剣と槍。受け継ぐは大志
第二章 国と王
アビス原野での敗戦から三年。メッサーナは、国と小競り合いを続けていた。コモン関所を境に、小さな戦が頻発している。コモンの守りはクライヴに任せており、今の所は問題なかった。
アビスの敗戦は、凄惨なものだった。戦の内容だけを見れば、ほぼ互角だったと言っていいのかもしれない。ただ、互角だったのはロアーヌが率いるスズメバチ隊だけだった。いや、スズメバチ隊は互角以上の戦いをやった。それ以外の軍は、レオンハルトの軍より劣っていたと言わざるを得ないだろう。それは、私の弓騎兵も例外ではなかった。
あの戦で、メッサーナは国力を激烈に消耗することになった。同時にナゼール丘陵、バレンヌ草原でも戦を展開していたのだ。この二戦場の戦況は、まずまずのものだったという。やはり、レオンハルトが直接出てきたアビス原野が、最も苦しい戦いになった。
決定的だったのは、スズメバチ隊の旗が倒れた瞬間だった。その瞬間、全軍の士気が一気に下がったのだ。そこからは、敵の猛攻をどう凌ぐか、という一点に尽きた。そして、戦い続ける事は不可能に近い、という所まで追い込まれて、私は全軍退却の号令を出した。
追撃はなかった。コモンまで押し上がってくるだろう、と予想していたが、私がコモンに退却を終えた頃には、レオンハルトは軍を引かせていた。
レオンハルトは、深手を負っていたのだった。左腕を斬り飛ばされ、一時は生死の境を彷徨ったらしい。もう七十を越そうかという老人である。戦の前線に立つだけでなく、馬に乗って武器も振るった。本人の知らない所で、命を削っていたのだろう。左腕を無くした事で、それが一気に表面化したのかもしれない。
だが、生き残った。以前のような壮健さはすでにない、という噂だが、生き残ったのだ。
そして、ロアーヌは死んだ。あのロアーヌが、戦場で死んだのだ。
ロアーヌの死を直接見た者は、メッサーナには誰一人として居ない。ロアーヌは、最後の一騎だったのだ。
スズメバチ隊は、ほぼ壊滅状態だった。生き残ったのは僅かに百八十名のみで、残りの者は全て戦死である。特に、ロアーヌ自身が率いた一番隊に至っては、全員が討死だった。今は、生き残りをジャミルという者が統括しているが、百八十名では、軍とは呼べなかった。小隊のような扱いで、あれから実戦もやっていない。
今のスズメバチ隊は、首魁を欠いている。ロアーヌという名の絶対的首魁に代わるものが、今のスズメバチ隊にはないのだ。ジャミルは良い指揮を執るし、本人もそこそこに腕は立つ。だが、それだけだ。つまり、隊長の器ではないのだ。
ロアーヌの代わりが務まるとしたら、それはレンしか居ない。私は、そう思っていた。
だが、レンは、戦で左眼を失っていた。
最初は、日常生活すらままならなかった。当然、槍の組み手など出来るわけもない。距離感が掴めないのだ。そして、視界の左半分が死角となっているために、そこに打ち込まれると手も足も出ないようだった。
私を含めた周りの者は、レンが潰れるのではないか、と心配で仕方が無かった。シグナス、ロアーヌという二人の父を失い、さらには左眼も失った。最悪、死を考えてもおかしくない。だから、私達も世話を焼いた。だが、今考えれば、これは必要ない事だった、という気がする。
レンは腐らなかったのだ。それ所か、こうなったのは意味がある、と言い、今までの二倍も三倍も調練を積んだ。その成果もあってか、敗戦から一年が経つ頃には日常生活を不自由なくこなすようになり、槍の組み手もできるようになっていた。いや、むしろ、以前よりも強くなったかもしれない。
壮絶な訓練をしたのだろう。従者のランドも、レンは眠る時間が極端に短い、とよく言っていたものだった。闇の中で、何時間も座禅を組んだまま動かない、という事を毎日やっていたらしいのだ。しかも、その状態でどんな僅かな気配をも感じ取ったという。
心気の統一だった。ある時、レンは眼で見るよりも気で感じ取るようにした、と言っていた。これは弓にも言える事で、言葉で表すのは難しい事だが、大まかに言ってしまえば、見えないものが見えるのだ。それに向かって矢を放てば、絶対に外す事はない。レンは、日常レベルでこれをやっている、という事なのだろう。
そのレンに、スズメバチ隊の指揮を任せよう、と思っていた矢先の事だった。レンは、旅に出たい、と私に申し出てきた。
理由を聞くと、レンは、戦う理由を見つけるためだ、とだけ答えた。眼には、決意の炎が宿っていた。これ以上の事を聞いても無駄だ、と考えた私は、成長して帰ってこい、とだけ言った。おそらく、ロアーヌも同じようにしただろう。
レンが不在の間、ジャミルがスズメバチ隊を預かる、という事になったが、帰還したレンが、スズメバチ隊に戻るかどうかはまだ分からない。
レンが旅に出て一年になるが、未だに国との決着はついていない。それ所か、国同士としての競り合いは激しくなりつつある。現に、国は軍を強化し始めているのだ。それと同時に、格差の広がりは以前よりも目立ちを見せていた。すなわち、都と地方の貧富の差である。それは民も、軍も同じだった。
政治を主導する者、あるいは、軍を主導する者が変わろうとしているのかもしれない。政治はフランツが、軍はレオンハルトが権力を握っているが、二人とも老齢である。
そして、メッサーナの統治者であるランスも、老境と呼ばれる所に入っていた。私はピドナに居て、ランスはメッサーナに居るが、最近は病気がちだという。アビス原野での敗戦が、さすがに応えたのだろう。ロアーヌを失った事も、身体に響いたのかもしれない。
「あなた、マルクとグレイがようやく寝付きました」
カタリナが傍にきて、穏やかな口調で言った。
ピドナで、妻にした女だった。カタリナとは、激しい恋をしたわけでもなく、淡々と自然な感じで夫婦になった。見た目は際立って美しいというわけではないが、一緒に居て疲れない。料理も上手く、気立ても良かった。
マルクとグレイは、そんなカタリナとの間に出来た子である。二人とも男児で、周りからは父親に似て鼻梁のしっかりした美男に育ちそうだ、と持てはやされていた。二人とも、まだ赤子だった。
「レン君は、今頃どうしているのでしょうね」
カタリナが言った。ロウソクの火を、見つめている。
「分からん。連絡が来ないからな」
レンは、カタリナによく懐いていた。母親、というより、姉のような存在だったのだ。カタリナは、私よりもずっと年下で、まだ二十代だった。
「あの子は、人を惹きつける強烈な何かを持っている、という気がします。だから、友人をたくさん作って帰ってくるのでは、と思っているのですけど」
「それだけじゃない。レンは大きくなって帰ってくる。私が想像するよりも、ずっとだ」
言って、外の方に目をやった。風で木の葉が舞っている。
これから冬か。私は、そう思っていた。
アビスの敗戦は、凄惨なものだった。戦の内容だけを見れば、ほぼ互角だったと言っていいのかもしれない。ただ、互角だったのはロアーヌが率いるスズメバチ隊だけだった。いや、スズメバチ隊は互角以上の戦いをやった。それ以外の軍は、レオンハルトの軍より劣っていたと言わざるを得ないだろう。それは、私の弓騎兵も例外ではなかった。
