Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハザード
ゲームショップとトンネル効果

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「どんな感じだったの? そのUFO」
「UFOじゃねえよ。・・・・・・たぶん」

 会議も終わり、仕事が残っているブッチやハカセにシュンと別れ、俺はポフと秋葉原で遊んで・・・・・・パトロールしていた。

「うわ! ギアーズの新作! やりたい!」

 ポフがUFOの話をかなぐり捨てて目を向けたのは、一軒のゲームショップだった。

「xbox持ってねえ俺への嫌味かそれは」
「マーカスぅうう!!」
「聞けよ」

 でも2のカーマインのほうが、と勝手に考察を始めだすポフを押しのけてガラス越しに店内を覗く。レジへ不規則に並んだ人間ばかりが、ぎゅうぎゅう詰めに入っているだけだった。
 ぱっと辺りを見渡すと、あちこちのゲームショップにここと同じような人だかりができている。最近ゲームやってないなあ、などと思いつつ、ポフの手を引き(ポフが迷子にならないように)俺はもう一度ガラス越しに店内を覗いた。
 なるほど、ある程度予想はついていた。今日は、あのRPGの王道タイトル「ド○ゴンクエスト」と「ファイ○ルファンタジー」双方のシリーズ最終作が同時発売される日なのだ。なんでも開発元の会社がまた二つに分かれるという事で、これまでの長期に亘る続編発売のマンネリ化、それに伴うクォリティの低下を解消すべく思い切って発売を――――。

「久しぶりだねー。こうやって歩くの」

 ポフが言った。風に揺れた赤い髪が、太陽の光に少し反射して、穏やかに光っていた。それに触れないような距離で、俺は立っていた。

「うん。最近全然ゆっくりできなかったからな。ブッチも来たら良かったのに」
「そーだね。また三人でブラブラ歩きたいなー。ブッチがリーダーになってからは一緒に遊ぶの難しくなっちゃったけど・・・・・・」

 胸まで垂れた長い髪のてっぺんに“ちょん”と伸びた寝癖が、しゅん、と小さく垂れた。

 

 

     

 ブッチが自警団の最高責任者になったのは一年前の事だった。
 当時14歳だったブッチが『そうなってしまった』のには、思い出すのも嫌になるくらい様々な経緯があったのだが、ポフも俺もその話は大嫌いだ。語るような事でもない。
 ゲームショップに群れる興奮冷めやらぬ人間達とは対称的に、外の風は冷たかった。夏の真っ只中に、こんな気候はまた珍しいなと思った。
 俺は、ポフと握っていた手を離し、ポフの頭を撫でた。冷えた髪の毛と、少し温もった頭皮を同時に感じた。

「また三人で遊べる日もいつかは来るよ。まだ一年なんだ。仕事が一段楽するのを待とうぜ」
「・・・・・・そだね。ブッチならすぐだよね!」

 だって頭いいもん! とさっきまでの寂しそうな表情を一転して、ポフはいつもの笑顔を俺に向けた。それがやや空元気に見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
 しかし、見た目元気になったポフを見て、俺は少しだけ安心した。強くなったなと思った。まあそれも、俺の言える事ではないのだろうけど。

「じゃ行くか」

 ゲームショップから目を離し、xboxのソフトを凝視しているポフの髪を軽く引っ張った。くぇ、という呻き声とともに、涙目のポフが振り返る。
 そして、ゲームショップを後にしようと、俺は足を踏み出した。

 瞬間。

「なにあれ」

 ポフが俺の袖を引っ張った。俺が振り向くと、ポフは、ほらあそこ、と空に指を差した。指に従うように俺は空を見た。
 今朝に見た、あの黒い物体だった。高度は今朝と比べるとかなり低く、ビルの四階ぐらいの高さにふわふわと浮いていた。
 辺りを見渡すと、これと同じような物が、あちこちでちらほらと浮いていた。
 周りの人間達も少しずつ気づき始めていた。気づいていないのは、ゲームショップ内の人間くらいだった。見た目バルーンのようで、あとの特徴と言えば、黒くて不気味なくらいだったこともあり、皆警戒する素振りは無かった。何かの催しものじゃないかという声も聞こえた。
 ポフは空を見て。

