栗色の髪の少女が一人雨の中で立っている。見るからに高そうな白のワンピースを着ている。寂しげな顔。
あれは私だ。まだ10歳にもなっていなかった頃だった気がする。町のはずれにある奴隷の住むエリアに迷い込んだ時の私だ。
周りの奴隷たちが腫れ物にさわるような目で私を見ている。私は雨でびしょ濡れになりながら、突き刺さるような冷たい視線の中で必死に父を探す。
すると一人の少年がすっと私の傍に寄り傘の中に入れてくれた。歳は同じくらいだろうか。茶色のクセ毛、ところどころ破けた服。少年と目が合う。しばしの沈黙。
「どうぞお使いください」
少年がばつが悪いような顔をしてぎこちなく言った。傘を私に渡し、そのまま駆けていこうとする。
「待って」
私はそう言いながら少年の手を掴んだ。困惑する少年。
「一緒に入ろう」
少年の手を引き寄せる。驚きと不安が入り混じったような顔。少年は少し逡巡した後、強く手を握り返し
「うん」
と力強く答えた。
雨の中ひとつの傘の下で二人が歩いていく。お互いの距離を確かめながら。身分という歯痒さを忘れるように・・・
はっと目を覚まし、上体を起こす。ここはどこだろう?
「おっ、起きたか」
声のする方を向くと男が立っていた。二十代後半に見える。背は私より十センチほど高い。さっと身構え武器になりそうなものを探す。部屋は八畳ほどの広さでごみが散らかっていた。壁にかかっている時計の針は一時を指している。出口は正面か。
「おいおい、何もしないって」
手を振りながら男が言う。灰色のズボンに白のシャツ、薄い黒のジャンバーを着ており、真っ黒な髪は肩の辺りまで伸びていた。男の漆黒の瞳を見つめる。すると突然お腹がなった。
「お腹すいてんだろ。とりあえず食えって」
男はテーブルを指差す。私はゆっくりと警戒しながらテーブルに向かった。置いてある食べ物を見る。男から危険な雰囲気が感じ取れなかったのと空腹とで私はがっつくようにして全部平らげた。ここ数日、何も口に出来なかったためにまともに働かなくなっていた脳が元気を取り戻してきた。
「さてと、お嬢ちゃん名前は?」
男がタバコをくゆらせながら聞いてくる。言うべきか迷ったがどうせ行くあてなどないので正直に答える。
「アキ・アルベルティ」
男の顔が一瞬だけ真剣になったのを私は見逃さなかった。
「俺はクルエ・ウォーレス。それで、嬢ちゃんはそんな服でなんで道端に倒れてたんだ?」
クルエが私を指差しながら言った。私は自分の着ている服を見る。ほんのりと緑がかかった、病人の着るような簡素な服。私は自分の頭を整理しつつクルエに私のこれまでを説明した。
リテラード国。世界の中心より少し離れたところに位置するこの国で、十六年前に私は生まれた。貴族として。
この国の住人は三つの階級に分けられる。上から順に貴族、平民、奴隷。昔は人種など様々な理由で分けられていたらしいが、人種間の混血が進み、見た目等で判断できなくなった現在では家柄で決められている。貴族は国の中枢を担い、他の階級を支配し、平民は貴族の支配と恩恵を受け、奴隷はこき使われ、まるで人でないような不当な扱いを受けることもあった。
