俺は息を整えてから、訪いを入れた。親が出てきたら何と言うか、と思ったが、正直にエレナに会いに来た、と言えば良いと思い直した。
「遅いですよ、シオンさん」
 出てきたのは、エレナだった。やはり美しい。それで、俺は間違いなく惚れているのだ、と思った。しかし、エレナは横を向いている。表情も硬く、怒っているようにしかみえない。
「あの」
「レンさんは、もう姉さんを三回も連れだしてるのに」
 それを聞いて、俺は言葉を失った。初めて知ったのだ。いつの間に、レンはそんなに動いていたのか。いや、レンはモニカを嫁にすると言っていた。だから、交遊に誘うのは当然の事なのだろう。それなのに、俺は。
 そう考えると、どんなに弁明をしても、ただの言い訳にしか聞こえないだろう、と思った。
「申し訳ございません」
「それで、今日は何の用ですか?」
 素直に謝ったが、エレナの口調はとげとげしい。しかし、俺は怯まなかった。エレナの顔をじっと見る。
「君に会いにきた」
「どうして?」
「えっ」
「どうして、私に会いにきたのですか?」
「いや、あの、会いたかったんだ。君に」
「レンさんは、姉さんの事が好きだから会いに来たって言ってました」
「えっ」
 俺はそれを聞いて、再び言葉を失った。次いで、焦りなのか、怒りなのか、よく分からない感情が自分の中で渦巻き始める。レンは、俺の数歩先を行っていた。それに比べて俺は、惚れた女一人にすら、自分の気持ちを伝える事が出来ていない。
 沈黙だった。俺は顔を下に向け、地面を見るばかりである。恥ずかしさと情けなさで、まともにエレナの顔が見れなかった。
「それで、どうするのですか?」
 しばらくして、エレナが言った。それで、俺は顔をあげた。
「あぁ、その、エレナは自然は好きか?」
「はい?」
「自然が好きなら、タフターン山に良い渓流があるんだ。そこが凄く綺麗で」
 俺が言い終える前に、エレナはクスクスと笑い始めた。その姿を見て、俺は困惑していた。何か変な事を言ってしまったのかもしれない。
「ごめんなさい。女性を誘うというのは、どこかご飯でも食べに行くというのが常識だと思ってました」
「えっ。それはすまない。その、俺はそういう経験がないから」
「大丈夫、私もです。それに自然、好きですよ。でないと、牧場主の娘なんて務まりません」
 言って、エレナの表情が和らぐ。それを見て、俺は心の底から安堵した。
「良かったぁ、そうか。それに、本当に綺麗なんだ。是非、見て欲しい」
「分かりました。でも、どうやって行くのですか? ここから、タフターン山まで距離がありますよ」
「あぁ、それはもちろん馬で。あっ」
 言って気付いたが、俺の馬は軍用馬だった。エレナにはまだ、俺が軍人だという事を伝えていない。いや、それよりもエレナは女である。馬に乗れるのか。
 そんな事を考えていると、またエレナがクスクスと笑い始めていた。
「大丈夫、確かに私は女ですけど、馬には乗れます。牧場主の娘ですもの。シオンさんにも馬を貸しますわ」
 軍用馬がある。そう言いそうになったが、俺は口を噤んだ。ピドナまで馬を取りに帰る時間が勿体ない。少しでも、エレナと一緒に居たいのだ。
「ありがとう。そうして貰えると助かる」
 そう言って、俺は頭を下げた。心地良い風が、俺の頬を撫でる。
 タフターン山までは、一駆けだった。エレナの手綱捌きは見事なもので、本当に馬に乗れるのだ、と俺は驚いた。自分の目で見るまでは、ちょっと信じられなかったのだ。
 山に入ってから渓流までは、馬から降りて進んだ。その渓流はスズメバチ隊の調練の時に見つけたもので、本当は馬に乗っても行けるのだが、道が険しい。さすがにエレナの手綱捌きでも、馬に乗ったままでは厳しいだろう。ただ、馬から降りて歩くと、かなり楽になるのだ。
「わぁ、涼しい」
 渓流に到着して、エレナは声をあげた。
「川の流れのせいなのか、ここは山の中でも気温が低いらしい」
 そう言いながら、俺は縄で馬を繋ぐ。ふと川に目をやると、太陽光が反射して水面がきらめいていた。周囲では、鳥のさえずりが聞こえている。
 俺はさりげなく、エレナの横に行き、腰を下ろした。
「エレナは本当に馬に乗れるのだな」
「はい。でも、シオンさんもでしょう? それにたぶん、私よりも上手く乗れると思いますわ」
「さて、それはどうかな」
「馬を見ると分かります。あの子、楽しんで走っていましたもの」
「エレナは、馬の心が分かるのか?」
 俺がそう言うと、エレナはただ微笑むだけだった。
「あ、あれを見てください」
 不意に、エレナが川の向こう岸の方を指差した。そこに目をやると、小さな鳥が大きな石の上に止まっているのが見えた。青い鳥、カワセミである。
「綺麗ですね。太陽の光が反射して、まるで宝石みたい」
「あれはカワセミだな。別名で青い宝石とも呼ばれているらしい」
 カワセミは小刻みに首を振って、水面に目を凝らしていた。これから、狩りをするのだろう。
 そう思った次の瞬間、カワセミは勢い良く水の中に飛び込んだ。直後、魚をクチバシで捕え、水中から飛び出す。そして、元の石の上に戻った。
 その動きを見て、俺は何か頭の奥が疼くような感覚に襲われた。あの動き、何かある。いや、何かの動きと重なる。
「シオンさん、さっきの見ましたか? 水の中に飛び込んで、魚を捕えましたよ」
 横でエレナが言う。俺は、ジッとカワセミに目を凝らしていた。
 飛ぶ。青い宝石が、再び空中を舞った。その姿が何かと重なる。戦場でのスズメバチ隊。瞬間、ハッとした。カワセミ。スズメバチ隊。いや、俺の部隊。
 水面の上を滑るようにカワセミが飛翔する。水面は原野。次の瞬間、カワセミは高く飛び上がった。同時に俺は、食い入るように目を凝らした。水。飛び込む。刹那、カワセミは魚をクチバシで捕え、水から飛び出した。この一連の動きは、まさに一瞬だった。カワセミと魚。俺の部隊と敵将。頭の中で置き換える。
