Neetel Inside ニートノベル
表紙

T-れっくす
3rd Album ホワイト・ライオット・ボーイ<Disc 1>

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――時は西暦20XX年、人類は宇宙からやって来た謎の生命体『カロチノイド』により地球を陵辱されていた。

血気盛んな若者、いわゆるDQNと呼ばれる者たちはここでは書き記せない残酷なやりかたで処刑され全滅し、政治家やミュージシャン、

芸能人などの権力者はTVカメラの前で皮を剥がされた。美しい女性は犯され、そうでない女性はみな井戸に捨てられた。老人達は財産を

全て奪われ工場でミンチにされて良質な土壌の土として生まれ変わらされた。子供達はまるで小鹿のように裸で農場で飼育され毎夜、

侵略者達の舌を楽しませていた。少しでも抵抗しようものなら問答無用で銃殺。世界に真っ赤な悪の華が咲き誇っていた――


そんな世に立ち上がった戦士がいる。性欲を力に変え精液を弾丸に変化させる『白濁光弾(ホワイト♂ダックシューター)』を使いこなすその漢は

クレイジスト・ワールドに抗う救世主として崇められた。乱世に降り立った肉食恐竜、人は彼を『ティラノ洋一』と呼ぶ!!!


「はい!やめ!!」

気分良く自作したラノベを朗読するボクをマッスが止めた。「なんだよ!これから盛り上がってくる所だったのに!!」

「...急に意味わかんない世界観に放り込まれたからびっくりしたよ」山崎あつし君が汗を拭う。

「性欲を力に変え、えっと、アンタやっぱ頭おかしいんじゃないの?」幼なじみの坂田三月さんが頬を染めて顔をしかめる。

「大体『カロチノイド』ってなんだよ!食品添加物かよ!喰ったら体が赤くなんのかよ!?」
「だからその説明をいまからしてやろうと思ってたんじゃんかよ!!」

思い出し笑いをするようにマッスこと鱒浦翔也が身をかがめてゲラゲラとボクを指さした。

「ち、なんだよ。あー、思い出したら少し恥ずかしくなってきた...」
「学祭のステージでちん、いや、下半身露出したくせに恥ずかしいモノなんてあるわけ?次、誰の番?」

ボクの前に自作の恋愛小説を朗読した三月さんが首を動かすと「はい!おれ!」とあつし君が勢い良く立ち上がった。

「よーし、エントリーナンバー3番!2年A組山崎あつし著作、タイトルは『僕と彼女と魔法と彼女と召喚獣』ですっ!!」
「...うわ、ありきたりー」「彼女って2回言ってるし...」「平 凡太に改名した方がいいんじゃないの?」

ボクらの声を無視してあつし君は自作ラノベの朗読を始めた。

「...やれやれ。俺はこの箱庭学園で平凡な高校生活を送りたかっただけなのにどうしてこうなっちまうんだ...あいつに関わるとロクなことにならない。
あー、不幸だー。そういえば僕は友達が少ない。」

「よーしカラオケいこーぜー」
「うぉオォ~いぃぃい!!!」

第2音楽室を出るボクらを涙目であつし君が追いかけてきた。こんな感じでボクらは軽音楽部員としての高校生活を満喫していた。

あー、楽しい。リア充ってこんな感じ?ボクらはカラオケ屋で受付を済ませると各々に持ち歌を歌いまくった。

「消してぇ~!うぃらいとしてぇ~!!くだらないシャンションショー!!!忘れない、キソンヨンゴール!!!」

ボクがアジカンを歌うとみんなが体を上下させて笑う。そういえば前にもこのメンバーでカラオケ来たことあったな。

たった4ヶ月ちょっとしか経ってないけど何年も昔のことのように感じる。それだけ成長したっていう事ですよ!おねぇさん!!

「はっ!」

ボクはテレビのPVに合わせてエアギターを始めた。ちこちこちこちんこちこちこちこ。単音のフレーズが頭に鳴り響くとテーブルにがしゃん!という大きな音が鳴った。


「ティラノ君、だいじょぶ!?」「おい!大丈夫か!?」三月さんとマッスがボクに手を掛ける。どうやらテンションが上がり過ぎて転んでしまったようだ。

「...ティラノさぁ、まだ、怪我治ってないんじゃない?」あつし君が心配そうにボクに尋ねる。ボクは額に張り付いたコーラのレモンを口に入れると

照れ隠しで頭を掻いた。

「いやぁ~ちょっと飲みすぎちゃってさぁ~」
「お前、今日ウーロン茶2杯しか飲んでないだろ。ちゃんと病院通ったほうがいいぞ」
「そうだよ。変な菌が私に移ったらどうすんの?」

「まあまあまあまあ、」ボクはみんなをなだめて椅子に座った。「ただ転んだだけだって。心配すんなよ。ほら、みんな歌いなよ」

そう言うとボクはマイクをマッスに手渡した。「ほんとに大丈夫なんだな?」「ああ、大丈夫だって」

ボクが微笑むとマッスが安心したようにうなづいた。本当のことを言うとボクの右足は青木田達との死闘で負った怪我が完治していなかった。

今は痛みを薬で散らしているが夜、激痛で眠れなくなる時もある。右足がなくなる夢で目が覚める時もある。でもそのことをみんなに言う

訳にはいかない。今病院に行ったら入院するかもしれないし、そしたらいい感じで来てたみんなのムードを壊してしまう。

それにボクはバンドのボーカルでこの物語の主人公だからね。『T-れっくす―リハビリ編―』なんて誰も読みたくないだろ?

