Neetel Inside 文芸新都
表紙

文芸クリスマス企画~あんち☆くりすます~
クリスマス撃破/匿名希望男

見開き   最大化      





 メンツが欠けた。
 もちろん麻雀の話である。ご多聞に漏れず大学に入学早々、麻雀にのめりこんで人生を台無しした清水と風祭は今日、クリスマスを撃破するための麻雀会を風祭家で催していた。が、突然のドタキャン。しかも二人から。
 風祭は虫歯から苦虫が生えてきたような顔をして、マットの上に散らばった牌を弄んでいる。
「吉井、なんつってた?」
「二日酔い」と清水。
 んなわけねーだろ、と風祭は思う。どこのどいつが二日酔いで苦しんでいる時に、うしろから女の嬌声を聞かせてくるというのか? 風祭は買ったばかりのレグザフォンをぶち壊して携帯のない世界に帰りたくなった。
 清水がマットの敷かれたコタツから立ち上がり、窓に肘を乗せて、曇天を見上げた。風祭はその背中にやるせない思いをぶつける。
「ちっくしょうふっざけやがって。なにがクリスマスだよ! そもそもさあ、婚前交渉を禁止してるキリスト教の聖人の誕生日にエッチしまくるってこの国腐ってんじゃねーの? 全国に散布されてるキリスト教会のひとたちはなにをしているの?」
「おまえの気持ちはわかる」清水はまた例の薄ら笑いを浮かべて風祭を見やり、
「しかし、まあ、いいじゃねーか。許してやろうぜ。田淵も吉井も初めての彼女で初めてのクリスマスだからな。せいぜいやつのゴムが破けることを祈ろうぜ」
「畜生。なんでおまえはそんなに冷静なんだよ。悔しくねえの? えっちだぜえっち。おっぱいだぜおっぱい」
「ああ、羨ましいねえ。帰りにAV借りてこうかな。でもなんかそれも負けた気がするなあ。正月ぐらいまで我慢するのも一興かな……あれ、ちょっ、おまえ泣いてんの?」
「だってさあ」風祭はあばた顔を袖で拭って、
「おれたち21だぜ? 性交渉って精通したらすぐおっぱじめるのが生き物として正しいはずなのに、もう十年近く一回もえっちしてないんだぜ? おれの人生なんなんだろうって思うよ、そりゃあ」
「ふうん」清水は手前の牌ヤマを積んでは崩している。
「でも別に気にするこたあねえよ。風祭、よおく考えてみな。本当にクリスマスに恋人とえっちするのは勝ち組か?」
「勝ち組に決まってんだろ!」
「どうかね。知ってるか、コンドームってのは100%の避妊率じゃないんだ。ごくわずかだが、妊娠してしまう確率がある。それに、もちろん、中ではずれたり、破けたり、そういった事故もありうる」
「……だから?」
「聖夜だぜ、今夜は」清水はニヤニヤしながら牌をいとおしげに見つめ、
「ものすげー数のリア充どもがセックスするわけだ。ラブホは満タンだし公園は茂みまで順番待ち……にはならないだろうけど? でもさ、その連中の中で、いま子どもが欲しいって思ってる連中がどれくらいいるかな?」
 風祭は答えなかった。清水は続ける。
「ゼロかもしれねーぜ。ゼロ。だってそうだろ? 昔と違って子どもはただの奴隷同然の働き手じゃねえ。ここは東京。ここは日本なんだよ。教育ってものをしてやらなきゃならねえ。教育ってのはつまり、カネだよ」
「カネか」
「ああ、カネだ」清水は力いっぱい頷いた。
「この不況の世の中に三千万もかけて育てなくっちゃならないガキを、手取り十万そこらの若造とか、大学生とかが背負い込んでみろ。破滅だぜ。もちろんオロすってことになる。でもオロすのだってカネがかかるのさ。突き飛ばしたり冷水に浸らせたりするのは母体にダメージがデカイから女は嫌がるしな。もっと聞きたいか? もし浮気してりゃあ子どもはもちろん一大事だし、親に挨拶してねえやつはそれも済ませなければならない。コンドームの確率に負けて、今夜、何人が子どもを作ってしまうかな? 他人に無関心な世代だと俺らは言われているが、それはもちろん俺ら自身のガキへもそうなんだ。ガキってのはこの時代ではトラブルなんだ。それが原因で別れるやつもいるかもな。まあ、別れるならいい方か。問題は責任にある」
 黙りこんだ風祭を清水が睨む。
「風祭、俺たちは確かに童貞だ。彼女がいねえ。でもだからなんだってんだ? 俺たちには自由がある。俺たちが稼いだ金は俺たちのものだ」
「……」風祭は清水の言葉を吟味しているようだった。いつの間にか正座している。
「でもさ、清水。それでもやっぱ悔しいぞ」
「なんでだよ」
「子どもできてもいいよ、おれ、それでも可愛い彼女とえっちしてえ……」