 俺は立ち上がっていた。
 あの動きを、部隊編成に活かせないか。すなわち、攻撃重視という方向性をそのままに、将だけを狙い撃ちにするという部隊。単純な攻撃重視となれば、これは獅子軍と特性が重複する。しかし、攻撃重視ではなく、敵将狙いの部隊ならばどうなのか。
 今のスズメバチ隊は万能でありながら、ここ一番の押しが足りない。だからこそ、俺も攻撃重視に目を向けたのだ。しかし、足りないのは攻撃力ではなく、決め手だ。そして、これを補える部隊は、今のところは皆無である。つまりこれは、メッサーナ軍の唯一の不足部分とも言える。その不足を補う部隊を作り上げれば。
 あのカワセミの動きを、戦場で実践できないか。水面を原野。魚を敵将。そして、カワセミを俺の部隊とする。実際には、敵と味方が入り混じるため、そのまま置き換えてのイメージは難しい。現実的に考えるとすれば、スズメバチ隊で敵軍を乱し、俺の部隊で敵将をピンポイントで刈り取る、という所か。
 いや、そもそも、ロアーヌが生きていた頃のスズメバチ隊は、単体でこれをやっていたのではないか。だからこそ、天下最強の騎馬隊と称されていたのではないか。
 昔のスズメバチ隊にあって、今のスズメバチ隊に無いもの。そして、俺が抱いている想い。これらを繋ぎ合わせていくと、次々に構想が生まれてくる。
「シオンさん、聞いてますか?」
「えっ」
 ビクッとした。慌てて横を向くと、エレナが眉間に皺を寄せている。
「聞いてなかったのですね」
「え、いや、申し訳ない。カワセミがスズメバチ隊で、俺はカワセミを」
「何を訳の分からない事を言っているのです」
 エレナが顔を横に向けた。同時に冷や汗。どうしよう。そう思ったが、何も頭に浮かんでこない。
 その時、背後の馬が急に暴れ出した。しかも、普通の暴れ方ではない。何かに驚いている。いや、逃げ出そうとしているのだ。
「どうしたのかしら?」
 エレナが困惑した表情で、馬の方に駆け寄っていく。次の瞬間、悲鳴があがった。エレナの悲鳴である。
「シ、シオンさん」
 エレナが這うようにして、俺の方に戻ってくる。俺はジッと、前だけを見つめていた。有り得ない程の殺気が、俺の全身を打ってきたのだ。
「方天画戟、持ってくれば良かった」
 熊だった。大人の男二人から三人ほどの体格か。とにかく、巨熊だった。
 今回ばかりは、さすがに駄目かもしれない。

     

 俺は前方に居る巨熊の目を、ジッと見つめていた。彼我の距離は、五メートル前後といった所だろう。あの熊の運動能力にもよるが、この距離はあって無いようなものだ。そして、俺と熊の間に、エレナが居る。
「エレナ、ゆっくりで良い。俺の後ろまで来い」
「シオンさん、私、立てません。腰が抜けてしまって」
「良い。そのまま、這いながら来るんだ」
 俺は、会話中も熊の目から視線を外さなかった。外せば、その瞬間に殺される。
 凄まじいまでの殺気だった。しかも、本能を刺激し、恐怖や怯えをダイレクトに突いてくる。気をしっかり持っていないと、腰を抜かしてしまいそうになる。
「さっき、仔熊が、仔熊が居たのです、シオンさん」
 エレナの言葉を聞いて、あれは母熊なのだろう、と俺は思った。もしかしたら、ここはあの熊の縄張りなのかもしれない。
「喋らないでいい。とにかく、俺の後ろに」
 熊の気が、僅かに大きくなった。俺も気を前方に向けて放つが、効果は無い。丸腰なのだ。つまり、すでに放っている気は虚勢でしかない。
 ようやくエレナが俺の背後に回った。しかし、問題はこれからだ。逃げるのは無理だろう。人間の走る速さなど、たかが知れている。その上、エレナは腰を抜かしているのだ。
 この局面を打開するには、やはり熊を退けるしかない。丸腰で、俺一人で。
「エレナ、武器になるようなものは無いか? 木の枝でも何でも良い。握ることができれば、何でも良い」
「武器と言ったって、どうするのです?」
「何も言わず、俺を信じてくれ。頼む」
 尚も視線は外さない。熊の気がどんどん大きくなっていく。最初の睨み合いは、実力の測り合いのようなものだった。しかし、今は違う。すでに熊の気の方が大きい。自分の方が強いのかもしれない。熊は、そう思い始めているのか。
「シオンさん、これを」
 足元に何かが転がって来た。視線を合わせたまま、それを拾い上げる。木の棒だった。太さは槍の柄ぐらいで、長さは短槍と同程度だろう。方天画戟と比べるとかなり軽いが、丸腰よりは断然マシである。
 構えた。同時に、木の棒を方天画戟に見立てた。さらに気を放つ。
 熊が鼻をちょっと動かした。瞬間、立ち上がる。デカい。思ったのは、それだけだった。すでに殺気は、気圧される程に受けている。
「シ、シオンさん」
 来るか。ならば、来い。
 熊。吼えた。風。一気に吹き抜ける。
「来いっ」
 刹那、突進。かわした。というより、身体が横に跳躍していた。熊が踏ん張っている。地面。蹴り付けた。飛んでくる。
「エレナ、木の陰に隠れていろっ」
 言うと同時に、地面の上を転がった。起き上がると同時に、熊の腕。受け、いや、引き千切られる。紙一重で仰け反り、かわす。
 さらに腕。掻っ捌くかのような振り方。屈んで避け、地面を蹴った。横に跳躍したのだ。しかし、熊も同時に飛んでいる。駄目だ、喰い付かれる。いや。
「このぉっ」
 棒で地面を突いた。体重を移動し、跳躍の方向を変える。俺の姿を目で追いながら、熊が吼えた。また、向かってくる。
 熊の腕。目を見開く。一撃、二撃とかわし、三撃目が見えた刹那。カウンター。腕に棒を叩きつける。しかし、熊は怯まなかった。舌打ちする間もなく、熊の顎が襲ってくる。
 熊の全身は、堅い毛皮と筋肉の鎧で覆われていた。だから、鉄ならともかく、木では大して損傷は与えられない。ならば、どうすれば良い。すでに息はあがっている。一方で、熊の執拗な攻撃は、やむ気配がない。
