Neetel Inside ニートノベル
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魔法使いは子作りの夢を見るか?
【5月8日 午後04時50分】

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【5月8日 午後04時50分】



 拓真は昨日、バイトを辞めた。魔法使いになる前はあんまにも優しかった店長も、バイト先の仲間達も、魔法使いを見る目はとても冷たかった。彼は涙をこらえ、淡々とレジを打って、仕事を終えると静かに、辞職の決意を店長に伝えた。店長もまた静かに、お疲れ様、とだけ言った。
 自分が今まで築いてきた信頼関係も、なにもかも、もう意味を成さないんだ。そう考えると涙が溢れた。もう人に会うのはよそう。俺は独りで生きていこう。そう思いながら、今日も部屋で何度も読み返した漫画をまた一巻から読み始める。夕日が眩しかった。彼はカーテンをしゃっと閉じ、薄暗い部屋の中で一時間に一回発光する財布を見て、すぐに目を逸らした。
 同じ漫画を今日で何回読み返しただろうか。部屋も暗くなり、なにを観るわけでもなくテレビの電源を入れる。今日も特に物騒なニュースはない。強姦被害件数がどんどん増えているというだけのどうでもいいニュースが淡々と流れていく中、耳を疑うようなニュースが耳に入ってきた。淡々と女性キャスターがニュースを読み上げる。
 『○○製薬が、予てから開発を急いできた確実に男性器を増大させる新薬を発表しました』
 「は?」
 拓真は食い入るようにテレビへ向かった。
 『この薬は、一錠飲むごとに確実に男性器を1センチ伸ばすという..』
 これ以降の話は、全く耳に入ってこなかった。彼はすぐに机の上のPCを起動させ、その薬の名称をインターネットの検索窓に打ち込み、その薬が実在するということを知り、同時にその薬は、魔法使いには購入権、使用権ともにないということも知った。
 「くそ!なんで..なんでこのタイミングで....」
 彼は机を殴りつけた。ぼろぼろと涙を流しながら。
 「もう三日....三日はやくこの薬が発表されてれば..俺は....俺は!」
 もう一発、机を殴りつけようというとき、ベッドに置いてあった携帯電話が暗い部屋の中で一際輝いた。けたたましい着信音と共に。拓真はフラフラとベッドの側まで歩いていき、携帯を手に取り開く。着信は父からだった。一瞬躊躇ってから、涙を拭って、通話ボタンを押した。
 「....父さん、なんだよ」
 『拓真..拓真か!!拓真だな!!なにも考えないで、とにかく公園のトイレに来てくれ!!絶対にだ!!誰にも見られるなよ!!』
 「....は?なんで..」
 電話はすぐに切れた。父の声はひどく焦っていたように思えた。そして押し殺した声。誰にも見られずに公園のトイレに来い、と。
 怪し過ぎる。そう思った。けれど彼は父のあんな声を聞いた事がなかった。彼は大きなため息をついてから財布と携帯電話だけをポケットに乱暴に突っ込み、部屋を出た。
 公園のトイレに到着する頃には、完全に日が沈んでいた。男子トイレに入り父に呼びかける。
 「父さん、来たけど?」
 すぐに二番目の個室の鍵がガチャガチャと大きな音を立てて開いた。ドアを乱暴に開けた父は拓真を個室に誘い込む。これには拓真もかなりたじろいだが、父の必死の形相に負け、同じ個室へと入り、鍵を閉めた。
 「拓真、これ、なんだか分かるか」
 父の手の平には何錠かの錠剤が。
 「薬?なんの」
 「お前、今日ニュース観たか?」
 「....!まさか」
 「そうだ、これ飲んで、魔法使いなんてやめてしまえ」
 ぱらぱらと何錠かの錠剤を手渡し、安堵の混じったため息をつき、便座に座り込む父。
 「あ、その薬、魔法使いに譲渡しても罪に問われるらしいんだ。だから、はやく飲んでしまえ」
 「え、罪って、え..」
 父は自分の為に罪を犯したのか、と思うと涙が出そうになるが、それを堪え、ゆっくりと拓真は錠剤を口に放り投げようとした。
 その時だった。
 バン!バンバン!個室のドアがノックされた。ノック、というか、殴打に近い音で。拓真は口に放り投げようとしていた錠剤を危うく床に落としそうになった。父は落ち着き払った顔をして、トントン、と「入ってます」のノックを返す。
 ノックは止んだ。
 「....ここにいんだろ?オッサン、分かってんだよ」
 しかし、何やら怪しげな雰囲気の男の声。
 父は黙っている。トントン、ともう一度「入ってます」のノック。
 「....ふざけんじゃねえ!薬を渡せ!それがねえと俺は!俺は!!」
 一呼吸置いてドン、ドン、と大きな音がドアを叩く。ドアの外の男は、ドアを蹴って無理矢理こじ開けようとしている。拓真はなにがなにやら分からない、という顔で慌てふためいている。なにが起きているのか、説明するように父にゼスチャー。父はそれを無視して黙り込んでいる。その額にはぎっとりと汗をかいていた。しばらくしてドアを蹴る音が止んだ。
 「....どうしても開けねえならもう分かった..」
 男の声。すこし震えている。それからどれほどの間があっただろうか。

 プシュッ

 ――ドアの向こうで、どこかで聞いた事のあるような音がした。サプレッサー?サイレンサー?どっちだっただろう、と拓真は考えている。
 その直後、父はトイレの床に無様に転がり落ちた。なにが起きているのか分からなかった。
 ドアには小さく穴があいている。
 
 銃だ。ドアの向こうの男は父を撃ったのだ。

       

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Neetsha