「よし、そろそろ時間だ。帰るか」マッスが呼びかけるとみんなが帰り支度をした。
「ティラノ、大丈夫か?」「立てる~?」「だいじょぶ。びんびんだよ」

ボクは笑顔を作ってみんなの後ろを歩いて帰宅の路に着いた。みんなと別れるとボクは歩道の隅にしゃがみこんだ。脂汗が流れ落ち、

視界がぐるぐると回転する。腹の底からすっぱいものがこみ上げてくる。汗が引くとボクは自分の吐瀉(としゃ)物を見つめながらぜぇぜぇと息を吐いた。

「だいじょうぶ、だいじょうぶだ。」ボクは片足をひょこひょこひきながら家のドアを開けた。

居間の中央に倒れるとカバンから薬を取り出してそれを全て喉に流し込んだ。吐き気や痛みと一緒に意識も次第に遠ざかっていった。


     

気がつくとボクはだだっ広い真っ白な空間に立っていた。

立っていた、という表現はおかしいかもしれないが実際にそのような状況だったのだから仕方が無い。ボクは視線の先の壁を見つめた。

だだっ広いと思っていた空間は12畳ほどの部屋で、何も飾られていない壁がボクの視界を狭めていた。何も置かれていない床。高くはない天井。

甚平のようなパジャマのような衣服の裾を引きずりながら壁の表面を触るとひんやりと冷たい。周りを見渡すと窓やドアもない。

12畳の隔離された空間。ボクは少し怖くなった。あ、あっ、あー。口を開いて喉を引き上げるとなんとか声がでた。ボクは大きめの声で虚空に尋ねた。

「あ、あのォ~、ここどこですかねぇ~?」カラッポの部屋にボクの声が響く。「ちょっと、ここから出たいんですけど~!」

壁に当てた手が痺れるだけで反応は無い。「まじかよ...」空しくなってボクは床に大の字になった。


―どれくらい時間が経っただろうか。耳を付けていた床から「がやがや」と人の声が聞こえる。慌てて立ち上がり部屋中を見渡すが周りに人影はない。

ボクはしゃがみこんで床に額を押し付けながら声のするほうへ叫んだ。

「出してください!ここから!早く出してください!!」

「ここから出たいのか?」「!?」突然頭の中で声がした。「もう一度聞く。本当にここから出たいのか?」「はい!もちろんです!出してください!」

ボクは謎の声の主に答えた。なぜこの部屋から出たかったのかはわからない。ただここにいても何も始まらない気がした。

「わかった。ここから出してやる。通れ」

ボクが体を起こすと遠くで波の音が聞こえる。そしてその音はだんだん大きくなっていく。「やべぇよ...なんだよ、これ...」

立ち上がって音のする壁を眺めていた。真っ白な壁が目の前で砕け散った。


「先生!意識が戻りました!」
「よし!おかえり洋一くん、よくやった!」

目を覚ますと目の前にいくつかの目玉のようなヒカリがボクを照らしている。「ああ、んぁああ!」「駄目だよ!大人しくしてなきゃ!」

「麻酔、打ち直して」「わかりました」

右腕を見ると無数の透明な管が繋がれている。怖くなって腕を振り上げようとするが目の前がまた真っ白になる。

意識がまた遠のいていった。


向陽町の中央病院の個室のベッドの上、ボクはぼうっと体を起こした。椅子に座ってうとうとしていたかぁちゃんがボクを見て立ち上がる。

「ようちゃん、ようちゃん!大丈夫だったのね!...よかった」

かぁちゃんがベットに駆け寄ってボクのおでこにおでこをくっつけて嗚咽をあげる。「良かった」「なにが良かったのよ。この馬鹿」

死路を漂って生還したボクの第一声は「良かった」だった。かぁちゃんの言葉をそのまま返したのか、それとも率直な自分の感想か。

そうだ、ボクは右足の痛みを和らげるために鎮痛剤を大量に飲み込んで意識を失っていたのだった。

「家に帰ったらあんたが居間に倒れててお父さんが病院に110番して、そのまま足の手術もしたの。薬が致死量を越えてたんだけど
先生が『洋一君は大丈夫。絶対自分の力で戻ってくるから』って何度も励ましてくれたの」

「ほんと、よかったわー」かぁちゃんが顔を歪めて涙を零す。その後、看病に疲れたかぁちゃんは父さんに連れられて家に帰った。

1人残された部屋でボクはカピカピになったパンツを下ろした。そう、ボクは夢精のタイミングでぶっ生き返したのだ。

真っ白な部屋で助けを求めていたのは手術中のボクか、それとも3億分の1のボクか。急カーブの三日月を窓から眺めるとそのままボクはゆっくりと眠りについた。

     

―右大腿骨粉砕骨折― それがボクが医者から告げられた病状だった。

診察室でボクと向かい合って座る担当医の高戸先生がレントゲン写真を指差して言った。

「ここ、骨がばらばらに散らばってるの見える?もうちょっとで足首とアキレス腱が泣き別れ。平野君...どうしてこうなるまで放っておいたんだ!」

はぁ。ボクは言い返す言葉が見つからなかった。高戸先生が小さい体を震わせて顔を赤くしていると看護士さんがフォローしてくれた。

「ここの前に行った病院がお薬だけで治る、って診察だけで済ましたらしいですよ」
「ふん、とんだ藪医者だ。とりあえず絶対安静。2週間後にもう一度手術する」
「あ、あのう...」