 急所だ。急所を突くしかない。その中で確実なのは頭だろう。しかし、出来るのか。いや、やるしかない。
 後方に飛びずさった。態勢を整えるのが狙いだったが、熊はほんの少しの跳躍で、距離を詰めてくる。この接近戦でやるしかないのか。しかし、熊は素早い。攻撃をかわすだけでも、精一杯だ。さっきのカウンターも、たまたま機が来ただけに過ぎない。
 息が思うように吸えなくなっていた。苦しい。全力運動の連続なのだ。精神的にも消耗しているだろう。苦しい。どうしようもなく、苦しい。
「シオンさんっ」
 エレナの叫び声。分かっていた。分かっていたが、もう身体が限界だった。深く息をしないと、もう動けなかったのだ。それで、動作が遅れた。一秒にも満たなかっただろう。それでも、遅れた。
 熊の爪。左肩を抉られた。ちぎり飛ばされたと思ったが、僅かに肉を削ぎ落されたに留まっていた。ギリギリで、ギリギリでかわしたらしい。
 さらに腕が飛んでくる。これ以上、攻撃は貰えない。長くも戦っていられない。腕。かわす。瞬間、閃光。頭の中で走った。
 熊の咆哮。同時に、僅かな返り血を浴びる。木の棒は、熊の左眼を貫いていた。熊が牙を剥きながら、残った右眼で俺を睨みつけてくる。
「去れ。そうすれば俺達もすぐにここを退く」
 ここがお前の縄張りだとすれば、不用意に侵入した俺が悪い。しかし、死ぬ訳にはいかないのだ。襲って来られれば、俺だって抵抗する。
「去れっ」
 俺がそう吼えると、熊は後退りを始めた。俺はそれを、肩で息をしながら睨むように見続ける。
 互いの間合いから外れたと同時に、熊は尻を向けてどこかに逃げて行った。
「助かった」
 呟くように言って、俺は膝から崩れ落ちた。今になって、全身が震え出してくる。
「シオンさん、大丈夫ですかっ」
 木の陰に隠れていたエレナが飛び出し、俺の方に駆け寄って来た。
「エレナ、ここは危ない。早くここから離れた方が良い」
「でも、肩を」
「大した傷じゃない。縫えば済むだろう。とにかく、ここを離れよう」
 顔を馬の方に向けると、二頭とも無事なのが見えた。まだ興奮気味だが、抑えれば乗れるだろう。
 肩の傷を、手拭いで縛り上げた。とりあえずの応急手当である。
「早くお医者様に見せましょう」
 そう言って、エレナが手を差し出してくる。俺はその手を握って、立ち上がった。まだ、全身の震えは止まらない。
「シオンさん、ありがとうございます。私、貴方が居なかったら」
「良いんだ。惚れた女が守れて、俺は良かった」
「え?」
 自然と言えた。俺はそう思った。言うなら、もう今しかない。そうも思った。
「エレナ、俺と結婚して欲しい。俺は君の事が好きだ。どうしようもなく、好きだ。だから、結婚して欲しい」
「シ、シオンさん?」
「返事は今すぐじゃなくても良い。それに俺は、軍人なんだ。スズメバチ隊の。そしてもうすぐ、将軍になるかもしれない」
「え? あの、え? ごめんなさい、私、混乱してて」
「良いんだ。とにかく、君が無事で良かった。熊が出ると知っていれば、こんな所には連れて来なかった。すまない」
「そんな。でも、私はシオンさんと一緒に居れて、その、良かったです」
 エレナの言葉を聞いて、俺は微笑んでいた。エレナの顔は、ちょっと赤くなっている。
 馬を引いて、歩き出す。エレナは心配そうに俺を見ていたが、笑みを返すと、少し安心したようだった。
 ふと、渓流の方に目をやると、カワセミが飛んでいるのが見えた。
「カワセミ隊」
 呟き。それは、俺の部隊の名だった。

     

 俺はニールの家に来ていた。人づてには、シーザーの死後もニールの様子に変わりは無いと聞いていたが、それが本当かどうかは怪しかった。シーザーが死んでから、俺とは一度も会っていないのだ。普段は何かあれば、ニールの方から俺に絡んでくるケースが多く、今回はそれが無い。やはり心に傷を負っているのだろう。様子に変わりは無い、というのは、単に表に出していないだけだ。
 訪いを入れると、従者らしき者が出てきた。ニールの家は豪勢な屋敷で、派手である。当たり前だが、元はシーザーの家であり、あの性格を考えると、この外観も理解できた。従者も一人ではなく、何人か居る気配がある。俺の家は、ランドという従者が一人居るだけで、家も大して広くなかった。
 従者にはニールに会いに来た事を伝え、しばらく玄関の前で待った。
「よぉ、レンか。久しぶりだな」
 出てきたニールの表情は、普段と変わらないように見えた。しかし、底はどこか暗いという気がする。
「久々にお前に会いに来た。今日は獅子軍の調練は休みだろう? 入って良いか?」
「あん? スズメバチ隊の調練はどうした?」
「副官のジャミルに任せてある。俺もサボりたい時ぐらいあるさ」
 ニールとの会話は、どこかいい加減さを交えてしまう。幼い頃からの付き合いが影響しているのか、こういう軽快さが無いと俺も恥ずかしいのだ。
「しょうがねぇな。良いぜ、入れよ」
 ニールが顎をしゃくって言った。家に入り、そのまま客間に通される。
「ラウラは元気にしているのか?」
 座について、俺はそう言った。ラウラとはニールの妹である。かなりのお転婆で、ピドナでは男勝りとして有名な女だった。
「親父が死んだってのに、やかましくて仕方がねぇよ。でも、お前が来たってのは嬉しがるだろうな。今頃、自分で茶を入れてるに違いねぇぜ」
 それを聞いて、俺は苦笑した。ラウラから好意を向けられている事は知っていたが、それに応える気はなかった。恋愛感情が無いのである。ラウラは男勝りだという点を除けば、外見は美しく、性格も明るいが、幼い頃から一緒に遊んでいたせいか、もう妹のようにしか思えないのだ。
 それに今の俺には、モニカが居た。モニカとの交際は順調で、すでに結婚も視野に入れている。ただ、申し入れはまだだった。
