ハザード
バトルチュートリアル
作戦地点となった廃バスの周りには、武装した警察や自警団隊員があふれんばかりに集まっていた。三分でよくもここまで集まったものだと思う。ブッチの手回しには毎度のことながら感服する。
俺はハカセと、廃バス近くのガレージへと向かっていた。
「ミーの開発したランチャーだヨ。弾薬は座標誘導ミサイルタイプ。普通の隊員には三人体制でこれを使わせてあげテ。きっとマコトは一人でできるカラ」
「俺が吹き飛ぶわ。反動考えろ」
「ミーの見解に誤算は無イ! ・・・・・・はずネ」
「おいコラ」
どうも冗談に聞こえない会話をしながらハカセがガレージの扉を開けた。中には一斗缶のように綺麗に並べられたランチャーの山がずらりと並んでいた。
「・・・・・・こりゃあ」
「弾薬も揃えてるヨ。四発同時発射だから炸裂範囲・威力共に申し分ないと思うネ。ランチャーは1000。一つのランチャーにつき弾薬12」
そう言いながら、ハカセは弾薬シェルターを開いた。中には、まるで秋の山に散らばる団栗のように、シェルターの中で出番を待つミサイルがあった。
「座標計算はどうすんだ?」
「ミーが各自に指示を送るネ。特殊な知識はいらないし、もちろん数はバッチシ足りてるヨ」
「問題無いな。さすがハカセ」
「まぁ、数を揃えるために14つの工場と同時契約するのはさすがに骨が折れたネ。備えあれば憂い無しってブッチ言ってたケド・・・・・・。あれじゃイジメだヨー・・・・・・」
「契約交渉したのはほとんどシュンだけどな」
「へへ・・・・・・」
この誘導ミサイルが低コストで大量生産できる技術をハカセが開発した頃、ブッチはここぞとばかりに、工場へ契約を取るよう俺達に言った。
奴いわく「少なくとも、ここの連中や自警団が使わなくても『国』の方からお呼びが掛かるんだよ。これで晴れて廃バス卒業・・・・・・かもな!」との事だった。早い話が金になるという事だ。
結果は言わずもがな、『軍』はミサイルやその技術自体を購入。他国からも手もみされるという異例の事態にまでなった。
「どこにも異常ナシ! あとは隊員共にこれを担がせるだけネ。召集するようブッチに連絡ヨロシク!」
「ん、あいよ」
ポケットから携帯を取り出す。電波表示を見ると、何故か圏外。俺はここがシェルターの中だという事を思い出し、外へと足を運んだ。
その時、後ろから小さくハカセの声が聞こえた。
「私・・・・・・ポフ・・・・・・助けるよ」
震えを帯びたその声を夜風が静かに消していく。
俺は仲間として、何もできないことが、堪らなく悔しかった。
俺ができるのは、静かな暗闇の中で、携帯のコールが早く止まるのを祈る事だけだった。
俺はハカセと、廃バス近くのガレージへと向かっていた。
「ミーの開発したランチャーだヨ。弾薬は座標誘導ミサイルタイプ。普通の隊員には三人体制でこれを使わせてあげテ。きっとマコトは一人でできるカラ」
「俺が吹き飛ぶわ。反動考えろ」
「ミーの見解に誤算は無イ! ・・・・・・はずネ」
「おいコラ」
どうも冗談に聞こえない会話をしながらハカセがガレージの扉を開けた。中には一斗缶のように綺麗に並べられたランチャーの山がずらりと並んでいた。
「・・・・・・こりゃあ」
「弾薬も揃えてるヨ。四発同時発射だから炸裂範囲・威力共に申し分ないと思うネ。ランチャーは1000。一つのランチャーにつき弾薬12」
そう言いながら、ハカセは弾薬シェルターを開いた。中には、まるで秋の山に散らばる団栗のように、シェルターの中で出番を待つミサイルがあった。
「座標計算はどうすんだ?」
「ミーが各自に指示を送るネ。特殊な知識はいらないし、もちろん数はバッチシ足りてるヨ」
「問題無いな。さすがハカセ」
「まぁ、数を揃えるために14つの工場と同時契約するのはさすがに骨が折れたネ。備えあれば憂い無しってブッチ言ってたケド・・・・・・。あれじゃイジメだヨー・・・・・・」
「契約交渉したのはほとんどシュンだけどな」
「へへ・・・・・・」
この誘導ミサイルが低コストで大量生産できる技術をハカセが開発した頃、ブッチはここぞとばかりに、工場へ契約を取るよう俺達に言った。