ボクは聞きたかった質問を先生にした。

「手術が終わるまでずっと入院してなきゃいけないんでしょうか?」
「あたりまえだ。外にでてもロクに歩けもしないのに」
「で、でもボクあと1日でも休むと留年なんですけど...」
「学校のプリントうんぬんはクラスメイトか誰かに頼んでもらえ。その後、どうなるかは学校側と話あってくれ」

そ、そんな。せっかく軽音楽部を取り返していい感じで来ていたというのに。ボクがふてくされてうつむくと看護士さんがなぐさめてくれた。

「平野君、世の中には学校に行きたくても行けない子供がたくさんいるのよ。早く怪我を治してみんなを安心させてあげなくっちゃ。ねぇ、先生」

高戸先生は短い足を不機嫌そうに組んでボクに言った。

「だいたい『あと1日休んだら留年』、という状況に陥っていることがまずおかしい。日ごろの行いが悪いんだろ。手術の時、君の体を見させて
もらったが右足以外にも肺や首に強い衝撃による負荷がかかっていた。どういう生活を送っていたらこんな怪我に繋がるのかね?」

「か、階段からトールマンスピンで4回転半、転げ落ちました...」
「...意味が分からん。魚住君。部屋に連れてってやってくれ」

部屋の奥で注射器の手入れをしていた看護士が立ち上がった。

「わかりました」

返事をした魚住という女はスラムダンクに出てくるビッグ・ジュンを彷彿とさせるほどの長身で昔の宝塚女優のように贅肉のない引き締まった

顔つきをし、サバサバとした性格を仕事の様から受け取ることが出来た。そのビッグ・ジュン、いや、魚住看護士に車椅子を押されながらボクは診察室を出た。

「ちょっと他の患者さんのカルテ持ってこなきゃいけないからここで待ってて」

魚住さんが言うとボクは待合室で1人待たされた。ブー。持っていた携帯電話が鳴る。

「もしもしティラノ?いま大丈夫か!?」

マッス!なぜかは知らないけど久々にこの親友の声を聞いたような気がする。

「おお!大丈夫、大丈夫!そっちはどう?元気してる?」
「こっちはみんな元気だよ。...いやー急に病院連れてかれたって言われたから心配したわー。ちょっと、三月ちゃんに替わるね」

そういうと電話口の方で会話のやりとりが聞こえた。

「ティラノ君だいじょぶ~?ナースに変なことやってない?」

三月さんが電話に出た。ボクはなんだかテンションが上がってきた。

「いやいや!大丈夫ですとも!とっととこんな所退院してオレのギターでもう一度世界をざわつかせてやるぜ!イッツオーライ!やってやろうぜ!!」

「そ、そうなんだ。学校にはこれるの?」
「おうよ!病室は個室だから三月さんが1人でお見舞いに来てくれれば嬉しいかな~なんつって!」

急に携帯電話が取り上げられた。

「平野洋一君は面会謝絶です。右大腿骨粉砕骨折で全治6ヶ月の入院です。それではまた」

魚住さんが携帯電話の電源を切った。「病院は携帯電話禁止です。そんなことも知らないんですか?」

「そ、そんなこと...」ボクが周りを見渡すと性格の悪そうな老人患者がボクを睨んでいた。

「部屋、行きますよ。担任の先生に毎日プリントをファックスで送ってもらえるよう頼みましたからね」

魚住さんがボクの車椅子を押して歩き始めた。はぁ...なんでこんなことに...ボクはこんなみじめな自分を慰めるために部屋に戻ったら真っ先にオナニーをしようと考えていた。

     

はぁ~。とうとう始まってしまいましたか。『T-れっくす―リハビリ編―』。「何よ。若いのにため息なんかついちゃって」

乱暴に段差を越えた魚住さんがボクに聞いた。

「手術ってもっと早くにやってもらうこと、出来ませんか?1秒でも早くこんなところ退院してみんなと性春しなきゃいけないんで」

「...わけのわかんないことを...本当はすぐ手術出来るんだけどあんた、痛み止めの鎮痛剤飲みすぎてたでしょ?
クスリが体から完全にトぶまで手術はおあずけ。」

「え~!?手術ならボクが意識失ってる時にしたじゃないですか!なんでもう一回やんなきゃなんないの?」
「あんた、先生の話聞いてなかったでしょ。こないだの手術は壊れた骨を繋ぐために足にボルトを入れて固定する手術。
そして次やるのが足に金属プレートを埋め込む手術。痛いわよ~。大のオトナが失禁するレベルなんだから」

なるほど。だから今足首に痛みがないのか。でも、足にボルトやプレート。これじゃまるで改造人間だ。

「別に歯医者で顎にインプラント打ち込むのと対して変わらないわよ。考え方としてはね」

喉が渇いたので途中の休憩所でボクが魚住さんに止まるよう言うと、変なおっさんが話しかけてきた。

「よぉ!ジュンちゃん!今日も相変わらずガタイいいね~。そっちのぼっちゃんは?」

ボクは振り返って魚住さんに聞いた。

「ジュンって名前なんですか?」「うっさいわね。そうよ。ビッグ・ジュンよ、私は」

ボクは向き直って競馬新聞を手にしたおっさんに自己紹介をした。

「...へぇ、チキンレースやってバイクに轢かれて骨折!?そいつはロックだねぇ。おじさんはロックより賭け事の方が好きかね。...ああ、オレはみんなから
『ギャンブルのケン』って呼ばれてる。そっちにいるのが...おーい、ちょっと来て見ろよ」