「ねえマコト。今朝のUFOってもしかしてあ――――」

 言いかけて、止まった。止められた。
 割れるガラスの音。後方から飛び込んだ半透明の欠片は、俺とポフの頬をかすめて、蝶のように目の前で舞っていた。昔、本で見た『ダイヤモンドダスト現象』のような風景だった。各々の軌道で飛び散ったバラバラのガラス片は、それぞれに異なった輝きを持っていた。
 そんな景色に、悲鳴。悲鳴。
     悲鳴。
 悲鳴。
 
 悲鳴。

 重なって、まるでここが違う世界なんじゃないかと錯覚する、ような。そんな一瞬だった。
 
 振り返る。
 目の前は、そこに建っていたはずのゲームショップが大きく潰れて、瓦礫の山になっていた。
 言葉も発さず、俺とポフはゲームショップに駆け込んだ。

     

「大丈夫ですか!?」

 声への反応は無かった。しかも、崩れた瓦礫と煙のせいで状況がまったく見えない。そばにゴロリと転がった瓦礫を踏み越えて進む。ミシミシと自分の弱さを主張する店内の音は、より一層恐怖を大きくさせた。とめどなく、ねずみ色をした風が視界を塞ぐ。
 だめだ。らちがあかねえ。俺はさらに一歩踏み出し、声を張り上げる。

「おい! 誰かいま――――」

 その時だった。

「だめっ!」

 俺は次の瞬間、ふぐぅっという頼りない声を肺から絞り出していた。ポフに、着ていたTシャツの襟を思い切り捕まれていたのだ。当然、前に出ようとしていた俺の体は、若干その場から下がる形で静止する。
 いつもなら、ここで振り返って「何やってんだ!?」と文句でも一つつけるところだったが、今はそんな事を考える隙もないほど、俺は目の前の光景を疑った。

「・・・・・・ない」
「うん」

 そこらじゅうに陳列された商品やオブジェも、それをことごとく潰したであろう瓦礫の山も、それに潰されたであろう人間も。
 何も、誰もいなかった。
 屋根と窓が吹っ飛んだゲームショップの中に存在していたのは、俺とポフと、店内の真ん中にぽつりとあった黒い水溜りだけだった。
 気がつけば、あれだけ充満していた煙も晴れ、ゲームショップにガヤガヤと人の声が集まっていた。

「わかんないけど、『あれ』・・・・・・きっと近づいちゃ危ないよ」

 ポフが言った。俺の襟首を引っ張ったまま。
 俺は静かに襟首にあったポフの手を引き、本能的にここから離れようと判断した。
 そしてゆっくりと後ずさりするように、俺とポフは店を出た。

     

 外に出ると、店の様子はさらに寂しさを増したように見えた。
 けれど、そんな景色をぼぅっと見つめるほど、俺はマヌケではなかった。

「・・・・・・ポフ。秋葉原に警報を出すぞ。信号3番と5番にスイッチを回せ」
「ちょっ、指示無しに動くの!? 大体、今なら警察だって――――」
「出来る事が目の前にあるまま野放しにするのかよ」

 店の中を一切合財消してしまうなんて、方法はどうあれ悪戯とは思えない。現に、目の前で異常事態が起きているのだ。それに対して、やれ支部に連絡だの、やれ待機だの、マニュアル通りに動くつもりなんてない。
 ポフは少しうつむいて、認識できるかできないか程の小さな間を開けた後、ポフはポケットから携帯を取り出し、番号を打ち込んだ。
 3秒経って、街中のスピーカーからアナウンスが流れた。

