Neetel Inside 文芸新都
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文芸クリスマス企画~あんち☆くりすます~
クリスマスは教会へいこう/猫瀬

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 ――それはちょっとした、わたしの賭けなのでした。

 12月25日。今年のクリスマスは日曜日。
 その日の朝10時、彼はいつものように武登川キリスト教会の大きな扉を全身で押すように開けて、一番後ろの列に座っていたわたしに笑顔で「おはよう」と声をかけてくれた。
「うん、おはよう」わたしは彼に挨拶を返す。
 実は言うとこの時、「メリークリスマス」と返そうかどうか少しだけ迷ったのだけれど、それはなんとなくわたしにしては洒落すぎているような気がして、やめた。
 まるでわたしたちは今日会うことを知っていたかのようだったけれど、本当にこれは限りなく奇跡に近いような出来事だった。わたしは最初の賭けに無事勝ったのだ。
 わたしは彼の顔を確認すると、少しだけ体が温まってきて、もうさすがにマフラーは外そうかなという気になってきた。長いこと忘れていたけれど、人は緊張をするとこんなにも体が冷えてしまうんだ。
「早いんだな」
「佐々田くんだって」
「吉川さんはもっと早い」
「うん。恥ずかしいけど、特に用事もなかったから」
「俺もそんな感じ。そこ、寒くない? もっと前の方行こうよ」
 わたしは彼に誘われるまま、席を立った。
 わたしが座っていたところは、ちょうど温かくなってきたばかりだったので、ここで移動してしまうのは少しもったいない気もしたけれど、たしかにこんな冷たい風がたくさん入ってくる入り口付近にいるよりかは、暖房の届くところへ移動した方がいい。それなのにわたしはどうしてずっとここに居たんだろうか。別にどこに座っていたって、このちいさな教会の中では誰が入ってきたかなんてちゃんとわかるというのに。
 前から三列目まで来て、わたしたちは足を止めた。そこはいつもわたしたちが礼拝を受けている席だった。
「メリークリスマス」
 わたしが先に腰をおろした時、彼がそう言った。
 わたしはとっさに彼の顔をみつめたけれど、彼は着てきたコートを脱いでいる途中だったので目が合うことはなかった。
 いまでは思う。この時ちゃんと「メリークリスマス」と返しておけばよかった、と。わたしはただ黙って俯いて、彼には届かない心の声で伝えた。

 ○

 しばらく、どうでもいい話をしあった。
 昨日公園で野良猫を見ただとか、数学の教師の癖が変わっていて面白いだとか、自転車のチェーンがさいきんよく外れるだとか。
 そう、本当にどうでもいい話だった。
 それでも、わたしはよかった。
 それでも、特別なもののように、今日という日は感じさせてくれるのだった。
 しばらくそうしていると、この教会の牧師である蔵田さんがひょこっと顔を出した。
 少し恰幅が良くて、いつもにこやかとしている。蔵田さんが牧師をやっていなかったら、わたしはここまで教会に通わなかったかもしれない。とても親切な人なのだ。
「二人ともずいぶんと早いねえ」
 蔵田さんはわたしたちを見て相好を崩した。わたしたちはそろって恥ずかしそうに首を縮めた。
 どうしてこんなに早く来たのか。
 わたしは佐々田くんにその詳しい理由をたずねていていない。それを訊けば、わたしも理由を答えを言わないといけないような気がして躊躇ってしまう。そんなものは適当に誤魔化せばいいのだろうけれど、いまのわたしにはその自信もなかった。
「何か手伝いましょうか」
 佐々田くんが蔵田さんに訊ねた。
 今日はクリスマスだから、いつもよりたくさんの人が来るし、礼拝の内容も長い。この前蔵田さんが話していた。今日のクリスマス礼拝は全員キャンドルを手に持って礼拝をするらしい。真っ暗の中、火の光だけに照らされる礼拝堂。なんだかそれは、想像するだけでとっても神秘的な空間だった。
 それだけのことをするのだから、きっと準備もいろいろあるはずだ。
 わたしもすぐに佐々田くんの言葉に同意を示したけれど、蔵田さんはやさしく「大丈夫だよ」と言ってくれた。
「君たちには礼拝のあとのクリスマス会の方で手伝ってもらうから、いまは自由しといて。……あー、そうだ、二人で外を散歩でもしてきたらどうだい」
「外、ですか?」
 わたしと佐々田くんは思わず顔を見合わせた。
「外は寒いですよ」
「まあ、そう言わずに。子どもは風の子。きっといいことがあるから」
 わたしたちはもう一度顔を見合わせた。
 子どもって、わたしたちもう高校生だよ。