そういうと顔に包帯をぐるぐる巻きにした「ししおまこと」のような人だかミイラだかわからない生き物が近づいてきてボクにひょい、と頭を下げた。

「この人は『あたり屋のテツさん』。なんでも半年に1度車に轢かれてその保険金や慰謝料で生計を立ててるロッケンローラーさ。
ちょうど良い機会だ。にいちゃんもこの人に「あたりのテクニック」、教えてもらえよ」

「ちょっと!若い子に変なこと吹き込まないでよ!」

へらへらと笑うケンさんをジュンさんがたしなめた。

「...パチンコ、スロット、株、競馬、宝くじ。当たった時に頭に走る電流の衝撃。遊ばねぇ今の子供に教えてやりてぇもんだなぁ。
そしてその金で抱いた女のまー、柔らかさときたら!たまんねぇよな!オイ!」

げらげらと笑う2人を見てボクは呟いた。

「そんなもん、全然ロックじゃねぇよ。ただのクズが開き直ってるだけじゃねぇか」
「んー?なんか言ったかい?」
「ジュンさん、行こう」
「ちょっと!」

ボクは自分で車椅子の車輪を漕いで廊下に向かった。ケンさんがボクの背中に言葉を投げかけた。

「あと10年もすりゃ、アンタも俺達の仲間入りさ。俺達はどうせ社会から弾かれた人間なんだ。クズでけっこう。よろしく頼むぜ、平野のぼっちゃんよ!」

下品で不愉快な笑い声が病院内に響く。ボクは車輪を漕ぐ力を強め、部屋のドアを開けた。


「はーい、平野洋一くん。体、拭きますよー」

2日後の病室。ボクはケンさんからムリヤリ渡された「五十路女大ハッスル」というエロ本をベッドの下に滑らせ、若い看護士さんに返事をした。

怪我で風呂に入れないので看護士さんが体を拭いてくれる、ということなのだ。ボクは上着を脱ぎ佐々木とネームプレートのついた看護士さんに背中を向けた。

「はいー、それじゃ背中から拭きますよー」

湯気と一緒に背中に吐息が吹きかかる。そうだね。ボクは勃起した。密室で若い女と上半身裸で密着。これで勃たなきゃ男がすたる。

「はいー、右腕上げてくださいー」

ボクが悦に浸っていると急に部屋のドアが開いた。

「あー、かんごふと部屋でえっちしてるー。いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに言ってやろー!」

ボクが振り返ると入り口に8歳くらいの子供が立っていた。

「こらこら、オトナをからかうのは止めなさい」

ボクの声を無視し、少年はベッドを回り込みボクの正面に走って来た。

「あー!この人、ちんちん出してるー!やっぱ、えっちするつもりだったんだー!」
「え!?ちょっと何してんだよこのイカ臭童貞野郎!お前とヤるくらいなら舌噛み切るからな!!」

後ろにいた看護士さんが急に本性を現して背中にタオルを叩きつけた。ボクはちんぽをしまうと目の前の子供を睨みつけた。

「ぼくの方がおおきいー。それ!」

少年がバンツを下ろした。「おいおい...っておい...」

ムケてこそいなかったが少年のペニスは太くたくましく、精通の始まっていないキンタマはみかんのように膨れ上がっていた。

「ガキのチンポじろじろみてんじゃねーよ、ホモ野郎!」

看護士さんが洗浄器具を持って部屋から出て行った。ボクは慌てて少年にズボンを穿く様、促した。

「そうだ、ぼくガム持ってるんだ!一枚あげるよ!」

そういうと少年はボクにガムのケースを向けた。ここ何日か流動食のようなもんしか食っていない。

「ありがとう」

ボクがケースに手を伸ばすとバチン!とひとさし指がはさまれた。

「やーい、やーい!ひっかかった!!このいかくさどーていやろー!!やーい、やーい!」

そう叫ぶと少年は一気に部屋から走り去って行った。くそ、てめぇも童貞だろ。...それにしてもここ、ロクな患者がいねぇじゃねぇか。大丈夫かよ。

ボクは赤くなったひとさし指をふりながらこれからの病院生活をがっつり危惧していた。

     

「め~ると、と~け~てしま~いそぉ~、っと」
「あー、病院で電子機器使ってる~。駄目なんだ~、先生に言いつけてやる!」

ボクが病室でPSPのリズムゲームをやっていると隣の部屋のユキヒロがやってきてボクを指差して廊下に戻って行った。

入院して1週間。毎日のようにユキヒロ少年は部屋にやってきてボクにちょっかいを出してきた。うっとうしいな、本当に。

看護士の魚住ジュンさんが部屋に入ってきて体温計をボクに手渡した。それを脇に挟むとジュンさんが思い出したように言った。

「あ、ティラノ君。今日の2時にお見舞いの人、来るから」「うそ?可愛い子?巨乳?!」
「...知らないわよ。とりあえず起きてなさいよ。てか、この部屋いつも臭いんだけど。窓開けるよ」

ジュンさんがカーテンを開くとまぶしい夏の日差しが目に飛び込んだ。

こんな辛気臭いところさっさと退院してみんなとバンドやりてぇ。「今日は長いやつね」点滴の針が血管を突き刺すと、ボクはまた眠りについた。


コンコン。部屋のドアをノックする音が聞こえる。「どうぞ」眠い目をこすってボクはドアに答えた。

「ひさしぶり。洋一、元気?」「えっと...どちら様ですか...?」ドアを開けたのはボサボサの頭をして無精ひげを生やしたおっさんだ。

「...相変わらず失礼なやつだなぁ。俺だよ。お前の親戚の八橋勉だよ」「やつはし君のツトムくん...あ、アニキ!ひさしぶり!!」

「やっと思い出したか。...3年ぶりだな」目の前の老け顔の大学生は黄色い歯を見せて笑った。

「アニキ今年で大学何年目だっけ?」「今年で8年目」「まじで!?こんなとこ来てないで学校行ったら?」

ボクが笑うとアニキがうつむいた。

「...その話なんだけど先週また留年の通知が来たよ」「え!?」
「俺、やっぱ周りの大学生のノリについていけないっていうか...コミュ障つーの?俺、人と一緒にいるとストレス溜まんだよ」
「...だから学校行かなくなっちゃった訳?」「...まぁな。この8年間ずっとオンゲーばっかやってたよ。俺の東京での8年間はなんだったんだって感じ」