『東区、秋葉原に皆さん。ただいまゲームショップ「宝館」において事件が起こりました。秋葉原内の建物の中にいる方は、そのまま屋内で待機してください。また屋外にいる方は、速やかに近くの強化認定のついた建物へ避難してください』

 アナウンスがもう一度流れた。周りのどよめきは、さっきよりもはっきりと聞こえるようになった。こんな時に、セミは相変わらずうるさい。
 
「ポフ、ここら辺の情報は覚えてるか?」
「もちろん! ここアキバだよ? どこに何があるのかなんて、目を瞑っててもわかるよ」

 どんな14歳だ。
 ともかく、近くの住人を指定した建物へと誘導しなければならない。俺は手を大きく振り上げて叫んだ。

「皆さん! 自警団の者です! 近くに強化認定のビルが二つありますので分かれてお入りください!」
「こっちの男の子と私と二つに分かれて動きますよ! そちらから後ろ側の方は私に――――」

 俺は、ぱっと空を見た。
 セミがうるさい。
 空が青い。
 セミがうるさい。
 何かがおかしい。
 セミが静かになった。
 向こうで、あの黒いバルーンが、落下していた。

     

「落ちた!」

 100mほど前方に浮いていた黒い球体が、空気を掻っ切るように、真下へ落ちた。そして、ドムッ、と低く鈍い音が響いた。
 周りの人ごみで、現場がどうなっているかはまったくわからない。ゲームショップの景色がなんどもフラッシュバックする。
 確認できたのは、地面へ沈んでいく悲鳴と、そこから放射状に逃げ惑う人たちの姿だけだった。
 
「マコト! ポフ! こっちだ!」

 はっと振り返ると、バイクに乗ったブッチが大声で叫んでいた。横には同じくバイクに跨ったシュンがいた。もう一度前を向いた。人間がドミノのように倒れこんで、地面の中へ消えていく。何かがこっちに来ている。今は逃げるしかない。
 俺は足を踏み出そうとして、ぐっと止まった。後ろの異変に気がついた。

 ポフが前を向いたまま、ピクリとも動かない。

「おい、ポフ! ボーっとすんな!」
「・・・・・・なんで」
「あ?」

 ポフは、目を虚ろにして、ぶつぶつと何かを呟き続けていた。

「おいコラ、早くこっちに――――」
「・・・・・・なんで? ゲームショップだけだって言ったじゃんか・・・・・・ちょっと、ねえ」

 そんな事ばかり呟いて、フラフラと前へ歩き出す。前方にはもう人っ子一人消えていて、ぐんぐんとこっちに向けて広がる黒い水溜りしか無かった。

「おい! そっちに行くな!」
「みんなが・・・・・・嘘でしょ、こんなの」
「ポフ、それ以上歩いちゃ――――」


 そこまで言った時、目の前にまで広がってきた黒い水溜りが、ぶわっと、ポフを包み込んだ。
 たぷんと揺れる目の前の黒い何かは、ゆっくりとポフをその中に入れたまま、地面に消えていく。

「おい、おい! ポフ! おい!」
「マコト! 早く走れ!」

 はっと目をやると、右からポフを襲ったものと同じような黒い何かが俺を覆おうとしていた。右足をぐっと押し出して、後ろへ跳んだ。黒い何かは蛇のように、俺にまとわりついてくる。俺は右へ左へ跳びながら、その動きを避けた。
 ブッチのバイクまで避けながら移動して、ついに目の前のブッチのバイクに飛び乗った。

「シュン! 走れ!」
「了解!」

 ブッチがぐっと手に力を込める。瞬間、俺の背中に黒い何かのひたひたとした物が触れられた。
 バイクが走り出し、背中に触れられたものもぶちんと千切れて飛んでいった。

 

     

「・・・・・・」
「バイクの免許ぐらい取ってるから、安心しろ」
「そんな冗談で笑えねぇよ、ブッチ」

 後ろを振り返ると、ビルや木やオブジェや何もかもが沈んでいくのが見えた。秋葉原が黒く染まっていた。

「マコト、前のクランクにいつものやつが入ってる。何かあったら頼む」
「・・・・・・わかった」

 自警団本部である東京へ、バイクは向かっていた。辺りは避難が始まっていた。

     