しかしこの国で唯一身分制度が通用しない場所がある。国土の右端に位置し、その五分の一を占め、分厚い頑丈な壁で囲まれた、アウトサイドと呼ばれるエリアだ。そこでは貴族も平民も奴隷も身分で支配されることは無く、代わりに金と暴力が世界を支配していた。奴隷はもちろん、裏の仕事に手を染めた平民や貴族など様々な者たちがアウトサイドに入り込んだ。
だが当然のことながら、誰でも簡単にアウトサイドに入ることは出来ない。軍の厳重な警備を潜り抜けなければならないからだ。逆に、出る時もまた然り。幾人もの自由を求める者たちが軍によって命を落とした。アウトサイドと政府とは相互不干渉が基本となっている。
私の父は身分制度反対派の貴族だった。私はそのせいで周囲の貴族から浮くようなことがあったが、それでも父を尊敬していた。子供ながらに自分と何も変わらない人々が自分とはまったく別の扱いを受けていることにある種の気まずさを感じていたのかもしれない。そうして父、母、私の三人で暮らしていたが、私が十四歳になった年に事件は起こった。
軍が私の家を襲撃したのだ。父は当時、反身分制度の貴族としてはかなり有力となっており、そんな父の存在を危険に感じた他の身分制度賛成派の貴族が、貴族の飼い犬と成り下がっていた軍をけしかけたのだった。あっという間の出来事だった。父と母が殺され、屋敷に火が放たれた。私は燃え盛る炎の中、必死に屋敷から脱出した。”生きろ”という父の最後の言葉を胸に刻んで。
その後、家族も地位も失った私は奴隷となった。右腕に273と奴隷を見分けるための烙印を押され、色々な仕打ちを受け、しかも元貴族ということで周りの奴隷たちからも冷ややかな態度で接せられた。そうして二年間の孤独を過ごした後、転機が訪れる。
ある日、私は所有者に呼ばれ、軍に引き渡された。そのまま軍のジープに乗せられ着いた場所はなんとアウトサイドの中にある、とある研究施設だった。そこでは”Perfect human project”という計画が進められており、たくさんの動物たちや人間が収容され、実験台にされていた。そしてついに自分の番が訪れ、死を覚悟した私に奇跡が舞い降りる。実験が成功してしまったのだ。その後、私は完成体としてその能力を確かめるための様々な実験をさせられた。私はその時、自分が常人の何倍もの身体能力、情報処理能力、感知能力を手に入れたことを知った。
そうして実験の日々が二週間ほど続いた後、突然軍が研究所を襲撃した。詳しい理由は分からなかったが、私は混乱に乗じて研究所を抜け出した。研究所は爆破され、跡形もなく吹き飛び、逃げ出した私は実験服のまま数日間飲まず食わずで町をさまよい歩き、ついに空腹で倒れたのだった。
「なるほどな」
事情を話し終えると、クルエは割と素直に受け入れてくれたみたいだった。正直信じられないような話ではあるし、言わない方がよかったこともあったと後になって後悔していた私は少し安心した。
「大体事情は分かった。ひとつだけ聞いていいか?」
クルエがタバコを灰皿に入れ、こちらを見つめてくる。その瞳が持つ深い闇に私は吸い込まれそうになった。
「嬢ちゃんの親父さんの名前はなんだ?」
「・・・カダル」
「そうか」
クルエはそう言って目を閉じた。何かを確信し、決心したような顔。その時、私は奇妙な感覚を覚えた。私はどこかでこの人と会ったことがある・・・?