あの戦で、メッサーナは国力を激烈に消耗することになった。同時にナゼール丘陵、バレンヌ草原でも戦を展開していたのだ。この二戦場の戦況は、まずまずのものだったという。やはり、レオンハルトが直接出てきたアビス原野が、最も苦しい戦いになった。
決定的だったのは、スズメバチ隊の旗が倒れた瞬間だった。その瞬間、全軍の士気が一気に下がったのだ。そこからは、敵の猛攻をどう凌ぐか、という一点に尽きた。そして、戦い続ける事は不可能に近い、という所まで追い込まれて、私は全軍退却の号令を出した。
追撃はなかった。コモンまで押し上がってくるだろう、と予想していたが、私がコモンに退却を終えた頃には、レオンハルトは軍を引かせていた。
レオンハルトは、深手を負っていたのだった。左腕を斬り飛ばされ、一時は生死の境を彷徨ったらしい。もう七十を越そうかという老人である。戦の前線に立つだけでなく、馬に乗って武器も振るった。本人の知らない所で、命を削っていたのだろう。左腕を無くした事で、それが一気に表面化したのかもしれない。
だが、生き残った。以前のような壮健さはすでにない、という噂だが、生き残ったのだ。
そして、ロアーヌは死んだ。あのロアーヌが、戦場で死んだのだ。
ロアーヌの死を直接見た者は、メッサーナには誰一人として居ない。ロアーヌは、最後の一騎だったのだ。
スズメバチ隊は、ほぼ壊滅状態だった。生き残ったのは僅かに百八十名のみで、残りの者は全て戦死である。特に、ロアーヌ自身が率いた一番隊に至っては、全員が討死だった。今は、生き残りをジャミルという者が統括しているが、百八十名では、軍とは呼べなかった。小隊のような扱いで、あれから実戦もやっていない。
今のスズメバチ隊は、首魁を欠いている。ロアーヌという名の絶対的首魁に代わるものが、今のスズメバチ隊にはないのだ。ジャミルは良い指揮を執るし、本人もそこそこに腕は立つ。だが、それだけだ。つまり、隊長の器ではないのだ。
ロアーヌの代わりが務まるとしたら、それはレンしか居ない。私は、そう思っていた。
だが、レンは、戦で左眼を失っていた。
最初は、日常生活すらままならなかった。当然、槍の組み手など出来るわけもない。距離感が掴めないのだ。そして、視界の左半分が死角となっているために、そこに打ち込まれると手も足も出ないようだった。
私を含めた周りの者は、レンが潰れるのではないか、と心配で仕方が無かった。シグナス、ロアーヌという二人の父を失い、さらには左眼も失った。最悪、死を考えてもおかしくない。だから、私達も世話を焼いた。だが、今考えれば、これは必要ない事だった、という気がする。
レンは腐らなかったのだ。それ所か、こうなったのは意味がある、と言い、今までの二倍も三倍も調練を積んだ。その成果もあってか、敗戦から一年が経つ頃には日常生活を不自由なくこなすようになり、槍の組み手もできるようになっていた。いや、むしろ、以前よりも強くなったかもしれない。
壮絶な訓練をしたのだろう。従者のランドも、レンは眠る時間が極端に短い、とよく言っていたものだった。闇の中で、何時間も座禅を組んだまま動かない、という事を毎日やっていたらしいのだ。しかも、その状態でどんな僅かな気配をも感じ取ったという。
心気の統一だった。ある時、レンは眼で見るよりも気で感じ取るようにした、と言っていた。これは弓にも言える事で、言葉で表すのは難しい事だが、大まかに言ってしまえば、見えないものが見えるのだ。それに向かって矢を放てば、絶対に外す事はない。レンは、日常レベルでこれをやっている、という事なのだろう。
そのレンに、スズメバチ隊の指揮を任せよう、と思っていた矢先の事だった。レンは、旅に出たい、と私に申し出てきた。
理由を聞くと、レンは、戦う理由を見つけるためだ、とだけ答えた。眼には、決意の炎が宿っていた。これ以上の事を聞いても無駄だ、と考えた私は、成長して帰ってこい、とだけ言った。おそらく、ロアーヌも同じようにしただろう。
レンが不在の間、ジャミルがスズメバチ隊を預かる、という事になったが、帰還したレンが、スズメバチ隊に戻るかどうかはまだ分からない。
レンが旅に出て一年になるが、未だに国との決着はついていない。それ所か、国同士としての競り合いは激しくなりつつある。現に、国は軍を強化し始めているのだ。それと同時に、格差の広がりは以前よりも目立ちを見せていた。すなわち、都と地方の貧富の差である。それは民も、軍も同じだった。
政治を主導する者、あるいは、軍を主導する者が変わろうとしているのかもしれない。政治はフランツが、軍はレオンハルトが権力を握っているが、二人とも老齢である。
そして、メッサーナの統治者であるランスも、老境と呼ばれる所に入っていた。私はピドナに居て、ランスはメッサーナに居るが、最近は病気がちだという。アビス原野での敗戦が、さすがに応えたのだろう。ロアーヌを失った事も、身体に響いたのかもしれない。
「あなた、マルクとグレイがようやく寝付きました」
カタリナが傍にきて、穏やかな口調で言った。
ピドナで、妻にした女だった。カタリナとは、激しい恋をしたわけでもなく、淡々と自然な感じで夫婦になった。見た目は際立って美しいというわけではないが、一緒に居て疲れない。料理も上手く、気立ても良かった。
マルクとグレイは、そんなカタリナとの間に出来た子である。二人とも男児で、周りからは父親に似て鼻梁のしっかりした美男に育ちそうだ、と持てはやされていた。二人とも、まだ赤子だった。
「レン君は、今頃どうしているのでしょうね」
カタリナが言った。ロウソクの火を、見つめている。
「分からん。連絡が来ないからな」
レンは、カタリナによく懐いていた。母親、というより、姉のような存在だったのだ。カタリナは、私よりもずっと年下で、まだ二十代だった。
「あの子は、人を惹きつける強烈な何かを持っている、という気がします。だから、友人をたくさん作って帰ってくるのでは、と思っているのですけど」
「それだけじゃない。レンは大きくなって帰ってくる。私が想像するよりも、ずっとだ」
言って、外の方に目をやった。風で木の葉が舞っている。
これから冬か。私は、そう思っていた。
もう、この国は駄目かもしれない。宰相となって、様々な手を打ったが、そのどれもが不発に終わった。全てが、一時凌ぎでしかないのだ。
本当に国の寿命が来ているのか。都を見れば、そんな事はない、と言い切れる。それほど、豊かで富んでいるのだ。だが、地方に行けば、目を覆いたくなる程の惨状が広がっている。盗み、殺し、飢え。これらが、日常の中で当たり前のように転がっているのだ。
王は、この事を知らない。というより、信じようとしない。側には佞臣(ねいしん)が居て、この者達が王に甘言を囁く。佞臣どもを処罰してやりたいが、王の息が掛かっているせいで、それも出来ない。
そして、この国は広過ぎた。メッサーナに、国土の大部分を奪われた今でさえ、広いと感じる。そう感じるのは、私の目が行き届かないからだ。