 そういえば、シオンは上手くやっているのだろうか。女にはひどく疎いので、あれから会いに行ってすら無いのかもしれない。俺がモニカに会いに行く度に、エレナが寂しそうな表情を浮かべていたのは、まだ記憶に新しい。
「親父が死んで、この家は広くなっちまったよ。家は俺が継いだが、なんつーか、柄じゃねぇな」
「兄様、また弱気な事を言ってるの?」
 ラウラだった。お茶を持って来たらしい。目を合わせると、ラウラは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
「レンさん、久しぶりね。戦が終わったっていうのに、全然会いに来てくれないから、どうしたのかと思ってたわ」
「おい、ラウラ。レンはお前の恋人でも何でもねぇんだ。変な事を言うんじゃねぇ」
「何を言ってるのかしら。会いに来てくれないってのは、兄様にって事よ」
 ラウラがそう言うと、ニールは舌打ちして横を向いた。
「生意気な妹だぜ。家督は俺だって言うのによ」
「さっき、柄じゃないって言ってたくせにね」
「うるせぇっ」
「はいはい。それじゃ、お茶が無くなったら呼んでね」
 そう言って、ラウラは奥に戻った。これから家事をするのだろう。
「ニール、シンロウはどうだ? 新しい獅子軍で、上手くやっているか?」
 茶を飲みながら、俺は言った。あえて、シーザーの事は言わなかった。話題にせずとも、分かり切っているからだ。父を失った悲しみ、怒り。そして、どうしようもない喪失感。こうしたものは、言葉にするのも辛い。
「シンロウは良い将軍だと思うぜ」
 ニールは無表情で、短くそう言った。シンロウ、と呼び捨てにしたのが、少し気になる。
「あいつはスズメバチ隊で経験を積んだ。元は獅子軍の兵だったのを、ジャミルが見出したのだ」
「そんな事は分かってる。だから、俺も良い将軍だと思う、と言った」
 ニールの口調は、明らかに苛立っていた。
「何か引っ掛かりがありそうだな」
 俺がそう言うと、ニールは舌打ちして横を向いた。
「シンロウは、獅子軍の将軍の器じゃねぇ。いや、将器は認めるが、獅子軍のそれとは種類が違う」
「どういう事だ?」
「あいつの指揮は、スズメバチ隊なんだよ。いや、それ以下だな。今の獅子軍は、メッサーナで最弱の軍だ。獅子軍は、獅子軍はよ、親父の指揮で持ってたんだ。それをシンロウのような新参者が、代わりをやりやがる」
 ニールは握り拳を作り、膝の上で震わせていた。俺はそれを黙って見ていた。ニールの次の言葉を待つべきだと思ったのだ。
「なぁ、なんでシンロウなんだ? なんで俺じゃねぇ? 親父の獅子軍だぞ。それなのに、なんでシンロウなんだ?」
「俺も、シーザー殿の軍はお前が継ぐべきだと思っている。だが、お前は将軍じゃない」
「そんな事は分かってる。だが、お前だって将軍じゃなかった。それなのに、今じゃスズメバチ隊の将軍だ。シオンだってそうだろう。聞いたぜ。あいつ、将軍に上がりそうなんだってな。じゃあ、なんで俺は兵卒のままなんだよ?」
 そんな事は分かり切っているはずだ。将才が無い。シオンにしろ、俺にしろ、それがあると判断されたから、今の地位がある。特にシオンは、戦場でその才覚を大いに示した。だが、ニールは。
「ニール」
「レン、お前の中で最高の将軍は誰だ? ロアーヌ将軍か? シグナス将軍か? それとも、バロン王か?」
「やめろ、ニール」
「人は、その三人の内の誰かを挙げる。あるいは、敵のレオンハルトだ。だがよ、俺は親父なんだよ。親父が天下最強で、いつまでも最高の将軍なんだ。その親父の軍が、獅子軍だ。そして、俺は獅子軍のシーザーの息子だ」
 ニールは涙を流していた。唇を震わせ、ジッと俺の眼を見ている。
「今のままじゃ、駄目なんだよ。なぁ、レン。どうやったら将軍になれるんだ? どうやったら、将才を身に付けられるんだ? 教えてくれよ。俺は獅子軍を、他人なんかに任せたくねぇ。親父の獅子軍なんだ」
 それを聞いて、俺は目を閉じた。シーザーの獅子軍。さっきも言ったように、これはニールが指揮するべきだ。おそらくだが、兵達もそれを望んでいる。獅子軍の兵達の繋がりは、仲間というより家族のそれに近いのだ。となれば、息子であるニールを指揮官に求めるのは当然である。
 だが、ニールに将才はなかった。そして、シーザーにはあった。いや、あったのか。開花させた、というのは有り得ないのか。
 仮にこのままシンロウに指揮をさせれば、どうなるのか。兵達の士気は下がり、それはそのまま弱体化に繋がるだろう。ニールの話を鵜呑みにする訳ではないが、確かに現時点での獅子軍は、シーザーが生きていた頃よりも数段は劣る。
 バロンはどう考えているのか。ここまで、見えているのか。いや、見えていたからこそ、ニールではなくシンロウを指揮官にしたのではないか。ニールの反骨心を煽る事で、将才を見出そうとしたのかもしれない。
 目を開いた。そして、友として手を差し伸べよう、と思った。
「ニール、将軍になりたいなら、実績をあげるか、能力を示すしかない。程度の差はあるが、俺もシオンもそれで将軍にあがった」
 しかし、今のニールにはそのどちらも無かった。さらに悪い事に、今は戦が無い。いや、これはある意味で好機と言えるのかもしれない。少なくとも、戦で命を落とさずに済むからだ。功を焦って戦死というのは、最も避けるべき事だろう。
「能力を示すたって、どうすりゃ良い? 今は休戦中だぜ」
 もう、ニールの涙は止まっていた。ただ、目は赤い。
「調練で能力を示し、シンロウを叩き潰すしかない。まずは十人の指揮からやってみろ。次に百人。ここまでは、何とか出来る、という人間は多い。僅かな才と習練で、どうにかなる場合が多いからだ。しかし、千人の指揮となると、限られてくる」