 ○

 佐々田くんが扉を開ける。その瞬間、わたしは「わあー」と声をあげた。
「雪だ」
 扉を開けていた佐々田くんも気づく。外では雪が降っていた。
「ホワイトクリスマスっていうやつ?」
「それは、ちょっと違うんじゃない?」
「そうか、積もってはいないもんな」
「でも、いいね。雪って。何だか神様がくれたクリスマスプレゼントみたい」
 この地域では、滅多に雪が降ることはない。降るのは年に十数回、積もるのは数年一度くらいだ。
 だから何だかとても特別なような気がした。この雪は不思議と寒さを忘れさせてくれた。
「そういえば、吉川さんはプレゼントなに用意した?」
「え?」
「礼拝のあとの、プレゼント交換のやつ」
「ああ、えっーと……やっぱり、秘密」
「なんだよ」
「佐々田くんは?」
「俺は……秘密」
「言うと思った」
 わたしたちはしばらく、教会の前の庭で雪の中過ごした。いつも教会に来ている小さな子たちも「雪だー」とはしゃいで走り回っていた。
「メリークリスマス!」
 走り寄って来て何人もの子どもが、わたしたちにそう楽しそうに言ってきた。
「メリークリスマス」  
 佐々田くんと声を合わせて返す。メリークリスマス、今日は本当に良い日だ。
 佐々田くんは手の平に乗ればすぐに溶けてしまう小さな雪を、なぜか必死で集めようとしていた。なんか、ちょうちょを追いかける子猫のようで、そんな無邪気な姿がおかしくてわたしは笑った。
「佐々田くんは“風の子”だね」
「ん? なんでさ?」
「子どもだね」
「違うし」
 佐々田くんはからからと笑った。
 わたしもマフラーに顔を沈めて笑った。

「メリー・クリスマス!」

 その時、突然教会の方から聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。
「サンタさんだ!」
「本当だ!」
「サンタクロース!」
 一斉に庭で遊んでいた子どもたちが、嬉しそうな声をあげてその声の主に駆け寄る。
「……蔵田さんだ」
「サンタさんだよ」
「サンタの格好した蔵田さんだ」
「もう、佐々田くん、そんなこと言わないの」
 たしかにあれは、蔵田さんだった。
 でも、よく似合っている。白い口ひげに赤と白の服、背中には大きな袋を持っていた。
 このサプライズのために、蔵田さんはわたしたちを外に出したのだろうか。てっきりわたしたちに雪を見せるためだと思っていたけれど。
 蔵田さんサンタは、いつのまにか子どもたちにお菓子の入った袋を渡していた。みんな楽しそうだなあ。
「わたしたちも貰えるのかな」
「俺は“風の子”だから貰えるな」
 そう言った佐々田くんの表情は少しむすっとしていて、わたしは申し訳なさを感じるより先におかしいと思って笑った。
「笑うなー」
「もう、わたしも子どもでいいよ」
「なんだよその不承不承って感じは。ずるいぞ」
「ずるくないよ。わたしはあれ、本物のサンタさんだって信じてるから」
「じゃあ、俺も信じる。あれは蔵田さんじゃない」
「そっちの方がずるいよ」






(あとがき)
俺も壁ドン小説書こうと思ったのにいつのまにか真面目にいい話書いてて、読み返したら拳ではなく胸が痛くなってきた……。これが壁ドンならぬ胸キュンというやつか……みんな、クリスマスはセックスする日じゃないんだよ。

 
 

       

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