「よーし」清水は反論してきた風祭にいくらか頭にきたらしい。手にもっていた牌を牌ヤマにぶつけて壊し、居住まいを正した。
「おまえの幻想を壊してやろう。おい風祭、かわいい彼女? おまえなんか誤解してねえか」
「なにを」
「可愛い彼女なんか持ってるやつは一部なんだよ。今日バックレたあの二人の彼女、おまえだってこないだ写メ見たろうが? 正直、ないだろ? なんだよあの魚顔」
「おまっ」
「友達の彼女だからって関係ねーよ。ブサイクはブサイクなんだ。そしていいか風祭、俺にはわかるがな、連中だって自分の彼女が可愛いとは思ってねーよ。『まァ、アリかな』程度だろうな」
「そ、そんなことわかんねーだろ。あいつらはあれがタイプなのかもしんねえし……」
「いま現在この世の中で付き合っているやつらは」清水は冷ややかに言った。
「ほとんどが相手に満足していないはずだ。少なくとも、俺は連中の顔から満足ってものを見出したことがない。なぜか? それはもちろん人間同士が理解しあうことが困難だからだ。付き合おうってなった時も、はじめてえっちしたときも、相手のことなんか何も本当はわかってやしねえんだ。それでも一緒にいるのは『まァいいかな』とか『ほかに相手もいないしな』って理由だからだ。……つまんなくねえか? 所詮、やつらは恋愛の真似事をしているのがほとんどなのさ。もちろん本気の本気、ド本気で好きあってる連中もいるだろうが、珍しいよ、そんなの。宝くじレベルだな」
「……そうなのかな?」
「そう簡単に役満ができてたまるかよ。みんなザンクとイチサンニロクで自分をごまかしてんのさ。リー棒と供託がオマケでついてくればラッキーさ。その程度だ。そう思え。そう思えばラクだろう?」
「そりゃ、まあ……」
「おまえは俺の言葉を疑っているが、俺を疑うなんていうのはバカのやることなんだ。なぜか? 俺の意見はすべておまえの望みを叶えるための言葉だからだ。おまえがクリスマスにセックスに明け暮れるリア充を羨ましいと思わないようにだ。物事の考え方がひとつではないということをおまえに教えてやり、いくらか明るい正月を迎えさせてやろうと思っていってやっているんだ。俺の言葉を疑うな。俺が正しいんだ。だいたいセックスなんてのは危険なんだ。お互いの体液を相当交換することになるんだからな。病気にだってかかるかもしれない。なにも性病だけじゃない、感染症なんていくらでもあるじゃないか? もしかすると、今夜『こいつはカラダだけの関係で、もう飽きてきたな』って思ってるリア充が前戯の段階で未来の重症を負うことになるかもしれない、いや、確率的に『なる』んだ。麻雀だって、トップが取れない日が続いても、いつか絶対に勝てる半荘が来るだろう。それと一緒だ。やつらは不特定の女とまぐわりあって、いつか絶対に負ける博打をやっているんだ」
 清水の剣幕に押された風祭は言葉を失い、そして、ひょっとして一番クリスマスにムカついてるのは俺じゃなくて清水だったのかな? と思った。が、口には出さなかった。
「これでも不満か? 羨ましいか?」
「いや……うん……クリスマスへの怒りはまあ、ちょっと、収まりつつあるけど……」
「けど?」
「俺らが童貞だっていうのは、かわんねーし」
 清水はぽかん、として次の瞬間大砲みたいに笑った。笑い転げた。風祭はなんだかだんだん怖くなってきた。これがクリスマスの持つ魔性……。
「な、なにがおかしーんだよ」
「当たり前だ。童貞? そんなもん存在しねー」
「はあ!?」さすがの清水も声が裏返ってしまった。
「いや、存在しなくはないだろ? おれたちエッチしたことないじゃん」
「だから? それで、性交経験のある成人男性と、俺たちの肉体にどこか明確な差異があるか? チン毛が金色に輝き始めたりするか? いいか風祭よく聞けよ。童貞というのはあくまで概念でしかない。ただの区切りにすぎないんだよ。いいか、童貞はインポでも真性包茎でもないんだ。ただセックス経験がない、というだけなんだよ」
「で、でもそれはやっぱ童貞じゃん」
「精通しているのに? 俺たちは今、女がそこにいたら犯すことができる。立派にやりおおせられる。もちろんテクニックは絶望的なまでにないが、だからなんだっていうんだ? そもそも俺らが気持ちよくなれればいいんならテクニックなんていらねえしな。関係ないんだよ。それは幻に過ぎないんだ。現実的な概念じゃないんだよ」
「……よくわかんねえ」