「嬢ちゃん、ひとつ提案なんだが・・・俺と手を組まないか?」
クルエが目を開け、再び新しいタバコに火をつけながら言った。私は困惑の表情を浮かべる。
「どうせ行くあてなんてないんだろ?俺がこの街での生き方を教えてやる。代わりに、嬢ちゃんはその能力を活かして俺の仕事を手伝ってくれ。どうだ?」
「・・・分かった」
素性も何も分からない男と手を組むなんて馬鹿げてる。しかし、クルエの言い分は正しい。正直、この町で私が一人で生きていける可能性はゼロに等しく、ひとまず自分の身の安全は確保できるのは願ったり叶ったりだ。それにクルエが何かするつもりならいつでもチャンスはあったはず・・・そう自分に言い聞かせ、私はクルエの提案を受け入れた。何よりこのクルエ・ウォーレスという男自身に興味があった。
「決まりだな。これからよろしくな、アキ」
「よろしく、クルエ」
クルエと握手を交わす。その手は温かく、力強く、私はなんだか嬉しかった。
「さてと、まずはその服を何とかしなきゃな」
そう言いながらクルエは部屋の隅に置いてある古ぼけた黒電話で電話を掛け始めた。私は改めて部屋を見回す。ふと、壁に掛けてある小さな鏡が目に入った。燃えるような赤い短めの髪に深紅の瞳。実験が成功してこの姿になってから二週間近く経つというのに、私はいまだに慣れていなかった。クルエが電話を終えたらしく、元のイスに座った。
「ちょっと待っとけ、すぐに知り合いが服を持ってくるから」
「了解。ところでクルエはどんな仕事をしてるの?」
「一応”Undertaker”って名乗ってる。要するに何でも屋だな」
「アンダーテイカー、何でも屋・・・」
「密輸、略奪、人殺しその他諸々。それに見合う金がもらえれば何でもやる」
「なるほど」
その後も互いに互いのことを訊ね合っていると、突然ドアのチャイムが鳴った。
「お、やっと来たみたいだな」
クルエが玄関に向かった。そのまま座って待っていると一人の女がクルエと一緒に部屋に入ってきた。背はクルエよりも少し低く、綺麗な長い黒髪が腰の少し上辺りまで伸びている。白のタンクトップに水色のジャケット、七分丈の濃いジーンズにハイカットのシューズといった出で立ちだ。年はクルエと同じぐらいだろうか。
「この子がアキちゃんか。私はフィレル・ロイター。よろしくね」
「アキ・アルベルティです。よろしくお願いします」
差し伸べられた手を握り返し、私はフィレルの顔を見た。目尻に小さなほくろがあるのが少し気になり見つめていると、どこか聡明さが伺える瞳とぶつかった。照れて私が顔を背けると、フィレルは微笑んだ。
「さてと、さっそく着替えちゃおうか。クルエはちょっと外に出といて」
「了解」
クルエが出たあと、フィレルは持っていた袋から服を取り出した。白のTシャツに紺のパーカー、ジーパンにスニーカー。触るとどれも普通のものよりも少し頑丈みたいだった。
「サイズは多分大丈夫だと思うわ。まぁ着てみて何か違和感があったら教えてね」
そう言うとフィレルはイスに腰掛け、タバコに火をつけた。私は着替えを済ませると軽く飛び跳ねたり、手足を曲げ伸ばしたりして服の感じを確かめた。うん、なかなかいい感じ。
「ちょうどいいみたい」
「そうかそうか。クルエー、戻ってきていいわよー」
「さーて、どんな服を選んだのか見ものだな」
クルエがそんなことを言いながら部屋に入ってきた。上から下へと私を見る。
「なかなか似合ってるな、アキ」
「私が選んだから当然よ」
「無難な組み合わせとも言えるがな」
笑いながらクルエが言うと、”いつも一言多いんだから”とフィレルはぶつぶつつぶやいた。私がそんな二人を見て顔をほころばせていると、クルエが幾分真剣な顔になって言った。
「さてと、じゃあ早速アキの初仕事といこうか」
「えっ」
「ちょっと早すぎるんじゃないの、クルエ」
「これから自分がどんなことをして生きていくのか、知るのは早い方がいいだろう?今日はちょうどお前もいるからアキも安全だろうし」
「それでわざわざ家まで呼んだってわけね・・・いいわ、その代わり報酬は半分づつよ」
「うっ。多少不服だがしょうがない。そんじゃ行くぞ」