 第一の壁だった。次に五千。最後に一万。兵数が増えるに従って、将の素質を持つ者は限られてくる。その結果が、今のメッサーナの将軍達なのだ。そして、シンロウは五千の指揮が適当と言った所で、万の指揮は能力の限界を超えている、と俺は見ていた。だから、ニールが万の指揮の素質を見出せば、シンロウを超えられる。そして、シーザーと並び立つ。
「兵は調練で使うと言って、シンロウから借りてみろ。おそらく、嫌だとは言うまい」
 今の獅子軍の現状は、シンロウもよく分かっているはずだ。シーザーが生きていた頃より弱い。兵の士気が低い。それにもしかしたら、すでにバロンから何か言伝を受けているかもしれない。
「お前にゃ、かなわねぇなぁ、レン。だが、ありがとよ」
 そう言って、ニールは着物の袖で鼻水を拭った。
「友だろう。それにお互い、父を失った」
「照れ臭くて言いたくねぇが、俺はお前が友で居てくれて良かったと思うぜ、レン」
「まだ気が早いぞ。そのセリフは、将軍になってからだ」
「違いねぇな」
 そう言って、ニールは白い歯を見せて笑った。
 ニールが将軍になるのに、どれだけの時が掛かるのか。いや、なれるかどうかも分からない。とにかく、努力をするしかない、という世界なのだ。そういう意味では、シオンなどは恵まれているのだろう。そして、おそらく俺も。
 ふと顔を横に向けると、ラウラの姿が目に入った。こちらを見ている。そのラウラが、頭を下げた。ニールの事を、お願いされたような気がして、俺は一度だけ頷いていた。

     

 俺は女を引っ掛ける為、夜の街を散策していた。これは毎日の日課である。すでに酒も入っていて、気分も良い。
 俺が女好きになったのは、妓館で童貞を捨ててからだった。
 最初の内は、女なら誰でも良かった。とにかく精を放つためだけに、女を求めていたと言って良い。俺がこうなった切っ掛けは失恋というやつだが、今となっては鼻で笑うような出来事である。一人の女に執着するなど、今の俺には有り得ない事なのだ。
 俺はレン三兄弟の内の末弟だった。長兄はレンであり、次弟はシオンである。二人は武術の達人で、おそらくは天下で通用する程の腕前だ。身体も大きく、見掛けは偉丈夫のそれである。一方、俺は身体は小さく、武術の腕前も大した事がない。一時期はこれに対して、ひどく劣等感を持っていた。二人の兄が、あまりにも眩し過ぎたのだ。
 しかし、成長していく内に考えは変わっていった。確かに俺は身体も小さく、力も無い。しかし、身のこなしだけは素早かった。それだけでなく、柔軟でもあった。
 これに気付いたのは、ニールとの剣の稽古である。剣術はある一定のレベルまでにしか成長しなかったが、回避の方はそうではなかった。自分でも、おや、と思うほどに成長を重ねていったのだ。
 いつからか、自己流で訓練をするようになった。剣術の方は、今のレベルから下がらない程度に訓練を続ける事にして、代わりに身のこなしを重点的に鍛えるようにしたのだ。この辺りで、俺は普通の軍に入る事を諦めた。自分の素質は、普通の軍では通用しないだろう、と思えたからだ。
 ならば、どこでなら通用するのか。答えは自ずと掴んでいた。それは、間諜部隊である。すなわち、戦う事を目的とした軍ではなく、情報収集を目的とする軍だ。
 間諜部隊でなら、自分の素質も活きるかもしれない。そう考えた俺は、訓練の内容もそれに沿う形に改め直した。相変わらず、自己流ではあったものの、それほど時間もかからず、次には気配を消す技を身に付けた。
 いつからか、仲間内から猫と評されるようになった。だが、あまり良いあだ名では無い、と思っていた。揶揄の意味も含まれているように感じたからだ。それで、俺は自身を見つめ直した。揶揄だと感じるのは、まだ完全に自分に自信があるとは言えないからだ。ならば、どこに自信が無いのか。そこで浮かび上がったのが、戦闘術が皆無であるという点だった。
 剣は使える。しかし、それはひいき目に見ても並程度の腕前なのだ。さらに俺は身体が小さい。まともにやり合えば、勝てる相手の方が少ないだろう。ならば、気配を消して一撃、というのはどうかと考えたが、どこか確実性に欠ける。
 気配を消して一撃を狙うなら、やはり遠距離攻撃だろう。つまり、飛び道具である。飛び道具で真っ先に思い付くのは弓だが、隠密行動との相性はあまり良くない。重いし、荷物としてかさばるのだ。
 そこで思い付いたのが、飛刀だった。攻撃回数、という意味ではかなり難があるが、弓と違って軽いし、かさばらない。そして、隠密からの不意打ちで、大抵の人間は一撃で葬れる。まだ極めるには至っていないが、すでに戦闘術として使えるレベルにはなっていた。
 隠密に不意打ち。気付くと、間諜部隊とは別の路線になってしまっている。かつて、国には闇の軍というものがあったという。要は忍びの集団のようなものだが、今の俺はそれに一番近いのかもしれない。意に介さず、こうなってしまったという感じだが、飛刀の技も一種の護身術と思えば悪い事ではないだろう。
 街中を歩いていると、前方に柄の悪い男が数人で俺をニヤニヤと眺めているのが見えた。ごろつきである。
 そのまま、男達は俺から目を離さず、こっちに寄ってきた。
「はい、お兄さん。こんばんは」
 口元に卑しい笑みを浮かべながら、一人の男が言った。予想通りの展開である。夜の街で女を引っ掛けるのは日課であるが、ごろつきに絡まれるのも日課だった。見掛けでなめられやすいのだろう。歳もようやく十七になったばかりだし、身体が小さくて貧弱に見えるのだ。
「ちょっと俺ら、腹が減ってんだわ。つー訳で、金貸してくれねぇかな?」
 俺は黙って、喋っている男を見ていた。体格は良い。従って、力もあるだろう。武術の才が無いので、相手の力量を探るのは下手くそだが、おそらくは大した事はない。実力があれば、こんな所でごろつきなどやる必要は無いからだ。
「黙ってねーで、なんか言えよぉ、なぁ?」