二十数年前、大規模な改革を行った。それで、政治も軍もグッと引き締まった。だが、長くは保たなかった。どうしても、地方の役人が不正を働く。最初は小さな不正から始まり、やがてそれは、大きな不正へと変わっていく。
何故、地方なのか。都では、不正はほとんど無い。それは、豊かだからだ。不正を働かずとも、十分に金が入る。だが、地方はそうではない。
当たり前の事だった。地方と都では、人口が違う。人口が違えば、産出物の量も質も違ってくる。それなのに、役人は都と同じように税を絞り取ろうとする。不正を犯してまで、絞り取ろうとするのだ。
いくら罰を厳しくしても、不正は減らなかった。罰を厳しくしても、取り締まれなければ、意味がない。そして、取り締まる役目の者ですら、不正をやろうとする。
このままでは、メッサーナを倒すことなど不可能に近かった。むしろ、飲み込まれる可能性の方が高いだろう。三年前の大戦で追い返したは良いが、メッサーナは再び力を付けてきている。そして国は、力の衰えすらも感じさせていた。それは、軍も例外ではない。
軍の要であるレオンハルトが、以前とはまるで別人のようになっていた。外見は、壮健とはかけ離れる程までにやせ細り、身体全体が縮んだようになっている。それだけでなく、あの圧倒してくるような覇気自体が、消え失せていた。
三年前の大戦を境に、レオンハルトは部屋に閉じこもる事が多くなった。理由はよくわからないが、剣のロアーヌが死んだ事が関係あるのかもしれない。武人としての一生を、終えようとしているようにも見える。
それでも、レオンハルトとは、一ヶ月に一回は会うようにしていた。政治と軍事の連携は、メッサーナを倒す上で必要不可欠な事だからだ。しかし、まともな話し合いにはならなかった。俯いてばかりで、言葉を発しようとしないのだ。
そんなレオンハルトの代わりに、面白い人間が居た。
武神の子、ハルトレインである。最近はむしろ、レオンハルトよりもハルトレインと会う事の方が重要になってきている。
今はまだ大した軍権は持っていないが、いずれは持たせたい、と思えるような男だった。若いせいで、言動が尊大なのが鼻につくが、その思想は真新しいと感じさせる事が多く、年老いた私などよりもずっと奇抜だった。
今日も、そのハルトレインと会合をする日だ。これには、私が育ててきたウィンセも同席させる。ウィンセは、次期宰相となるべき男だが、まだ表には出さないようにしていた。政治の世界は、軍の世界よりも他者の足を引っ張る者が多い。悪知恵の働く者が、それだけ居る、という事なのだ。
「宰相殿、わざわざ申し訳ない。本来なら、私が出向くべきなのだろうが」
ハルトレインが座につきながら、そう言った。一つ一つの仕草に、お前が来て当然だ、というのが見えたが、気にしないようにした。もう慣れたものである。私に対して敬語でない事も、最初ほど気にならなくなった。
「いや、構わぬ。所で、御父上はどうかな?」
「父はもう駄目だ。アビス原野の戦を終えて、まるで別人のようになってしまった」
噂では、ハルトレインがレオンハルトを潰した、と言われていた。レオンハルトは、戦場で死にたがっていた。それをロアーヌが叶えようとした所を、ハルトレインが姑息な手で妨害した、と言われているのだ。
本当の所はどうか知らないが、変な噂だ、というのは正直な所だった。ハルトレインは父親を生かしたのだ。それを悪く言われるのは、私には理解ができなかった。おそらく、武人には、武人の世界がある、という事なのだろう。
「政治の方は、一向に良くなる試しがない。この凝り固まった頭で、あれこれと思い付き、やってはいるのだが」
「軍の方も同様だ。というより、父があれでは、良くなるはずがない。一応、私の軍権の範囲内では、やれるだけの事はやっている」
ハルトレインは、未だに大隊長、という扱いだった。本来なら、将軍になっていてもおかしくないのだが、経歴に傷がついたのである。三年前の大戦で、軍令違反を犯したのだ。待機という命令を無視して、軍を出した。結果、それでメッサーナ軍を追い返す事に成功したのだが、軍令違反は軍令違反だった。帰還後、ハルトレインは半年の労役に課せられる事になった。
「今のままでは、メッサーナを倒す事ができん。ハルトレイン、何か良い案はないか?」
「政治家が軍人に意見を求めると、ロクな事にならないぞ」
「意見を求めるだけだ。それをどうするかは、また別の話になる」
私がそう言うと、ハルトレインが僅かに口元を緩めた。
「王を、代える」
それを聞いて、私は耳を疑った。
「今の王は、どうしようもなく愚劣だ。よく考えてもみろ、宰相殿。政治の才能が、今の王にあるか? 軍事は? それ所か、徳すらもない」
隣で、ウィンセの唾を飲み込む音が聞こえた。
「今の王は、王たる資格を持っていない。初代国王の血を引いているだけだ」
「待て、ハルトレイン。それ以上は言うな」
思わず、私はそう言っていた。不遜すぎる。そして、突拍子もない事を、この男は言った。
「この国の王は、今の王でなくとも良い。血さえ、連なっていれば、誰でも良いのではないのか?」
机を、叩いていた。それでも、ハルトレインは顔色も変えずに湯呑に手を伸ばし、一口だけすすった。
「お前の意見、いや、思想は危険すぎる。悪逆非道を尽くした暴君と呼ばれる者達と、同じ思想だ」
「違うな、宰相殿。貴殿の言う暴君は、自らが政治を為そうとした。それがいけなかったのだ。私には、そのつもりはない。政治は、きちんとした者が執り行えば良い。宰相殿のような、きちんとした者がな」
「しかし」
「王が代われば、全てが変わる。今の腐敗は、まさに王がもたらしているものだからだ。違うか? くだらぬ佞臣どもが暗躍し、それが地方に広がっている。そして、軍にも。王の愚劣さが、全ての元凶だとは思わないか?」
「フランツ様、顔色が」
ウィンセが静かに言った。言われて、自分の体温がひどく下がっている事に気付いた。指先が、妙に冷たい。
「これは私が思っているだけだ、宰相殿。実際にどうこうしようなどとは、微塵も考えていない。ただ、私もメッサーナを叩き潰したい。国を、存続させたいのだ」
ハルトレインも、一つの正義を持っている。そういう事なのか。だが。
「私も、この国を存続させたい。数百年という歴史を持つ、この国を。メッサーナごときに、潰されてたまるものか」
「本当にこの国の事を思う者は、皆そう思っている。宰相殿、あとは、方法だけだ」
ハルトレインが、再び湯呑に手を伸ばした。私は、それをジッと見つめていた。
本当に国の寿命が来ているのか。都を見れば、そんな事はない、と言い切れる。それほど、豊かで富んでいるのだ。だが、地方に行けば、目を覆いたくなる程の惨状が広がっている。盗み、殺し、飢え。これらが、日常の中で当たり前のように転がっているのだ。
王は、この事を知らない。というより、信じようとしない。側には佞臣(ねいしん)が居て、この者達が王に甘言を囁く。佞臣どもを処罰してやりたいが、王の息が掛かっているせいで、それも出来ない。