アニキがベットのボクを見て言った。「もうセックスした?」「は?!」アニキが自嘲気味に笑い出した。

「高校時代、地元でハブられて東京でもう一回やり直そうと思ったけど無理だったよ。このままだとリアルに『魔法使い』になっちまいそうだ。
笑ってくれよ。おまえ今年で16だっけ?10も年が離れてる親戚に童貞越されるんだぜ?もう消えちゃった方がいいよね、俺」

「あ、あにき...」壊れたおもちゃのように笑う親戚のアニキを見てボクは怖くなった。しばらくして笑いが収まったアニキが言った。

「わり、わり。自分の話ばっかりして。お前入院中ヒマだろ?これ貸してやるよ。てかあげるわ」

アニキがギターケースを部屋の壁に立てかけた。

「バンド演ってるんだってな。知り合いから聞いたよ。これオェイシスっていうメーカーのエレアコ。好きに使ってくれよ」

ボクは我慢出来なくなって言葉を振り絞った。

「アニキ、どうしちまったんだよ...東京に行って絶対ビッグになって帰ってくる、って言ってたじゃねぇか。カラオケ連れてってくれたり
CD貸してくれたりしてロックスターになる、って言ってたじゃん。あの言葉は嘘だったのかよ!!」

ボクが声を張り上げるとアニキの顔から雫がこぼれた。

「...頑張ったってどうしようもないことだってあんだよ。俺、そろそろ帰るわ。これからの事、親と話合わなきゃいけないから」

すり足でドアの前まで歩いたアニキがつぶやいた。「俺の仇、とってくれよな」「えっ?」「なんでもねぇよ。お大事にな」

アニキが早足で部屋の外へ出て行った。

「イッツオーライ!俺のギターで世界を変えてやるぜ!!」

ボクは自信満々で飛行機に乗り込む8年前のアニキの姿を思い出していた。

     

アニキがお見舞いに来てから2日後。向陽町に嵐がやって来た。

骨折している右足首がじんわりと痛む。テレビで格闘家が「古傷の調子でしばらくの天気がわかる」と言っていたのがわかった気がした。

ボクはといえばベッドの上でチューナーを使ってアニキから借りたエレアコのチューニングをしていた。3000円で買った中古ギターとは違い、

アニキのマメな性格を表すようにネックはよく手入れされていた。じゃーん。ギターを弾き下ろすと部屋のドアが開いた。

「あー、病室で大きな音出してるー。いーけないんだ、病院は静かにしなきゃいけないんだー。それじゃ!」「おい、ちょっと待てよ」

ボクをからかって部屋を出ようとするユキヒロをボクは呼び止めた。

「ユキヒロ、おまえ毎日ボクの部屋にちょっかい出しに来てるよな。もしかしておまえ、友達いないのか?」

ユキヒロがびくっと体を震わせた。

「ち、違うもん!僕のことをバカにすんなよ!先生に言いつけてやる!」

そういうとユキヒロは部屋から出て行った。...はぁー。なんだか気が滅入ることばかりですな。

ボクはギターケースに入っていたビートルズのバンドスコアを取り出した。


「ビートルズは全てのロックの基本形なんだぜ。洋一もJ-POPばっか聞いてないでホンモノを聞いてみろよ!」

セピア色の風景でアニキが言ったセリフを思い出した。ぺらぺらとページをめくると「Hey Jude」のコード進行が記載されていた。

この曲だったら出来るかも。ページをめくりながらギターを弾き下ろしているとボクの天敵、Fコードが姿を現した。

ボクは指が短くてセーハ(人差し指で複数の弦を押さえる弾き方)が出来ない。その為、自分の作る曲にはFコードを使わないし、どうしても

弾かなきゃいけない場合は親指と人差し指で輪を作るように6弦と1弦を押さえ込む弾き方、自称『オナニーフォーム』でその場を切り抜けていた。

今回もネックを握りこんで誤魔化そうとするとアニキの言葉がフラッシュバックした。


「俺の仇、とってくれよな」


まぁ、時間もあるし、この機会にFコード、マスターしてやりますか。ボクは人差し指を精一杯伸ばして上手く弾けるまで何度も弦を弾き下ろした。


夜中に尿意で目が覚めた。

ベッドから車椅子に乗り換えてトイレを目指すと給湯室から女の声がふたつ聞こえた。

どうせ看護士が「○○先生とHしちゃった~」とかいうガールズトークでもしてるんだろう。

ボクが車輪を抱えると知っている名前が会話に出てきた。ボクは聞き耳を立てた。

「502号室のユキヒロ君、まだ手術受けないって愚図ってるんだって?大丈夫なの?」
「うーん、ただの虫垂炎らしいけど体がまだ成長してないから、症状が大きくなる前に手術しないと大変なことになるかも」
「あのオオカミ少年、今日も私に色々言いつけに来たわよ。先生もなんで早く手術始めないのかしら?」
「...ユキヒロ君のおねぇちゃんのサクラちゃん、2年前に医療ミスで亡くなってるの。そのショックで彼、誰にも心を開かなくなっちゃったみたい」
「そうだったの...でもこのまま病気をそのままにしておく訳にはいかないし、どうしたらいいのかしら?」

