記憶が正しければ、俺は1時間くらい前に駅のホームに飛び込んで死んだ。
「なんだ……なんだこの面白い森は!!」
死んだはずなのに、気付いたら森の中にいた。
見たこともない森。異様に枝分かれしたりねじ曲がったりしたわけのわからない形の木や、ゲームの敵キャラとして出てきてもおかしくないグロテスクなフォルムの昆虫、踏むたび洋菓子に似た甘い匂いが広がる地面。これは、言うならあれだ。不思議の国のアリスとかそんな感じの世界だ。
「じ、自殺に踏み切ってついに頭がおかしく……?あ、そっか、実は俺気を失っただけで夢を……」
信じがたい状況にいくつもの憶測が浮かび、ありがちに頬を思い切りつねる。夢にしては痛い、いや、痛いなら夢じゃない?正直、驚きよりも落胆が勝っていた。
「なんだよ、何やってもうまく行かねぇ……死ぬのも無理ってか、ふざけてんだろ……」
本当だったら俺はもうとっくに死んでいて、とっととこの世からおさらばして、そのついでに幽霊になって可愛い女の子の家に夜這いしてるはずだったのに……。どうすればいいかわからなくて、頭を抱えてしゃがみこむ。鼻をくすぐる生クリームのような匂いの地面が空腹を誘い腹が唸った。もうやだ死にたい。
「なんだ、腹が減っていたのか」
急に、頭上から声が掛けられた。驚いて顔を上げると、14、5歳のくりっとした目の少女が俺を見降ろしていた。
「な……誰もいなかったのに……」
「いたさ。服を汚したくないから木の上で君を見ていた。でも急にうずくまったものだから、具合でも悪いのかと思って見に来てやったんだ」
見れば、少女の着ている真っ白なナイトドレスの足元は少し泥がついたように汚れてしまっていた。ナイトドレスは生地が薄いのか、うっすら肌が透けている。思わず見入ってしまったふくらはぎ、太股、腹部……それ以上はさすがに俺の理性が制止する。14歳前後の女の子をそういう目で見るのは良くない、俺は紳士だし。ちらっと胸を見てから少女の顔を見た。白い肌にくっきりした目鼻立ち、可愛いというよりは、知的な印象の方が強い。薄い眉と唇は少女らしいあどけなさが残っていたが、明るい茶色の瞳は理知的でどこか冷たかった。
「私の家においで、あまりもてなせないが少しは空腹もマシになるだろう」
そう言って少女が俺に向かって手を差し伸べる。少し戸惑いながら手をとると、しっとりと柔らかい手に一瞬ドキリと心臓が疼いた。