そして、この国は広過ぎた。メッサーナに、国土の大部分を奪われた今でさえ、広いと感じる。そう感じるのは、私の目が行き届かないからだ。
二十数年前、大規模な改革を行った。それで、政治も軍もグッと引き締まった。だが、長くは保たなかった。どうしても、地方の役人が不正を働く。最初は小さな不正から始まり、やがてそれは、大きな不正へと変わっていく。
何故、地方なのか。都では、不正はほとんど無い。それは、豊かだからだ。不正を働かずとも、十分に金が入る。だが、地方はそうではない。
当たり前の事だった。地方と都では、人口が違う。人口が違えば、産出物の量も質も違ってくる。それなのに、役人は都と同じように税を絞り取ろうとする。不正を犯してまで、絞り取ろうとするのだ。
いくら罰を厳しくしても、不正は減らなかった。罰を厳しくしても、取り締まれなければ、意味がない。そして、取り締まる役目の者ですら、不正をやろうとする。
このままでは、メッサーナを倒すことなど不可能に近かった。むしろ、飲み込まれる可能性の方が高いだろう。三年前の大戦で追い返したは良いが、メッサーナは再び力を付けてきている。そして国は、力の衰えすらも感じさせていた。それは、軍も例外ではない。
軍の要であるレオンハルトが、以前とはまるで別人のようになっていた。外見は、壮健とはかけ離れる程までにやせ細り、身体全体が縮んだようになっている。それだけでなく、あの圧倒してくるような覇気自体が、消え失せていた。
三年前の大戦を境に、レオンハルトは部屋に閉じこもる事が多くなった。理由はよくわからないが、剣のロアーヌが死んだ事が関係あるのかもしれない。武人としての一生を、終えようとしているようにも見える。
それでも、レオンハルトとは、一ヶ月に一回は会うようにしていた。政治と軍事の連携は、メッサーナを倒す上で必要不可欠な事だからだ。しかし、まともな話し合いにはならなかった。俯いてばかりで、言葉を発しようとしないのだ。
そんなレオンハルトの代わりに、面白い人間が居た。
武神の子、ハルトレインである。最近はむしろ、レオンハルトよりもハルトレインと会う事の方が重要になってきている。
今はまだ大した軍権は持っていないが、いずれは持たせたい、と思えるような男だった。若いせいで、言動が尊大なのが鼻につくが、その思想は真新しいと感じさせる事が多く、年老いた私などよりもずっと奇抜だった。
今日も、そのハルトレインと会合をする日だ。これには、私が育ててきたウィンセも同席させる。ウィンセは、次期宰相となるべき男だが、まだ表には出さないようにしていた。政治の世界は、軍の世界よりも他者の足を引っ張る者が多い。悪知恵の働く者が、それだけ居る、という事なのだ。
「宰相殿、わざわざ申し訳ない。本来なら、私が出向くべきなのだろうが」
ハルトレインが座につきながら、そう言った。一つ一つの仕草に、お前が来て当然だ、というのが見えたが、気にしないようにした。もう慣れたものである。私に対して敬語でない事も、最初ほど気にならなくなった。
「いや、構わぬ。所で、御父上はどうかな?」
「父はもう駄目だ。アビス原野の戦を終えて、まるで別人のようになってしまった」
噂では、ハルトレインがレオンハルトを潰した、と言われていた。レオンハルトは、戦場で死にたがっていた。それをロアーヌが叶えようとした所を、ハルトレインが姑息な手で妨害した、と言われているのだ。
本当の所はどうか知らないが、変な噂だ、というのは正直な所だった。ハルトレインは父親を生かしたのだ。それを悪く言われるのは、私には理解ができなかった。おそらく、武人には、武人の世界がある、という事なのだろう。
「政治の方は、一向に良くなる試しがない。この凝り固まった頭で、あれこれと思い付き、やってはいるのだが」
「軍の方も同様だ。というより、父があれでは、良くなるはずがない。一応、私の軍権の範囲内では、やれるだけの事はやっている」
ハルトレインは、未だに大隊長、という扱いだった。本来なら、将軍になっていてもおかしくないのだが、経歴に傷がついたのである。三年前の大戦で、軍令違反を犯したのだ。待機という命令を無視して、軍を出した。結果、それでメッサーナ軍を追い返す事に成功したのだが、軍令違反は軍令違反だった。帰還後、ハルトレインは半年の労役に課せられる事になった。
「今のままでは、メッサーナを倒す事ができん。ハルトレイン、何か良い案はないか?」
「政治家が軍人に意見を求めると、ロクな事にならないぞ」
「意見を求めるだけだ。それをどうするかは、また別の話になる」
私がそう言うと、ハルトレインが僅かに口元を緩めた。
「王を、代える」
それを聞いて、私は耳を疑った。
「今の王は、どうしようもなく愚劣だ。よく考えてもみろ、宰相殿。政治の才能が、今の王にあるか? 軍事は? それ所か、徳すらもない」
隣で、ウィンセの唾を飲み込む音が聞こえた。
「今の王は、王たる資格を持っていない。初代国王の血を引いているだけだ」
「待て、ハルトレイン。それ以上は言うな」
思わず、私はそう言っていた。不遜すぎる。そして、突拍子もない事を、この男は言った。
「この国の王は、今の王でなくとも良い。血さえ、連なっていれば、誰でも良いのではないのか?」
机を、叩いていた。それでも、ハルトレインは顔色も変えずに湯呑に手を伸ばし、一口だけすすった。
「お前の意見、いや、思想は危険すぎる。悪逆非道を尽くした暴君と呼ばれる者達と、同じ思想だ」
「違うな、宰相殿。貴殿の言う暴君は、自らが政治を為そうとした。それがいけなかったのだ。私には、そのつもりはない。政治は、きちんとした者が執り行えば良い。宰相殿のような、きちんとした者がな」
「しかし」
「王が代われば、全てが変わる。今の腐敗は、まさに王がもたらしているものだからだ。違うか? くだらぬ佞臣どもが暗躍し、それが地方に広がっている。そして、軍にも。王の愚劣さが、全ての元凶だとは思わないか?」
「フランツ様、顔色が」
ウィンセが静かに言った。言われて、自分の体温がひどく下がっている事に気付いた。指先が、妙に冷たい。
「これは私が思っているだけだ、宰相殿。実際にどうこうしようなどとは、微塵も考えていない。ただ、私もメッサーナを叩き潰したい。国を、存続させたいのだ」
ハルトレインも、一つの正義を持っている。そういう事なのか。だが。
「私も、この国を存続させたい。数百年という歴史を持つ、この国を。メッサーナごときに、潰されてたまるものか」
「本当にこの国の事を思う者は、皆そう思っている。宰相殿、あとは、方法だけだ」
ハルトレインが、再び湯呑に手を伸ばした。私は、それをジッと見つめていた。
メッサーナは、コモン関所より先に出ようとはしなかった。あくまで、守りを固める、という姿勢を貫いているのである。
何度か、小勢ではあるが軍を出した。メッサーナの守備軍を誘い出すのが目的だったが、どれだけ挑発をかけても効果は無かった。