ボクは車輪を転がして給湯室の2人の前に姿を現した。

「あの、すいません」「うわ!びっくりした!!」「すいません、驚かせて」

「501号室の平野君じゃない。早く寝なきゃ駄目よ」ボクは2人に本題を切り出した。

「あの、この病院でちょっと大きな音が出せる部屋ってあります?そんな大きな部屋じゃなくていいんですけど」

2人が顔を見合わせた。

「水曜日のお昼だったら病院もお休みだし、患者さんもいないから入り口のロビーでお話するくらいだったら出来るわよ」
「そうですか。ありがとうございました!」

それだけ聞くとボクは車輪を漕いでトイレに向かった。この辛気臭い状況を変えるにはライブしかない。ユキヒロ、お前が安心して手術出来るようにボクが元気を与えてやるからな。

ボクは便座の上で何度も「Hey Jude」のコード進行を思い浮かべて腕を振り下ろしていた。

     

ティラノが入院して10日ぐらい経った頃、俺達はアイツが入院している向陽町の中央病院に呼び出された。

放課後、あつしと三月ちゃんと待ち合わせをして俺達は病院の駐車場を横切った。少し前を歩いていたあつしが心配そうに言う。

「突然医者からティラノのことで呼ばれるなんてなんかあったのかな?様態が急転したとか」それを聞いて三月ちゃんが言う。

「え、私は本人から直接電話あったよ。なんかテンション高くて俺の歌で世界をどうとか、とりあえず体調は大丈夫みたい」

「とりあえずなにかやらかしてないか心配だな」「そうだね。普段がアレだし」「あれ?今日病院やすみ?」

あつしが正面玄関の札を見て言う。「いや、ちょっと待って」

俺が目を凝らすと玄関横のロビーに人だかりが出来ていた。

「あいつ、まさかあそこでライブする気なんじゃ...」
「だ、だいじょぶだよ。足骨折してるんでしょ?ギター弾ける状態じゃないって」

嫌な予感は的中した。大柄の看護士に車椅子を押され本日のライブの主役が登場した。なぜか勝ち誇ったような顔をし、膝上に見慣れないギターを抱えている。

「ティラノ!」俺達は急いで患者のことなんて一切考えて作られていない回転ドアを通ってロビー前に駆け寄った。

「え~みなさん、ながらくお待たせしました!YOUICHI HIRANO オンステージ、まもなく開演いたします!チェックしときな!ベイベェ!!」

調子はずれなアイツの決めゼリフに観客(ここじゃ患者)が笑い声をあげる。

「おーおー、自分から笑いものになるなんてあのぼっちゃん、度胸あるじゃねぇか」
「彼は平凡な俺達の毎日にニュースを与えてくれる稀有(けう)な存在だよ、まったく」

隣のベンチに座っていたおっさん2人が酒臭い声でぶつぶつと呟く。「あー、あーただいまマイクのテス、テス、テスト中!」

病院のロックスターは何度もスタンドマイクの高さを看護士に調整させていた。抱えているエレアコのボディが車椅子にあたるのか、

窮屈そうにギターを抱えていると「早く済ませなさい!」と背の低い医者と思われる男がティラノを急かす。「おけ、OK!」

どこから用意したのかわからない小型のスピーカーから音が出るとぼじゃーん、と鳴りの良いギターを弾き下ろしてティラノは語りだした。

「え~、それでは~・・・んふふ ボクの大好きなビートルズのハイパー名曲、聞いてくーださい(^p^)
いち、に、さん、...イクぜ!『 Hey Jude 』!!」

急に口調を変えると大きく息を吸い込んで、ゆっくりとギターを弾き下ろした。

「へいじゅ~どんめきば~てかさ~そ~あめきべた~」

「なんでビートルズなんだよ...」俺が小言を呟くと大柄な看護士が鼻の前に指を立てた。驚いて周りを見渡すとみんなティラノの演奏を

聞き入っていた。死期が近いであろうおばぁさん、びっくりした瞳でティラノを見つめる怪獣のフィギュアを手にした子供、競馬新聞に目を落としたおっさん。

つっ立って親友の演奏を聞いてる制服を着た高校生の俺達。実に様々な人間がこの1968年に生まれた名曲のカバーを聴いていた。

「座ろうか」三月さんが3人掛けのソファの左に腰掛けた。俺が真ん中、あつしが右に座った。

「りめんばーとぅれたーいんとやーはーぜんゆーきゃんすた~とぅ-めきべた~」

たどたどしい英語と弾きなれないコードと格闘しながら車椅子の上でティラノは言葉を吐き出す。演奏者の様子を見ているととても

スローな曲には感じない。なんかこう、体調が万全じゃないというのもあるんだろうが「新しい自分のスタイル」を模索しながら演っているというか、

「懸命さ」をその姿勢から感じた。

「ばめきぅわふぁ~ あんりここるだ~」

コーラスパートに入るとティラノはじゃかじゃかとギターをストロークして声を張り上げた。

「らららららららららら~、ヘイ!一緒に!!らららららららららら~」

患者達が顔を見合わせる。「らららららららららら~、ほら!らららしか言ってないから!!らららららららららら~」

三月ちゃんとあつしが小声で一緒に歌いだす。「らららららららららら~、ヘイ!もっと大きな声で!!らららららららららら~」

あつしが俺を横目で見る。しょうがねぇな。「らららららららららら~」「ほら!らららだよ!アフリカ人でも歌えますよ~らららららららららら~」

「らららららららららら~」病院のロビーに不思議な、と言うか、不気味なコーラスが流れる。「はい、先生、全員が歌うまで止めませんよ~らららららららららら~」