奴いわく「少なくとも、ここの連中や自警団が使わなくても『国』の方からお呼びが掛かるんだよ。これで晴れて廃バス卒業・・・・・・かもな!」との事だった。早い話が金になるという事だ。
結果は言わずもがな、『軍』はミサイルやその技術自体を購入。他国からも手もみされるという異例の事態にまでなった。
「どこにも異常ナシ! あとは隊員共にこれを担がせるだけネ。召集するようブッチに連絡ヨロシク!」
「ん、あいよ」
ポケットから携帯を取り出す。電波表示を見ると、何故か圏外。俺はここがシェルターの中だという事を思い出し、外へと足を運んだ。
その時、後ろから小さくハカセの声が聞こえた。
「私・・・・・・ポフ・・・・・・助けるよ」
震えを帯びたその声を夜風が静かに消していく。
俺は仲間として、何もできないことが、堪らなく悔しかった。
俺ができるのは、静かな暗闇の中で、携帯のコールが早く止まるのを祈る事だけだった。
――――午後八時三十二分五十九秒。
ジャンクの山の上に、俺はボーっと座っていた。わけは、何も考えたくなかったのが一つ。それと、人目につきにくいというのが一つ。どっちかって言うと、メインは後者かもしれない。
辺りはすでに暗闇に飲まれ、チカチカと灯された幾つかのライトによって俺達は現場を把握していた。ふと空を見上げると、昼に見た雲一つ無い青空は、強く輝き続ける星々で埋め尽くされていた。綺麗だった。
俺は座標計算機を少しだけ見て、今日あっという間に過ぎてきた日常を思い出していた。
「よっ、マコト。咥えてんのタバコか?」
図太く、どこか優しげな声がカラカラと足音を響かせてやってきた。
「15のガキに何言ってんだおっさん。見ての通りチュッ○チャップスだよ。老眼進んでんじゃねーのか?」
「なぁに、ここら真っ暗でお前の顔も見えやしねえのよ。・・・・・・イチゴ味」
「ハズレ、ブドウだ。300円な」
へっ、と町長のおっさんは笑った。
「これが終わったらくれてやる。今までのガキの世話賃まとめてな」
「生憎ベビーシッターじゃないんでね、俺は。どうせなら金より優しさが欲しいっつの。暴力反対」
「怪我の治療代という使い道はないのかこのバカは」
「俺がボコられる前提の話されても困るわおっさん」
どこかで小さくフクロウが鳴く。それと同時に、会話は止まった。
二分と二秒経ったころだろうか。町長のおっさんは、重たく口を開いた。
「勝算は?」
「前例ナシ。よって対処不可。可能性すら見えねえ」
「・・・・・・そうか」
マニュアルというものがある。
Aという『場合』に対して、Bという『対処』が必要である。というものが、事細かに記された、世間とは切っても切れない超お宝便利グッズなのだ。
仮にXという『場合』が起こったとしよう。対処法を確認するために、俺達は当然マニュアルを開く。そしてそこに、Xについての『対処』が無かったとしたら。
俺なら。
俺は。
「まぁ、『いつも』ならな?」
「・・・・・・ふん」
俺は、全てやり切る。どんな事も。たとえそれが意味の無いものだとしても。
隣にすらりと立っていたライトがくらりと揺れた。風が強くなってきたことに気づかないほど、俺はおかしくなっていたのかもしれない。
「マコト」
「何?」
「ガキのこと頼むわ」
風が止んだ。俺は小さく頷いて、理不尽なこの出来事に初めて明確な怒りを感じていた。
決戦の10分前の出来事だった。
――マ・・・―――マコト――――マコト!――――
『マコト! 聞こえてんのかマコト!』
通信機から耳を劈くような怒鳴り声がノイズ混じりに響く。飛び起きた。俺は眠っていたようだ。辺りを見渡したが、おっさんがいない。あいつどこ行った。今何時。聞こえてるのは誰の声だ。どこからだ。
まだ片言のように紡がれる思考を洗い流すように、俺は頭を横に振った。腕時計を見る。おっさんと話していた時間から5分とちょっと経っていた。
俺は慌てて通信機を手に取った。
「こちらマコトだ。どうしたブッチ?」
『三時の方向、3200m先に黒い波が見えている! 奴らだ!』
三時、ここからだと向かって斜め左の方向。俺は通信機の隣に置かれていた双眼鏡を手に取った。覗き込み、倍率変更のダイヤルをカチリカチリと回す。
黒い紐のような物体が見えてきた。