国力を蓄えているのだろう。アビス原野の敗戦は、相当に応えたはずだ。あの戦は、兵力もさることながら、多くの人間が死んだ。その中に、あの剣のロアーヌも入っている。
結局、あの男に私は一度も勝てなかった。まさに、完敗である。勝つイメージさえ、私は抱く事が出来なかったのだ。
しかし、戦には勝った。そして、あの戦は、私の援軍で勝ったようなものだったと言っていいだろう。
だが、父には軍令違反として扱われた。待機という命令を無視した。父は、こう言ったのである。しかし、戦果を挙げたのも事実だった。処罰は、この戦果との相殺で、半年の労役という事になった。
本来なら、軍令違反の罪はもっと重い。内容によっては、斬首刑というものもあった。
私は、半年の労役の間、様々な事を考えた。軍の事、政治の事、そして、国の事。
フランツの改革によって、国は生まれ変わったかのように見えた。だが、結果は違った。地方に居た優秀な人間達が、軍・政治を問わずに都に集中しただけだ。それで、都の腐りは除かれた。しかし、その代わりに、地方が腐った。
改革によって、役人達の能力が浮き彫りになった。能力のある者は都に集約され、無能な者は降格や免職処分となった。そして、それ以外の者、つまりは有能でもなく、無能でもない者達である。これの大半は、地方に飛ばされた。
フランツは、都では無理でも、地方なら能力が発揮できる、と考えたのだろう。もっと言えば、地方に飛ばす事によって、本来の能力に合う場所を与えたのである。
だが、それは成功しなかった。地方は都よりも、ずっと貧しい。故に、役人達の扶持も落ちる。その落ちた分を回収しようと、役人達は不正を働くようになったのだ。それはいくら罰しても無くなりはせず、時が経つにつれて、不正を取り締まるはずの者達ですら、不正をやり始めた。これが、現状だった。
軍についても同様だった。軍権は父であるレオンハルトが握ってはいるが、大した事はやれていない。というより、やりようがなかった。父は、死人のようになってしまったのだ。
アビス原野の戦を終えて、父は変わった。いや、変わり果てた。軍の面倒は、全て副官であるエルマンに任せっぱなしで、父は部屋の中に閉じこもっている。今の父に、もはや武神の面影など一片たりとも残ってはいなかった。
それでも、国は動いている。歴史は動いている。半年の労役を終えた私は、すぐに軍の巡察を行った。大隊長の権限しかないため、大した事はできないが、今後の軍を引っ張っていく人材に目星をつける事は出来る。
そして、ヤーマス、リブロフ、レキサス、フォーレという四人の男を見つけた。いずれも、元々は地方に飛ばされていた人間で、四人とも、まだ二十代から三十代と若い。
その中でも、ヤーマスとリブロフは、面白い経歴の持ち主だった。
二人は、官軍の武術師範という立場だったのだ。つまり、兵達に武術を教える先生、という事だ。ヤーマスは槍を、リブロフは戟を教えていた。
実際に手合わせをしてみたが、かなりの腕前だった。勝ちはしたが、ギリギリの勝負だったのだ。私の武器が槍だけ、と限定されていたら、負けていたかもしれない。
レキサスとフォーレについては、優秀な事を人に妬まれて地方に飛ばされたようだった。どうせ、どうでもいいような事を失敗として扱われたのだろう。武術については、先述の二人ほどではなかったが、軍の動かし方は卓抜なものを持っていた。
この四人は、将軍である。というより、父が将軍に昇格させていた。
だが、いくら軍を整備した所で、今の国の現状では糠(ぬか)に釘である。それは、フランツの改革でも証明されている。だから、頂点から変えなければならない。
すなわち、王を代えるという事だ。国をきちんとした姿に戻すには、これ以外に方法はない。
この国の全ての元凶は王だ。王の側に居る佞臣が、王を巧みに操っている。自分達が有利になるような政策を打ち出し、それで国が疲弊しても、佞臣どもはまるで知らん顔だ。反対に、自分達が不利になりそうなものは王の命令でやめさせる。実質、フランツの改革も、それでいくらか捻じ曲げられた。
そして、佞臣どもは王の機嫌を取るのが異常に上手い。いや、王が愚劣なのだ。それも、どうしようもない程に。金は無限にあり、この国は永続すると妄信している。
フランツもこの事には気付いている。ただ、目を向けようとしていないだけだ。それはそうだろう。自らの主が、とんでもない間抜けだとは思いたくもないはずだ。
しかし、私は王は愚劣でも構わないと思っていた。要は、自らの意志を持たせなければ良いのだ。政治に対して、軍事に対して、王は介入させない。つまり、国の象徴として存在だけはさせ、あとの事には一切、関与させない。それで、この国は正常に機能する。
今の王は、佞臣どもの傀儡である。うるさい事を言うフランツよりも、佞臣どもの甘言の方が心地良い。だから、フランツではなく、佞臣の言う事を聞く。これはもう、覆す事はできないだろう。
王を代えれば、全てが解決する。王は、別に聡明でなくても良い。意志を持たない、もっと言えば、子供だ。それをフランツが制御する。そして、軍事と政治が連携する。
メッサーナを倒すなら、ここまでやらないと無理だ。今の国では、遅かれ早かれ、メッサーナに飲み込まれる。いや、そうならずとも、やがて自力で立っていられなくなるだろう。
フランツには、私の考えを片鱗ではあるが、伝えた。今まで、気付いていたが、見ようとしてこなかった部分である。これで少なくとも、フランツの視野は広がっただろう。しかし、どう動くかまではまだ読めない。
そして、私は私でやるべき事をやらなければならない。
すなわち、軍権の移行である。
父はもうすぐ死ぬ。七十という年齢もそうだが、以前のような覇気が消え失せてしまっているのだ。
私は、その父から軍権を受け継がなければならないが、難しいだろう、というのが正直な所である。経歴に傷が付いた事もあるが、何より父は私の事を良く思っていない。というより、ハッキリと嫌っている。おそらく、ロアーヌとの一騎討ちを邪魔した事を恨んでいるのだろう。あれから、一度も怒鳴り散らしてくる事はなかったが、その代わりに私を失望の目で見るようになった。
私が無理なら、最低でもフランツに継がせるしかなかった。そこから、私に移行する。多少、遠回りになるが、仕方がない事だった。
「父上、ご夕食をお持ちいたしました」
私は、父の部屋の前に立って言った。父は扉の向こうである。
「要らぬ」
か細く、消え入りそうな声だった。壮健だった頃の声と比べると、胸を衝かれるような思いである。
「身体にさわります。無理にでも食べて頂かなければ」
「ハルト、儂が邪魔なのだろう。さっさと死んで欲しいのだろう」
「そのような事は」
まだ、死んでもらっては困る。軍権の移行がまだなのだ。
「父上は、武神であります。まだ死ぬには早すぎます」
しばらく、返事はなかった。
「ご夕食は、こちらに置いておきます。後ほど、従者が食器を取りにくるよう、手配をしておきますので」
「武神か」
扉の向こうから、乾いた笑い声が聞こえてきた。
「そうだ、儂は武神であった。だが、死んだのだ。あのアビスで、剣のロアーヌと共に」