「りょうかーい♪」
思わぬ出費に顔をしかめるクルエと、思わぬ収入にニヤニヤするフィレルについて、私はアパートを出た。
クルエの緑色のミニクーパーに乗って着いたところはどうやら二階建ての事務所みたいだった。入り口あたりに車を止め、クルエが助手席のフィレルと後部座席の私に説明を始める。
「今回の依頼は機密書類の奪還だ。クライアントはとある会社の重役。機密書類を輸送中にここの連中にパクられたらしい。それでこれから事務所を襲撃、書類を取り返そうってわけだ」
「敵の規模は?」
「二十人前後ってとこだろう。装備もそこまでたいしたもんじゃないだろうな」
「部屋の見取り図も無し?ずいぶん適当ね」
「クライアントの会社がそんなに規模の大きいもんじゃなかったからな。報酬がその割に結構高めだったから受けただけの軽い仕事。まぁ大丈夫だろ」
「それで、どうするの?」
「まず正面から堂々と俺が突撃するから、お前とアキは裏から入ってくれ。それから別々に下から上へと順に制圧していく。アキは宝探しを頼む。この写真を目に焼き付けとけよ」
クルエから写真を受け取り、見ると灰色の頑丈そうなブリーフケースが写っていた。取っての所に十桁のダイヤルが付いている。顔を上げるとフィレルが助手席から身を捩じらせながら写真を覗き込んでいた。私はフィレルに写真を渡す。
「戦闘が始まったらこれで連絡する」
クルエがそう言いながら無線を配った。受け取り、私が不思議そうな顔をしているとフィレルが優しく使い方を説明してくれた。
「後はアキがブツを見つけ次第撤退ということで。無駄な戦闘は避けたいからな。質問は?」
「無いわ」
「おっとそうだ、忘れるとこだった・・・アキ!」
クルエの方を見るとホルスターと一緒に拳銃を渡された。クルエが私の目を見据える。
「GSRって言うハンドガンだ。もしもの時のために渡しておく。引き金を引くだけで撃てる状態にしてあるから気をつけろよ。いいか、危険を感じたら迷わず撃て。遠慮はいらない、撃ち込んでやれ。撃たれる前にな」
「・・・分かった」
私はホルスターを右足の太ももに装着し、GSRを握ってみた。ずっしりとした重み、ひんやりとした感触。これまで見てきた数は少なくはないが、銃を持つのは初めてで、鼓動が早くなるのを感じる。もう一度、強くその重みを胸に刻んでからホルスターに収めた。
「よしっ。そんじゃ始めるとするか」
三人で拳を打ち合わせた後、私たちは車を出た。
フィレルと二人でこっそり裏口へと向かう。ドアの両脇に位置取り、クルエからの合図を待つ。私はホルスターからGSRを抜き、グリップを握る右手を左手で覆うように両手で持った。汗ばむ手、荒くなる呼吸。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
フィレルがこっちを見て微笑みながら言った。その手にはサブマシンガンが握られている。
「でも私、うまくいくかどうか・・・」
「何をやるかは問題じゃない、何が出来るかを考えなさい。自分に出来ることを最大限やればいいの。深呼吸して、落ち着いて」
大きく息を吸い、吐く。繰り返していると段々鼓動が遅くなってきた。胸はまだ重苦しかったが、手の震えは止まったように思えた。しばらくすると無線が鳴った。
”行くぞ”
直後に爆発音が聞こえた。クルエが突撃したようだ。GSRを握る手に力が入る。
「私たちも行くわよ」
そう言いフィレルがドアを開け、中に入った。私はそれに付いていく。突然、右前方の部屋から人が出てきた。フィレルが素早くサブマシンガンでその体を打ち抜く。うめき声を上げながら男が倒れた。
怒号と悲鳴、銃声と爆音。身を焦がすような熱気とむせ返るような硝煙の臭い。これまで感じたことの無い濃厚な世界に私はあわてふためきながら、フィレルが制圧した部屋でブリーフケースを探して回った。ものの十分もしないうちに一階を制圧し終えブリーフケースが無いことを確認し、階段へ向かうと、クルエがちょうど二階に向かって手榴弾を投げ込んでいた。
「一階には無かったのか?」
「残念ながら」