ずっと目を逸らしていたおっさん連中に看護士さんが歌うように促す。ほんっと、はた迷惑なヤツですいません。怪我が治ったらきつく言っときますから。

「らららららららららら~、よし、全員歌ったな!どんめきば日本!イェア!」

壮大に原曲レイプをしでかすと「ら」の洪水、ティラノ版『 Hey Jude 』は向陽病院の入り口に響き渡った。おばちゃんが「まー...」と絶句しながら拍手をする。

他の患者が拍手しようとすると「待って、まだまだ。」重症なはずのボーカリストはマイクを握り締めた。

「この曲だけで終わりだと思った!?残念!もう一曲あります!!聞いてください。オリジナルでバードケージ」

俺は思わず苦笑した。横の2人もおんなじ顔だったと思う。この場で新曲発表かよ。ティラノはギターの弦を弾くピックを力強く握り締めた。

     

ティラノは静かに、力強く16ビートのコードを弾き始めた。演奏者の本気な顔を見て患者たちが笑うのを止めた。


ボク達は言うなれば狭いカゴに閉じ込められた青い鳥 誰かに押し込められた訳でもない 自分で作った透明なカゴ


「え?ちょっと?」いつもとまったく違う曲調と歌詞に三月ちゃんが小さく飛び退く。驚いた顔をしてあつしが俺の方を見る。

俺は嬉し笑いをこらえて鼻の下に手をやった。ティラノ、お前、こんなまともな曲も書けるようになってたのかよ。体の芯が熱くなってきた。

メガネを額の上に置くと指の隙間からティラノの熱演を見守った。


どこにでもいけるはずなのに なににでもなれるはずなのに 自分で作った透明なカゴ 重すぎて開かないよ 

ボクらはきっと飛べるはずなのに どんな歌も歌えるはずなのに ぶっ壊して開いてよ 自分で作った透明なカゴ


大声で汗とつばを飛ばしながらそんなフレーズを歌っていたと思う。ふと視線を外すと患者のおっさんが目を拭ってるのが見えた。

おいおいまじかよ。ティラノ、お前ミュージシャンとして凄い段階まで昇ってきてるぞ。最後のフレーズを歌い終え、ギターをかき鳴らすと

ロビーに大きな歓声が巻き上がった。足腰の弱そうなおばあちゃんのスタンディングオベーション。こいつがこの前まで学祭のステージで自慰行為をしていた変態ロッカーだとは思えなかった。

「すごく良かったよー」三月ちゃんが拍手の合間を縫っていうとティラノはいつもの気持ち悪いニヤけ顔を浮かべた。

歓声が鳴り止み、少しの余韻が過ぎるとティラノはマイクを握り締めた。

「えー、今日はボクの曲を聴くために集まっていただいて、本当にありがとうございました」

「アンコール!」

さっきまで泣いてたおっさんが照れ隠しで茶々を入れた。ギターを弾こうとするティラノを小柄な医者が睨む。笑い顔のオーディエンスにティラノは言った。

「えー、あのーそこの、ほら、目線外すなよ。ユキヒロ!今日のボクの歌、どうだった?」

看護師に背中を押され、怪獣のフィギュアを持った少年がティラノに近寄った。マイクを向けられ少年は言った。

「えっと、面白かった」「どこが?高戸先生の身長が低いところ?」「こら!」大柄な看護師がティラノをたしなめる。

「よういちお兄ちゃんのパンツからずっとちんちんが見えてるところ」「え!?」

ティラノが立ち上がって患者服の裾を確認した。くるくる回るティラノを見て少年は言い放った。

「嘘にきまってんだろ!このばーか。入院中ずっとちんこいじってんじゃねーよ!」

患者達が苦笑する。ささくれだった少年の頭にティラノは手を置いてこうなだめた。

「そんなオナニーばっかやってるボクでもこんなにたくさんの人の前で歌うことができるんだ。勇気を出せばきっとうまくいく。
ユキヒロ、手術受けてくれるな?」

少年が小さくうなづくと観衆から温かい拍手が鳴った。映画のワンシーンのように車椅子から立ち上がるとティラノはライブを見に来てくれたみんなに感謝の言葉を述べた。

「今日は本当にありがとう!さっき演った曲はボクの親戚のにぃちゃんが作った曲です!未来の高額納税者のサインが欲しい方は一列に並んでください!」

とんちんかんなことを言うアイツを見てみんなが席を立ち上がった。バードケージ、いい曲だと思ったら他人の曲かよ。俺とおっさんの涙を返せ。

子供のシャツに強引に名前をかこうとするティラノを看護師が止める。「ほら!あんたも明日手術でしょ!さっさと部屋に戻って休みなさい!」

「よーし!おにぃちゃん、部屋に戻ったらたくさんタンパク質、出しちゃうぞー」
「手術前はオナニーは控えろっていったでしょ!!」

口喧嘩をする二人を見て俺たちも立ち上がった。「ティラノ!」看護師に車椅子を押されるティラノにあつしが声をかけた。

「おまえの元気な姿が見れて本当によかったよ!退院したら一緒にさっきの曲、演ろうな!」

あつしはさっきの曲がいたく気に入ったそうだ。「みんな、見に来てくれてありがとな」看護師さんが頭を下げるとティラノはエレベーターの扉の奥に吸い込まれていった。

その後、俺たちは帰り道で今日のティラノのステージングについて話し合った。病人のクセに人を励ますとかおせっかい焼きだよ、お前は。

嫌味を三月ちゃんにたしなめられると俺は分かれ道でアイツに負けないようにベースを練習することを心に決めた。

日の長い夕暮れの空に細い飛行機雲がゆっくり引かれていった。

     

「『ガン』ってさぁ、本当はもう直せるらしいんだよ、本当は。でもガンが治せたら死なない人間が出てくるだろ?そうなるとどうなる?