「よし、お手本を見せてやろう」清水はおもむろに、たっぷりと実の詰まった財布を取り出して、中から諭吉の描かれた札を取り出し、それをびりびりに破いた。風祭は絶叫した。
「なっ、なななななおまーっ!?」
「はははは」清水は憎しみさえ感じられる執拗さで諭吉を粉々にして、麻雀マットの上にお灸のように集めて乗せた。
「見ろ。これはもうカネじゃない。紙だ」
「かっ……え?」
「俺たちがカネだと思って敬っているものだって、元を正せば紙なのさ。一円玉はアルミだし、十円玉は銅だ。それだけだ。もともと、こんな紙切れでメシが食えたり女が買えたりするのがどうかしてるんだ」
「どうかしてるのはおまえだよ……」風祭は泣きそうな顔で粉々になった諭吉を見つめていた。なんてもったいない。
「おまえにはできないだろうな」
「当たり前だよ」
「だが、俺にはできる。そしてだからこそ俺は童貞なんて気にせずにいられる。それが俺の強さだからだ。いいか、クリスマスを打破するためには強くならなくちゃならない。強いっていうのは、周りの意見に流されず、自分で何が正しいのかを考える頭があるかどうかってことだ。自分で考えて、それでもやっぱりクリスマスに独り身はみじめだと思うなら、止めはしない。いい服を買って見たくもないテレビを見て見つかったらドン引きされるのがオチのモテ男指南書でも読んで彼女作りに励めばいい。そうやって嘘をついてな。本当の自分をかくしてな。どうせそんなまがいもの、すぐに壊れてしまうのに」
「…………それは」
「だが、風祭。もう一度よく考えてみろ。おまえはいま好きなひとがいるか? いないよな、こないだ聞いた。だったら、なにをみじめがっているんだ? それは確かに、いまおまえには好きなひとがいない。それは寂しいことかもしれない。だからといって好きでもない相手と、ひょっとしたらイイかもぐらいの安易な気持ちでお互い暇つぶしの目利き合いをすることになんの意味がある? 大切なのは、本当に得たいと思えるひとがいるかどうかだ。それがいないなら、未来のおまえの嫁さんのためにも、自分を卑下したり、安売りしたりするのはよせ」
「…………」
「いまの人間は産まれた時から自由であること、幸福であることを目指して生きろと教育される。でも幸福ってなんだ? それはみんな一緒のものなのか? 答えを言うぜ、絶対違う。おまえは確かに満たされていないが、それはおまえのチンコの問題だけじゃなく、精神の問題だ。女にかかずらわっているヒマがないほどに精神を満たす何かがあれば、わざわざ考えるまでもない、おまえは幸福だ。なのに、世の中のくだらん姦通主義に付き合わされて、おまえが自分を蔑ろにしていることが俺は友達として我慢がならない」
「清水……」
「さあ、やろう」
「やるって?」
 清水は爽やかに笑った。
「俺たちはギャンブルをしに集まったんだ。俺たちは、俺たちの、俺たちだけの年末ジャンボを求めにきたんだ! さあ、財布をそっくりかけてゲームをしよう。ほれ」
 清水はいつの間にか集めていたマンズを一から九、風祭の方へ放った。
「盲牌ゲームだ。俺たちは盲牌ができない」
(作者注:麻雀において数牌はマンズ・ピンズ・ソーズの三種があり、もっとも盲牌が難しいと言われるのがマンズである。ピンズとソーズは比較的初心者でもわかりやすいが、マンズはプロでもたまに間違うことがある)
「ここから一枚牌を選んで、その数の強さで勝負しよう。見ちゃ駄目だぜ。いいな?」清水はすでに自分の九牌をガラガラとかき混ぜている。相変わらず、手先が器用で、動きに無駄がない。
 風祭の胸の中にふつふつと情熱が燃え上がってきた。確かにこの気持ちはいい服を着てヘタクソな若手タレントの曲を聴いて土壇場になると女みたいにめそめそしてばかりのリア充どもには味わえない快感だ――やってやる。
 まさかこの流れから財布をそっくり賭けた勝負をやる破目になるとは風祭も思っていなかったが、気合は入った、望むところだ。ぺろりと舌なめずりして、伏せられた牌を一枚一枚指の腹でなぞっていく。盲牌は、盲人が点字を読む技術に似ている。そう、ギャンブルの技術だからと卑下するのではなく、その行為の本質を見る――そうすれば盲牌だってバカにできない立派な技術。清水はきっと、そういうことが言いたいんだ――!
 風祭は九枚の中から、一番ごちゃごちゃした牌を裏向きにして自分と清水の間に打ちつけた。
「決めたぜ」
「そうか。はやいな。おれも決めたよ」
 マットの上に二人の財布が転がっている。お互いに、並んだ二牌に同時に手を伸ばし、
 自分の運命を、開けた。



