「野球楽しいンゴwwンゴwwンゴww」
大槻ケンヂに似ていることから、大槻とあだ名付けされた彼は、気味が悪いほど笑っていた。
オオツキは、本格的に野球をしたことのある人間なら一目したことのある、アンダーアーマー社製のぴしっと体に吸い付くシャツを上半身に纏い、下半身には一つの穢れもなく純白に輝いたミズノのロングパンツを履き、足には硬式用のザナックスのスパイクを踏み、服装から伺うと、どこからどう見ても高級的な野球人然としていた。
オオツキの目線の先には、ピッチャーのラジオの背中が見える。ラジオはオオツキより姿格好は洗練されておらず、ホットパンツに近いウォッシュなジーンズと、暑さ対策だろうか、頭にタオルを頭巾のようにして巻いていた。
ラジオという名前は、飯島昭雄、これはラジオの本名だが、飯島本人が自分をラジオ、そう呼んでくれと言ったのである。しかし、なぜラジオなのかはチームメイト誰ひとりとして、判然としてはいない。彼に理由を聞いても、鼻をすかすような、にべもない態度をとられ、話がかわされてしまうのだ。ただ、チームで一番野球に詳らかな坂本先生によれば、二○○○年から二○○三年までダイエーでプレイをしていたブレイディー・ラジオではないかとの言もあるが、定かではない。もしそうであったとしても、ラジオという選手は当時でこそダイエーにおける外人の勝ち頭ではあったが、今では話題にすら上らないマイナーな選手だ。結局謎が一層深まるばかりであった。
投手は、誰もがやりたい守備位置だ。外野の浅めを守るオオツキもそうだ。だが、ラジオは痩身長躯で、身長はゆうに百九十センチもある。彼が一番先にフリーバッティングの時にピッチングをやりたいのであれば、それでどうぞ、とチームメイトもなかなか彼に口答えはできずにいたのが事実だった。
ラジオの体からすると、C球軟式ボールが金玉サイズに見えた。バッターボックスに体を正対し、背中でなんの変化球にしようかボールをいじる様はオナニーのようにも、オオツキには見える。
カーブの握り、チェンジアップの握り、フォークの握り、球を弄びながら、結局はストレートに決めて、グローブの中に手を埋めた。そして、ワインドアップ――。
「オオツキ! ほれ、球がいきましたー!」
アシックスのオレンジ色のジャージの上にジャイアンツのレプリカユニホームを羽織ったショートを守る奇抜な格好の長野が、どこの方言かも取れぬ言葉回しと頭から噴き出すような大声で、球の行き先をオオツキに伝えた。
「ワイはオオツキやない! 青木親宣のアオキや!」
オオツキの目測によれば、打球はせいぜいテキサスヒット、セカンドベースと、その少し後方の俺が守るセンターラインと、その間に落ちるポテン性の当たりだろう。オオツキはひとつ演技をとる。ドラゴンズのマークが縫い付けてある帽子を、さもインプレー中に頑張って取りましたと、暗に示威するために落とした。コーヒーカップの脇に、ちょこんと備えてあるコンデンスみたいなものだ。
彼が見定めた落下地点に立ちボールを待った。諸手を挙げ、オーライオーライと叫ぶ。あとはボールを取るだけだ。
だが何か違うと、オオツキは違和感を感じていた。帽子を投げ飛ばしたせいだろうか、それとも太陽の光で目測があやふやになっているのだろうか、確実にはボールが死んでいない。というよりも、ぐんぐん、ぐんぐんと揚力を増していく竜巻のようにボールは勢いを増しているようにも見えた。
「ちょ、ちょおおおおおおwwww」
一、二歩の後ずさりが背走に変わっていた。ここでやっと打球がポテンやテキサスなんてものではなく、弾丸ライナーであることに気がついたのだが、もう遅かった。
オオツキの体が、足、腕、四つすべてを開き、宙に浮かぶ。空気中に浮かぶ酸素や栄養素、水を吸い込み光合成をしているかのように、ウキウキしている。グラウンドにいた一同が、ウルフルズのバンザイ一小節分を口ずさむか、頭の中でなぞり、ボールを追いながら地平線の先まで走るオオツキを、ミスチルの少年に例えたりもした。セイウチがボールを返すための中継を待っている間、スパイクの土を払っていた。
彼らの服装、練習態度からプロや社会人、ガチガチの硬式野球部などの職業人的野球ではないことが伺えた。では何なのだろう。
パパさん達の休日野球であろうか。大学野球や社会人野球などをするレベルではない、取るに足らない実力層の集まる、草であろうか。どれも違う。
彼らこそがなんJ野球。
インターネットで日時時刻場所持参物を決め集結した、フリークス・ベイスボーラーである。