 童の頃の俺なら、ここで土下座をして金を差し出していただろう。あの頃の俺は、とにかく臆病だった。レンやシオンと賊退治に出た時に囮役を担った事もあるが、その時も必死に頭を下げるだけだったのだ。
 あの頃と比べると、俺もずいぶんと度胸がついたものだ。いや、自信が付いたのかもしれない。強くはない。頭が良いわけでもない。だが、身のこなしにだけは自信がある。
「なんかお前の眼、すげぇムカつくわ。殴っていい?」
 僅かな殺気。いや、殺気とは違う。しかし、それを感じ取っていた。まだ絡まれるのに慣れていない頃は、この辺りで脚に震えが来ていたが、今ではそれも無い。
「もう良い。殴る」
 瞬間、拳。仰け反り、かわしていた。この程度、造作もない。
「何を笑ってんだ、おい?」
 気付くと、口元が緩んでいた。同時に蹴りが飛んでくる。それをかわし、俺は首を鳴らした。余裕を見せたのである。
「おい、こいつ、なんかおかしいぞ」
 別の男が言った。だが、攻撃を仕掛けてきた男は頭に血が昇っているのか、表情は怒りのそれである。
「このドチビが。半殺しにしてやる」
「やれるものならやってみろ。あんたじゃ無理だ」
「てめぇっ」
 来る。拳の連打を全てかわしながら、後退した。騒ぎを聞き付けたのか、野次馬が出始めている。そういえば、前に絡まれた時に、野次馬の中から女を引っ掛けた時もあったか。今回もこいつらを利用して、女を引っ掛けるのも悪くない。俺は、そんな事を考えながら、男の攻撃をかわしていた。
 壁。後退を続けた俺は、背中にそれを感じた。同時に、ごろつきの男達が一斉に俺を囲む。
「もう逃げる所はねぇぞ、ドチビ。お漏らしするなら、今の内だぜ」
 そう言った男に向かって、俺は挑発の手招きをした。やはり、口元は緩んでいる。男が顔を真っ赤にして、殴りかかってきた。
 目を見開く。跳躍。同時に、背の壁を蹴って宙に舞い上がっていた。男。壁を殴りつけている。その男の頭を踏み台にして、俺は囲みの外に着地した。
「ふ、ふざけやがって」
 わなわなと震える男を横目に、野次馬は喝采の声をあげていた。
「これ以上は恥をかくだけだ。家に帰って、お母さんに慰めてもらいなよ」
「こ、このクソガキがっ」
 また男が殴りかかってきた。その眼には怯えが混じっている。逃げれば良いのに、と思ったが、そうはいかないのだろう。これだけの野次馬が居るのだ。このままでは、面子が立たない、と思っているのかもしれない。
 飛んでくる拳を身体を開いてかわし、男の後頭部に平手打ちをかました。同時に野次馬の喝采。歯を食い縛った男が、回し蹴りを放ってくる。それを屈んでかわし、足払いをかけると、男は頭から素っ転んだ。また、野次馬が喝采をあげる。
「ち、ちくしょう」
「な、なぁ、もうやめとこうぜ。こいつ、やっぱりおかしい。あんだけ動いてるのに、息一つ乱してねぇぞ」
「てめぇ、覚えてろよっ」
 これまでに何度も聞いた台詞を吐きながら、男達は逃げ去っていった。結局、逃げるのか。そう思いながら、俺は目を野次馬の中に移し、良い女が居るか物色を始めた。以前は女なら誰でも良かったが、今はやはり上玉を抱きたい。良い女と寝ると、満足度が違うのだ。しかし、野次馬の中に俺の心をくすぐる女は居ないようだった。
 女の方から何人か寄ってきたが、抱くには値しない女ばかりで、俺は適当にあしらって夜の街に戻った。

     

 ごろつきをあしらってからも、俺は夜の街の中を歩いていた。やはり、女を抱きたいという欲求は強い。
 しかし、目に入ってくる女の数は多いものの、どれもしっくりとは来なかった。どういう女を抱きたいかは、その日の気分にもよるが、今日はとびっきりの上玉が良い。と言うより、今日は上玉以外は抱きたくない、という気分である。ごろつき相手に遊んだせいか、いつもより気が大きくなっているのかもしれない。
 そのまましばらく歩いていると、一人の女が目に入った。後ろ姿だが、美人の気配がある。幾人もの女を抱いた俺だが、あの気配は間違いなく良い女だ。
 俺はその女に駆け寄った。
「お姉さん、こんばんは」
 後ろから声を掛けつつ、俺はその女の顔を見た。
「げぇっ」
 同時に声をあげていた。決して女が醜かったわけではない。美人ではあった。やはり、俺の勘は当っていたのだ。だが、その女は。
「ちょっと。あんたから声をかけて、げぇっは無いでしょ」
 ラウラだった。なんと、あのニールの妹である。昔から美しいとは思っていたが、性格がキツ過ぎる。男勝りだし、ずけずけと物は言うしで、俺は苦手だった。と言うより、ニールの妹なのだ。あのニールの妹と考えただけで、もう何か嫌だという気がする。
「うん? あんた、レンさんの弟のダウドじゃない?」
「ひ、人違いです」
「そんな訳ないでしょう。あんた、ろくでなしになったって聞いてたけど、軟派男になってたのね」
「違いますって。女を引っ掛けるのは毎日の日課で」
「あっそ。で、私は引っ掛けないわけ?」
「いや、その」
「兄様に言いつけるわよ」
「それだけは勘弁してください。本当に」
 レンやシオンに言われるよりも、ある意味で嫌な事だった。何故かは自分でも分からないが、ニールから本気で怒られたら、頭が上がる気がしないのだ。レンやシオンとは兄弟だが、ニールとは親分と子分の関係に似ている。
「こんな所でブラブラする暇があったら、とっとと軍に入りなさいよ。あんたのお兄さん、シオンさんも将軍になりそうって聞いたわよ」
 初耳だった。しかし、そうなるだろう、という予感はあった。そして、予感が現実になっただけの事だ。だが、微妙な焦りを俺は感じていた。目指す道は間諜部隊だが、今の俺は鍛練を積んでいるだけに過ぎないのだ。
 いや、本当に俺は間諜部隊を目指しているのか、体得した技は確かに間諜部隊で活きるものばかりだが、使い切れない、という予感がある。俺が求めているのは、間諜部隊よりさらに上の何かではないのか。