「そうか。残弾も少なくなってきたし二階はじっくりやろう。廊下のヤツを黙らせるからアキとフィレルは一番手前の部屋に入ってくれ」
そう言いながらクルエが階段を駆け上がる。遅れないように私もそれに付いていく。二階に着くとクルエが廊下に弾幕を張り、その隙に私とフィレルは一番近い部屋に飛び込んだ。部屋はどうやらオフィスらしく机とイスが並んでいる。男が二人、部屋の右隅と左隅に銃を持って構えており、私とフィレルが机の影に隠れると同時に発砲してきた。
「ふー、危ない危ない」
フィレルが隣で座りながら敵の様子を伺いつつ言った。死と隣り合わせの中、緊張と高揚が綯い交ぜになってくる。知覚が鋭くなってくるのを感じる。人体実験によって強化された聴覚が足音を元に敵の位置を正確に捉えた。
「フィレル、敵が移動してる」
「アキ、分かるの?」
「さっき入ってきた入り口付近に一人、その向かいの角に一人、私たちの隠れてる机の反対側に一人」
「その位置取りだと私ひとりで対応できないわね。入り口のヤツをお願いできる?」
急に両手で握り締めていたGSRが重くなった気がした。撃つ・・・撃ち殺す・・・私が。殺らなきゃ殺られるだけだ。少なくとも今、私は相手を殺すだけの力を持ってる。出来ることをやるのだ。生きるために。
「・・・了解」
フィレルと目配せし、呼吸を合わせる。お互いの呼吸がぴったりと合ったその瞬間、私は机の影から飛び出した。
入り口で構えていた男が驚きの表情を浮かべながらこちらに銃を向けてきた。遅い。こっちはもう引き金を引くだけだ。私は男が銃を向け終わる前に、重たい引き金を引いた。
破裂音とともに弾丸が発射される。反動が腕を伝ってくる。弾丸は男の足を突き破り、男は崩れ落ちた。まだだ、トドメを刺さなければ。私は今度は男の頭を狙ってゆっくりと引き金を引いた。額に赤い点ができ、男は微動だにしなくなった。
「ふぅ」
大きく息を吐き、呼吸を落ち着かせる。それでも胸に何かが詰まったみたいで吐きそうだったが何とか堪え、部屋を探索した。フィレルが倒した男の一人の近くにブリーフケースを見つけた。震える手でそれを掴み、フィレルの元へ向かう。
「あった!」
「でかしたわ、アキ。それじゃとっととずらかりましょ」
フィレルは私に笑いかけながら今度は無線に向かってしゃべった。
”クルエ、アキがブツを見つけたわ。帰るわよ”
”了解”
その後は、三人とも全力疾走で建物から脱出、車でクルエのアパートへと帰った。車で帰る途中も私はGSRを強く握り締めたままだった。まるで石のように固くなった指で・・・
「どうした、アキ?浮かない顔して」
フィレルが帰り、二人だけとなった部屋で、ぼんやりとソファに座る私にクルエが声をかけてきた。
「初めて人を殺した。自分の手で」
私がゆっくりとそう言うとクルエは真剣な表情になり、隣に腰掛けた。
「殺らなきゃお前が殺られてた。今、お前が後悔できるのはお前が生きてるからだろう?」
「でも・・・」
「あんまり考えすぎるな。悩むのは結構だが、死んだら悩めもしないんだ。自分は人を殺してそれで生き残った、結果はそれだけだ。そこに何か善悪を求めるんだったらそれなりの答えを見つけ出して、それを守る強さと責任を持ってからにしろ」
「・・・」
私は自分の手を見つめる。この手で人を殺した。自分を守った。事実はそれ以上でもそれ以下でもない。クルエがタバコをくわえ、火をつけた。煙が広がっていく。
「アウトサイドは金と暴力、少しばかりの秩序で回ってる。この街もそういう場所でそういうもんなんだと心に留めておけよ」
「・・・クルエはもう答えを見つけているの?」
クルエの目を見つめる。真っ暗な瞳の闇の中にどこか物悲しさを感じた。クルエは目を逸らし独り言のようにこう言った。
「俺は・・・見つけていないフリをしていただけなのかもしれないな」
それから、タバコが弱弱しく瞬きながら灰になっていく間、私たちは沈黙を守った。お互いに傷つくことを恐れるように。
こうして私はクルエと出会い、一緒に暮らすことになった。この出会いは偶然だったのか、それとも必然だったのか、それは分からないけれど、少なくとも私の、そしてクルエの運命を大きく変えたことだけは確かだ。