Neetel Inside ニートノベル
表紙

レイプレイプレイプ!
eps1. 釜倉五山に影は忍びて

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 三月の初め、梅の蕾が膨らみかけた頃だった。
 神奈河一帯に強力な結界が張られた。
 蟲の知らせでは、鶴陵つるおかの巫女が張ったということらしい。妖魔の駆逐が目的だとか。
 青年の容貌をした妖魔、カイはその結界を前に、途方に暮れていた。ドアでもノックするようにコツコツと結界を叩いてみれば、たちまちに電撃が彼の手を焼くのである。
 焼けこげた己の手を再生し、彼は嘆息する。
(あらら……こりゃあ人間さんも本気だわ)
 妖魔は彼らに対抗するだけの能力を持つ人間を『式者』と呼んでいる。低位の式者の張った結界ならばすり抜けられもするが、今回のものはそんな生易しいものではなかった。神奈河を囲うように張り巡らせた結界は、妖魔殲滅の決意と見て取るに十分すぎる材料だった。「むやみに人を襲いまくった妖魔が、調子に乗って鶴陵の親族でも食いやがったんだろう」とカイはあたりをつける。
(迷惑なヤツがいたもんだ。やりすぎれば目をつけられるのは当たり前だろうに。人間は恐ろしいぜ、ひとたび害悪と認識すれば、その根源まで根絶やしにするなんて平気な顔でやりやがる)
 カイは妖魔の中では弱くも強くもない部類だ。これほど強力な結界を張るような人間に出くわせば、為す術もなく殺される。 
(しかしやたら強力な結界だな。これほどの規模を維持するとなると、いくら鶴陵が馬鹿げた力を持っていても、せいぜい一ヶ月くらいか。その間生き延びられるかァ?)
 神奈河全ての式者が総力を挙げるならば、おそらく二週間もせずに殲滅されるだろうとカイは見当をつける。
「……へっ。まァなんとかならなァ! ならなかったらその時考えるか」
 逃げ場を失い、天敵が自分達の殲滅に赴いても、そのお気楽な態度を崩さない。それが妖魔カイの生き方であったし、彼の矜恃であった。

◆◆◆

 結局カイはいつもの場所に戻った。神奈河は釜倉、北北西にあたる北釜倉駅近く、円角寺の屋上だ。そこの瓦は上質で、妖魔にとっては寝心地の良いベッドと言って差し支えなかった。
 北釜倉駅より円角寺に続く一本の道をぼんやり眺めながら、カイは各所で蠢く妖魔の気配を感じていた。結界に閉じこめられた妖魔達は戦々恐々、ピリピリとした気配を漂わせ、夜の街を徘徊している。
(かっ! 式者に見つけてくださいと言ってるようなもんだぜ。あ、ほらまた死んだァ)
 暗夜に蠢くのは妖魔だけではない。冷たく澄んだ殺意を漲らせた式者達がそこかしこをうろついている。今更だが、妖魔の殲滅がすぐ身近に迫っていることをカイは鈍く認識した。
 月を眺めて欠伸一つ。「人間さまも夜中に大変だ」と思った矢先、その眼前に紫電が閃いた。咄嗟に体を捻って避けなければ、確実に頭蓋を貫いただろう。円角寺の屋根に一矢を突き立て、衝撃波で瓦のベッドが吹き飛ぶ。突き立つ破魔矢。妖魔を害する力を備えているそれは、巫術を帯びて薄青色の淡い光を帯びていた。
「おいおい……僕はやりあう気はないんですぜ、っと!」
 カイの軽口への返答は破魔の閃光。串刺しにするかのような四つの連弾は、矢の実体がないだけ殺傷能力に劣るが、それでもカイの腕をもぎ取るくらいは容易いだろう。横っ飛びで地上で降りると、ようやくカイは敵の姿を目にとめる。距離はおよそ二十メートルほど。
 白衣と対照的な色合いの緋袴、手には一張(ひとはり)の短い弓。一目に彼女が巫女だと分かった。けれどいくらか特徴的な点もある。なにより目立つのは黒色のブーツ。よくみれば巫女装束も動きやすいようところどころカスタムされている。戦闘服用に改造したということなのか。
「やァやァ、これはわざわざこんなところまでご足労をおかけして」
 カイが慇懃に礼をすると、巫女は無言で弓を引いた。カイは礼したまま顔を上げ、しげしげとその顔を眺める。まだ年端もいかぬ少女であった。肩に触れそうな長さの黒髪と、きめ細やかな白い肌。緊張した面持ちの顔も、見てみれば中々の上物である。キッと睨むアーモンドの瞳、ぷっくり膨れた桃色の唇、小さく美しい鼻梁、少女愛好者ならば思わずため息を漏らしそうな容貌だった。
「ところで僕はあまり争いたくはないんだけど……見逃してくれないかな?」
「お断りします」
 凜と通る声が響く。けれどまだその実体を持たぬ光の矢は解き放たれない。奇襲さえ避けたカイに、馬鹿正直に撃っても当たらないのが目に見えているからだ。
「交渉決裂か。参ったなァ……」
 あまりに近づくと体に大穴を開けられる。動けなくなったら回復は間に合わない。となれば大人しく距離をとって逃げればいいのだが、
「逃がすには惜しい体だなァ……!」
「ッ……!」
 ぞくりと這い上がる寒気に巫女は思わず矢を放った。カイはひょいと身をかわして一気に距離を詰める。巫女が弦に手を伸ばす前に、突き立てられたカイの腕がその弓を引き裂いた。
「ちょろいなァ!」
「くそ……このっ!!」
 すかさず取り出されたのは腰帯に留められた小刀。少女を捕らえようとしたカイの右腕、手首から先が、巫女の舞うような一閃に宙へと舞った。
「んな……!」
 お前はニンジャかよとでも言ってやりたくなったが、返す刃の一撃を避けるのに必死でそれどころではなかった。青い光を帯びた小刀が、容赦なく必殺の一撃を見舞ってくる。カイの足はたたらを踏みつつも、体を翻し、小さな跳躍を織り交ぜ、なんとか迫り来る斬撃の猛追をかわしていく。横薙ぎの一閃を寸でのところで躱し、刃の届かぬ場所まで一息に跳ねた。
「妖魔はみんな死になさい!」
 距離をとったカイに向けて、巫女は自動式拳銃グロック26Cを構えた。セミオートで連射された弾丸がカイの体にめり込む。

     


     

「はははは! 拳銃か! 最近の巫女さんはなんでもありだな」
 もっとも通常武装で、妖魔に深刻なダメージをあたえられはしない。それでもぺちぺち当てられる銃弾は痒いし、目に当たれば視界も奪われる。鬱陶しいことこの上ない。
「効かないか……!」
 苦々しく吐かれた言葉に、
「そりゃあ効くはずな、」
 言いかけたカイは口を噤む。巫女の持つ銃口にちらりと青い光が舐めた。
 トリガーを引くタイミングでカイは全力で宙に跳んだ。ほぼ同時にそこを破魔の力を宿した銃弾が抜けていく。
「そんなのアリかよ……!?」
 現代巫女万能過ぎるだろ。カイは内心で毒づいた。
「……やってみればできるものですね」
 巫女がぼそりと呟く。え? 初めてやったの? などと口に出す前に次の銃声。咄嗟に生み出した障壁を足で蹴って回避。その着地点を読みきったかのように、巫女が走り込んでくる。
「はぁ!!!」
 裂帛の気合いとともに振りかざされた小刀に青の気炎。斬馬刀ほど拡張された斬撃を避けることもままならず、カイの右腕をケーキでも切るようにあっさりと切り落とした。
「っつぉ……!!」
 思わず、苦痛の声が漏れた。理解を超える斬撃を喰らったカイが苦悶の表情を浮かべる前に、巫女が致命の一撃を見舞おうとさらに一歩を踏み込む。告死の距離。しかしまだ若さ故の粗があった。最後の最後で思わず大振りになった小刀の振り下ろし、その隙をつき、カイはぐっとかがんで斬撃をやり過ごし、次の瞬間には力の限り巫女から離れた場所に跳躍した。巫女との距離がおよそ10メートルほどまで離れる。
「っち……くそ……」
 仕留め損ねたカイを巫女は睨む。息を荒くして。致命傷ではなかったとはいえ、殺されかけたカイも息を乱していた。
「やァるねぇ……ここらで一つ自己紹介でもしないかな?」
 張りぼての余裕で投げかけられた提案には無言の答え。けれども切り取られた腕の出血が収まり、徐々に再生していくカイと、体力の消耗が激しい巫女との差はここに来て対照的だった。
 巫女はカイよりも格下の存在である。だからこそカイは一目散に逃げずに対峙した。瞬発力のある識者の力に一時押されたといえ、もともとあった差が埋まるわけではない。人間と妖魔にはもともと大きな体力、精神力の差がある。格上相手に破魔の力を使い続ける戦闘は、若い巫女の体力と精神力を、彼女の想像するよりも遥かに激しく削っていた。
「僕はカイっていうんだ。お嬢さんの名前は?」
「妖魔に名乗る名前などない!」
 銃口を向け、巫女が強気に叫んだ。時間稼ぎだと分かっているのだろう、小刀に青の気炎を纏わせ、じりじりとカイに近づいていく。
 基本的に式者は短期決戦を得意とする。時間をかければかけるほど、体力、回復力に秀でる妖魔が有利になるからだ。彼女には幸いにして腕一つを切り落とした分の優位があるが、それも時間をかけるほどに薄れてしまう。だからこそカイはつまらぬ無駄口で時間を稼いでいるのだ。少しでも戦闘から気を逸らすために。
「そのブーツは君の趣味なの? なかなか似合ってて良いねぇ」
 返答は銃撃だった。目を狙い撃った弾丸を、カイはなんでもなさそうに額で受け止める。躙り寄る巫女と常に一定以上の距離を保ってじりじりと後退しながら、後ろ手に背中に忍ばせた袋を破いた。中から蜂のような蟲が飛び出していく。その数、およそ十匹。
「なんで巫女服なのかな? それってやっぱ巫女としての矜恃ってヤツ?」
 その蟲の羽音を消すように、カイはやや声を張り上げた。
「妖魔、黙りなさい!」
 今度は破魔の銃撃。カイはそれを仰け反るようにかわす。
「妖魔じゃないって。カイって名前があんだよ。殺すヤツの名前くらい覚えたって良いだろう? それが業ってもんだぜ。何にも知らずに殺すなんて、そいつァいかにも正義のすることじゃあないだろ」
 巫女は一瞬、答えに詰まり、そして答えた。
「それじゃあカイ、死んで貰います」
「なんでさ? 僕がそんなに悪いことしたかな?」
「妖魔は皆、つっ……!」
 巫女の首筋に先ほど放たれた蟲蜂がその小さな毒針を突き立てていた。
「このっ!」
 彼女は半透明な薄青の結界に包まれ、首の蟲蜂はさらに追撃を仕掛けようとした蟲蜂もろとも焼け爛れて地に落ちた。
「あんまりソイツに刺されない方が良いよ。眠たくなっちゃうからさ」
「そうやって言葉を弄び、私の注意を引いていたわけですか……」
 カイの言葉が蟲の羽音を隠しているのに感づいたようで、彼女はその結界を維持し続ける。カイは「まァね」と意地の悪い笑みを浮かべた。
「でも良いのかなァ? その結界を張るだけでも、今の君の体力じゃ辛いでしょ?」
 そう言って、カイは彼女に見せ付けるように二つめの袋を開けた。やはりそこから蟲蜂が飛び立ち、滞空して巫女の隙をうかがっている。 
 結界を広げてまとめて焼き払おうか、そう思案した巫女が一瞬だけカイから目を離した刹那、彼女の視界から妖魔は消え失せていた。
「しまっ……」
 一か八か、破魔の銃撃をお見舞いすることすら出来なくなった現状に、巫女の狼狽は加速する。妖魔はいなくなっていない。姿こそ見えないものの、じりじりと圧迫するような存在感を放っている。その上、彼女の回りを回る蜂蟲がブゥンブゥンと耳障りな羽音は響かせていた。その姿を捕らえようにも、夜の闇が小さな蟲の姿を覆い隠してしまう。
 そんななか、毒が回っているのか、次第に意識が薄れていこうとする。
「ああ、そうだ。右腕のお礼にカイのあざなの一つを教えてあげよう」
 どこからともなく響く妖魔の声は、弱った獲物を前に愉悦に満ちていた。
「『いまし』め、さ」
 やや朦朧としていた巫女の四肢に、紅い輪が浮かぶ。両手両足首に嵌められた紅い輪は呪詛の言葉と複雑怪奇な図形で呪文陣を描き、彼女の体を拘束する。両手を後ろ手に締め上げられ、足を地面に縫いつけられ巫女は苦悶の表情を浮かべた。
「さァて……」
 とん、とカイが巫女の前に跳び降りた。品定めとばかりにその可憐な顔を覗き込む。戦闘での極度の緊張感による疲労、蟲が仕込んだ睡魔、そして体を締め上げられる苦悶、その全てに気力だけで耐えるその表情は、えも言われぬ艶めかしさに満ちていた。
 そんな状態でも健気に結界を張り続ける彼女の心胆は賞賛に値する。が、それが却ってカイの嗜虐心を煽っていることに彼女は気付いていない。
「こんなに結界を張られたままじゃ持ち運びが大変だなァ」
「くっ……そ……」
 精一杯の力で拘束を払おうと、祓おうとするがそれも弱り切った彼女には出来そうになかった。
「巫女さんさァ、このままだと無理矢理その結界解除しないといけないんだけど、どうか今すぐ楽になってくれないかねぇ?」
「断る……!」
 どうせそうしたところで、妖魔に捕まった式者の末路など無惨なものであることにはかわりない。カイは「やれやれ」と満更でもなさそうに首を横に振った。
 そしてカイは、もはや完全に抵抗できなくなった少女に、その柔らかな腹部にありったけの力で拳をめり込ませた。
「ぐぅぇ……!」
 容赦ない一撃にその口から涎が零れ、愛らしい顔も今まで以上に苦しみの色に塗り替えられる。
「さて、もう一発」
「がっ……あ……!」
 だが結界は壊れない。巫女に殴打した際、結界に侵入したカイの手は爛れたが、すぐに再生できる彼自身はそんなことを気にも留めない。
 三度、無抵抗の少女の腹を殴打する。
「ほら、よっと!」
「う、げぅ……!!」
「あ、リバーブローにチャレンジしてみよう」
 フックのように横殴りで肝臓を襲う衝撃に、少女はたまらず胃液を吐き散らした。
「お、良いね。リバーリバーリバー!」
 立て続けに襲う鈍痛、そしてようやく巫女の結界が消滅する。ヒューヒューと危うげな呼吸を繰り返す巫女に、カイは尋ねる。
「やァやァどうかな? 僕の奴隷になってみる気はないかな?」
「……な……い……」
 まだ瞳に殺意を残したまま、彼女は答えた。
「そりゃあ残念」
 嬉しそうに言って、もう一度捻りこまれたカイの拳が、彼女の最後の意識を刈り取った。


【残り30日】

       

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Neetsha