Neetel Inside ニートノベル
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正義な俺になりたい
一話 俺のポリシー

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一話『俺のポリシー』


 俺は昔から、世間の常識やマナーが守れてない人間に嫌悪を抱くことが多い。
 たとえば、道端にゴミを捨てる奴やシルバーシートを本来そこに座るべき人に譲らなかったり、下品な食事の仕方をしたりする奴らのことだ。
 そのせいか、昔から俺は友達が少ない……というかほとんどいない。普通なら少なくとも何人かはいるだろうが、俺にはたった一人しか居ない。
 友達の居ない日々はちっとも面白くないので、ストレスが溜まる。そのストレスはというと、常識やマナーを守れていない人間に向く。
「おいー、聞いてんの? 無視するとケツ叩くぞ?」
 そう言いながら俺の頬を片手で持っているのは、三葉 海斗(みつば かいと)だ。
 海斗の容姿は端麗だ。高身長で無駄な肉が無く、かと言って筋肉がないわけではない理想の身体。そして、さらさらと風になびく艶やかな髪。さらに、運動もそこそこ、勉強もできなくはない。
 しかし、こいつには大きな欠点がある。
――馬鹿なのだ。馬鹿。どうしようもないくらいに馬鹿で、会話をしているだけで馬鹿さが伝わってくるほどだ。
 そんな海斗のアダ名は『バカイト』。妥当なんだろうが、そんなアダ名の奴しか友達がいないと思うと、自分を卑しめざるをえない。
 それに、なんでコイツと友達なのかもわからない。というか、小学校の頃からずっと一緒だったからかいつのまにか友達になってた。大体、海斗は道端にものを捨てるし、図書館で大きな声を出したり、マナーを守ってはいない。だが、嫌悪を抱くことはあまりないのだ。なぜだかはわからないが、だから友達なのだろう。
「なんだよ? またくだらない妄想話だろ?」
「違う違う! 今日は違うんだって!」
「じゃあなんだよ。怪獣でも現れたのかよ?」
「あー。近いかも。そんな話」
 怪獣が出現する話に似てる? やっぱり海斗のくだらない妄想話か……。少し期待しちまったじゃねぇか。
「なんだよ。怪獣が現れる話に似た話って……。普通に考えてありえないだろ。ったく、ちょっとはまともな話をしろよ」
「ええ……その言い方酷くない!? 怪獣じゃないけど犯罪者の話だよ」
 犯罪者。怪獣とはまったく関係ない話だ。さすがバカイトだ。でも、その話は気になる。
「犯罪者の話? それって、近所に犯罪者が現れたとかそういう話か?」
「そうそうそれだよ! さすがこーちゃん。ザッシがいい!」
「“察し”な……バカイト。それより、どこに現れたんだ? 教えてくれないか?」
 犯罪者なんて俺は許せない。それに、そいつを見つけ次第ストレスを発散できるかもしれない。ただ、それなりにリスクはあるが。
「ん、いいけど。じゃあ放課後俺んち来てよ」
「わかった」

           *

 放課後、俺は海斗の家の前に来ていた。
 あいかわらず大きな家だ。他の家々が連なる中、この海斗の家――いや、三葉家だけが目立っている。
 俺がまだ小学四年生の時。その頃初めて友達の家に遊びに行くことになったんだっけ。初めてできた友達は海斗。――というより、それ以来新しい友達ができたことはないのだが。
 そんなことを思い出しながらも俺は表札のすぐ隣にある黒いボタンに指を押し付けた。

――ピンポーン。

 家の中にチャイムの音が響くと、足音がした。足音は俺の前にあるドアの奥であろう場所で止まった。
 すると、ドアが開く。その先にはジャージ姿の海斗が見えた。
 やはり海斗の容姿の良さは認めざるをえない。きちんとした格好をしていなくても、それはそれで様になっているのだ。
「ちょっとうんこ行って来ないとダメだからそこでまってて」
 うんこ。海斗のその見目から発される言葉とは思えない……。やはりそれも馬鹿なのが原因なのだろうか。
 でもまぁ、いつものことなので俺は特にそのような突っ込みはいれずに急ぐことを促した。
「ああ。わかった。早めにしろよ。外寒いから」
「おう。全力で待ってろ!」
「全力では待たないけどな。自然に待ってるから安心して行って来い」
 やっぱり突っ込みたくなる。海斗の言動には魔力があるのだろうか……。いつものことだが、どうしても突っ込みたくなってしまう。
「あ!」
「ど、どうした!?」
「うんこ漏れる!!」
「なんでもいいから早くしてくれ……」
「わ、わかった!」
 そういうと海斗は片手で股間のあたりを押さえながら、もう片方の手でドアを弱弱しく閉めた。
「バカイト、押さえる方が逆だ……」
 つい俺はドアに向かって突っ込みをいれてしまった。
 そしてふとドアから視線をずらすと、ドラゴンの小屋が見えた。
 ドラゴンと聞くと普通はあの、おなじみの龍のようなものを思い浮かべるだろうが、ここにいるドラゴンはそんな大層なものではない。一言で言えば“犬”。もっと簡単に言えば海斗のペットの犬の名前である。もちろんこの、いかにも馬鹿そうな名前は海斗が命名したものだ。
 中学生の頃までは、よくコイツと遊んでたのだが高校生になってからは、あまり触れることはなくなった。
 少し懐かしくなったので、俺は小屋の前に立ち、屈んで中を覗き込むようにしてドラゴンの姿を見た。
 やっぱり可愛い。種類はトイプードルなので、あまり大きくはならないのもあって、何年経っても愛くるしい姿を保っている。
「よう、ドラゴン」
 俺はくるくると巻いた毛並みのドラゴンの背中をそっと撫でる。
 するとドラゴンは嬉しそうに尻尾を振りながら小屋から出てくる。そして、物欲しいそうな眼で俺の方を見つめてくる。
 そのクリクリとした瞳に、俺は釘付けになりそうになった。
「かわいいじゃねぇか……」
 そんなことを呟きながら、俺はドラゴンから少し離れてみる。
 俺が距離を取ると、ドラゴンはすぐに俺の方へ走ってくる。
 そんな屈託の無い様子を見ていると、なんとなくいじめたくなったので、俺はさらにドラゴンから逃げてみる。
「ほらほら、付いてこれるか!?」
 俺は頬を緩めながら小走りをする。
 ドラゴンの走りは速く、庭も広いため、段々と俺は熱をいれていった。
「うおおお! これで貴様は追いつけまい!!」
 言葉遣いがおかしくなってきた……。そして、俺は犬相手に何をやっているんだろう……。
 冷静に考えると、高校生にもなって何をやっているのだろう。しかも、ここは人ん家の庭だろ……。
 俺は急に恥ずかしくなってきた。
 足を止め、俺はさっきまでいた場所に駆け戻ろうとした。――が、俺の視線の先には唖然とした表情で佇む海斗の姿が映った。
――やってしまった。完全にやってしまった。どう考えてもやってしまった。こんなことやるキャラじゃないはずの俺がこんなことをやっているのだから、そりゃ唖然とするだろう。
 しかたがない。ここは何事も無かったかのように振舞うしかない。いや、そうしなければ恥ずかしすぎてある意味死が訪れてしまう……。
 ぽかんと口を開けながら、その場に止どまっている海斗の方まで駆け寄ると、俺は全力で表情を消した。
「結構元気だな、ドラゴン。まだ走れるみたいだし」
「………」
 俺がそういっても、海斗は佇立したまま動かない。これはもうだめかもしれない。いっそこの場から逃げてしまいたい。
 だが、俺はあきらめずに続けた。
「じゃあ、そろそろ行くか? 時間ももったいないし、犯人を見つけてボコボコにしたいしな! 善は急げだ。な? 海斗?」
「……お、おう」
 海斗は明らかに引きつった笑みを浮かべながら応答した。

――そうして、今日俺の中の何かが少し壊れたのだった……。


 

       

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