地球が人間で溢れかえっちまう。ガンは成人男性の死亡率のトップ3なんだからよー。だから世界の医療関係者はそれをひた隠しにしてるわけ。

でも自分の家族、恋人がガンになったらそんなこと言ってられねぇよな」


へー、そーなんすか。ギャンブラーケンさんの薀蓄を休憩室で聞いていると看護師の魚住ジュンさんがやって来た。

「ティラノ君、手術1時間前だから部屋に戻って」

ボクはベンチから車椅子に体を入れ替えた。体を支える腕が震える。「お、緊張してんのかい?」ケンさんに言われボクは自分の体を見下ろした。

入院中で少し体に肉が付いている。歩けるようになるまでどのくらいかかるだろうか。「大丈夫よ。勇気を出せばきっとうまくいくんでしょ?」

そうだ、ボクはビートルズの曲と一緒に練習したアニキの曲を思い出した。バンドスコアと一緒にギターケースに入っていたCDにはアニキの

東京での8年間の苦悩が込められた曲が収録されていた。上京前に持っていた希望、なかなかうまく行かない焦燥、知らない間に追い込まれていた絶望。

そのすべてがボクの胸を打った。アニキはなりたくて負け犬になったわけじゃない。アニキが間違ってなかったこと、俺が社会に証明してやるからな!

その前に目の前の手術だ。病室で何本か注射をうたれ手術用の患者服に着替えるとドラマでよく見る台の上に乗せられ点滴を打ちながら手術室に搬送された。



手術の結果から言おう。4、5回、死にかけた。

手術じたいは成功したのだが麻酔が切れると右足がめちゃくちゃに痛むのだ。モンスターが自分の足首を少しずつ食っていく感じ。

おかげでお見舞いに来てくれた三月さんの前で失禁しちまったりして大変だった。その後のリハビリでも歩こうとすると激痛が走るので

ボクは毎日リハビリに行くのがおっくうだった。でももう一度ステージの上に立ちたい、またみんなとバンド演りたい、という気持ちがボクを支え続けた。

季節は過ぎ去り、窓の外には雪がちらつき始めた時、高戸先生から念願の言葉が出た。

「怪我は大方完治した。明日退院しても大丈夫」

長かった。これでみんなのところへ帰れる。感情を抑えきれずガッツポーズをすると「もうお別れね」とジュンさんが感慨深げに言った。

「いやいや!また遊びに来ますとも!!」「またバカなことをやって入院するんじゃないぞ」

みんなに釘を差されるとボクは迎えに来たみんなと一緒に3ヶ月入院した向陽町の中央病院に別れを告げた。

駐車場には雪が積もっている。テンションが上がったボクは雪球を握ると尻を突き出し、それを両手で胸の前で構えた。

「武田勝!!」

「おハムー」
「汚いフォームだなぁ・・」

野球のピッチャーの真似をしたボクを見ていたあつし君とマッスがなんJ語で茶化す。...外でなんJ語使うなっつーに...

とにかくボクはこれで病魔とは決着をつけた。学校は間違いなく留年だけどそんなことはもうどうでもいい。

これからいい事がたくさんあるのだ。ボクらは意気揚々とかぁちゃんが運転する車に乗り込んだ。

     

イッツオーライ!調子どうだい?ボクはベッドの上で死にそうな容態!!

から回復だい!退院記念だ 飲み屋でみんなで飲み明かそう

らーめん屋の親子がコールする「ひらのよういちろ~う」誰だよそいつは 俺の名前は「平野洋一」の様。

音頭を取るのは一ノ瀬司 怪我の原因はお前の親父だ つーかさぁ...まあいいや、

今夜は果てるまで楽しもう! 誰かが頼んだちんすこう ほお張りながら話そう

マッスが店員口説く「今夜、どう?」 ムカつくからトイレの裏でシメとこう

トイレで思い出したんだが尿意COME 誰が一番飲めるか「よーい、ドン」

野蛮な争い回避し女子の席座ろう。 照れ隠しして 「いやいやいやいや」 女子が避けてく 「嫌嫌嫌嫌」

もうむかついた  いや、むらついた?トイレが満席ならビールジョッキに注げばいんじゃない? 今夜はそうさ、パーティナイ? 

ハンパない?揺るぎない?ナイナイの岡村最近変じゃない?...パンツを下ろすボクに喚声 女子の指から覗く男性、器

「ホラホラホラホラ、ホラミテ・ミーヤ(キャー)」「トんできな」的な決めゼリフで飲み会はお開き 店員が呼んだ逃げろおまわり

あつしがこけたよ このスカポンタン! 炎の武器だぜフレイムタン! 吐き気が止まんね お口に詰めとけ ほらタンポン

そんなこんなでもう終わりです ―完― こういうのもたまにはいいでしょ?

3rd Album ホワイト・ライオットボーイ<前編> 終了 <中編>、ご期待ください。

       

表紙

まじ吉 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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