 どれだけバイクに乗っていたのだろう。ブッチがぼぅっと座っていた俺を揺さぶった。

「マコト。着いたぞ。おい」
「あ・・・・・・おう」

 目の前には、見慣れた廃バスがあった。錆び付いた銀色の塗装がいつもより暗く見えるのが、空が天気予報を無視して曇っているせいか、俺の目がそう見せているのかはわからなかった。
 気がついたときには、二人はもう廃バスに入っていた。俺は後を追うように、フラフラと廃バスの中へと歩く。
 中には、ひたすらパソコンの画面と睨めっこしているハカセの姿と、沈んだ表情のブッチとシュンがいた。

「・・・・・・千代田区はもうすぐ全滅らしい。ここにも『あれ』が来るだろうな」
「正確な情報がまったく無いので、マニュアルも何も参考になったものじゃありません」
「ダメ。庁の一般サーバーもパンクしてるヨ。警察は打つ手無しって感じだネ」

 三人が、吐き出すように思い思いの言葉を並べていく。でも、俺は何も言えなかった。
 何も言いたくなかった。

「・・・・・・ポフ」

 目の前で、数分前まで普通に話していた奴が消えた。もうここにはいない。
 死んだ? どうなってんだ。兵器。こんな技術どこから・・・・・・いや、ねえよそんなもん。どうなってんだ。ポフはどこだ。どうなってんだ。
 どうなってんだどうなってんだどうなってんだよ!!!!

「クソがッ!」

 空しさは、すぐに苛立ちで満たされた。何もできなかったはずなのに、俺は何とか出来なかったことを悔やんだ。
 どうすれば・・・・・・どうすればあいつを・・・・・・!

「マコト」

 俺が顔を上げると、ブッチは俺を見て言った。苦虫を噛んだようなブッチの表情を見るのは、久しぶりだった。

「まだポフが死んだかどうかなんてわからん。俺達はポフの死を目の当たりにしていないんだ。皆が望む可能性はまだ残っている」

 ブッチは続けて言った。

「だから、捨てる必要の無い可能性は握っとけ。心が負けちまったら・・・・・・それこそ終わりだ」

 それだけ言うと、ブッチは身をひるがえし、ハカセにいくつか質問を始めた。

「『あれ』は?」
「時速約63kmで分散した一方がコッチに移動中。このままだと十数分ってとこだネ」
「・・・・・・対抗策は」
「大人も子供も、『あれ』太刀打ちできるモノは所持してイナイ。ここは一つ、リーダーに任せるヨ」
「おいおい、こんな時だけリーダー呼ばわりかよ。きっついなあ」
「・・・・・・私、覚悟はできてル」
「はっはっは。そっか」

 ブッチは大げさに、ハカセに笑ってみせた。その意味を知ったが知らないか、ハカセは寂しそうに小さく笑った。
 シュンと目が合う。

「シュン」
「ハカセと同意見です。打つ手無し、しかし希望は有りってね」

 ブッチはシュンのその答えに満足げな笑みを浮かべ、もう一度俺に顔を向けた。
 もう、苦虫を噛んだ顔ではなかった。清々しく、けれど何かを諦めたような。そんな顔で、ブッチは俺に言った。

「マコト。・・・・・・トランクに『アレ』がある。これが最後になるかもしれないが、戦ってくれるか?」

 自暴自棄になったとき。
 恐怖したとき。
 憤怒して冷静になれなかったとき。
 助けてくれたのは、いつもブッチだった。

「・・・・・・」
「・・・・・・マコト」
「ハッ! そんな下に出るような頼み方でどうすんだよブッチ。リーダーだろうが、命令でいいんだよ命令でさ」

 俺は、前を向いた。



「派手に戦ろうぜ、相棒」


 

       

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