だが、レオンハルトは生きている。軍権を握ったまま、生きている。私は、心の中でそう言った。
「ハルト、去(い)ね。お前と話をしていると、無性に腹が立ってくる」
「わかりました。失礼致します」
言って、私は踵を返した。
老いぼれが、という想いが、胸の中で渦巻いていた。
何度か、小勢ではあるが軍を出した。メッサーナの守備軍を誘い出すのが目的だったが、どれだけ挑発をかけても効果は無かった。
国力を蓄えているのだろう。アビス原野の敗戦は、相当に応えたはずだ。あの戦は、兵力もさることながら、多くの人間が死んだ。その中に、あの剣のロアーヌも入っている。
結局、あの男に私は一度も勝てなかった。まさに、完敗である。勝つイメージさえ、私は抱く事が出来なかったのだ。
しかし、戦には勝った。そして、あの戦は、私の援軍で勝ったようなものだったと言っていいだろう。
だが、父には軍令違反として扱われた。待機という命令を無視した。父は、こう言ったのである。しかし、戦果を挙げたのも事実だった。処罰は、この戦果との相殺で、半年の労役という事になった。
本来なら、軍令違反の罪はもっと重い。内容によっては、斬首刑というものもあった。
私は、半年の労役の間、様々な事を考えた。軍の事、政治の事、そして、国の事。
フランツの改革によって、国は生まれ変わったかのように見えた。だが、結果は違った。地方に居た優秀な人間達が、軍・政治を問わずに都に集中しただけだ。それで、都の腐りは除かれた。しかし、その代わりに、地方が腐った。
改革によって、役人達の能力が浮き彫りになった。能力のある者は都に集約され、無能な者は降格や免職処分となった。そして、それ以外の者、つまりは有能でもなく、無能でもない者達である。これの大半は、地方に飛ばされた。
フランツは、都では無理でも、地方なら能力が発揮できる、と考えたのだろう。もっと言えば、地方に飛ばす事によって、本来の能力に合う場所を与えたのである。
だが、それは成功しなかった。地方は都よりも、ずっと貧しい。故に、役人達の扶持も落ちる。その落ちた分を回収しようと、役人達は不正を働くようになったのだ。それはいくら罰しても無くなりはせず、時が経つにつれて、不正を取り締まるはずの者達ですら、不正をやり始めた。これが、現状だった。
軍についても同様だった。軍権は父であるレオンハルトが握ってはいるが、大した事はやれていない。というより、やりようがなかった。父は、死人のようになってしまったのだ。
アビス原野の戦を終えて、父は変わった。いや、変わり果てた。軍の面倒は、全て副官であるエルマンに任せっぱなしで、父は部屋の中に閉じこもっている。今の父に、もはや武神の面影など一片たりとも残ってはいなかった。
それでも、国は動いている。歴史は動いている。半年の労役を終えた私は、すぐに軍の巡察を行った。大隊長の権限しかないため、大した事はできないが、今後の軍を引っ張っていく人材に目星をつける事は出来る。
そして、ヤーマス、リブロフ、レキサス、フォーレという四人の男を見つけた。いずれも、元々は地方に飛ばされていた人間で、四人とも、まだ二十代から三十代と若い。
その中でも、ヤーマスとリブロフは、面白い経歴の持ち主だった。
二人は、官軍の武術師範という立場だったのだ。つまり、兵達に武術を教える先生、という事だ。ヤーマスは槍を、リブロフは戟を教えていた。
実際に手合わせをしてみたが、かなりの腕前だった。勝ちはしたが、ギリギリの勝負だったのだ。私の武器が槍だけ、と限定されていたら、負けていたかもしれない。
レキサスとフォーレについては、優秀な事を人に妬まれて地方に飛ばされたようだった。どうせ、どうでもいいような事を失敗として扱われたのだろう。武術については、先述の二人ほどではなかったが、軍の動かし方は卓抜なものを持っていた。
この四人は、将軍である。というより、父が将軍に昇格させていた。
だが、いくら軍を整備した所で、今の国の現状では糠(ぬか)に釘である。それは、フランツの改革でも証明されている。だから、頂点から変えなければならない。
すなわち、王を代えるという事だ。国をきちんとした姿に戻すには、これ以外に方法はない。
この国の全ての元凶は王だ。王の側に居る佞臣が、王を巧みに操っている。自分達が有利になるような政策を打ち出し、それで国が疲弊しても、佞臣どもはまるで知らん顔だ。反対に、自分達が不利になりそうなものは王の命令でやめさせる。実質、フランツの改革も、それでいくらか捻じ曲げられた。
そして、佞臣どもは王の機嫌を取るのが異常に上手い。いや、王が愚劣なのだ。それも、どうしようもない程に。金は無限にあり、この国は永続すると妄信している。
フランツもこの事には気付いている。ただ、目を向けようとしていないだけだ。それはそうだろう。自らの主が、とんでもない間抜けだとは思いたくもないはずだ。
しかし、私は王は愚劣でも構わないと思っていた。要は、自らの意志を持たせなければ良いのだ。政治に対して、軍事に対して、王は介入させない。つまり、国の象徴として存在だけはさせ、あとの事には一切、関与させない。それで、この国は正常に機能する。
今の王は、佞臣どもの傀儡である。うるさい事を言うフランツよりも、佞臣どもの甘言の方が心地良い。だから、フランツではなく、佞臣の言う事を聞く。これはもう、覆す事はできないだろう。
王を代えれば、全てが解決する。王は、別に聡明でなくても良い。意志を持たない、もっと言えば、子供だ。それをフランツが制御する。そして、軍事と政治が連携する。
メッサーナを倒すなら、ここまでやらないと無理だ。今の国では、遅かれ早かれ、メッサーナに飲み込まれる。いや、そうならずとも、やがて自力で立っていられなくなるだろう。
フランツには、私の考えを片鱗ではあるが、伝えた。今まで、気付いていたが、見ようとしてこなかった部分である。これで少なくとも、フランツの視野は広がっただろう。しかし、どう動くかまではまだ読めない。
そして、私は私でやるべき事をやらなければならない。
すなわち、軍権の移行である。
父はもうすぐ死ぬ。七十という年齢もそうだが、以前のような覇気が消え失せてしまっているのだ。
私は、その父から軍権を受け継がなければならないが、難しいだろう、というのが正直な所である。経歴に傷が付いた事もあるが、何より父は私の事を良く思っていない。というより、ハッキリと嫌っている。おそらく、ロアーヌとの一騎討ちを邪魔した事を恨んでいるのだろう。あれから、一度も怒鳴り散らしてくる事はなかったが、その代わりに私を失望の目で見るようになった。
私が無理なら、最低でもフランツに継がせるしかなかった。そこから、私に移行する。多少、遠回りになるが、仕方がない事だった。
「父上、ご夕食をお持ちいたしました」
私は、父の部屋の前に立って言った。父は扉の向こうである。
「要らぬ」
か細く、消え入りそうな声だった。壮健だった頃の声と比べると、胸を衝かれるような思いである。
「身体にさわります。無理にでも食べて頂かなければ」