 風祭のは、八マン。

 清水のは、九ピン。


 九ピン。


 …………。
 えっ?

「いやあ助かった!」清水は破顔一笑、風祭の財布に手を伸ばし、
「今日の稼ぎでフーゾクいこうと思ってたんだ。はじめてのフーゾクだからな、やっぱ十万ぐらいのとこがよかったんだけど、しかたねえ、六万ってとこか」
 風祭の財布を勝手に検め、いらないカード類をばらばらとマットにばら撒いて、
「じゃあな! いやほんとうにありがとう。でも恨んでくれるなよ? だれもマンズで勝負しようなんて言ってないもん。俺はピンズも盲牌できないからなんだって一緒なのさ。……慰めなら、もうしたから、言わないぜ? アハハハハハハ!」

 高笑いと共に、清水は颯爽と出て行ってしまった。
 風祭は魂が抜けたようになって、牌をいじっていた。ふいに、その視線がマットの上にお灸と貸した諭吉に目が留まった。粉々だが、パーツは欠けていないわけだし、ひょっとしたら銀行で取り替えてもらえるかも。小山のひとつを指でつまんで、それを見た。


 こども銀行。


 あの野郎。



 部屋に大の字にひっくり返り、天井を見上げて、思う。
 なんか新しい国の法律とかできねーかなー、と。
 童貞は、国が支援してなんとかするべきだと思うんだよなあ。






 了

       

表紙

みんな 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha