Neetel Inside ニートノベル
表紙

T-れっくす
2nd Album Smells Like Virgin Spirit

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T-れっくす 2nd Album スメルス・ライク・ドーテー・スピリット
T-1 帰ってきたかまってちゃん



ヨォ!おまえら夢見てるか?未来を信じているか?オレ、天使。じゃなくてティラノこと平野洋一!ボクは今、学校から書くように渡された反省文との格闘で一杯一杯さ!

反省文と言ってもこないだの学祭でステージをぶっ壊した件のヤツじゃない。ちょっと長くなるが聞いてくれ。話は2日前にさかのぼる。


「よし、じゃあ今からみんなで風俗行くか!」
「えっ!?」

マッスの提案にボクと山崎あつし君は声をあげた。繁華街を歩きながらマッスこと鱒浦翔哉は上機嫌にこう返した。

「俺達T-Massがライブ演った後、青木田達の演奏中にステージ燃やして、乱闘が始まって、それバックレて、
ティラノが停学になって。まともに会うのひさしぶりじゃん?ここは一発、ハメでも外しに行こうぜ!」
「おう!ハメを外しに一発、ハメる。それいいじゃん!」

あつし君の平凡なオヤジギャクが歩道に響く。僕らは1時間前にマッスの部屋で酒盛りをしていたためテンションがおかしくなっていた。

「イッツオーライ!君という花に俺の未来の欠片をリライトしてやるぜ!チェックオーケー?」
「ティラノ、さっそくアジカンにハマってんじゃん」
「おー、見えてきた。花びら50回転ズ。ここで済ませようぜ」

小道の奥にある灯りの付いた小屋のような店に入るとマッスがスタッフと受付をし始めた。

「おれ、風俗初めてなんだ。渡辺直美みたいのが出てきたらどうしよう?」

酔いが醒めかかったあつし君が小刻みに震え始める。けっ、小市民が。お前は2億㌫性交しないタイプ...っ!ボクが周りの壁を眺めると

「学生割引」のチラシが目に飛び込んだ。「あれ、この店学割使えるの?」「はい、使えます」「やったじゃん!」
「では、学生証の提示をお願いします」


ズデーン。ボクらは顔の怖いおにいさんに襟首をつかまれ、店の外に追い出された。

「二度と来るんじゃねぇぞ!高校生のガキ共が!」

ゴミ袋の上から立ち上がると、「引き上げだ。帰るぞ」とマッスの号令がかかり、とぼとぼとボクらは繁華街を後にした。

分かれ道で2人と別れると無意識に携帯電話を取り出した。ボクはニヤケながらダイヤルした。


「は~い、メイサですけど~?だれ?」

「1万でなんでもヤる女」篠岡冥砂が電話に出た。ボクは鼻をつまんでこう答えた。

「おう。岡崎だけど。ケータイ替えたから。いまから出てこれる?」
「いいよ~。何処で落ち合う?」
「えっと、駅前の公園で。」
「わかった、いまから出るね」

ぶつ、電話が切れた。ボクは携帯を握り、若干ヒキ気味で笑った。

なぜ、メイサのアドレスを知ってるかって?それはあの伝説の学祭ライブの後、メイサから「よかったら、ここに電話してくださいっ」と

アドレスの書かれた紙を受け取ったから。...ではなく、たまたまメイサが岡崎に廊下で自分の携帯ナンバーを大声で教えていたので、

ボクはその番号をノートに控えていたのだ。気持ち悪いだろ?相変わらず。とりあえずあと少しでメイサが来る。ボクは腹をくくった。


「あれ?ライブん時の粗チンポギタリストじゃん。岡崎見なかった?」

会社帰りのサラリーマンが振り返る。おー、ハニー。あの時キミはボクの精液を受け取ったのにそんな印象しかないのかい?メイサが

虫けらを見るような目でボクを嘲う。

「どーせ、あいつらにまたパシられてるんでしょ?青木田ってもう、退院したの?」

ボクはサイフを取り出して樋口一葉をメイサの前に突き出した。

「五千円」「ん?」「ごせんえん。これでしゃぶってよ」

2秒間の沈黙の後、メイサは歩道の全員が振り返る声で笑った。

「あっはっは!!まじで!?まじで言ってんの?どうていクン?これっぽっちでメイサを買収しようとおもってんの?」

ボクはダボダボのスウェットを着たメイサのおっぱいを見つめながら「...お願いします」と小声で言った。笑いが収まったメイサの厚い唇が動く。

「いいよ」「はい、すいませんでした。ってはい!?」「いいよ、っつってんの。ここじゃアレだから行くよ」

そういうとメイサは五千円を受け取り、ボクの手を引っ張って公園の草葉に移動した。うほほ!言って見るもんだぜ!この小説を読んでるモテない男性諸君!

おおいにマネしてくれたまぇ!初めて触れた女の子の手に感動していると「もう勃起してんの?」と聞かれた。はい。ボクのテンションは

急上昇!フルテンだ!ボクを立たせ、メイサが公園の死角にしゃがむと「ほんとにいいの?」といたずらっぽく聞いた。静かにうなずくと

メイサはボクの短パンをやや乱暴に下げた。ぶりん!スペースを得たメッシのようにボクのペニスは思い切り跳ね上がった。

ボクのアレ(9cm)を見るとメイサはぶっと吹きだし、「ほんとに、ほんとにいいの?」と聞いてきたので「ああ、早くしてくれ。限界だ」と声を振り絞った。

それを聞くと突然メイサは立ち上がって息を吸い込んだ。

「なめてんじゃねーよ!このいかれチンポ野郎!だれかー!助けてー!!」

そう叫びながらメイサは駅に向かってスニーカーを突っかけながら走り去って行った。ふん。巨砲を前にして戦意が削がれたか。ビッチの

名がすたるわ。ボクがため息をつくと目の前にある建物から警官が2人飛び出してきた。あれ?もしかしてハメられたのかなぁああああ!!

「おい!おまえ!何してる!」ボクは急いで短パンをあげようとした。しかし勃起したチンポがじゃまでうまく穿く事ができない。

「おら、なに出してんだ!」やべぇ!逃げようとして走り出すがうまく走れない。「そこの露出魔、止まれ!」慌てたボクはずり落ちてきた

短パンにつまづいて歩道の真ん中でおもいっきり転び、お縄を頂戴した。つーか、捕まった。その後ボクは学校から猥褻物陳列罪と売春容疑、ついでに未成年飲酒と18歳以下で風俗に行こうと

した罪などで2週間の停学処分を言い渡された。

「おまえ、犯罪のスーパーマーケットやな」「破壊、飲酒、売春、露出癖。役満だな」

職員室で先生達が口々にボクをののしった。信じてくれ、ボクはあの糞ビッチにハメられただけなんだ。本当だ!信じてくれ!!

「いまさら信じるものか!私はお前を疑う!」神に身を捧げた亜栗明日先生すらボクを犯罪者扱いした。

「家裁に行かないだけありがたいと思えよ。ほらこれ」そういうと担任の先生がボクの目の前にコミックボンボンぐらいの厚さの作文用紙を広げた。

「あの、ボクこないだ、反省文書いたばっかりなんですけど...」
「それがどうした。『いままでの学校生活での迷惑行為に対してのお詫び、及び今回の事件に関しての謝罪』
をテーマに700枚書いてこい。2週間もありゃ出来んだろ」

ボクは目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちた。青木田バンドに嫉妬してステージを爆破。性欲に負けて女子高生を買収未遂。

どっちだろう。泣きたくなる罪は。ふたつ“○”をつけてちょっぴりオトナさ!アリーガトーゴザイーマス!!


はー、やってらんねぇよ...ボクは窓の外から登下校する子供達で残酷な想像をすると椅子にもたれかかった。そしてため息を吐き出して呟いた。


「ライブやりてぇ...」


バンド。それがボクがこの2ヶ月で手にした「武器」だった。この謹慎が解けたら愛用のギターと最高のメンバーを

従えて世界を陵辱するかのごとく、存分に存在を証明してやるぜ!はっ!ボクはベッドにダイブすると復帰に向けての英気を養うことにした。

「おにぃ~!陰部摩擦罪で、タイホなのです!」ボクは萌えアニメの妹キャラをオカズにセンズリをカキ始めた。

こうして俺達T-れっくすのロックンロール伝説第2章は幕をあけるのだった。信じてくれ。必ず感動させて見せる。


※わからない表現が出てきたらググるのをオススメするぜ。ゆとり諸君!


どぴゅ。

     

T-2 理想とは程遠い息子



「キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、キモチィ、ハァァアア~ウ!!」

謹慎8日目。ボクはインドの国民的スポーツ、カバディのリズムでちんこを擦りあげていた。っくぅ。フィニッシュが近い。

「洋一、はいるわよ~」

オカンが部屋のドアをノックするのが聞こえる。ボクはベッドの上でM字開脚をすると「どうぞ。マイマザー」と返事を返した。

がちゃ。ドアが開くとおかんの顔目がけてボクは精一杯精液を吐き出した。「オゥ!めりーくりすます!ふぉーゆー!」

精子まみれの顔を母がエプロンで拭う。「ロッカーは母親犯してナンボだもんな!練馬ザファッカー!メーン!!」ボクがベッドの上で

ポーズをキメているとマッマの様子がおかしい。

「神様。こんな馬鹿な子を殺すことをお許しください」そう呟くと母は背中に隠していた包丁をボクに突きつけた。ボクの息子は瞬時に-1cmに縮んだ。

「わ、わかった!なんでも言うことを聞くから!ママ!何が欲しい?!」

半泣きでボクが聞くとおかんは包丁を畳に突きつけ、にこりと笑った。

「働いてちょうだい」「えっ?」声を裏返すと母は続けた。

「あんた今回の停学で5週間まるまる出席してないことになるでしょ。どう考えても留年は免れないわ。お父さんも仕事見つからないみたいだしウチはあんたが働くしかないのよ」

ボクはパンツを穿きながら母に言った。「働くわけねぇじゃん。労働なんてカスのすること。バンドで一発あてるから問題ねぇよ」

ザン!母が包丁を引き抜く。「わかった!わかった!!働けば良いんでしょ!額に汗してマジメに勤労に勤しみますよ!」

「その言葉、信じていいんだな?」「イエス!イエス!!イエース!!!」ボクの決意を聞くと母は包丁をケースにしまい、求人雑誌をベッドの上に置いた。

「そうしてくれると助かるわ~。お給料が出たらおうちにいくらかお金入れてね。よーちゃん☆」

そういい残すとおかんは部屋から出て行った。ふぅ。なんでこんなことになっちまったんだよ...これじゃおちおち引き篭もってオナニーも

できやしない。母に刺されるのが先か、メジャーデビューするのが先か。胸糞悪いぜ。ボクは気分を変える為、求人雑誌の表紙のグラビア女で自慰を始めた。


「しゃ、せ~い。しゃっせ~い」

1週間後、ボクは近所の商店街にある「らーめん屋ひいらぎ」でアルバイトを始めた。「おい!テメーもっと腹から声だせや!」

「は、はい!ずびばぜん!」「ほらまたお客さんだ。しゃ、さいませぇ~い」「いらっしゃいませー」「・・・・せぇ~」

「口パクしてんじゃねぇ!しね!」豚の骨を砕くハンマーが飛んできた。ランチタイムは客が多い。「おい、注文まだかよ!」

「あ、はい。みそひとつお願いしまーす」「ウチはみそやってないよ」「ウチは食券制だろうが!しね!」忙しすぎてリアルに目が回ってきた。

キッチンの死角でガブガブと水を飲んでいると「おら、サボッてんじゃねーよ!しね!」と罵声が飛ぶ。この辺で登場人物を紹介しよう。

さっきからボクにしぬように促しているのがアルバイトの先輩、一ノ瀬司(いちのせつかさ)だ。エロゲーのヒロインのような名前だが

短髪にオシャレなソリコミを入れ、食品業界だというのに左耳にピアスをじゃらじゃらつけている典型的DQN野郎だ。

彼は主にスープの仕込み担当でダシをとったり寸胴をかき混ぜたりして一日中厨房の奥で仕事をしている。ガスコンロの真上には大きな音を出す換気扇が

付いており、いくらしねしね言ってもお客さんには聞こえないシステムになっている。ボクはこういう計算だかい不良が一番嫌いだ。

それにボクとひとつしか年が違わないのにすげぇ上からモノを言ってくる。殺したいランキング赤マル急上昇中だ。

「おら、はやくどんぶりもってけよ!しね!」「あ、はい。わかったよ。...クソ...」「おい、いまてめぇタメ口使ったろ」

「いえいえ!5番のテーブルのお姉さま、お待たせいたしました!」「ふん。調子のいいヤツめ」口ひげに手を当てて麺の湯切り時間を

チェックするおっさんはこの店の店長、一ノ瀬鏡(いちのせかがみ)だ。察しの通り、店長は司くんの父親だ。面接の時ボクがラーメンの

味を褒めまくっていたら(もちろんこの店で食ったことはない)そのまま採用してくれたのだ。クソみたいな息子とは違いダンディーで

包容力のあるナイスミドルだ。「...2時30分。やっと昼のピークが終わったところか」店長が壁の時計を眺める頃にはボクはすっかり

汗だくになっていた。水を蛇口からくちびるダイレクトで飲んでいるボクを見て「もうバテてんのかよ。ほんっ、と使えねーな」と司くんが

毒を吐く。うるせぇ。てめぇはスープにバルサミコ酢でも混ぜてろや!ボクが心の中でディスっていると見覚えのある3人が店に入ってきた。

「お、ティラノほんとに働いてんじゃん」「ティラノくん、ひさしぶり~元気~?」「へぇ、結構本格的な店じゃん」

あつし君、幼なじみの坂田三月さん、マッスが食券を買いテーブルに座る。ボクが注文を受けにいくとみんながボクを見て笑ったのでボクも笑みを返した。

仕事中に友達とあうと安心する。この世界ではお前達だけが味方だぜ。

「作務衣(さむえ)、似合ってんじゃん」あつし君がボクの格好を見て言う。
「おうよ。おじょうさん、注文は何にいたしましょ?」
「ニンニクアブラカラメヤサイマシマシで!」

三月さんの冗談を聞いて店長が含み笑いをする。ボクは3人から食券を受け取ると

「しょうゆ1丁、麺かため。とんこつ1丁粉落とし、ギョー定1つお願いします!」と力強く店長にオーダーした。

     

T-3 showdown ~麺 in the soup~



「へい、しょうゆ1丁、麺かため。とんこつ1丁粉落とし、ギョー定1つオーダー頂きました!」

ボクが鼻歌まじりで洗い場にもどると厨房の入り口で司くんが腕組をして待っていた。

「あのおんなの子、おまえの知り合い?」ボクは振り返って三月さんを見てニヤけると司くんにこう返した。

「ええ。カノジョですけど?」「!?」司くんの細いまゆげがつりあがる。へ、ざまぁ。ウソにきまってんだろうが。

「おい、司、お客さんが少なくなってきたからカウンターの掃除を頼む」

麺をゆで始めている店長に言われると司くんは舌打ちをしてボクの横を通り過ぎた。

さて、気に入らないカス野郎がいなくなった所で洗い物でもしようか。ボクは薄いビニール手袋を腕にはめると

お湯につけてあったどんぶりをじゃぶじゃぶ洗い始めた。家でギターを弾いているのに加え、この店で食器を洗ったり、果物オナニーを

したりしているため指がさかむけやあかぎれでボロボロだ。なに?あっちはムケてないのに指はムケムケだって?やかましいわ。

しばらくして店長に声をかけられた。「カウンター3番のお客様のラーメンが出来上がったから持ってってくれ」「あい、わかりました」

ボクはひいらぎ限定メニューの「超とんこつらーめん 泥沼」をおぼんに乗せキッチンを出た。「おまたせいたしましたー」

その時、突然なにかにつまずいた。スローモーションでおぼんからどんぶりが滑り落ちようとする。オアッー!ボクがダイブしてどんぶりを受けようと

するが間に合わずパリーン!という食器の割れる音が店内に響いた。うわ、やべぇ!やっちまった。若いリーマン風の男が台拭きでスーツを

拭いながら「あー、これから商談なのにどうしてくれんだよ」と文句をたれる。しょうだん?ショー・ダウン??ボクがテンパっていると

司くんがやってきて「どうもすみませんでした!」とボクに土下座するように頭を掴んで床に押し付けた。顔を下げた先にはどろっどろの

濃厚スープが待ち構えていた。うぉちちちちちちィー!!!ナニこれ?いま流行りの焼き土下座!?司くんがちいさく

「いーち、にー、さーん」とカウントをする。ボクはバンドを組んでライブを演った日から「変われた」と思っていた。でもそう思っていた

のは自分だけだったみたいだ。学校に行ってもバイトをしても不良にイジめられるし、女の子にはモテないし、ボクのせいもあって家庭は崩壊寸前だ。

ボクは悔しくて涙がこみあげてきた。カウントが9で止まった。

「おいてめぇ、さっきから見てればいい気になってんじゃねぇぞ。全部てめぇのせいじゃねぇか」
「はぁ?なんだおまえ?」

泥沼から顔をあげるとマッスが司くんにつっかかっていた。

「こいつがどんぶりを運んでいる時に足をひっかけたのはおまえだって言ってんだよ」
「それがなんだってんだ?オイ!?」マッスと司くんが額をくっつけて睨み合う。

「ダメ!ケンカはダメだよ!ほら、2人とも、仲直りのチュー!」

三月さんが2人の間に入って止めようとする。あつし君はうん、ただ呆然と立ち尽くしていたと思う。それを見ていたリーマンが立ち上がり

「ちっ、なんだよこの店。二度と来ねぇよ」と捨てゼリフを吐き店を出て行った。他にいたお客さんも箸を置き、ぽつぽつと店から消えていった。

一部始終をみていたであろう店長が「もういい。今日は店じまいだ」といってレジを開けた。札と小銭をマッス達のテーブルに置くと

「お金は払い戻しだ。これで懲りなかったら、またウチに来てよ」と言い、ボクと司くんを睨んだ。

「司は玄関ののれんを下ろしてくれ。平野くんは床の掃除。それが終わったら2人共、庭の休憩所に来てくれ」

そういい残すと店長はタバコをくわえ、庭に続く裏戸を開けた。ボクは立ち上がりマッスと司くんを引き離すと3人に向かって謝った。

「せっかく来てくれたのにごめんな」「...おう」あつし君がマッスの肩を抱いて言った。

「じゃあ...バイト、頑張ってね」三月さんがちいさく手を振ると3人が店から出て行った。

足音が遠くなると司くんが舌打ちをし、「全部お前のせいだかんな」と悪態をついて店の外に出た。

ボクはほっぺについたなるとを口に入れると床に散乱したゲロのようなスープを思い切り蹴り上げた。


ボクと司くんは後片付けを済ますと店長の待つ裏庭にある休憩所に向かった。いっと缶に腰をかけていた鏡店長が立ち上がり、たばこを押し

消した。ゆっくり煙を吐き出すとボクらを見て店長は言った。「司、なんでこうなったか、わかるな?」司くんが慌てながらこう答えた。

「こいつがちゃんと仕事をしないから、お客さんが逃げていっちまったんだよな!?ほら、おまえからもおやじに詫びろよ!」

司くんがぼくの背中を突き、前に押し出すと鏡店長が指の骨をポキポキと鳴らした。これから行われるのは一方的な虐殺だ。反省も弁論も

目の前の鬼は受け付けてくれないだろう。正直に言うとボクはこの時150mlくらい失禁していたと思う。店長が拳を振り上げるとボクは

これまでの16年間が走馬灯のように...て、あれ?気がつくと地面に司くんが転がっている。店長が大きく息を吸い込んでこう叫んだ。

「俺が魂込めて作ったラーメンをなんでてめぇにゴミにされなきゃなんねぇんだ!いつからてめぇはそんなにエラくなったんだ!?おおゥ!!?」

えー、そっちかよ。ボクは倒れている司くんの胸倉を掴み更にもう一発拳を振るう麺鬼を見て呆れた。この親あってこの息子あり、か。

気が済んだのか店長はボクの方を振り返った。やばぃ殺られる。店長は起き上がりボクにこう言った。

「怖がらなくて良い。私は他の子供に手をあげたりはしない」それを聞いてボクはほっとした。

「おまえはクビだ」はい。って、あれェーーッ!!

事情を飲み込めないでいると店長は続けた。

「平野君。君は迷いを抱えながら仕事をしているように見える。ウチは他の事を考えながらやっていけるほど甘い商売ではないんでね」

そう言うと店長は「給与袋」と書かれた封筒をボクの方へ放り投げた。それを握り締めるとボクは奥歯をかみ締めた。

ボクは気に入りかけていた作務衣を脱ぎ「短い間でしたがありがとうございました」と頭を下げるとそのまま商店街を走り出した。

「きゃ、変態?!」パンツ一丁のボクを見てネギをバックに刺したおばさんが悲鳴をあげたがそんなことは関係ない。

「おまえは必要ない」

店長からも、世界からもそう言われている気がして俺はどこにも居場所がないように感じ始めていた。ふざけんな。ふざけんな!俺は

商店街の入り口で振り返ると小さく見える「らーめん屋ひいらぎ」に向かって大声で叫んだ。

「てめぇら、揃いも揃って俺を馬鹿にしてんじゃねー!!絶対ロックスターになっててめぇら見返してやる!ファックオフ!エブリシング!!」

両腕で世界に中指を立てると無くさないように背中に貼り付けていた携帯電話が鳴った。ガムテをはがし電話に出るとマッスが電話口の

先で振り絞るような声で言った。「ティラノ、いま出てこれる?」「うん、大丈夫」「いつものミスドに集合な」「わかった」

突き抜けるような夏空を見上げ、俺は決意を新たにしてこう、宣言した。


「 T - M a s s 、 活 動 再 開 だ ! !」


その後、サイフと洋服を取りにもう一度店に戻ったのはナイショな。

     

T-4 俺たちの放課後Tータイム



停学明けの7月30日。ボクは息を弾ませて学校に続く坂道を駆け上がっていた。遅刻だ、ちこくだァー。カバンの中には総数711枚の原稿用紙が入っている。

これだけの誠意を見せれば留年を取り消してもらえるだろう。286枚目と317枚目と598枚目が一緒の内容なのだが気づくまい。

奴ら教師は「平野が700枚超の反省文を書いたという結果」さえ知れれば満足なのだ。「みなさん、おぱようございます!逢いたかった~Decth!」

ボクが勢いよく扉を開けると1年C組の教室はもぬけの殻だった。ゲマの手下にでもさらわれたか。壁に掛けられているカレンダーを見てボクは

全てを理解した。夏休みでしたァー!てへっ♪ちんぺろ。ボクは教壇に反省文をぶちまけるとクラスいちの美女、巻牧菜の机に精液をぶちまけ教室を後にした。


ボクは2階にある第2音楽室のドアに耳をあて部屋の気配を探っていた。よし、誰もいないな。扉を開くとたばこのヤニの臭いが出迎えた。

ファッキュー、軽音楽部。そう。ここは3ヶ月前にボクが青木田達に宣戦布告した部屋だ。当の軽音楽部達はボクがおこした

ステージ大爆発のおかげで全身火傷の重症で絶賛入院中だ。ざまぁみやがれ。人に小便なんか飲ますからそうなるんだ。ボクは興味本位で

連中の所有物を探した。ミヤタのロッカーから熟女特集のエロ本が出てきて、岡崎のもの入れからは煙草のハイライトが出てきた。

ボクは青木田のようにテーブルに足をかけて座るとたばこをくわえ、ライターで火を付けてゆっくりと息を吸い込んだ。真っ白な肺胞を

群青の煙りが覆いつくすイメージ。たばこバージン、ハイライト先輩に捧げちまった。そんな妄想を繰り広げているといきなりドアが開いて

「おー、いたいた」と声が聞こえた。うおゥ!やべぇ!先コーに見つかったらまた停学になっちまう。しかしその心配は無用に終わった。

ドアを開けたのはあつし君でボクに声を掛けたのはマッスだった。「おい、自分から呼んどいてなんだ、そのリアクション?」

「な、なんでもねぇよ!」ボクがたばこをテーブルに押し付けると「わぁー、おれが買ったドラムがある。なつかしいなぁー」とあつし君が

教室の隅にあるドラムキットに駆け寄った。そうか、あつし君は去年までこの部に所属してたんだっけ。まぁ、ボクも4月の半ばまでいたけど。

マッスが転がっているアンプを見て理解したように発言した。

「そうか、学校にベース持って来い、って言ってたのはココで練習しようってことだったんだな」
「まあね。でも一度やってみたかった事があるんだ」「やってみたいこと?」あつし君が振り返るとボクはその準備に取り掛かった。


「よし!それじゃ、かんぱーい!!」

ボク達3人はジャスミンティーの入ったカップでかちん、と乾杯をした。This Is 放課後ティータイム。中学時代の俺、ねがいごとは叶いましたよ。

できればこんなむさ苦しい男達と乾杯なんてごめんだったけどな。「へぇ。あのチンピラ達、結構機材買い込んでたんだな」マッスが教室の

小さなステージを見てにやけた。「ほとんど先輩やおれが持ってきたものだけどね。あいつらのせいで先輩達も退学になっちまったしほんと、むかつくよ」

悔しそうにステージを睨むあつし君を見てボクは言った。

「取り返そうぜ。この軽音楽部を」「え?」
「そりゃ、いますぐにじゃないけどさ、青木田達が退院して決着を着けたらこの教室を俺達のモノにするんだ。イッツオーライ!やってやろうぜ!」

ボクがカップを掲げると2人も同じようにカップを掲げた。「いくぜ!」「おう!」「セックス!」いつもの号令がかかるとボクらT-Massは

どっかのお笑いコンビのように気味悪く笑い合った。お茶を飲み干すとマッスが言った。

「こないだ言ったライブ場所だけどさ、なんとか目処が付きそうだぜ。ティラノ、まともな曲は書けたのかよ?」
「あ?こないだミスドで聞かせた『あずにゃんの声でイこうよ』じゃダメなのかよ」
「あんな恥ずかしい曲、人前で出来るかよ」
「はっ、非童貞のベーシストが『ボクの童貞をキミにささぐぅー』なんてコーラスしてるクセに良く言うよ。男なら初夜まで純情を守り抜けっつの」
「うそ?マッスってせっくす経験者なのかよ!?」
「うるせーおまえら!そんなんだからいつまで経っても彼女ができねぇんだよ!」

ボクら3人は中身のないバカ話を続けた。ホモ臭いって言われるけどやっぱり男同士の下ネタトークは最高だ!バイト先にクビを宣告された

あの日、ボクらはいつものミスドでこれからの活動計画を立てた。T-Massの目標が「学祭でライブを成功させること」から「ロックで世界を驚かすこと」に変わった。

その為にボクは新曲の制作、マッスはライブ会場のブッキング、あつし君は、えっと、なんだっけ...

「そう言えば『となりの壁ドンドンズ』のベース変わったってさ」「またかよ!あそこのバンド出入り激しすぎなんだよ!」

そう、あつし君は最新の音楽情報の収集。ちなみに三月さんはT-Massの広告係だ。学校の掲示板炎上効果もあり、ようつべに上げた

「ぼくどう」のライブ音源の視聴数はついに4ケタを越えた。万事順調。ボクがへらへらしているとマッスが立ち上がった。

「よし!ひさしぶりにジャムでもすっか!」
「おう!アイツらが残した機材もあるし」
「...やれやれ。才能の安売りはしない主義なんだがな...」

ボクは愛用のキングクルムゾンと言う謎のメーカーのストラトキャスターを手に取るとカッコ良くステージの上に立った。

「マッス、ドアと窓を全開に開けてくれ」「自分でやれや」

ボクは窓を全開に開けると外で活動している部活動連中に向かってこう叫んだ。

「ヨゥヨゥ!全世界のみなさま、お待たせしました!第2音楽室にてT-Massが演奏中!チェックしときな!ベイベー!」

振り返るイケメンサッカー部員にツバを吐きかけるとチューニングをしているリズム隊に声を掛けた。

「チェックオーケー?」「イッツオーライ!」
「それは俺の決めゼリフだっつの...いくぜ!新曲、『下半身が止マラない』!!」

「その曲、嫌だっつーの!」嫌がる2人を振り切ってボクはイントロのギターをかきむしった。

「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」

そんなフレーズを叫びながらボク達は楽器を介して魂の会話をした。「学祭でのライブだけどよ、ティラノはどう思った?」
「俺は気持ちよかったよ。射精もうんこも出来たし」「そりゃお前は気持ちよかったかもしれないけど...青木田達の演奏と比べたら全然ダメだったよな」
「あいつらを見返すにはもっと練習して良い曲作るしかないみたいだな。とりあえずティラノ、ステージでオナニーすんのはNGな」

間奏でマッスが吠えるとボクは2番のサビのフレーズを叫んだ。

「ヤらない?ヤれない?そーんなんじゃ意味ないじゃん!日本が大好きアンジョンファン!A、B、Cでやり直そうぜ!時代はもう来た。シャレもう飽きた?」

早いテンポで高い音程が続く。流れる汗を吹き払ってボクは息を吸い込む。

「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」
「(ヤらない?ヤれない?)そーんなんじゃ意味ないじゃん!とっても大好きあん、アン、an!A、B、Cでもっかいスタンバイ!時代はもう来た。そうさ、僕達!」

「「「下半身がとまらなーーーい!!!」」」

ボク等3人が拳を振り上げてコーラスを決めると「下半身が止マラない」というノンストップ高速スライダー系殺人BPMソングは電光石火で向陽高校軽音楽部室に舞い降りた。

扉の影から見つめていたマッスファンらしき女の子3人がひそひそ会話しだす。「やだー」「鱒浦君ってあいつと同レベルの人間だったんだ...」「だねー」

「ちょ、ちょっと!違うんだ!」ボクは女の子を追おうとするマッスの肩を叩いて無言で首を横に振った。「畜生。次の曲行くぞ」

「よし!あの人のことが頭をよぎって眠れない時、ムラムラしてる時。そんな時はこの曲で一緒に気持ちよくナロウゼ!『あずにゃんの声でイこうよー』!!」

「い や だ ー ! ! !」涙声でマッスはピックを振り下ろしていた。


ボクらが持ち歌を全曲演奏し終わる頃あたりはすっかり暗くなっていた。「そろそろ帰ろうか」「ダネー」ボクらは機材の片付けに入った。

あつし君が思いついたように言った。「そうだ!夏休みの間、ずっとこの教室で練習しようよ!その方がスタジオ代かからなくて済むし!」

テンションの上がるあつし君をみて「いや、それはダメだ」とマッスが首を振った。ボクは窓を閉めるとあつし君にこう言った。

「この教室は現時点で青木田達のモンだろ。なんかヤンキーのおさがりの『中古の女』を抱かされてるみたいでイヤなんだよね」
「どーていのクセによく言うわ」

マッスがボクを見て笑う。無視してボクは続けた。

「この部屋を次に使うのは退院した青木田達がボクらに敗北宣言をしてからだ!それまでずっと処女ってな!出し入れ大好きヤリマン教室ちゃんよ!」

そう言うとボクは椅子の下に置いてあったハイライトをくわえ、たばこに火を付けた。「兄弟、契りを交わそうぜ」2人にたばこを勧めると

あつし君がテンパる。「あれ?火がつかないぞ?」「バーカ。吸いながらじゃなきゃ着かねーよ」マッスに吸い方を教わるとあつし君が満足げに煙を吐き出した。

「よーし!次のライブに向けて、前進あるのみ!バイブレーション!世界にT-Massの存在を知らしめてやろうぜ!」

T-Massのメンバーがおーぅ、と拳を上げると廊下の電気が切れたのでボクらは学校を後にした。次の日学校で謎のボヤがあったらしい。

どうせどっかの童貞まるだしのインテリヤンキー達の仕業だろう。疲れた。シコって寝る。

     

「ようちゃ~ん、鱒浦くんから電話よ~」

夏休み1週目。ボクは部屋で実況パワフルプロ野球をプレーしていた。オリックスの内野手がまーたフィルダースチョイスをしでかした。

「クソ!フェンスに頭ぶっけてしねや!」「ようちゃん電話~」

ボクはテレビにコントローラをブン投げると階段を転がる岩のように下り降りた。

「なんだよマッス」
「ああ、ティラノ?いつものミスドに集合な」
「ええ?マジかよ?!」
「マジだよ。おまえ、携帯どうしたんだよ」
「また止まったんだよ!」
「...色々大変だな。とにかく急いで来てくれ。重大発表があるからさ」

そう言うとマッスは電話をガチャ切りした。外は猛暑で出たくねぇんだわ。ボクはとりあえずママから2千円もらうと蜃気楼歪む街角をアイスを舐めながらちんたらと歩いた。

「さっき言った『だからだからだから~』のとこなんだけどズンチ、ズンチ、ズンチに戻した方がいいと思うんだ」
「OK。じゃ、ズンチ、ズンチ、ズズンチはキャンセルで」
「いや、ちょっと待って。どっちにしようかな...」
「おう、みんなお待たせ!なんだよ話って」

マッスとあつし君がなにやら話し合っている。ボクがいつものように三月さんのとなりに座るとマッスが話を切り出した。

「俺達のライブハウスデビューが遂に決まったぞ!今週の土曜日のザ・ロックスで17時から。ドンドンズの対バンの前座だ。ティラノ、おまえ新曲は書けたんだろうな?」

ボクは静かに息を吐き出し手に握ったsyrup16gをアイスコーヒーの中に落しいれストローをマドラーの代わりにしてぐるぐるとかき回した。
黒と白の液体が螺旋を描いて灰色に結ばれる。その流れはまるで世界の縮図のよう。可も無く不可もなく不甲斐ないボク達は、

「おら!情景描写に逃げてんじゃねぇよ!!びっくりするなぁ、オイ!次会うまでに一曲しあげてこいって言ったろ!このずんぐりむっくり!」

珍しくマッスがボクに暴言を投げかける。

「今週の土曜日って急だね」
「ああ、本来演るはずのバンドが解散しちゃってさ。急に昨日出演オファーがあって。おれ達もう、全然余裕ない、って感じ」

マッスに叱られている間、三月さんとあつし君がそんな会話をしていた。
「持ち時間は何分なんだよ?」「あァ!?」「20分だって」
「じゃあ、『ぼくどう』を6回演れば?」「いい加減にしろ!!」

マッスがテーブルを叩いて立ち上がる。

「鱒浦君、どうしたの?いつもとキャラ違うよ」「...ああ、すまない」

三月さんに諭されマッスは席に座った。

「街中のライブハウス全部周って交渉したんだけどよ、いま夏休みでどこもスケジュール一杯だったんだよ」

あつし君が付け足すように言う。

「ドンドンズはこの界隈で一番知名度のあるバンド。ここは次にライブ演る時にためにも関係を繋いでおきたい。その点で今回のおれ達のパフォーマンスは重要なんだ」
「関係を持つ...つまり一発ヤラせてください、ってことか?」「...もうそういう解釈でいいよ。ごめんな大声だして」

T-Massの暫定リーダーであるマッスはライブハウスの出演予約が取れなくて責任を感じているようだった。

「気にすんなよ。いざとなったら学校の音楽室や公園のステージで演奏すればいいんだから」「そ、そうだよな」ボクは立ち上がって大声でこう宣言した。

「ライブジムミスタードーナッツにお集まりの皆様、お待たせいたしました!ボク達T-Mass初のライブハウスライブが今週土曜日、遂に決定!
なつかしのあの曲やアグレッシブな新曲が観られるか。こうご期待!...カミングスーン...!!」

ボクがカッコよくポーズを決めていると「あのー、静かにしていただけませんか?毎度毎度のことですが」と店員に注意された。

席に座りアイスコーヒーをすするとマッスが話をまとめだした。

「それじゃ、三月さんはブログとツイッターでライブ情報を拡散してね。本番まで時間が無い。オレ達はこれからスタジオで練習。場所は3時からスタジオガッチャな」
「マジかよォー、これからニコ生で『まどか』の再放送があるのによォー!」
「そっか、ネタバレしてやる。さやかは魔女化する」
「ちょ、マッスてめぇ...」
「よし、解散。時間がもったいない。ティラノ、オレ達は先にスタジオ行ってるから家からギター持って来いよな」
「いいよ、スタジオでレンタルするから」

4人が立ち上がり店を出ると三月さんと別れの挨拶をしてボクらはスタジオに向かった。まさかあんなに頑張っていたさやかが魔女になるなんてな。

畜生。マッスの野郎。興が削がれちまった。『まどか』はレンタルで観るとしてここは目先のライブに集中するか。そんなこんなでボクらは

スタジオで練習を重ね、土曜日がやって来た。


「やぁ!キミらがT-Massの子らやな!今晩はよろしく頼むで!」

ザ・ロックスのロビー。ドンドンズのボーカル、ドンキホーテ浜田さんがボクに握手を求めてきた。あ、この人深夜の音楽番組で観た事ある!ボクが手をぶんぶんと振られていると

「ステージングとライティングはどうする?」スタッフのお兄さんに聞かれたので「おれが話付けとくよ」とあつし君がその役を買ってでた。

「なんや、キミ、ステージ燃やして警察に捕まったんやて?オレも若い頃よくヤンチャしとったわ~」

はぁ、そうですか。ボクはその後ドンキさんの武勇伝を延々30分聞かされた。「おい、ティラノ!なにしてんだよ!本番15分前だぞ!」

マッスが慌ててボクの腕を掴んだ。いつもは冷静なマッスだが今回は余裕が無いらしい。ボクらが走り出すと「若人諸君、がんばりや~」

と気の抜けた声がロビーに響いた。果たしてライブ開演時間に間に合うのか!?いや、間に合うんだけどさ。ボクらT-Massの3人は楽屋裏で

最後の打ち合わせをした。次回、「遂にライブハウスデビュー!!!」の一本でお送りします。

     

「T-Mass、一本入ります!」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」

楽屋でボクらT-Massがいつもの掛け声を上げ、気合を入れていると入場のSE、T-Rexの「20th century boy」がフロアに鳴り響いた。

「T-Massの方々、出番です!」スタッフに促されボクらはステージにつながる細道を渡った。やってやるぜ。ボクはこれまでの経緯を思い出した。

「お前みたいなヘタレ野郎がバンドのフロントマンなんか出来るわけねぇだろ。なめんな」
「ちょっと、なにあいつー、ちょぉキモいんだけどー」
「迷いを抱えながら仕事をしてるような人間はいらないよ」

みんな嘲(わら)ってやがる。どいつもこいつも俺をバカにしやがって!俺が正真正銘のロックスターだって事を

証明してやらぁ!!みとけよ、みとけよー!!細道から照明の光が差し込んでる。オラァ!ボクはカーテンをはねのけ、勢いよくステージに登場した。

「どうも!T-Massです!ってあれ?」

ボクが客席を見渡すと三月さんと音響を担当しているPAさん、カウンターで酒を飲んでいるスーツ姿のおっさん。それとベンチで煙草をふかしている

セクシーなおねぇさんの4人しかいない。「あのねぇちゃん、毒(びょうき)持ってるからな。ホイホイついてったらアカンで!」と

ライブ前ドンキさんに警告されていた。いや!この際おねぇちゃんはどうでもいい!

「ちょっと、ちょっとォ~スタッフさん、お客さん入れちゃってくださいよォ~ロビーに待たせたまんまじゃ悪いですって」
「はぁ?これで全員だけど?」「ふぇぇ!?」

マジかよ!思わず幼女みてぇな声が出ちまった。ボクらのライブハウスデビューは客が3人という悲惨な状況でスタートすることになった。

つーか、頭の斜め上の照明が眩しくて暑い。そのくせ足元が暗いせいでエフェクターの位置が分かりづらい。えっと、どっちがオバドラだっけ。

ギターを抱えエフェクターを踏み替えながら音質をチェックしているとドラムのあつし君が「オッケーでーす!」とPAさんに合図を出した。

しばらくしてT-Rexが鳴り止んだ。

マッスが「準備OK。MC頼むぜ」と目で合図を送る。ボクはマイクを掴んで話を切り出した。

「武道館にお集まりの13000人の皆様、お待たせいたしました。T-Massです!」

おねぇちゃんが煙草を吹き出す。ボクはピックを掴んでこう締めくくった。

「ボク達をクズ扱いしているゴミムシ以下の皆様、どうかボクらに20分だけ時間をください。俺がてめぇらより高尚ないきものだって事を証明してやるぜ!
イくぜ!『ボクの童貞をキミにささぐぅーーー!!!』」

様子を見に来たドンキさんが「ほぅ」という顔をするとボクらはステージに性欲を具現化した音塊をブチまけた。

「だからだからだからボクの精液をキミにそそぐぅー!!うおらぁー!!!」

ボクが適当に腕をぐるぐる回しながら弦を弾きまくるとだかだかだかだか、ば~ん!というドラムで1曲目が終了した。どうだ!どうだ?


し~ん。じゃなくて、ち~ん。観客全員無反応。まるで誰かのお葬式みたいだ。畜生。無反応ってのが一番キツい。まるでこの小説みたいだね!ハハッ

気分を変えようぜ。ボクは次の曲のイントロを弾き始めた。「『あずにゃんの声でイこうよ』という曲です。シンギン!」

三月さんが吹き出した。新曲だし、誰も知らないから歌えないでしょ。って感じだ。このパーティーチューンで勝負だ!コラァ!!

「まるでジブリの映画みたいな学生生活 ツインテキャットは今日もゴロニャーゴ、にゃーご、にゃーご
先輩達のくちびるは今日も軟らかく、濡ーれーている

『あんまり上手くない冗談みたいな人生ですね』キミはそう嘲うけど

Oh、ブーンブーン鳴ってる そのムスタング Ah、いちゃいちゃ絡みつく その鳴ーき声

凹んだ顔も好きだーよ 受話器越しにナーゴ、なーご、なう。」

びっくりしただろ?この曲はテレホンセックスの歌だ。曲名はThe Yellow Monkeyの「アバンギャルドでいこうよ」という曲名をパロッたモノだ。

曲の雰囲気は「HOTEL宇宙船」に少し似てる。てか似せた。「完全なオリジナルは素人には受け入れられづらい」みたいな事を誰かが言ってた。

間奏が終わるとボクはリバーブのエフェクターに踏み変えた。

「ゴキブリって呼ばれてんの知ってる 熱愛発覚したの知ってる 捨て猫みたいな嘲い声 そんなのみんな聞きたくない~」

ボクの声にエコーがかかるとPAさんがボクに親指を突き出した。よし、イケる。ボクはまたエフェクターを踏み変えて大サビを歌った。

「Oh、ブーンブーン鳴ってる そのムスタング Ah、いちゃいちゃ絡みつく その鳴ーき声
アガってるキミが好きだーよ 手を引いてニャーオ、にゃーお、なう。」

ジャカジャーン。彷徨える黒猫よ。本能の鳴き声に従え。個人的神曲をドロップした余韻で感動していると「次の曲いくぞ」とマッスに急かされたので3曲目の

イントロをかき鳴らした。後編に続くんだぜ!!シンギン!

     

「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」

ボクらは3曲目に『下半身が止マラない』をセレクトした。ステージの熱気で体温は上がっているが閑散としたフロアは冷え切っていた。

クソが。ボクが早口でまくし立てているとロビーの方が騒がしい。

「つーか、もう開演してんの?早くね?」
「フライヤーはゴミ箱にポイーで」
「おー、やってる。とりあえず酒頼もうぜー」

ダン!と勢いよくドアが開くとモヒカンと釘ピアスと金髪ロンゲのDQN3兄弟がフロアに流れ込んできた。一気に場の空気が張り付く。

深夜に便所でバッタを見つけたようにボクは背筋にぞわぞわしたモノが電流のように走った。落ち着け。演奏に集中しろ。

カウンターで酒を受け取るとヤンキーの一人が言った。

「なんかさぁ、うるさくねぇ?」

そうか。やっぱり闘らなきゃならないのか。

「ナニ言ってんのアイツ?」「キモくねー?」「おいヘタクソ。俺らと代われや」

ボクの歌が強張り、マッスのベースがハシり、あつし君のドラムがもたつく。よれた旋律がステージと客の間を漂う。

くそ、完全にリズムを崩された!青木田達で不良慣れしていたはずなのに!

「あれーなんか音すんだけど、もうやってんの?」
「あのベース弾いてる人カッコ良くない?」
「まじー?リョウコ趣味わるいんじゃない?」

ヤンキー以外にもぞろぞろとお客さんが入ってきた。いや、こいつらはT-Massの客じゃない。次のパンクバンド「Ashmed」の客達だ。

どいつもこいつもガラの悪そうな顔をしてやがる。ボクはサビのフレーズを歌った。

「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」
「えっと、そーんなんじゃ意味ないじゃん!とっても大好きあん、アン、an!A、B、Cでもっかいスタンバイ!時代はもう来た。そうさ、僕達!」

「下半身がとまらなーーーい!」

ボクが右腕を突き上げるとフロアから大爆笑が起こった。

「ぶはははは!えっ?なにが止まらないって??」「下半身が止まらないってよォー!頭おかしいんじゃねぇの!あいつ!」

コーラスするのをためらったマッスが照れ隠しでボクに手を向けて謝った。チッ、切り替えろ。ボクは次の曲「 Monig Stand 」のアルペジオを弾き始めた。

この曲はスローテンポのロッカバラードで、それにステージとフロアが近いため客の声がほとんど全部聞こえる。

「誰あいつ」とかならまだいい。知らない人間に攻撃的な言葉を吐かれるほど怖いものはない。まずい!このままだと完全に雰囲気に飲まれてしまう。

「タイム!」ギターソロの途中、ボクが両手で野球のタイムのポーズを取るとボクとマッスはあつし君のいるドラムの前にあつまった。

「おい、どうしたんだよティラノ?」「それはこっちのセリフだよ。なにビビってんだよお前ら」「この状況で冷静に演奏するなんて無理だろ」

マッスが悔しそうにフロアを指差す。DQN達は「やーめーろ、やーめーろ」の大合唱だ。それがどうしたってんだよ!ボクは2人を見つめて言った。

「よし、次はアレを演る」「まじで?」「アレは昨日出来たばっかりでまともに練習してないだろ」

「この空気を吹っ飛ばすにはアレしかない。いいか!次でラストだ!悔いだけは残すなよ!」

そう2人に言うとボクはマイクを掴んで呟き始めた。

「YO!このクソみたいなライブハウスで俺らそうさ、闘争!
睨みつける怖い顔のニーチャンネーチャン見てオレ逃走!
したくなる気持ち抑え、友と共に共闘!まじやべぇ曲聴いて客の目からドー!
ネタが切れてきたからそろそろどーぞ! イクぜ、イクぜ、イクぜ、ヤリタインジャー!!!」


ボクの即興ラップとシャウトで少しの間、ヤジが消し飛ぶ。ギターをかき鳴らすと口を突き出して1番の歌詞を歌った。

「オレもあいつもきっと、やっぱ、もっと突き合いたいのさ~銜えろ(YO!)しゃぶれよ(YO!)こうかい、はぁ、ナシだぜぇ!
オレもあいつもきっと、やっぱ、もっとブチ込みたいのさ~イキれよ(YO!)孕まセ~ヨ、犯せ!絞首刑にな~るまでぇ~」

「童貞戦隊ヤリタインジャー(YEA!)」

ステージにメチャクチャなアンサンブルが響く。スタッフが頭を抱えるのが見えた。赤と緑の照明がぐるぐる回るステージでボクはマイクを掴んで歌いだした。

「(お~お~)どうやったらボクにも彼女が出来ますか?(NO~NO)てめぇら見てるとムカつくんだよ!(ど~てい)いきり立ってイコウゼ!ベイベ!!」

「(30過ぎてる逝き遅れ!)ティラノは熟女も守備範囲ですよ(30過ぎてもヤレやしねぇ!)魔法使っちゃって、空とんじゃってYEA!!」

「オレもあいつもきっと、やっぱ、もっと突き合いたいのさ~銜えろ(YO!)しゃぶれよ(YO!)こうかい、はぁ、ナシだぜぇ!
オレもあいつもきっと、やっぱ、もっとブチ込みたいのさ~イキれよ(YO!)孕まセ~ヨ、犯せ!絞首刑にな~るまでぇ~」

「童貞戦隊ヤリタインジャー(YEA!)」

気がついたらボクはフロアに飛び込んでいた。ボクが腕を振り回すとあごに蹴りが飛んできた。口の中に鉄の味が広がる。「ぜんっぜん痛くねぇんだよ!カスが!」

血まみれのシャツでステージに上がると涙目で2番の歌詞を歌い始めた。

「(お~お~)どうせだったら最後まで付き合ってください(アッー、アッー)ホモのおっさんはノーセンキューで(ど~てい)イチイチうるせ~んだよボケ!!」

「(3分間ではじめまして!)東京事変は関係ねぇだろ!(サンダル履いたらマメできた)知ったこっちゃねぇ、ヤってねぇ、ブチカマそうぜ!ベイベ!!」

「オレもあいつもきっと、やっぱ、もっと突き合いたいのさ~銜えろ(YO!)しゃぶれよ(YO!)こうかい、はぁ、ナシだぜぇ!
オレもあいつもきっと、やっぱ、もっとブチ込みたいのさ~イキれよ(YO!)孕まセ~ヨ、犯せ!絞首刑にな~るまでぇ~」

「童貞戦隊ヤリタイふがっ」

突然目の前でガラスが弾ける。ボクは膝を折って倒れた。「いつまでもくだらねぇ歌うたってんじゃねぇよてめぇ」顔をあげると

目の前にショッキングブルーのパンツを穿いた黒と金のツートンカラーのボブカットの女の子が立っていた。「さっさと特別学級に戻んな。池沼」

彼女はボクのギターからケーブルを引き抜き、自分のテレキャスターにジャックするとセンターマイクに向かってこう言い放った。

「これから40分間、私達『きんぎょ in the box』が受け持った。ヘタレマザコン野郎共はママの乳吸いに帰んな」

彼女の宣戦布告に野太い野次が飛ぶ。

「おら、テメー!おんなだからって調子こいてんじゃねーぞ!」「次はAshmedの番だろうが!」「ルール守れ!コラァ!」彼女は息を吸い込んだ。

「う る せ ぇ ! ! ! 」「!?」

彼女のシャウトに観客が静まり返る。「ほら、どいてどいて」「ごめんね~」あつし君とマッスが彼女のメンバー達に入れ替わるよう指示を出されていた。

「おら、どけ」ボクはゴミのように腹を蹴り上げられてステージから追い出された。その後、薄れ逝く意識の中、横になりながら彼女達の

演奏を聴いていた。マジかよ。マジなんだよな。こうしてボクらT-Massのライブは大失敗に終わった。苦い思い出のように彼女の穿いていた

ショッキングブルーのパンツがいつまでも瞳に張り付いていた。

     

夏休み2週目。ボクはそわそわしながら家の階段下の受話器の前に座っていた。

こないだアイスと一緒に買った『セクロスF』のウエハースに入っていたカードが当たったのだ。カードにはヒロインの「マンカ」ちゃんの

電話番号が書いてある。そう。いまから、マンカちゃんと生トークだぜ!ボクははやる気持ちを抑えながら黒電話のダイヤルを回した。

「もしも~し!セクロスフロンティアのマンカ・スーで~す!元気~?」

うほほ!マンカちゃん、キター!!いかん、レディの前、ここはひとつ、冷静にならねば。ボクは下ろしかけていたパンツを穿き渋めの声でこう答えた。

「こんにちは。マンカちゃん。突然だけど、いま、何色のパンツを穿いてるのかな?」
「え、なに~?もっと、はっきり、大きな声で言ってもらえるかな~?」

え?ボクが手元のカードを裏返すと「※電話するときは大きくはっきりとした声で会話してください」と書いてある。

ふぅ。注文の多いレィデェは嫌いじゃないぜ。ボクは息を吸い込んでマンカちゃんに質問した。

「あのさぁ!マンカちゃん、何色のパンツ穿いてんの?」「カルトくんはいま何してるのかな~」「おい!パンツは!」「逢いたいよ~カルトくぅ~ん」

なんだこいつ。会話が成立しねぇ。ボクは先日のライブの失敗で少し気が立っていた。

「おいてめぇ!いま何の生地で!どんな形状で!!何色のパンツ穿いてんのか聞いてんだよ!!!」「カルトくぅ~ん」ボクは遂にブチギレた。

「こっちの質問に答えやがれ!このキ○ガイ緑蟲が!!!」「昼間っからなにほざいてるんだい!このキチ○イドラ息子が!!!」

台所で一部始終を聞いていたマッマがブチ切れた。「...もう、いい加減にしてよ...」ぽろぽろと母が急に涙を流し始めた。まったく。

さっきまでキレてたと思ったら急に号泣ですか。女ってのはよくわかんないぜ!「...あんた、バイトは?」「はぁ?バイトならこないだクビになったけど」

母が膝から崩れ落ちた。「か、かぁさん!」「...大丈夫...お母さん、すこし疲れたみたい...ちょっとお薬飲んだら横になるね」

そういい残すと母はボクが肩にかけた手を払い台所にとぼとぼと向かった。最近母は抗鬱剤の飲みすぎで後頭部に10円ハゲが出来ていた。

...やれやれ、ここは家族の長男である俺が働きにでなければなるまい。ボクは受話器を拾い上げ、まだひとりで会話しているマンカちゃん

に「幻滅しました。シュリルちゃんファンになります」と言い残しガチャ切りするとあの店のダイヤルを回した。


「よくきたね。そろそろやってくる頃だと思ったよ」

らーめん屋ひいらぎの店長、一ノ瀬鏡が作務衣に着替えているボクの背中に言った。ボクは振り返ると無言で頭を下げた。

「まーた店に迷惑かけに戻ってきたのか。このイジメられっ子が」

更衣室に入ってきた一ノ瀬司くんを鏡店長が睨む。司くんは不服そうに舌打ちすると「...ちっわかったよ」と言い残し自分の持ち場である

厨房に戻って行った。店長が電話での内容を復唱する。

「キミが今日一日ノークレームで接客を終えればキミをウチで長期のアルバイトとして採用しよう。ただし、一件でもお客さんから苦情が
来たらその場で帰ってもらう。いいね?」

「はい。わかってます」ボクは静かにうなづいた。「キミの仕事は前回とおなじ。お客さんから注文を受けてどんぶりを運び、時間があれば
洗い場で食器の洗浄。メニューがひとつ増えたので確認しておくように」

機械みたいな声で店長が今回の採用ゲームのルールを発表すると更衣室を出、階段を降りて行った。冗談じゃない。あんた達はゲーム感覚

かもしれないけどこっちは生活が懸かってんだ!客に文句ひとつ言わせねぇ!ボクは額のハチマキをぎっちりしめなおすと「おっし!」と

気合を入れ階段を駆け降りた。


「いらっしゃいませー!!らーめんひいらぎへようこそゥ!!」

ボクはリーマン風の男4人組をテーブル席に招き、食券を受け取ると店長に向かって叫んだ。「とんこつ3丁、麺かため!しお一丁お願いシマース!!」

「とんこつ3丁、麺かため。しお一丁ね。かしこまりました!」店長がメニューを復唱する。食券を店長の見える所に置くと

ボクはすぐさまじゃぶじゃぶと食器の洗いに入った。「お~お~、そんなにトバして夜まで持つかねぇ」厨房の入り口で司くんがあごひげを

イジりながらボクを嘲笑う。クソが。お前の相手をしてるヒマはねぇんだよ。「いらっしゃいませぇ~」自動ドアが開くとボクはお客さんを

出迎えに行った。


「とんこつ2丁、バリカタ、麺かため、お待たせしました!」「ありがとうございまーす!」お昼のラッシュがやってきた。

ボクは店長からどんぶりを受け取ると急いで

お客さんの座っているテーブルへ持って行った。途中、床のアブラでスリップするが、そこは気合で耐え、リア充カップルにあつあつの

らーめんをお届けした。「次!超とんこつらーめん睡蓮と泥沼、お待たせいたしました」「はい、ありがとうございまーす!」

来たか。店長の新作らーめん「睡蓮」。モネという画家の絵を参考にネギやなるとを浮かばせたこの創作らーめんは街のタウン情報誌で紹介

されるほどの人気になっていた。こんな時に余計な事してくれるぜ。緑色のスープが全然美味そうに見えない。ボクは次から次へとオーダー

されるメニューと出来上がったどんぶりを機械のように正確に、そして早く、お客さんの所へ届けて行った。

ぼーん。2時半を告げる時計の音が店内に鳴り響いた。ボクにとって気が遠くなるほど長く、そして忙しいピーク時間が終わった。とりあえず

一安心だ。大きく息を吐き出すと呼吸を整えながらボクは洗い場へ向かった。

どんぶりをお湯につけていると店長がやってきた。「お客さんは全員出はらった。少し休憩しな」そういうと店長は隠し持っていた缶コーヒーを

ボクに手渡した。「ありがとうございます!」ボクは店長の好意に甘え、コーヒーをがらっがらの喉に流し込んだ。店長がボクの姿を見て言った。

「俺にあんな言われ方をしたからもう二度と来ないのかと思ったよ」「ああ、あん時のオヤジの目、マジだったからな」チャーシューを

つまみ食いしていた司くんが厨房から出てきた。コーヒーを飲み干すとボクは少し自虐的に2人に身の上話を打ち明けた。

「うち、とうちゃんが会社クビになっちゃって。母さんも俺が学校で事件おこしたりして迷惑かけてるんで少しでも楽させてやろう
かな、って働くことにしたんですよ。おまけにヤクザの息子に目ぇつけられちゃって。これもう、今流行りのツンデレ系じゃなくて詰んでる系?
なんちゃって。はは...」

「...そうか」

店内に無言の空気が流れる。

「あ!いや!全然気にしないでください!全部俺のせいだし、自分でケリをつけなきゃいけない問題だと思ってますし、おすし!ほら!司くん
もそんな顔すんなよ!」

ボクが肘で司くんを突くが、司くんはなにやら神妙な顔つきをしている。いつもなら「タメ語つかってんじゃねぇ!しね!」と返してくれる

所なのに。ブーン。自動ドアが開く。「いらっしゃいませー」「とんこつらーめんひとつ」

背広を着た中年がカウンターの椅子を引く。

「あのぉ~うちは食券制になってるんですが...」「あっそ、じゃあいいよ」

そう捨てゼリフを残すとおっさんは店の外へ出て行った。「なんなんだあのオヤジ」司くんが吐き捨てるように言うがボクは入り口に向かって走り出していた。

「おい!」「すいません!すぐ戻ります!」ボクは店長に言い残すと店を出て商店街を走り出した。あのおっさん、どこに行ったんだ。

ボクが左右を見渡すと茶色の背広の中年が路地に入っていくのが見えた。よし、見つけた。ボクは全速力で路地に向かって走った。

ガシャーン!!路地の入り口でボクは配達中のそば屋のバイクに撥ねられた。「だ、だいじょぶか!?あんちゃん!!」

心配そうに駆け寄るおっちゃんの手を払いのけ、立ち上がるとボクは背広の中年を追った。右足を前に出すたび沼に沈むような感覚に陥る。

「待って!待ってください!」膝が折れ、這いずり回るようにしてボクは中年のズボンの裾を掴んだ「な!?なに!?」おっさんが声を裏返す。

ボクは声を振り絞ってお客さんにこう伝えた。

「う、ウチの店は...口頭での注文も承ってますんで、どうか、ウチで食べていってくださいいぃぃぃいいい~」「ひい~」

商店街におっさんの悲鳴が鳴り響いた。


ブーン。らーめん屋ひいらぎのドアが開く音。「おい!おまえ、遅かったじゃねぇか!...っておい!」

司くんがボクを見て声を失う。ボクに肩を貸していた禿げ頭で、腹が出ている中年のおっさんは店長にこうオーダーした。

「この子にらーめんを作ってやってくれ。この店で一番上等ならーめんをな」

そういい残すとおっさんはボクをカウンターに座らせ店の外へ出て行った。店長はボクを見て笑顔で親指を突き出した。


「平野洋一くん。ようこそ。ウチの店、らーめん屋ひいらぎへ!」

全身ぼろぼろのボクの前に超らーめん睡蓮のどんぶりが置かれた。「これ...食べてもいいんですか?」「ああ。ウチの店の仲間入りを果たした
証だ。どうぞ。召し上がってくれ」

腹が減っていたのでボクは無心でどんぶりの中の麺をすすっていた。

「キミがみせてくれた一人のお客さんに対する思いやり。それが俺たち親子に足りなかったものだ。
そのことを内心見下していたキミに気付かされた。私は店長失格だ。本当に一人前のらーめん屋になるためにもキミと一緒に働かせてくれないか」

「よろしく頼むぜ!平野洋一!」司くんが調子良くボクの肩を小突く。


「うげぇぇぇええええ~!レロレロレロ!!」
「あー!なにしてんだよ!てめぇ!!」

ボクは全力で走った後にバイクに撥ねられ、血液を大量に失った状態で濃厚とんこつらーめんを食ったので気持ち悪くなり全てを吐き出した。

「...やっぱ、お前は信用できねーわ」

司くんがボクを見て笑うが以前のような悪意がこもった笑い方じゃない。ボクは一度「不合格」を言い渡されたらーめん屋から「合格」の

通知を頂いた。かぁちゃん、やっと少しだけ安心させてあげられるかな。ボクは病院に向かうバスの中でそんな事を考えていた。

     

夏休み3週目。ボクは携帯に登録されているマッスのアドレスを見ながら家の黒電話のダイヤルを回した。

「はい、どちらさま?...なんだティラノか。いい加減、携帯料金払えよ」
「まぁまぁ。それより、今週末の海岸公園でのイベントのことだけどさ」

ボクはカレンダーの赤マルを見てにやりと笑った。

「ああ。向陽町夏祭りのことだろ?一緒にナンパでも行こうって話?」
「バカヤロウ!ボクにそんな度胸があるわけないじゃねぇか!夏祭りといったらアレだよ!アレをするんだよ!」
「もったいぶってないで早く言えよ」

やれやれ、物わかりの悪いやっちゃ。ボクは咳払いをひとつしてマッスにこう答えた。

「ゲリラライブだよ」
「はぁ!?おまえこないだの件でまだ懲りてなかったのかよ!」

マッスが受話器の向こうで語気を強めた。ボクらT-Massは先々週のライブハウスでの演奏で大失敗し、マッスはそのことを結構引きずっているようだった。

ボクはマッスを諭すようにこう言った。

「こないだの件はしょうがねぇじゃん。初体験なんて失敗してなんぼだぜ」「...どーていのクセによく言うわ」
「それで思い出したんだが、1年で一番多くの処女が失われるイベントはなんでしょう?」「はぁ?...クリスマスじゃねーの?」

ブッブー。受話器の向こうで舌打ちをするマッスにボクは正解を教えてあげた。

「正解は、夏祭りの夜でしたァー!!浴衣姿でカレピと浮かれるいと若き乙女達。頭上には花火が舞い上がり、2人を見ているのは片手に
さげたきんぎょだけ。夏空の下で結ばれる2人の恋は儚くて、」

「おまえのポエム朗読はいいよ。なにがしたいんだよ。こっちは忙しいんだよ」

受話器の向こうから女の呼ぶ声が聞こえる。ボクは舌打ちをすると今回のゲリラライブの概要をリア充野郎に伝えることにした。

「今回のライブの目的は夏の処女救済作戦だ!中学時代、受験勉強で忙しかった女子高生1年生の春(ハル)が夏祭りで簡単に散ってしまうのは悲しいことだとは思わんかね?彼女達が狼達に喰われないようにボクらで注意を引き止めるんだ!」

「...アホらしぃ。おまえ一人でやれよな。じゃ、」

ぶつ。突然電話が切れた。...いいぜ。お前がそういうなら俺は俺のやり方で世界を変えてやるぜ!ボクは信用できるもう一人の仲間に電話を入れた。


「リア充しね!リア充しね!!」
「俺達の分の女も喰ってんじゃねぇ!!キエェェェェエエエ!!」

スタジオガッチャのA部屋の中、ボクとあつし君は上半身裸で狂ったように「性の一夜」を正すためせいけんづきを繰り出していた。

「9998!9999!!いっち、まん!!!」

ボクらの部屋を通り過ぎるオサレバンドが含み笑いをしていたがそんなことは関係ない。感謝のせいけんづき10000回。ボクら2人の

拳は『恥』を置き去りにした。肩で息をしているあつし君に水の入ったペットボトルを手渡すとボクらは無言で抱き合った。

やっぱり信用できるのはおなじイカの臭いのする男だけだぜ!「ちょっと!ホモセックスは止めてくださいよ~」防犯カメラでボクらの様子

をみていたであろうスタッフが部屋に飛び込んできた。ボクはスタッフを追い返すと全面の鏡に向かってマッスルポーズを決めた。

床に座り込んだあつし君が口に水を運びながら話す。

「マッスとはよくリズム練習でここに来てたけど、ティラノと2人で来るのは初めてだよな」「うん、そうだね。ボク練習嫌いだし」
「...おいおい。とにかくゲリラライブはどこで何時にやるんだ?」

ボクは今回のプロジェクトseXを詳しくあつし君に説明することにした。カバンからノートを出しそれを彼に手渡した。

「今回の夏祭りのスケジュールを確認する。午後8時に海岸の向こうの花火が上がる。その前に公園内のミニステージをボクらが陣取って
1曲演奏して女の子達を集める。花火が打ち終わる頃にはボクらは女の子にモテモテってわけさ。その後にでっかい花火、打ち上げてやろうぜ!ブラザー!!」

「...そんなにうまくいくもんかな」「大丈夫だよ。頭カラッポの方が夢詰め込めるっていうじゃん。それに夏の女は変わるんだぜ?」
「変わるってどんな風に?」「...そ、そりゃ、エッロエロにだよ!」「そっか!じゃあイケるじゃん!おれ達!」

ボクらは気味悪く笑い合うと「早速本番に向けて練習しないと」と気合を入れて楽器を手に取り狂気じみたテンションで世界に向けて

地下一階のスタジオからハイジャンプを繰り返していた。この表現...続く!!


「後半戦、ティラノ、やってくれるとイイなぁ~」by 夏木安太郎

     

土曜日の午後6時、ボク達は待ち合わせ場所である公園の噴水前でダベっていた。「あつし君、ドラムオッケー!?」「イッツオーケー!」

空き缶やバケツなどを組み合わせて作ったゲリラライブ用の簡易ドラムを見てあつし君がニヤける。

「革命の日がやってきたな」
「左様。時はきたれり、ということだ」
「...おまえら本当にやるつもりなんだな。ティラノやめとけって。おまえ、退学のアウトカウント2つめだろ?」

マッスが携帯をイジりながらボク達と合流した。「ごめんねー、こないだのライブ、うまく宣伝してあげられなくて~」

三月さんが居心地悪そうにマッスの背中から顔を出した。チッ、しゃーねーよ。いままで失敗してきた分、今日のライブで卍解してやるぜ!

「おー、平野洋一。なんか知らないけど頑張れよなー」

イカ焼きを食いながらバイト先の先輩、一ノ瀬司も集合した。「...おい、なんでここにコイツがいるんだよ」マッスがボクに耳打ちする。

「アァ!?俺は祭りに参加しちゃいけねぇのかよ!このインテリ眼鏡ちゃんよ!」
「ハァ!?チンピラ風情が目障りなんだよ!このオシャレ鼻ピアスが!」
「おー、だったら勝負するか?」
「いいぜ、いまからここの公園にいる女の子のアドレス、どっちが多くゲットしてこれるか闘ろうじゃねぇか!」「のぞむ所だぜ!」

口喧嘩が終わると2人はメンチを切りあいながら別々の方向に走り出した。ちょっと、ちょっとォー。主人公はボクなのにナニ勝手にバトル

おっぱじめてるんですかぁ~。「ティラノ君!今日ゲリラライブ演るってほんと?」三月さんがボクのシャツを引っ張ったので「オ、オウヨ...」とカタコトで答えた。

「私も時間あったら観にいくからね!ロッカーは国家権力なんかに屈しちゃダメだよ!」

そういい残すと三月さんは出展している屋台通りに向かって走って行った。残されたボクとあつし君は覚悟を決めたように微笑みあった。

「イクぜ?」「おう!」「「セックス!」」お決まりのT-Mass始動の合図が公園に鳴り響いた(と思う)。


「おら!どけ!」「きゃあ!」「なんじゃ!おまえらは!」


――午後8時、10分前。ボクらは公園のステージで「ハレ晴レユカイ」を踊っていた健康老人団体を一人残らず追い出した。

あつし君が例のドラムをセットし終わるとボクはあーやが歌っているラジカセの電源を切り、設置してあったセンターマイクの高さを整えながら公園の連中にこう宣言した。

「みなさんこんばんわ!ボク達はT-Mass!...じゃない?...バンド名なににする?...え?ジャックナイフピストルズ?だせぇ。...T-あつにする?...ああ、それでいいよ...」

ボクは後ろにいるあつし君と即興でバンド名を考えた。マッスがいない以上、T-Massを名乗る訳にはいかないからだ。そして結論は出た。

「えー、ミナサン改めましてこんばんわ!ボク達は『T-あつ』というオシャレユニットです。女子高生のみなさん、チェックよろしく!」

ボクの投げキスを浴衣の女の子が避ける。「花火が上がるまで時間がない。早く始めようぜ」あつし君がボクを急かすので持参したミニアンプに

ギターをジャックすると平和ボケした連中に向かいこう叫んだ。

「1曲目!イクぜ!カバー曲で『君という花』!らっせー!らっせい!!」

だがら、だったん!あつし君が中に石を入れたバケツを力強く叩く。ボクらは珍しくゲリラライブの1曲目にアジアンカンフージェネレーションと

いうバンドの「君という花」という曲をセレクトした。演奏に余裕があるのか、あつし君がボクの歌にコーラスをつける。


「カバー曲」なんかをして、オリジナルを越えられるわけではないと
知ったフウな事を言う者もいるだろう。
持ち歌を演ることが大切なんだという者もいる。

だが、
自分の肉体をドブに沈められて、その事をネットでバラされて
生活するなんて人生は、私はまっぴらごめんだし…
私はその覚悟をして来た!!

「カバー曲」とは、自分の存在を世界からひきつけるためにあるッ!

by豊崎愛生(大嘘)


「赤坂サカスよー、うおー、君らしい色にィーもえー、もぉえー、ちゅちゅ、らりるった!らりるれらーつらりらった、ふわ、ふわ、ちゅちゅ、おえーとぅとぅ、らりるりらーつらりらったー、おえ、おえ、ちゅっちゅっちゅセイアンサー。いえ!(yeah!)いえ!(yeah!)いえ!(yeah!)いえ!(yeah!)いえ!(yeah!)いえ!(yeah!)や~い~やい~や~!(yeah!)」

オゥフ!知名度のあるキャッチーな曲ということもありステージの前にはたくさんの人が集まっていた。ボクらのライブでコールアンドレスポンス

が起こるなんて学祭以来のことだ。気持ちがイイぜ~。じゃーん、じゃーん、じゃーん。ボクが3回ギターを弾き下ろすと

観客から「フゥー」という歓声が起こった。これ、イケルぜ。イケちゃうんじゃないの~?コレ?!ボクらは調子に乗って2曲目も演ることにした。


「えー、みなさんありがとうございます!次はオリジナルの曲を演りまーす!『あずにゃんの声でイこうよー』!!」

ボクが曲名をシャウトすると頭の上で花火が舞った。「お、もう花火やってんじゃーん」「みにいこーよ」「そうだな、行こうぜ」

そう口々にいうとお客さんは目の前からぞろぞろと民族移動のように公園の出口から出て行った。ちょっと、ちょっとちょっとォー!!

気が付くとボクらの前には酔いつぶれたおっさんと野良猫とステージを返して欲しそうな目で見つめる老人団体の人たちしかいなくなった。

畜生。なんでいつもこうなっちまうんだよ...ボクは「あずイキ」を止め、魂の叫びを去って行った連中に向かって放つことに決めた。


リア充共をふっとばせ 作詞・作曲 T-Rano 編曲 T-Rano 山崎あつし

大体どんなアタック決めてもダメ。ため息でちゃうわ ボクに似合う女なんていりゃしないのYO 絶対勝てないノーゲーム(ナイナイ) 

マジでさぁ、これマジでほんとうにぃ~

ボクらが涙で眠る頃、誰かがあの子を抱いている ボクらが抱きたいあの子らを 誰かがあの子を抱いている

Ah~、ムカつくんだぜ~ ボクが夢見た Oh レジェンド Oh トレンド リア充共を~ ...ふっとばせっ!


リズムもめちゃくちゃ、お得意の韻だって踏んでない。前半B'Zのパクリだし。でもそんなの関係ねぇ。俺はこのムシャクシャした不条理な

気持ちを何かにぶつけたかった。観衆からぱらぱらと拍手が鳴る。

「おら!拍手してんじゃねぇ!帰れ!!」「...まるで昔のエレカシだな...」
「お~ティラノ、やってるじゃね~か。ごくろう、ごくろう」

顔を真っ赤にしたマッスがステージに近づいてきた。

「よかったぜぇ~おまえの新曲~ボクらが涙で眠る頃~誰かがあの子を抱いている~
だっけ?オレも混ぜてくれよ~」

そう言うとマッスはステージに上がり「ベン!ベン!べべべん!!」とエアベース(てか口ベース)を奏で始めた。口がかなり酒臭い。

こいつ相当酔ってやがるな。ボクらが普段とキャラの違うマッスにヒいていると「お、ここに丁度いいステージがあんじゃーん」と言いながら

ヤンキーが上がってきた。彼はボクからマイクを奪うと目の前のツレの女の子に向かってこう言った。

「マリコ!初めて見たときから好きでした!つきあってくださいい~」「...はい」「おお~」見ていたヤンキー共が歓声をあげる。

しばらくしてステージはヤンキー達の告白会場に変わった。「おー、お前らお似合いじゃん」「へへ」「今夜この後ぶっぱなしちゃうんじゃないの~?」


「く  そ  が  !  !  !」「!?」

ボクはいてもたってもいられなくなりステージから飛び降りた。なんでリア充共を駆逐するために来たのに目の前でいちゃいちゃぶりを見せ付けられ

なきゃならないんだ。ふざけろ!いや、ふざけんな!!もう、バーーーカ!!!ボクは公園を出、目的も無くめちゃくちゃに走り出した。

死ね!リア充死ね!しねじゃなくて死ね!!ファッキン!ファッキン!!きええぇぇぇええええ!!!


どん!突然何かにぶつかった。「痛ったぁ~」「す、すいません!大丈夫!」ボクがぶつかったのは女の子のようだ。ボクは慌てて彼女元へ駆け寄った。

「ちゃんと前見て走れってーの」「すまそ!」ボクを睨む同じくらいの年頃の女の子を見てボクは頭を下げた。

お、浴衣の下からぱんつみえてんじゃん。その生地の色はあまりにも鮮やかなショッキングブルーだった。

あれ?キミって、もしかして、もしかしてェー!!頭の上で大会終了を告げる最後の花火が打ちあがった。それと同時に

真夏の夜の延長戦が幕を開けようとしていた。こんなおわりかた、どう?

     

「あ、あのゥ~そのショッキングブルーのおぱんつはぁ~どこでお買い求めになったのですかね?」
「はぁ?」

女の子が立ち上がりMAX恥ずかしそうに浴衣を直す。ボクは咳払いをひとつし、本来聞くべきだった質問をハデぱんつの彼女にした。

「キミはボクらT-Massがライブ演ってる時に追い出しためだかボックスとかいうバンドのボーカルの子だよね?ね?そうだよね??」
「きんぎょ in the boxだ...ばか」

目線を外して毒を吐く彼女はこないだのライブの時とはまるで別人だ。浴衣補正があるにしても髪型は黒のストレートだし、なによりあの時

感じた殺意のようなオーラがない。彼女はボクが背中に回しているギターを見てこう言った。

「さっきアジカン演ってたのって...」「え?そう。ボクだけど」

それを聞くと彼女はぷっ、と吹き出したあと大声で笑った。

「あっはっはっは!!まじで!?...へー、そうなんだー。...もうやらないの?」

ボクはあっけにとられていた。この子といい、メイサといいどうしてDQN女は人前で大笑いをする生き物なのだろう。

「ヤンキー共にステージ陣取られたからもう演んないよ...」「まじで!?う・け・る♪」少しムカついてきたのでボクは語気を強めた。

「全然面白くねぇよ!モテない俺の前でイチャコラしやがってさぁー!!対して才能もねぇヤツがいい女抱いてるとこ想像するとムカつくんだよ!
大体、人のステージ陣取っておいてその態度はないだろ!謝罪と賠償金を要求するぜ!べいべ!!」

「あ!?人にぶつかっといてその態度はねぇだろベイベ!」

ボグシッ!ボクは股間を蹴り上げられた。「自分が駄目なのを人のせいにしてんじゃねぇよ!おまえがあの後リンチされるのを防ぐためにやったんだよ!」

え?そうなの?悶絶しながら彼女を見上げるとボクはあの日の酷いステージングを思い出した。「ま、それはそれとして」そういうと彼女はボクのギターを指差した。

「あたしも一曲演りたくなっちゃった。ギター貸してくれる?」
「大丈夫?ぶっ壊したりしない?」
「しないしない。変な漫画の読みすぎでしょ。私、江ノ島恵栖華(えのしまえすか) 。今後ともよろしく」

ボクは立ち上がって手を差し出した。

「よろしくお願いします。アスカさん」
「いや、違う。エスカ」
「エリカさん?」
「いや、だからエスカだって!神奈川にある電車に良く似た乗り物、しらない?」
「...存じ上げないです」
「...好きに呼びなよ。名前なんて記号みたいなもんだしさ。キミは?」
「はい、ボクは平野洋一。あーやと同じ、平野です!」
「...そう。よろしくティラノ君」

浴衣の彼女、江ノ島エスカさんはボクの手をスルーし、ギターをボクの背中からはがすとこう言った。

「あそこのベンチが空いてる。あそこで演るんで手拍子よろしく」

そういうとエスカさんは向かいのベンチに座りギターのペグをいじってチューニングを始めた。

「うわ、これ全部狂ってる!ひどいなぁ~」「そーなんですよぉー、特にチョーキングするとかなりの確率でズレるんですよー」

ボクはマッスとあつし君と一緒にたかむら楽器で買った3000円の中国産ギターを恨めしそうに見つめた。さりげなく彼女の髪の匂いを嗅いだりしながら。

「よし、これでいいかな」チューナーなしでチューニングを終えると彼女はボクに聞いた。「リクエストは?」

は?アホの子のように大きく口を開いている彼女に聞き返した。「だーかーら、リクエスト。なんかある?」しばしの考案の末、ボクは答えを出した。

「えっと、チャットモンチーのいーきてゆーく、ちからーがーそのーてーに、あるよーにみたいな曲演ってもらえますか?
これを着メロにしてると恋が叶うとかスイーツがほざいてる歌」
「...GO!GO!7188のこいのうたね...」
「...0721?」
「耳腐ってんじゃねーの?OK。聞いてください。あたしで『こいのうた』。」

そう言うと3つカウントし、彼女はギターを弾き下ろした。祭りの後の公園に透き通る歌声が響き渡る。「お、なになに?」「へー若いのに大したモンじゃん」

通りを歩いていたカップル、露店を出していたヤクザ風のおっさん達が彼女の歌に足を止める。ボクは手拍子をしながら彼女を見つめていた。

額から流れる汗と首に浮かぶ血の管がなんつーか、色っぽい。最後のフレーズを歌い終わり、ギターを弾き終わると円になった人だかりから

暖かい拍手が鳴った。ボクは感動したと同時に自分と同じくらいの女の子がこんなに周りの人たちを感動させられる、ということに少し嫉妬していた。

「...リクエスト。なにかありますか?」調子づいて誰かが言い出さないうちにボクは手をあげ彼女にリクエスト。

「エリッククラプトンのチェンジザワールドが聞きたいです!」周りの突き刺すような視線がボクをブレイクする。

「チェンジザワールドね、OK。聞いてください。2曲目『 change the world 』。」

そういい残すと彼女はボクのギターから一度も奏でられたことはないであろう、繊細かつ透明なフレーズを爪弾き始めた。くそう。ちょっと

意地悪して難しい曲をリクエストしたんだけどな。2曲目が終わる頃には結構大きな人だかりが出来ていた。

よく通る高音、愛嬌のあるキャラクター。ボクを含め、公園の通行人はみんな彼女のファンになっていた。「何の騒ぎだ?」

警官がひとり、パトカーから降りて近づいてきた。やべぇ!ボクは過去のトラウマから警官とパトカーを見ると自然に体が逃げ出す体質になっていた。

「ライブはもう終わり!エスカさん、逃げよう!!」「ちょ、ちょっと!!」

ボクはギターのネックを掴みエスカさんと一緒に走り出した。公園の出口にもう一台パトカーが見えた。ちっ。舌打ちをするとボクらは茂みに

飛び込んだ。「ちょ、ちょっと!痛いって!!」エスカさんが悲鳴をあげているのに気が付いた。ボクは振り返ってショックを受けた。

ボクがネックだと思って掴んでいたのは彼女の腕だったのだ。「...あんた、ナヨナヨしてそうで結構強引なとこ、あんのね」

彼女が息を切らしながら言う。ボクはギターを受け取るとごめん、と呟いた。そして彼女に本心を打ち明けた。

「エスカさん...」
「何?『エスカさんのライブ観て感動しました!ボクにはあなたのようなライブが出来そうにないので金輪際ギターを弾きません!』とでも言うわけ?」

「一発、ヤラせてくれ!!」「しね!」

向陽公園の茂みに野犬のような悲鳴が響き渡った。こうしてボクの『夏の処女救済作戦』はまたもや失敗?に終わった。

もう一度、エスカさんと会えるといいな。ボクは布団の中で腫れ上がったキンタマをさすりながらそう想った。

     

「はぁ~、バイト、行きたくねぇ~!!」

商店街のらーめん屋ひいらぎの向かいのマックのカウンター席でボクは大きくため息をついた。今日で連続5日出勤だ。1日8時間。

ずっと立ち仕事の上、らーめんどんぶりや仕込みの具材を運んだりしているので体がめりめり言っている。ヤリざかりの高校1年生が夏休み

になにをやっているのか。ボクはもう一発ため息をついた。耐えろ。我慢しろ。給料貯めてあずにゃんギター買うんだろ、洋一。よし!

ボクは自分を奮い立たせ、Wi-Fiコーナーでポケモンをゲットして騒いでいる子供らを一喝し、バイト先のラーメン屋のドアを開けた。


「よし、司と平野君、15分休憩してくれ」「...わかりましたぁ~」お昼のピークの2時半をすこし過ぎた頃、ボクと司くんは裏庭の

休憩所で今日始めての休憩をとり始めた。司くんがマルボロメンソールに火を着けるとボクはipodの再生ボタンを押した。

聞いている曲はこないだマッスとあつし君と一緒にスタジオで録音した自分達の曲だ。


「録音?出来ますよ」「まじで!?」

バスドラのペダルの不調で部屋に入ってきたスタッフに何気なく聞くとスタッフはたくさんツマミの付いた卓の下の機械を指差した。

「あそこでCDやMDに自分達の曲を録音出来るんですよ。良かったら僕が教えましょうか?」
「今時CDやMDって...時代遅れ、テラワロス」

「おまえなぁ、CDはダウンロードした曲より音質がいいんだぜ。店員さん、お願いします」

マッスが店員さんに頼み、その後ボクたちT-MassのCD音源が完成した。家に帰ってパソコンからipodに落とし、いっと缶に腰をおろしながら

ボクは「ぼくどう」のニューバージョンを聞いていた。マッスがまたコーラスをサボっている。いい加減「恥」を捨てろ、と話し合うべきだろうか。

「おい、平野、平野洋一」司くんがボクの体を揺らす。「何聴いてんの?」ボクはイヤホンを外して司くんに答えた。

「へぇ~おまえらもバンド演ってんのか~」「おまえら『も』?」「うん。オレ達もバンドやってんだ。良かったら聴く?」

そういうと司くんはテーブルにおいてあったラジカセのプレイボタンを押した。は、どうせ青木田軍団みたいに早口で英語をまくし立ててる

だけのエセエモロックなんだろ。ボクが司バンドの音楽性を予想しているとスピーカーからん、っちゃ、ん、っちゃと裏打ちのリズムが流れた。

細い歌声でふわふわとした音がはじけだす。なんだこれ、おもしろ!思わずボクが立ち上がると「フィッシュマンズ、って知ってる?」

と司くんが聞いた。ボクが首を振ると司くんが曲の説明をした。

「この曲はフィッシュマンズのカバー曲なんだ。良かったら今度ライブ演るからお前らも出てみる?」「えっいいの?でもなぁ...」

ボクの脳裏にこないだの悲劇がよみがえった。「大丈夫だって。仲間内でライブハウス貸し切って演るライブだから誰もまともに聞いてねぇよ」

「はは...そうなんだ、みんなと話してみる。ところでさぁ」「何?」「こないだのマッスとのメルアドゲット対決、どっちが勝ったの?」
「...イヤなこと思い出させんなよ...」

突然店から怒声が聞こえた。「おら!つかさテメェ!!いつまで休んでんだ!!スープ煮立ってんぞ!」「いけね!!」

そう言うと司くんは店の中に走って行った。まぁ練習だと思って演ってみますか。ということでボクはマッスとあつし君にそのことを伝えた。


「...ライブかぁー」「どうしたマッス。浮かない顔して」マッスが決心したようにミスドの客席で立ち上がった。

「はっきり言わせてもらうけどもう下ネタ路線でやってくのは限界だと思うんだよな。オレらのバンドがこないだ親や彼女に知れて大恥かいちまった」

「え、鱒浦くん、彼女居るの?」三月さんがグラスを床に落とした。「おい、大恥かいたってどういう事だよ」ボクは立ち上がり拳を握り締めた。

「T-Massは俺達の青春の1ページだろうが!自分がやってきたことを誇りに思えないのかよ!!」ミスドの店内が凍りつく。

しばらくしてマッスが口を開いた。

「やっぱさぁ、俺達もついに迎えっちゃった訳?方向性の違いってヤツをさ」「マッス、おまえ...」「ごめん、今日はけーるわ」

そういうとマッスは店から出て行った。三月さんがすすり泣き、あつし君はぼうっと突っ立っていた。そういう訳でつかさライブにはボク

一人での出演が決まった。


「いいぞー!」「はははー!バカじゃねぇーの!!」自転車の車輪をケツで止めるコントが終わると「T-Rano●ReC」ことこのボク、平野洋一の

演奏時間がやってきた。目のついたサングラスをかけ、ギター侍のテーマを弾きながらステージに上がると酒に酔った客達は大爆笑だ。

ポロシャツの襟を直しながらマイクごしにボクは言った。「えー、このメイクは『大槻ケンヂ』さんを意識しております」

「ぶははー!」「なんだそれー!!」司くんとその友達が笑う。客がこうもゲラだとやりやすい。ほっと一息ついてボクはギターをかき鳴らした。


恋のバルサミコ酢 作詞・作曲 T-Rano

ちらちら見ているあいつのパスタにドバドバかけましょ オリーブオイル スペイン産まれのあいつのトークはメランコリーなエルニーニョ

サッカー知らないあたしはメッシにドログバ、イニエスタ ロコモコ老後は南の島で幼女とバカンス ゴーギャンライフ

いっちょ、前田に、 バルバルバルサ、バルサミコ酢は カラカラカラダ、体にいいよ

コロコロコロ、コロコロコミック マクラにするとちょうどいい こーいーのばーるーさーみーこーすー(uh haa)


ボクが拳を突き出すと客席は一気に静まり返っていた。「ちょ、ちょっと、おまえ!」司くんがステージに上がってきた。

「なんだよ、このキチ○イみたいな歌!?」「えっ!?新曲ですけど!」「ふざけんなよ、こないだオレに聴かせてくれた曲でいいから」

そういい残すと司くんはステージから飛び降りた。司くん。キミの好意はありがたいけどボクはもう止まれないんだよ。ボクは2曲目を演り始めた。


LOVE リストカット 作詞・作曲 T-Rano

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切った。 スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむ

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切って スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむのさぁー

(Rap)
(今日も誰かが泣いちゃったり 今月生理がまだだったり 来年世界が終わっちゃたり てっきり歌詞をまちがえちゃったり)

オゥいぇい!!今日もイキます、特攻番長! ハッタリかましてセンズリこいてオゥイエィ!アハーン!!
ポテトチップにつっ込むように パチンコ台につっ込むように ハマタがまっつにつっ込むように ボクは果てていく

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切った。 スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむ

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切って スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむのさぁー


「しあわせなんてぇ~ボクには一生関係ないのさぁ~~!!オゥイエィ!アハーン!!あーあー、アハーン!!オゥイエーーーイ!!!」

狂気を具現化した曲をぶちまけ、ギターをかき鳴らしていると何人かがフロアの外に出て行くのが見えた。司くんがまたステージに上がってきた。

「なんだよ、このキ○ガイみたいな歌!?」リチギにさっきのセリフを繰り替えす。「狂気を音楽で表現してやったのさ」

「おまえの狂気はどうでもいいよ!こんな死にそうなヤツじゃなくてみんなが盛り上がれる曲やれよな!」

ボクの背中を叩いて司くんはステージから飛び降りた。盛り上がれる曲か。ボクはT-Massの曲で唯一直接的な下ネタ表現がない「Monig Stand」

のアルペジオを弾き始めた。


「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」「や~と、まともな曲演りだしやがったか」司くんが椅子に深く

腰掛けるのが見えた。ほっとしたのも束の間、ボクはサビのコード進行をすっかり忘れていた。「差し込む日差しが~え、っとなんだっけ」

やべ!ボクがテンパっていると「やれやれしょうがねぇーな」と後ろから声がした。デュデュデュッデュ、デュ。特徴的なベース音に客席が

湧き上る。ありがとう。ボクはコードを思い出しサビのフレーズを歌った。


「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」

初めてボクに対して歓声が巻き上がる。だがら、だっが、だがらったん!!斜め後ろから控えめに、しかし力強くドラムの音が響く。

ああ。お前ら。来てくれたのかよ。バンドって楽しい。曲が終わるとボクはマイクを掴んでこう叫んだ。

「紹介するぜ。T-Massのバンドメンバー鱒うら、って、誰だよ!!おまえら!!!」

ボクは振り返ってマッスを茶化すと一気に笑いが起こった。こうしてボクらT-Massは絆を深めた。演奏後、いつもの掛け声を掛けると

近いうちにあのライブハウスにリベンジしてやろう、と砕け散りそうな三日月を見ながら俺達は誓い合った。

     

T-9ぐらい 天国へようこそ


「すいません!これください!」

ボクはコンビニのレジに「うすぴた」というコンドームの箱をつき出した。同じぐらいの年の店員さんが恥ずかしそうに紙袋を取り出す。

「あ、すぐ使うんで紙袋はいいです!」「はぁ?」

ボクはお釣りを高い位置からレシート越しに受け取ると買った箱をシャツの胸ポケットに入れ、店の前に置いていたチャリンコにまたがり待ち合わせ場所に急いだ。

今日の朝、ビッチで有名な篠岡冥砂からとんでもないメールが届いたのだ。

「は~い、平野くん元気~?今日の正午、港の倉庫に着てくれたらメイサが天国に連れてってア・ゲ・ル。遅れちゃイヤよ」

挑発的な本文と一緒に胸の谷間のアップを撮った写メールが添付されていた。うほほ!これはオトコとしてイクしかないっしょ!?

夏休み終了直前。拝啓おふくろ様、やっと夏のいやらしい思い出が出来そうです。海岸沿いの潮風を受けながらボクはチャリンコを勃ち漕ぎした。


エロ写メと一緒に添付されていた倉庫のシャッターが見えてきた。どうやら廃業に追い込まれた工場の倉庫らしい。いや、この際、倉庫の詳細は

どうでもいい!ボクはチャリを投げ捨てシャッターの横の開いているドアに全速力で駆け出した。が、途中で携帯電話を落としたのでそれを

拾いに戻った。そうだ、せっかくだから童貞の友人にご報告しよう。ボクはあつし君に「一足先に大人の階段駆け上がってきます」と本文を書き

脱童の記念に倉庫の写メを撮り、添付するとメールを送信した。


バン!勢いよくドアを開けるとボクは暗闇の向こうで待っているであろう女神に愛の宣言をした。

「メイサ姫!排水溝のマリオこと、平野洋一が今!あなたに1UPキノコを届けに参りました!!さぁ、萎えないうちに、しゃぶれ!コラァ!!」

膝を付いて手を伸ばすと、少しの余韻の後、照明がライトアップされた。目の前に包帯を巻いた3人組がバット片手にボクを睨んでいた。

「よう、平野。相変わらずムカつく顔してんな」後ろにいたメイサがドアの鍵を閉めた。

「ここの皮膚の色、他と違うだろ?おまえのせいでケツの肉を移植しなきゃならなくなったんだぜ?」

ドゴン!フルスイングされたドラム缶から勢い良く重油があふれ出す。「天国に連れてってやるぜ。平野洋一!!!」

「あ、ああ、ああ...」ボクはドラゴンボールZの御飯のようにぷるぷる震えていた。目の前にいるのはボクが学祭のステージ爆破で

全身火傷の重症で入院に追い込んだ青木田軍団だ。「童貞のまま死ぬのってどんな気持ち?」後ろでメイサが意地悪く笑う。

畜生!またこの悪魔にハメられた!!膝を折って倒れるボクに青木田が近づいてくる。「ここならどんなに泣こうが、叫ぼうが関係ねぇもんな」

次の瞬間、ボクはつま先で蹴り上げられ、後ろのシャッターに激突した。「きゃあ!殺るんだったら、合図してよ!」両方の鼻の穴から

生暖かいものがこみ上げてくる。「病院のベッドの上で幾度と無く考えてきたぜ。お前に復讐する方法」

「おまえ弱肉強食って言葉、知ってる?雑魚が逆らった所でまた復讐されるだけなんだよ」恐怖からか、ボクの両目から涙が零れ落ちた。

青木田がボクの髪を掴んで睨み殺さんばかりの眼力で言う。「てめぇ、ヤクザ舐めてんだろ。青木田組の恐ろしさ、その身に教えてやるよ」

はは...教えてもらうのは女体で十分なんですがね...「おら!」体を持ち上げられ、思い切りパワーボムをくらうとボクは意識が遠のいてきた。


「171!、172!!」「もういいだろ、岡崎、それ以上殴ると死んじまう」「はぁ、はぁ...今日のミヤタ、ずいぶん優しいじゃねぇか」
「そろそろメインイベントの準備に取り掛かるか」「...おう」「おーい、平野、生きてるか~俺達が戻ってくるまで死ぬんじゃねぇぞ~」
「ぶはははは!ミヤタ、ちょー、優しい!!」

そうげらげら笑うと3人は倉庫の奥の部屋に向かって歩いて行った。バタン!とドアが閉じるとボクは腫れ上がった唇からゆっくりと息を吐き出した。

あいつら、ボクを殺す気だ。アバラが何本か折れてるのか、息を吸うと急にむせこんだ。げは、ごふ。赤い点がコンクリートの上に散らばる。

逃げなきゃ...でも体は柱に括り付けられていて身動きひとつとれない。一部始終を見ていたメイサが心配そうにボクに近づいてきた。

「...大丈夫?」「...うん」しゃがみこんでメイサはボクに囁いた。「死ぬ前に気持ち良くなりたい?」ボクは本能的にうなづいた。

メイサがボクのパンツを下ろすとボクの息子はあの日のように勢い良く跳ね上がった。

「はは、すごーい!こんな時に勃起してるなんてあんた、マジの変態なんじゃない!?」体は正直だ。死を目前とすると遺伝子を遺そうとする。

メイサがボクの陰茎をつかみ、くちびるを近づけた。ああ、死ぬ前に女の体温を知れてよかった。ボクが絶頂を迎えようとするとメイサは

ゴムのチューブをぐるぐるとアソコの付け根に巻きつけた。「フェラしてもらえると思った?残念!変態はちんぽ切断の刑!」

奥のドアが蹴り上げられ、断ち切りバサミを持った青木田がへらへらと笑みを浮かべながら近づいてきた。もうダメだ。失禁しようにも

ションベン一滴でりゃしねぇ。「おまえ、ウチの軽音楽部に入部する時言ってたよな。『ロック演って女の子にモテて童貞喪失したいです』って。残念だったな」

「これで文字通り一生童貞ってことだな」「まぁ、その一生も数10分後には終わるんだけどな」じゃぎ、じゃぎ。ハサミを試し引きする音が倉庫に響く。

「死ねや!腐れちんぽ野郎!!!」ハサミが下半身に向けられた刹那、2階の窓が弾けた。「誰だ!?」「助けに来たぜ!ティラノ!!」

バットを持ったマッスとあつし君が破れた窓から中に入ってきた。「ティラノくん、大丈夫~?」シャッターの向こうから三月さんの声が

聞こえる。へへ、みんな来てくれたんだな。下半身まるだしのまま、後半へ続く!!

     

T-10 空に鳴るのは喚声と歓声


吹き抜けの中二階でマッスが手すりを掴んでボクに叫ぶ。「ティラノ!ティラノ!!大丈夫か!?」

ボクの状況を確認すると下にいる青木田達に向かって叫んだ。

「お前ら、そんなことやって死んだらどうするんだよ!!」青木田はぼうっと顔を上げて答えた。

「先に殺そうとしてきたのはこいつじゃねぇか。そういえばお前らも一緒にステージに爆弾投げつけてきたな。おい、捕まえろ」

青木田の横にいた岡崎が階段に近づいていった。「あつし、頼んだ」そう言うとマッスは天井の照明をバットで叩き落した。「うお!?」

避けた岡崎の脚元からバリーン!という音が響く。ガラスと埃が舞う中、あつし君が階段を降りてシャッターの鍵を開けようとする。

「やらせないよ!」「ああ~」メイサに手首をひねられたあつし君が情けない声を出して倒れた。...おいおい。

「ちょっと~まだ~?」シャッターの向こうから三月さんがどんどん叩く音が聞こえる。ミヤタがあつし君を取り押さえると青木田がマッスを見上げた。

「ゲームオーバーだ。お前は特別に腕一本で済ませてやるから降りてこいよ」「...いや、まだだ!」外からブオン、ブオンとエンジン音が聞こえる。

青木田が振り返った瞬間、爆音と共にHONDAのナナハンバイクがシャッターを突き破った。ベゴン!金属片が動けないボクの顔に命中する。

いってぇ~。倉庫の真ん中でバイクが止まるとドライバーはフルフェイスヘルメットを脱ぎ連中に叫んだ。

「おまえら!ウチのアルバイトに何してくれてんだコラァ!!」
「これ、どう考えてもやりすぎだろ。俺達が相手になってやるよ」

加勢に来てくれたのはバイト先の一ノ瀬親子だ。破れた入り口が三月さんが入り、縛られているボクの元へ走ってきた。

「だいじょうぶ?死んでない?生きてるの?」「...うん、なんとか」

「おもしれぇ、なんだかシラねぇが相手になってやるよ!!」岡崎とミヤタが鏡店長と司くんに掴みかかった。ボクはその様子を三月さんにロープ

をほどいてもらいながら見つめていた。「ちょっと、ここのチューブもほどいて...」「きゃー!!」顔を真っ赤にした三月さんにボクの息子は

思いっきり引っ叩かれた。超いってぇ~。そして目の前の喧嘩にケリが付いた。


「後はお前と後ろの女だけだな。まだやる?」

首を回しながら司くんが青木田に問う。「ちょっと!どうすんの!?」メイサが甲高い声をあげる。青木田がゆっくりとセブンスターの

ボックスを取り出した。そして正面の親子を見つめて言った。

「おいおい、どこの誰だか知らねぇけど俺らの喧嘩にあんたらが出るのはおかしいだろ。お前はそれで満足なのかよ?」

ズボンを穿いたボクに青木田が聞く。確かに。こんな形で決着が着くのは納得できない。口を開くと肺の奥から血が込み上げてきた。

「だいじょうぶ!?ティラノ君、しゃべんない方がいいよ!!」三月さんの手をほどくとボクは体を起こして青木田に勝負を提案した。

「チキンレースだ」「「はぁ!?」」「...なるほどね、いいぜ。裏からもう一台バイク用意しとけよ。使えねぇミヤタ君」

青木田に促されミヤタがよろよろと立ち上がって倉庫の裏へ消えた。「おまえ、免許持ってんのかよ!?」岡崎が顔を歪ませて笑う。

「黙れよ!口だけのヘタレ野郎!」般若の形相でメイサが岡崎をたしなめる。タバコに火をつけた青木田がルールを提案した。

「そこのおっさんとミヤタがバイクで俺達2人につっ込んでくるから長くひきつけられた方の勝ち。俺が勝ったらお前を組の総長に引き渡す。OK?」

大きく息を吸い込んでボクは青木田に答えた。

「いいよその代わりボクが勝ったら2度とボクらの目の前に現れないでください深夜に家の前派手な車で走り回ったり塀にあること
ないこと落書きしたり毎日脅迫電話かけてきたりすんのやめろコラぁ!!」

一息でボクが本音を吐き出すと青木田が青白い煙を吐き出した。「いいぜ。表に出な」ボク達は破れたシャッターから倉庫の外へ出た。

途中、肩を貸してくれたあつし君に聞いた。「なんで、ここがわかったの?」「おまえがくれたメールの写真だよ。そこから場所を特定してみんなを集めてきたんだ」
「はは、そうなんだ。ありがとう」マッスがボクに近づいてきた。

「おまえさぁ~、これでアイツに騙されんの何度目だよ。あんな腐れおまんこのどこがいいんだよ」メイサが顔を真っ赤にして振り返る。

「いい加減にしないとアンタ達も一緒に轢き殺すよ!!」「はぁ!?」「やめろよマッス。これで終わる。ボクが青木田とケリをつけてくる」

「本当にいいんだね?平野君」「ええ、全力で殺しにきてください。死にませんから」心配そうにヘルメットを被る鏡店長にボクは親指を立てた。


外はすっかり夕暮れに包まれていた。血のように赤い背景にさざ波の音がBGMとして流れる。「止まれ」の路面標識の上に立ったボクの横に背の高い青木田が並ぶ。

「おまえ、ロックンロールって何だと思う?」「え?」「なんでもねぇよ」少し恥ずかしそうに青木田は首を振った。

タバコに火をつけてゆっくりと息を吸い込むと風景を眺めながら煙を吐き出して青木田はボクに言った。

「俺は寸前1メートル50でミヤタのバイクを避ける。俺に勝ちたかったら命賭けな」
「は、最初っから命賭けだよ。あんたに喧嘩を売ったあの日からさ」「そうかよ」

「おーい、そろそろ始めるぞー」審判役の司くんの声とバイクのエンジン音が波止場に響く。大きく煙を吐き出すと決心したように青木田がタバコをラバーソールで押し消した。

「なぁ、平野」「なんですか?」「死にたくねぇよなぁ」

青木田が眉を細め、顔をしかめた。俺がこの人と本音で話したのはこれが最初で最後だったと思う。

「お願いします!」俺が合図すると2台のバイクがこっちに向かって走り出した。鉄の塊が火を噴きながら次第に加速していく。

脂汗を額から零しながらふぅーと息を吐く。「まだまだ先だろうが」となりで青木田が呟く。ハイビームに切り替えられたライトが目の中に焼きつく。

光が徐々に体を喰らいつくしていく。「まだだ、まだだ」先行を走っていたYAMAHAのバイクが急ブレーキを踏んだ。

「くぁあ!」声にならない音を振りしきると青木田が横に飛び退いた。体の横をものすごい速さでバイクが通り過ぎていく。1秒遅れで突風が体を突き抜ける。

その風に導かれるようにHONDAのバイクが体に向かって飛び込んでくる。俺は右足を前にして全体重を体の前に入れた。

「馬鹿!避けろ!!」ドライバーの声が聞こえるが、俺が勝つにはこれしかない。右足はくれてやるよ。気が付くと俺は宙を舞いながら夕焼けを眺めていた。

重力や引力に逆らいながら体が空に導かれていく。心や感情が開放されるイメージ。そうか。死ぬってこういう感覚なのか。


「ティラノ君!」「おい!大丈夫か!?」「なんでブレーキ踏まねぇんだよ!馬鹿親父!!」

うっすらと意識を取り戻すとたくさんの声がボクを囲んでいた。「おい、ティラノ、ティラノ!平野洋一!!」マッスがボクの顔を叩く。

「いってぇよ!!」「うわ!よかった、生きてた!」ボクが起き上がると三月さんが目に涙を浮かべて笑った(さすがに抱きついてはこなかった)。

「どっち、どっちが勝ったの?」ボクは審判役の司くんに聞いた。マッスが口元に笑みを浮かべて結果報告した。

「おまえの負けに決まってんだろ。ただバイクに轢かれてどうすんだよ。でもあいつらは『二度と目の前に現れない』って言って帰って行ったよ。
ほらこれ」

マッスが薄い紙を取り出した。誓約書と書かれた紙に血で拇印が押され、青木田誓地と署名がしてあった。「試合に負けて勝負に勝った、というヤツだな。うん」

ボクを轢き撥ねた鏡店長が腕組をして話をまとめた。こうしてボクと青木田達との因縁に決着がついた。青木田誓地は学校を退学し、

岡崎慎太郎は転校し、篠岡冥砂は夜の世界に消えていった。


そして新学期の朝がやってきた!


「みなさん!おぱようございます!元気~?」「きゃぁ!」「すげぇ!ガンタンクだ!」全身に包帯を巻き電動車椅子で登校するボクを見てみんなが写メを撮りはじめる。

「おら!見せもんじゃねぇぞ!」ボクが360℃椅子を回転させて周ると笑いながらみんなが散らばっていった。


放課後、ボクはマッスとあつし君に呼び出された。「なんだよ病人相手に」「おまえ、なんかすごいことになってんな...」「とにかくアイツらと決別できて本当に良かったよ!」

珍しくあつし君がテンション高く廊下の前を歩く。「そういえばあつし君、あいつらにアナル拡張されたんだよね?復讐しなくて良かったの?」

「ああ、ケツにホースで水ぶち込まれたって言ってたな。あれ、本当に死人がでるからやめたほうがいいぞ」マッスがカメラ目線でどこかに警告する。

「いいんだ、そんなことより」

あつし君が第2音楽室の入り口を勢い良く開いた。

「始めようぜ!俺達の軽音楽部としてのロックンロールライフをさ!」

満天の光が教室に降り注いでいた。まるでボク達の勝利を祝福するような、これからの未来を照らし出すような、拍手のような暖かさをその光から感じた。

ボク達は教室の真ん中で会心の笑みを浮かべた。もう敵前逃亡したあの日のボクらはいない。

「本物のロックンロール」。今はまだ分かんないけどボクはこれから仲間達と一緒にそれを見つけに行くんだと思う。

これにて第2部ショウ・ダウン。長々とした文章を読んでくれてありがとうございました!続きます。



2nd Album スメルス・ライク・ドーテー・スピリット ―完―

       

表紙

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