カチリカチリとダイヤルを回す。
地平線のように、横に長く連なった黒い波が見えた。さらに拡大して見ると、波自体は炭化したオイルのように真っ黒で、光沢を見せている。ドロドロとこちらに向かっているのが気持ち悪い。
双眼鏡のスピードガンを起動させる。標準を合わせたまま、三秒。測定完了の電子音と共に『時速46km』と表示された。四分も経てば目の前に来る距離だ。
「確認した。ミサイル発射地点に戻る」
『了解』
その声を最後に、通信は切れた。
通信機を右ポケットに入れ、振り返ってジャンクの山を降りようとしたその時。
かん、と何かが足に当たった。
足元を見る。見慣れたモノがそこにあった。俺がブッチのバイクに忍ばせていたものだ。
「・・・・・・おっさん」
それを手に取り、俺はミサイルの発射地点に向かった。
――――カン・・・・・・カン、カン、カン、カン・・・・・・――――――
午後八時きっかりに、東京都一般市民の避難は完了し東京全体の電力は全てストップした。真っ暗で人の気配さえ感じないこの街は、もはやゴーストタウンだった。
――――カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン・・・・・・―――――
ミサイルの誘導がしやすい高さ800m以上の建築物から、ミサイルを発射する。単純すぎる作戦だった。まるで子供だ。
――――カン、カン、カン、カン、カン、カン――――
いや、15歳は子供だな。
――――カン・・・・・・ドサ―――カチ、ガキャ、ギギ――――
午後八時四十二分二十一秒現在。都内のとある高層ビルからむき出しになった螺旋状の非常階段を昇り終え、俺は屋上でランチャーを取り付けていた。一人で撃つには反動が大きすぎるので、地面に固定させてから撃たなくてはならないのだ。発射のたびに体が吹っ飛んでいてはかなわない。
くだらない事を考えながら取り付けが終わり、通信機のスイッチを押す。若干のノイズの後、ハカセの『Hi!』という声が聞こえる。
「こちらマコト。ランチャーの取り付け完了。座標計算機も回線を繋げた」
『了解ネ! 発射は約一分後だヨ』
「了解」
通信が切れて、真新しい鉄の匂いが冷たい風に乗って鼻を刺激する。実際には整備の際のオイルの匂いなのだろうが、どうもこういうのは鉄自体の匂いとしか思えない。
その場で立って、ビルの上から辺りを見回す。すっかり冷めた夜の世界に、点々と灯りが見える。他のビルの上にいる人間が、まるで蟻のようにせっせかと働く様子が見える。皆、自分と同じようにランチャーを取り付けているのだろう。
通信機に再び応答が入る。ブッチからだった。
『マコト、そろそろだ。ランチャーの電子盤にカウントダウンを表示する。座標計算機には極力触れるな』
ランチャーの電源が入った。小さなモーター音と共にその先を前方へと向ける。
「了解。勝って帰ろう」
『もちろんだ。健闘を祈る』
通信が切れた。ぱっと自分の横にある座標計算機を見る。ものすごい勢いで数字が羅列していく。ハカセがそれぞれのランチャーの設置場所から割り出したミサイル弾の誘導プログラムだ。自分にはさっぱりである。
電子盤に『10』と数字が表示される。俺はゆっくりとナスくらいの大きさのトリガーに手をかける。左手でランチャーを支えて、電子盤のカウントダウンを確認する。
数字が『5』くらいのところで、黒い波が肉眼で確認できた。
『4』波が迫る
『3』迫る
『2』
『1』
0
―――――ガチンッ
トリガーを引いた。
ミサイルは、空を切るようにランチャーから発射されると、自分の目の前で錐揉み回転のように、くるくると前方へ飛んだ。そして座標計算機から甲高い電子音が鳴ると、その軌跡を確かな直線へと変えた。
自分だけではない。他のビルからも大量のミサイルがさまざまな軌跡を描きながら、おしよせる黒い波へと向かっていく。
鉄の雨だった。
『いけーーーーっ!!!』
どこかでブッチの声が聞こえた。
目の前がパッと明るくなる。爆音が響く。次々と立ち込める煙で、黒い波は幾度と見えない。
最後のミサイルが発射された。前方斜め上へと真っ直ぐ飛んでいき、そのまま折れ曲がるように煙の中へと突っ込んでいった。