 そこまで考えたが、自身の現状を省みて、俺は苦笑した。とにかく、今の俺は鍛練を積んでいるだけで、具体的な行動は起こしていないのだ。
「世話を焼くわけじゃないけど、遊んでばっかじゃ良い男になれないわよ」
 言われた瞬間、心の奥底が熱くなった。グッと何かを鷲掴みされたような感覚である。同時に小うるさい、という想いもある。
「あの」
「女遊びも程々にね」
 そう言って、ラウラは背を見せて歩き始めた。酒飲みと聞いているので、これからどこか飲み屋に入るのかもしれない。追いかけたい衝動に駆られたが、理性に似た何かが馬鹿馬鹿しいとも言っている。
「ニールさんの妹だぞ」
 自分に言い聞かせるように、俺は声に出して言っていた。ラウラを女として意識している。いや、そんな気がするだけだ。しかし、ラウラの言葉は間違いなく俺の心の中に入って来た。
 これまでに俺は幾人もの女を抱いてきた。しかし、そういった女とは飽くまで一会(いちえ)の関係であり、深い繋がりは全く無かった。だからなのか、会話も上辺だけの内容が多かった。それはそうだろう。会話は抱く為の、精を放つ為の通過点に過ぎないのだ。
 しかし、ラウラとの会話は違った。ラウラと話をしたのは、ニールと訓練をしていた時以来である。もっと言えば、妓館で童貞を捨てる前だ。つまり、女を知らない時期だった。
「興が削がれたなぁ」
 ぼやきだった。何故かは分からないが、女を抱く気も失せている。というより、ラウラの事が頭に浮かんでくるのだ。
 馬鹿馬鹿しい事だ。俺は再度、そう思い直した。しかし、良い男になれない、という言葉だけは強く頭の中に残っている。そして、俺は何がしたいのだ、とも思った。
 長兄のレンはスズメバチ隊で将軍をやっていて、次弟のシオンはスズメバチ隊の兵だったが、今は将軍になりそうという所に立っている。一方の俺は、定職にも就かず、軍にも入らず、夜の街で女漁りだ。これは兄弟の中で汚点とならないか。
 レンやシオンに何かを言われた事はない。あえて言うなら、シオンに軽く咎められそうになった程度だが、基本的には放任されていた。いや、それで当たり前なのだ。俺の人生なのだから、俺が決めなくてはならない。
 旅立ちを思い返す。シオンを慕って、ここまで来たのではないのか。別れに耐えきれず、俺はここまで来たのだ。それなのに、遊び呆けてばかりいる。
「良い男になってみるか」
 呟いたが、女漁りはやめられないだろう。しかし、現状のままで過ごす気はない。だから、行動を起こそう。そう思いながら、俺は家路についた。
 翌日、俺は服装を正し、ピドナの政庁に向かった。間諜部隊への入隊を申し入れる為である。間諜部隊の管理はヨハンがやっていると聞いた事があるが、本当かどうかは知らない。ヨハンの事で俺が知っているのは、メッサーナの宰相であるという事だけだった。
「止まれ、何者だ」
 政庁の入り口の所で、早速、衛兵に止められた。
「ヨハンさんに会いたいんですけど」
「宰相に何の用だ?」
 衛兵の口調には、警戒の色が見える。服装を正したつもりだったが、どうやら不審者に見えてしまっているらしい。
「それ言わなきゃ駄目ですか?」
「当たり前だ、小僧。何なら、この場で追い返しても良いんだぞ」
 衛兵の高圧的な態度に腹が立ったが、グッとこらえた。
「間諜部隊に入りたいんですよ」
「何、間諜部隊だと? しかし、なんだ。そのヘンテコな身なりは」
「ヘンテコ? 別にそういうつもりはないんですけどね」
「まぁ良い。間諜部隊だったら、今は宰相ではなくルイス軍師が管理している。しかし、あの方も多忙だ。会う約束は取り付けてあるのか?」
「いいえ。急に思い立ったので」
「ふざけるのも大概にしろ。まずは会う約束から取り付けるんだな」
「はぁ。じゃあ、今から取り付けます」
「だったら、一年後にでも来るんだな」
 ここで俺は衛兵にまともに相手にされていない、という事に気付いた。完全に不審者か何かだと思われている。いや、俺の受け答えがまずかったのかもしれない。
 いずれにしろ、このまま押し問答を続けるのは時間の無駄である。もっと言えば、面倒くさい。そう思った俺は適当に会話を切り上げ、その場をあとにした。
 しかし、これからどうするか。間諜部隊がルイスの管轄下であったのはまだしも、会うのに約束を取り付けなければならないというのは、計算違いである。レンかシオンにお願いするのが手っ取り早いが、人脈を使って入隊するのは気に食わない。
「忍び込めば良いか」
 俺はそう考え、実行する事とした。さすがに白昼堂々というのは無理なので、日が落ちてからが良いだろう。

     

 俺は闇の中で息を殺していた。これから、ルイスの居る部屋まで忍び込まなければならない。これは軽い思い付きのようなものだったが、俺は今になって少し後悔していた。
 想像していたよりも、警備が厳重なのだ。衛兵はそこら中を巡回しているし、要所にはたいまつの灯が設置されている。これを掻い潜るのは、まさに至難である。それに見つかれば、只では済まないだろう。まず、牢獄行きは間違いない。
 当たり前の事だった。忍び込む先は、あのルイスの部屋なのだ。ルイスと言えば、メッサーナの大物である。その部屋に忍び込むという事は、それ相応の障害があって然るべきなのだ。
 本当に忍び込めるのか。自信が無い訳ではないが、とてつもない難度だという気がする。いずれにしろ、遊び半分でやれる事ではないだろう。
 その時だった。急に喉元に冷たい感触が伝わって来た。
「ここで何をしている? 返答次第では殺す」
 女の声だった。すぐ背後である。喉元の冷たい感触の正体は、短剣だった。すでにあてがわれている。
 冷や汗を出す暇もなかった。振り返ろうとすると、刃が皮膚を裂いてきたのだ。妙な動きをするな、という警告なのか。
「冗談だろ」
 言うと同時に、刃の腹で顎を押し上げられた。