「ハルト、儂が邪魔なのだろう。さっさと死んで欲しいのだろう」
「そのような事は」
まだ、死んでもらっては困る。軍権の移行がまだなのだ。
「父上は、武神であります。まだ死ぬには早すぎます」
しばらく、返事はなかった。
「ご夕食は、こちらに置いておきます。後ほど、従者が食器を取りにくるよう、手配をしておきますので」
「武神か」
扉の向こうから、乾いた笑い声が聞こえてきた。
「そうだ、儂は武神であった。だが、死んだのだ。あのアビスで、剣のロアーヌと共に」
だが、レオンハルトは生きている。軍権を握ったまま、生きている。私は、心の中でそう言った。
「ハルト、去(い)ね。お前と話をしていると、無性に腹が立ってくる」
「わかりました。失礼致します」
言って、私は踵を返した。
老いぼれが、という想いが、胸の中で渦巻いていた。
都の中を歩いていた。民の実情を、この目で見る為である。政庁にこもりっぱなしでは、現実に則った政治が出来ないのだ。
共にはウィンセと、数人の護衛を連れていた。ウィンセはすぐ傍に居て、護衛は少し離れて付いてきている。身なりは商人のもので、粗末でもなく、立派なものでもないようにした。ウィンセは、その商人の従者という恰好である。
宰相の身なりだと、民は委縮する。どうしても、この国の政治を取り仕切っている宰相、という目で見てしまうのだ。これでは、本当の意味での民の実情は分からない。当然、顔も知られているので、被り物などをして軽い変装もしていた。
「こうして見ると、やはり国は豊かだと感じるな、ウィンセ」
「はい。民の表情もどこか明るい、という気がします」
「これだけを見れば、私の改革は成功した、という気になれるのだが」
方々で、民の笑い声が聞こえていた。改革前は、この笑い声はずっと少なかったという気がする。
「そこの旦那、もう昼飯は食ったのかい?」
ふと、横から声をかけられた。目を向けると、その男はニコリと笑った。
「いや」
「どうだい、ウチで済ませては? ここは百年の歴史を持つ老舗だよ」
「何が食えるのだ?」
「よく客に美味いと言われてるのは、饅頭だな。あとは、肉の中に野菜と飯を詰め込んだ料理も評判が良い」
饅頭はともかく、後者は見た目のイメージが出来なかった。自慢ではないが、宰相が食べる料理というのは、小奇麗な見た目のものが多い。味だけでなく、目でも楽しませる、というのを料理人が意識しているのだろう。
肉の中になんとか、というのが、少し気になった。しかし、どうにも食欲がなかった。私も、もう七十に近い老人なのだ。肉を食べるのも一苦労である。
「食ってみたいが、このとおり、老いぼれでな」
「後ろの従者さんは?」
男が聞くと、ウィンセは黙って頷いた。
「食べるそうだ。では、こちらで頂くとしよう」
「お、まいど。それじゃ、中に案内するよ」
そう言った男の後に付いて、私達は店の中に入った。同時に、美味そうな匂いが鼻をくすぐってくる。香辛料か何かだろう。昼飯時を少し過ぎている時間帯だが、客も多い。
席についた。メニューを見るまでもなく、私は饅頭を、ウィンセは先ほどの肉料理を頼んだ。
「やはり、この都は変わったな」
「はい」
ついさっきの男とのやり取りである。男は、私だけでなく、従者であるウィンセにも声をかけた。これは、改革前では有り得なかった事だ。改革前は、貪欲な商人しか居なかった。従者に食わせる飯など、残飯のようなものばかりだったのだ。さっきの男とのやり取りから察するに、そういう商人はもうずいぶんと減ったのだろう。従者もまともな飯を食うのが当たり前、という雰囲気があった。
しばらくして、料理が運ばれてきた。私の饅頭は予想していたとおりの見た目だが、ウィンセの肉料理は皿の上に肉の塊が乗っかっているだけである。
ウィンセは何でもない表情で、肉の塊にナイフで切り込みを入れた。肉汁が、じわりと流れ出ている。切り口から、美味そう匂いがしてきた。湯気もあがっている。
中には、白米と野菜、あとは香草のようなものが入っているようだった。匂いと肉汁から察するに、肉の旨味も濃縮されているのだろう。
「美味そうだな。私など老いてしまって、肉などは受け付けない、と思っていたが」
「肉を香辛料で香り付けしているようです。それで、食欲を刺激されたのでしょう」
「私が食べてきた料理に、そんなものは無かった」
「当然です。これは、民の料理ですから。私は、どちらかと言えば馴染み深いですよ」
ウィンセは一般家庭の出だった。そこから役人になるための試験を受けて、今の立場までになっている。
この腐った国の中で、ウィンセのような男は稀だった。誰も彼もが、賄賂で役人になり、出世をしていくという世の中なのだ。そこを自力でのし上がって来たウィンセは、非凡という他なかった。
「饅頭ぐらいなら、私も食べた事があるぞ」
言って、饅頭を口に入れた。思っていたよりも、ずっと美味い。餡の代わりに、魚肉が入っているようだ。これなら、胃にももたれないし、腹も満たせる。口の中に広がる香りは、ついつい次の饅頭に手を伸ばさせた。
「この前、南に行く機会があったんだが」
ふと、隣の席の会話が聞こえてきた。
「ありゃ、人が住む地域じゃねぇな。賊徒やら異民族が暴れまくってて、治安が悪すぎる」
「サウスとかいう将軍が居なくなって、南は変わったらしいな」
「南に限った話じゃねぇさ。地方は、どこも危ねぇよ」
それを聞いて、私はどこか暗い気持ちになった。私が思っているより、地方は深刻な状態に陥っているのかもしれない。
頭の痛い事だった。やれるだけの事をやっている、というつもりはある。だが、結果が伴っていない。どうしても、何かが足を引っ張ってくるのだ。それは地方の役人が働く不正であったり、王の側に居る佞臣であったりする。
さらに最近では、王の浪費の為に軍費を差し引け、という話までもあがってきていた。メッサーナという名の外敵を抱えているこの状況で、何を呆けた事を言っているのか。佞臣どもは、王の機嫌を取る為に、こんなとんでもない進言までもする。
佞臣どもを、まとめて誅殺したい。そうすれば、もっとマシになるはずなのだ。だが、そうすれば宰相の職を解かれるだろう。いや、死刑になってもおかしくない。それほど、今の王と佞臣の距離は近い。
やはり、王なのか。
ハルトレインの言葉が、何故か頭から離れなかった。王を代える。あの男は、そう言ったのだ。
最初は何を馬鹿な事を言っているのだ、と思った。しかし、それと同時に、誰も思いつきもしない発想をした、とも思った。王を代えるという事は、凄まじい暴挙だ。それこそ、国を揺るがす逆臣のする事だろう。だが、果たして本当にそうなのか。
むしろ、国を揺るがしているのは、今の王ではないのか。佞臣の甘言に踊らされる王が、全ての元凶ではないのか。最近になって、こういう自問自答が多くなってきている。
改革では、駄目だったのだ。腐りを取り除く事は出来なかったのだ。だが、王を代えれば、腐りを取り除く事が出来るのではないのか。王を私の傀儡としてしまえば、佞臣どもも近寄れない。いや、誅殺だって可能だ。そして、王の視点で政治を成す事ができる。そうすれば、地方まで私の力を及ばせる事が出来る。不正も、無くす事は無理だとしても、今よりはずっと少なくする事が出来るはずだ。
しかし、それと同時に、本当にそうなのか、という思いもある。何しろ、やった事がないのだ。全ては、妄想の中の出来事でしかない。
まだ、答えは出せない。だが、選択肢のひとつとして、残しておこう。私は、そう思った。
いつの間にか、皿の上の饅頭を、全て食べ終えていた。
共にはウィンセと、数人の護衛を連れていた。ウィンセはすぐ傍に居て、護衛は少し離れて付いてきている。身なりは商人のもので、粗末でもなく、立派なものでもないようにした。ウィンセは、その商人の従者という恰好である。
宰相の身なりだと、民は委縮する。どうしても、この国の政治を取り仕切っている宰相、という目で見てしまうのだ。これでは、本当の意味での民の実情は分からない。当然、顔も知られているので、被り物などをして軽い変装もしていた。
「こうして見ると、やはり国は豊かだと感じるな、ウィンセ」
「はい。民の表情もどこか明るい、という気がします」
「これだけを見れば、私の改革は成功した、という気になれるのだが」
方々で、民の笑い声が聞こえていた。改革前は、この笑い声はずっと少なかったという気がする。
「そこの旦那、もう昼飯は食ったのかい?」
ふと、横から声をかけられた。目を向けると、その男はニコリと笑った。
「いや」
「どうだい、ウチで済ませては? ここは百年の歴史を持つ老舗だよ」
「何が食えるのだ?」
「よく客に美味いと言われてるのは、饅頭だな。あとは、肉の中に野菜と飯を詰め込んだ料理も評判が良い」
饅頭はともかく、後者は見た目のイメージが出来なかった。自慢ではないが、宰相が食べる料理というのは、小奇麗な見た目のものが多い。味だけでなく、目でも楽しませる、というのを料理人が意識しているのだろう。
肉の中になんとか、というのが、少し気になった。しかし、どうにも食欲がなかった。私も、もう七十に近い老人なのだ。肉を食べるのも一苦労である。
「食ってみたいが、このとおり、老いぼれでな」
「後ろの従者さんは?」
男が聞くと、ウィンセは黙って頷いた。
「食べるそうだ。では、こちらで頂くとしよう」
「お、まいど。それじゃ、中に案内するよ」
そう言った男の後に付いて、私達は店の中に入った。同時に、美味そうな匂いが鼻をくすぐってくる。香辛料か何かだろう。昼飯時を少し過ぎている時間帯だが、客も多い。
席についた。メニューを見るまでもなく、私は饅頭を、ウィンセは先ほどの肉料理を頼んだ。
「やはり、この都は変わったな」
「はい」
ついさっきの男とのやり取りである。男は、私だけでなく、従者であるウィンセにも声をかけた。これは、改革前では有り得なかった事だ。改革前は、貪欲な商人しか居なかった。従者に食わせる飯など、残飯のようなものばかりだったのだ。さっきの男とのやり取りから察するに、そういう商人はもうずいぶんと減ったのだろう。従者もまともな飯を食うのが当たり前、という雰囲気があった。
しばらくして、料理が運ばれてきた。私の饅頭は予想していたとおりの見た目だが、ウィンセの肉料理は皿の上に肉の塊が乗っかっているだけである。
ウィンセは何でもない表情で、肉の塊にナイフで切り込みを入れた。肉汁が、じわりと流れ出ている。切り口から、美味そう匂いがしてきた。湯気もあがっている。
中には、白米と野菜、あとは香草のようなものが入っているようだった。匂いと肉汁から察するに、肉の旨味も濃縮されているのだろう。
「美味そうだな。私など老いてしまって、肉などは受け付けない、と思っていたが」
「肉を香辛料で香り付けしているようです。それで、食欲を刺激されたのでしょう」
「私が食べてきた料理に、そんなものは無かった」
「当然です。これは、民の料理ですから。私は、どちらかと言えば馴染み深いですよ」
ウィンセは一般家庭の出だった。そこから役人になるための試験を受けて、今の立場までになっている。
この腐った国の中で、ウィンセのような男は稀だった。誰も彼もが、賄賂で役人になり、出世をしていくという世の中なのだ。そこを自力でのし上がって来たウィンセは、非凡という他なかった。
「饅頭ぐらいなら、私も食べた事があるぞ」
言って、饅頭を口に入れた。思っていたよりも、ずっと美味い。餡の代わりに、魚肉が入っているようだ。これなら、胃にももたれないし、腹も満たせる。口の中に広がる香りは、ついつい次の饅頭に手を伸ばさせた。
「この前、南に行く機会があったんだが」
ふと、隣の席の会話が聞こえてきた。
「ありゃ、人が住む地域じゃねぇな。賊徒やら異民族が暴れまくってて、治安が悪すぎる」
「サウスとかいう将軍が居なくなって、南は変わったらしいな」
「南に限った話じゃねぇさ。地方は、どこも危ねぇよ」
それを聞いて、私はどこか暗い気持ちになった。私が思っているより、地方は深刻な状態に陥っているのかもしれない。
頭の痛い事だった。やれるだけの事をやっている、というつもりはある。だが、結果が伴っていない。どうしても、何かが足を引っ張ってくるのだ。それは地方の役人が働く不正であったり、王の側に居る佞臣であったりする。
さらに最近では、王の浪費の為に軍費を差し引け、という話までもあがってきていた。メッサーナという名の外敵を抱えているこの状況で、何を呆けた事を言っているのか。佞臣どもは、王の機嫌を取る為に、こんなとんでもない進言までもする。
佞臣どもを、まとめて誅殺したい。そうすれば、もっとマシになるはずなのだ。だが、そうすれば宰相の職を解かれるだろう。いや、死刑になってもおかしくない。それほど、今の王と佞臣の距離は近い。
やはり、王なのか。
ハルトレインの言葉が、何故か頭から離れなかった。王を代える。あの男は、そう言ったのだ。
最初は何を馬鹿な事を言っているのだ、と思った。しかし、それと同時に、誰も思いつきもしない発想をした、とも思った。王を代えるという事は、凄まじい暴挙だ。それこそ、国を揺るがす逆臣のする事だろう。だが、果たして本当にそうなのか。
むしろ、国を揺るがしているのは、今の王ではないのか。佞臣の甘言に踊らされる王が、全ての元凶ではないのか。最近になって、こういう自問自答が多くなってきている。
改革では、駄目だったのだ。腐りを取り除く事は出来なかったのだ。だが、王を代えれば、腐りを取り除く事が出来るのではないのか。王を私の傀儡としてしまえば、佞臣どもも近寄れない。いや、誅殺だって可能だ。そして、王の視点で政治を成す事ができる。そうすれば、地方まで私の力を及ばせる事が出来る。不正も、無くす事は無理だとしても、今よりはずっと少なくする事が出来るはずだ。
しかし、それと同時に、本当にそうなのか、という思いもある。何しろ、やった事がないのだ。全ては、妄想の中の出来事でしかない。
まだ、答えは出せない。だが、選択肢のひとつとして、残しておこう。私は、そう思った。
いつの間にか、皿の上の饅頭を、全て食べ終えていた。