蘭星会の支部があるマカベリ南部21番街は、深夜だというのに魔法剣を携えた物騒な男たちが周囲を警戒していた。男たちは皆蘭星会の武闘派達だ。既にトリアゼ会は蘭星会のテリトリーに侵食してきている。それを許すような軟弱な組織ではない蘭星会も迅速な対応をとった。
これ以上、一つたりとも自分たちのシマは奪わせない。
屈強な裏社会の猛者たちの熱気とは裏腹に、静かで冷たい春の夜だった。
そして、一輪の鮮血の花が空を彩り、月を濡らした。
警備の男の一人の腹から、血で出来た薔薇の花が咲いていた。突然のことに驚いた顔のまま絶命した男は、そのまま重力に従い地に伏した。
敵の襲撃に気付いた他の男たちはすぐさま散開、敵の位置がわからないうちは標的を絞らせないようにするためだ。統率のとれた動きだったが、さらに三人ほどが腕や腹、頭から血薔薇を咲かせる。
「この手口っ…」
魔法剣を強く握りしめた21番街支部のトップ、デインは風に泳ぐ血薔薇の花弁の中から現れた女を睨む。
「イルギギス、死薔薇のアーセス!」
デインに名を叫ばれた女、アーセスは紫の長髪を靡かせながら笑う。
「私の名前を知ってるのね、それは美しく死にたいから?」
「一人だと? 馬鹿にしやがって!」
蘭星会の武闘派達は敵が姿を現すと、迷わず切りかかる。
「おバカさんなのは、きっと死ぬためなのね」
アーセスは薔薇の花を一本取り出すと、蠱惑的な、薔薇の花弁のような唇から息を吹き付け、花びらを散らす。
先陣を切った二人の男は構わず突撃する。だが、アーセスの放った花弁が体の一部に触れた途端、爆発。腕や足がはじけ飛ぶ。悲痛に顔を歪める男たちの欠損部分からは、血で出来た薔薇の花が咲く。
「あなたたちは生きる価値のない裏社会の人間だけど、美しく死ねれば、それは素晴らしい人生よね」
腕を失っただけで一命は取り留めた男にアーセスは薔薇の花を振る。大量の花びらが男を囲うと、連続した爆発。男の死体は薔薇の山となり果てる。
「落ち着け、敵は一人だ。連携していくぞ」
デインが怯んだ仲間たちを指揮し、士気を取り戻させる。すぐにアーセスを囲むように散らばる蘭星会の猛者たち。魔法剣にはすでに炎や雷の魔法の魔法陣が組まれている。
「一斉にいくぞ!」
デインの指揮で、炎の初級魔法アグニ、雷の初級魔法イクスが無数に放たれる。
アーセスの持つ薔薇にも魔法陣。炎撃特殊魔法、血薔薇幕(グロッシャディ)が発動。魔法陣から召喚された大量の薔薇の花がアーセスを覆い、全ての魔法を受け止める。花弁のカーテンに接触した炎や雷が爆発にかき消される。
「馬鹿ね、一人で十分だから一人でいるのに」
全ての攻撃を防いだアーセスの反撃。高速で組まれた上級魔法の魔法陣に、蘭星会の男たちに焦りが走る。
炎撃上級魔法、血嵐演武(シャディ・ロッド)の魔法が発動。死を運ぶ大量の花びらが竜巻となり辺りを爆破しながら暴走する。
「なんだこの魔法は……化け物がっ!」
必死に花びらの竜巻を迎撃したり防御魔法を組むが、効果はない。一人、また一人と竜巻に飲まれ、必死に逃げる者も花弁に触れ、薔薇の宿主とされる。
「うふふ、死んでるって綺麗」
全ての組員を殺したのを確認すると、アーセスは踵を返す。背景には崩壊した町と死体と、似つかわしくない美しい朱の薔薇が一面に咲き誇っていた。
「素晴らしいオープニングを飾ったんじゃないかしら、私。うふふ」
2
同時刻、マカベリ18番街蘭星会支部周辺。
細い路地を見回る蘭星会の男二人。
「おい」
一人が、佇む人影に声をかけるが、警戒の色は薄い。その人影が裏社会の猛者を警戒させるには小さすぎたからだった。
「ガキか、こんな時間になにやって」
男が無防備に近づくと、離れた場所から悲鳴。仲間の声だった。
「襲撃か!」
子供を無視してすぐに切り返す二人だったが、
「そうだよ」
突如、青髪の少年が不敵な言葉を漏らす。
「なんだと」
「子供だからって油断して、俺の国だったらとっくに死んでるよ。やっぱここは平和でいい国だ」
青髪の少年トランは倍近い身長の男たちを見下した視線を浴びせると、魔法を発動。雷撃の特殊魔法、蒼雷武装(ブリージング)、蒼い雷がトランの両足、両腕に纏うと、男の視界から消える超加速。瞬きすら与えずに、男の首元を腕に装着された雷の爪で切り裂く。裂かれた後には、肉が焦げる臭いが漂う。すぐにもう一人が魔法剣を構える。トランの接近を迎撃しようとするが、早さの次元が違った。振られた剣は全て空を切り、トランは男を背後から雷爪で貫く。
「アイツらも上手くやってるみたいだな。こんなんで大金が貰えるなんて、命や殺しってのはずいぶんと価値が違うもんだ」
その夜、18番街支部は小さな死神たちによって蹂躙された。
3
12番街支部は既に戦闘が始まっていた。
身の丈ほどもある大剣を振り回す男は、マカベリの正式な剣技大会で優勝したマカベリ最強の剣士、ゼンセイ。圧倒的な多勢に無勢だが、一切ひるまず剣一本で蘭星会の猛者たちに突進していく。飛びくる炎、雷、剣撃を全て大剣一本で防ぎ、間合いに入った敵は一振りで二、三人同時に切り伏せる。背後から切りかかる男に、大剣からは想像も出来ない速さで動き受け止めると、弾き返したのと同時に斬り捨てる。
「はっ、武闘派で有名な蘭星会もこんなもんかよ。これならうちの奴らとやった方が面白かったかもなぁ」
血しぶきが顔にかかると、それを舐めとり残酷に笑う。
「早くつええ奴とやらしてくれよなぁ!」
そんなゼンセイの前に12番支部のボス、ドロスが立ちふさがる。巨大な魔法槌を構えた大男だった。
「表の世界で遊んでればよかったものを、なぜわざわざこんなことを」
「俺とお前たちは同じ暴力で飯を食う人間だが、決定的に違うものがあるんだよな」
「なんだ?」
「お前らの暴力は金やらなんやらを奪ったりするための手段でしかねぇだろ。俺にとっちゃあ強さてのは目的そのもので、生きてる上でそれにしか興味がもてねぇんだ。あぁ確かに表の世界じゃ楽して暮らせただろうよ。だけど、そんなもんは死んでるのとかわらねぇ。表の世界は制したんだ、だったら次は裏に来るのは当然なんだ」
「不幸な人間に生まれたな」
「裏社会の人間の言葉とは思えねぇな、あんたこそこんなことはにあわねぇよ」
「ボスに命を救ってもらった恩があるんでな」
「そうかい、じゃあ、そろそろ始めようか」
共に巨大な武器を持った男が接近。ドロスが巨大な槌を振り下ろすと、ゼンセイはすばやくかわし、反撃の斬撃を見舞う。が、ドロスの魔法槌から魔法が展開。地の中級魔法、地壊礫弾撃(ジ・グラン)。地面から大地の槍が無数に飛び出しゼンセイを貫く。
「ぐっ、やるじゃねえか」
致命傷は避けたゼンセイに、ドロスは追撃巨大な槌を横なぎに一線。ゼンセイの横腹に直撃し、ゼンセイは大きく吹き飛ぶ。
「決まったボスが勝った」
ドロスの戦いを見守っていた部下たちが、ボスの勝利を確信。ドロス自身も確かな手ごたえを感じていると、ゆっくりとゼンセイが立ち上がる。
「まさか、直撃だったはずだぞ、ふせがれたか」
「いんや、見事に直撃だったぜ。だが、俺をやるにはちいとばかし非力だったな」
「ならば!」
立ち上がったゼンセイに、ドロスは突撃。槌の先端には大地の初級魔法、剛震(ダッシャード)が発動。打撃の威力を何倍にもあげる。振り下ろされた槌をゼンセイは大剣で迎え撃つ。
「正面から受け止めるだと、馬鹿が!」
「うおおおおおおおお!!!!!」
巨大槌の質量に、ダッシャードの魔法からなる質量増加と振動に、ゼンセイは腕力のみで拮抗する。
「なんだと…」
「らあああああああ!!!!」
やがて、巨大槌にひびが走る。
「馬鹿な」
ゼンセイの渾身の一撃はついに槌を破壊し、そのままドロスを両断する。
「はぁはぁ、なかなかだったぜ、お前は」
そして、ゼンセイはドロスの死体から残りの組員たちに視線を移す。
4
同刻・マカベリ9番街蘭星会支部。そこは既に血の海と化していた。9番街支部事務所のあるビルの前まで血の道が続いていた。事務所の前には仮面をつけた和刀の男が立っていた。男は夜と同化するような黒いロングコートを羽織っていた。
男はそのまま建物の中へと入っていく。堂々と、隠れもせずに入るとすぐに蘭星会の人間に発見されるが、攻撃はおろか声を出す隙すらも与えず距離を詰め、和刀で首元を斬る。刀には血痕一滴すらも着かぬ神速の斬撃。
仮面の男はそのまま建物の中を進む。ところどころに蘭星会の警備がいるが、仮面の男にとっては素人の遊び同然だった。瞬斬、瞬殺。演武のように流れる美しい動きで、鮮やかに仮面の男は死体の山を築いていく。
やがて大部屋にでると、無数の蘭星会の男たちが待ち構えていた。
しかし人数差を意にも解さない男は疾走。片手で魔法陣を描きながら、殺戮の演武を舞う。蘭星会の男たちも必死に動き回るが、仮面の男からすれば棒立も同然だった。頸動脈や、心臓だけを狙う繊細な技。離れたところで相手が魔法陣を組むと、先に魔法を発動。風の初級魔法、風刃穿(エルフェス)、無数の風の刃が、敵の急所を的確に切り裂いていく。
「強すぎる、なんだこの男は!」
「これほどの男が、裏社会で無名だと」
「私は……裏の裏、さらなる闇の住人だった」
仮面の男が、無機質な声で続ける。
「死にゆく者たちに、せめてもの手向けだ。私は――」
男の言葉は、その場にいた全ての者の聞く最後の言葉となった――