「もう一度だけ言う。ここで何をしている? まともに答えなければ、殺す」
 女の口調は冷淡そのものだった。本気なのか。本気で、俺を殺すのか。いや、本気なのだろう。しかし、この女は一体。まさか、ルイスを警護する傭兵か何かなのか。
 そういう思案をしていると、また刃の腹で顎を押し上げられた。短剣で、早く喋れ、と言っている。
「ル、ルイスさんの部屋に忍び込もうとしていた」
 正直に言うしかなかった。嘘を吐けば、即座に殺されるかもしれないのだ。
「理由は?」
「間諜部隊に入るためだよ」
「何故、忍び込む必要がある。面会をすれば良いだろう」
「そうやって衛兵に頼んだけど、相手にしてもらえなかったんだ」
「本当の事を言え。でなければ、死よりも恐ろしい地獄を味わう事になる」
 当たり前だが、この女は俺を疑っている。そして、俺を殺そうともしている。いや、その前に拷問が待っているかもしれない。どの道、現状は非常にまずい。
 俺は一か八かの賭けに出る事にした。このまま危害を加えられるぐらいなら、精一杯の抵抗をしてやる。すなわち、離脱をはかる。
「全部、本当の事だ」
 言うと同時に、俺は短剣を押し退け、しゃがみ込んだ。女が着物の襟首を掴んでくる。上半身を捻りながら、その着物を脱ぎ捨てた。
「無駄なことを」
 女を見る。真っ黒の忍び装束だった。覆面を被っているせいで、顔はよく分からない。
「なぁ、あんた。おかしくないか? ちょっとは弁解させてくれよ。俺はメッサーナの民だぜ」
「メッサーナの民が、こんな真夜中に政庁に忍び込むのか? 昼間に政庁を探るのか?」
「だから、間諜部隊に入るためにルイスさんの」
 俺が言い終える前に、女は駆け出していた。短剣を構えている。
 それを見て、俺は舌打ちした。だが、拘束されていないなら、どうとでもなる。
 短剣。一撃、二撃とかわした。変幻自在の動きである。正規軍の太刀筋とは、ずいぶんと違う。だが、避けにくい。上手く言い表せないが、動きが制限されているような感覚だ。
 一方的な攻撃をかわし続ける。そして、一瞬の隙を衝いて、俺は跳躍した。女の頭上を飛び越える。着地と同時に、そのまま向かいの塀まで突っ走った。女も無言で追ってくる。
 塀。高さはゆうに三メートルはあるか。それを見定め、俺は腰を落とし、跳躍した。くぼみに指先を引っ掛け、身体を回しながら壁を蹴り付ける。その勢いで、塀の上にあがった。ここまでは来れないだろう。そう思った束の間、女も俺と同じ動きをしているのが目に入って来た。
「なんだよ、おい」
 あの女は何なのか。何となく、容貌から間諜部隊に類する者なのか、と思ったが、動きが実戦的過ぎる。もっと言えば、噂で聞いていた闇の軍のそれに近い。
 塀の上を走った。尚も女は追いすがってくる。民家の屋根の上に飛び移り、さらにそこを駆け回る。無数の屋根を飛び越えた。いつの間にか、眼下には歓楽街がある。
 女が追い付いてきた。足が速い。いや、最短距離を走っているのだ。このままでは捕まる。歓楽街。下に逃げるしかない。人ごみに紛れて、撒いてやる。だが、飛び下りれば、無事では済まない。どうする。
 瞬間、のぼり旗が見えた。同時に跳躍。飛び付いた。びりびりと布の破ける音が耳を突く。受け身。飛び起きる。すでに周囲は騒然としていた。
 走り出す直前、急に腕を掴まれた。振り返ると、拳が飛んできた。顔が後方に弾け飛ぶ。
「何すんだっ」
 殴ってきたのは、若い男のようだった。当然、知らない顔である。次いで別の男が寄って来て、俺は二人の男に両脇をがっしりと固められる恰好になった。
 喚き上げたが、二人の男は動揺の様子すら見せなかった。そして、目が冷徹である。この二人、民間人なのか。
「ファラ隊長、捕獲しましたが」
 一人の男が言った。その視線の先には、あの黒装束の女が居た。どうやら、女の名はファラというらしい。
「くそ、仲間が居たのかよ」
「当たり前だ。私一人な訳がないだろう」
 周囲は相変わらず騒然としていて、野次馬も出始めていた。その中から、ダウド、という名前が聞こえてくる。自慢じゃないが、歓楽街では俺もちょっとした有名人なのだ。しかし、こんな形で注目を浴びる事になるというのは、もはや恥でしかない。
 野次馬が増えるに従って、ダウドという声も多くなっていく。
「ダウドだと? お前、まさか」
「知ってるのかよ。俺はレン三兄弟の末弟のダウドだ」
「本当なのだろうな?」
「レン兄かシオン兄に顔を見て貰えば分かる」
 俺がそう言うと、ファラはジッと俺の眼を見つめてきた。覆面のせいで、表情は全く分からない。しかし、両脇の男と同じように、目は冷徹である。
 結局、レンとシオンの名を出した。この二人の力は借りるのは面白くない、と思っていたが、今の状況では仕方が無かった。この女は最初、俺を殺す気だったのだ。しかし、成り行きとは言え、こんな事になるなら、最初から二人の名を衛兵に言っておけば良かったのではないか。
「とりあえず、一緒に来て貰う。本物であろうと、偽物であろうとな」
「え、ちょっと待ってくれ」
「安心しろ。とりあえずだが、危害は加えない」
 ファラがそう言うと、両脇の男が俺を引きずり始めた。野次馬で通路は埋まっているはずなのだが、まるで何も無いようにファラと男達は進んでいく。それが、ひどく妙に感じられた。
「なぁ、あんたらは間諜部隊の人間なのか?」
「違う」
「なら、闇の軍か?」
「違う」
「そもそもで、メッサーナの人間か?」
「そうだ」
「あんたらは」
「特殊部隊、黒豹。国の闇の軍に対抗するべく、作られた部隊だ」
 ファラの口調は、尚も冷淡だった。しかし、その冷淡さの中に、俺は熱を見出していた。生きる場所。俺は、何となくそれを感じていたのだ。

       

表紙

シブク 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha