Neetel Inside 文芸新都
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星のこども
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 “それ”は動き出した。
 闇が支配する空間で。
 “それ”は息を吸った。そして、吐いた。
 そうして、“それ”は動き出した。
 闇の中を、もがくように。

 闇はそれを打ち破る光が存在しない限り、永久的に闇である。
 “それ”は見ていた。
 見ようとしていた。
 何もないと思える空間に、何かあるのではないか、と。
 見えないだけで、そこには、何かがあるのだ、と。
 そうした思考が、“それ”にある風景を見せた。
 闇に浮かび上がるように見える、沢山の風景の切れ端。



 緑の惑星。
 ロケット。
 降りてくる入植者たち。
 建造される居所。
 タワー。
 研究所。
 工場。
 煙。
 爆発。
 赤錆びた空と大地。
 ねずみ色の雲。
 雷。
 雨。

 天変地異。

 ロケット。
 乗り込む入植者。
 それを見送る残された者たち。
 変わり果てた、赤の惑星。
 涙。
 怒号。
 謝罪。

 静かなる、消滅。



 数々の風景。
 “それ”には、その数々の風景の意味を掴むことはできなかった。
 しかし。
 “それ”は、自分の奥の方がキュッと引き搾られる感覚を覚えていた。
《私はこれを知っている》
《これは》
《私は、これをどこで見たのだろう》
 ぼんやりと、しかし反芻するように“それ”は、今見ている【どこかの記憶】を、大事に何度も噛み締めながら歩き続けた。

 “それ”は、やっと明かりと出会った。
 明かりの灯るは、小さな部屋。中央にテーブルが置かれている。
 テーブルの上には、埃がぶ厚く積もっていた。
 “それ”は、埃を払った。
 埃の下には、手紙があった。
「…………」
 “それ”は、手紙を手にとった。
 そして、眺めた。
「…………」
 “それ”は、口元を震わせた。
 そして、“それ”は、生まれてはじめて言葉を発した。
「…あなたへ」



  “
    ――あなたへ。
    星の子供へ。
    この手紙を読んでいるということは、あなたは、生まれてくれたのですね。
    ありがとう。
    そして、おめでとう。
    あなたは生まれたばかり。でも、賢いわ。
    きっと、私が書いたこの文字列の意味も分かってくれている。
    あなたのお兄さんやお姉さんも、そうだったのです。
    皆、この星の子供は、生まれながらにして物事を知っているかのようでした。
    あなたは、自分の姿をもう見たかしら……



「まだ見ていないなら、隅にある……」
 部屋の隅に、全身を映せるだけの大きな鏡があった。
 “それ”は、鏡の前に立った。



    どう? あなたは――男の子かしら、女の子かしら。



 “それ”は、赤色で、あまり綺麗とは言えないボサボサの毛質の長髪を生やした、10代前半に見える少女だった。
 長袖の白いシャツと、黒のロングパンツが、推測される年齢から考えると、不似合いだ。



    この星は――あなたのお母さんは、本当に素晴らしい存在なのよ。
    素晴らしい存在“だった”と過去形にしてしまった人達は、もう去ってしまったけれど。
    あなたには、関係ないこと。未来のあなたから見れば、私も、同じく残った仲間達も、去
    ってしまった人、だもの。
    この手紙を読んでいる今、あなたはどういう気分?
    多分、とても寂しいのではないかしら。
    この星の、子供を産むペースを考えると、あなたの生まれる頃には、兄妹もいなくなって
    いるはずだから……
    …ここまで書いておいてだけど、ごめんなさい。
    あなたは、本当に生まれるのかしら?
    私達も、この星の子供達も、これから数年後に、皆消えてしまう。
    この星は、一度死ぬことになるの。
    ただ、それは永遠の死ではない。
    言わば仮死状態……一時的な死である、と私達と、この星の子供達は、結論付けている。
    つまり、星は――あなたのお母さんは、一度死に、そして、いつになるかは分からないけ
    れど、生き返る。だけど、生殖機能まで復活するかどうかは、全く未知数。もし生殖機能
    が死んだままなら……この手紙を読んでくれるはずの“あなた”は存在しないことになる
    わ。
    この星が素晴らしい、というのは、資源がとても豊富、ということなの。私達、人間に役
    立つ資源が、この星には溢れていた。
    本当に、ごめんなさい。
    人間は、何度でも、何度でも繰り返す生物で、あなたから見たらとても滑稽に、愚かに映
    るでしょうね。ここに来るまでに、あなたは、お母さんの歴史を見てきていると思う。胎
    教の一種だと思うけれど。お兄さん、お姉さん達も、皆見たと言っているわ。
    この星を、一度死に至らしめたのは、私達人間。
    この星なら、簡単に言うと、どうしたって法律違反にならないの。それはこの星だけでは
    なくて、人間の生活圏外の惑星であれば、どうしたって構わないのよ。監視の目も届かな
    いし、「人類繁栄の為に」という御題目さえあれば、どんなに粗暴で配慮に欠けた行動を
    とろうと、罰せられることはない。
    私も、今まではそうだった。人間の為に役立つのなら、関係のない惑星なんて――と思っ
    ていたわ。
    でも、この星はね、違うの。
    この星は――“人を産む”のよ。
    理由は分からない。あまりにも有り得ないことだから。
    一つ確かなことは、“この星は人を産み、産み落された人は、私達とさほど変わらな  
    い”ということ。ただ、生まれた時点である程度成長が進んでいるし、寿命は、私達の倍
    はある上に、老化の速度も遅いけれど。羨ましいわ。
    そんな、生命息づく星を、人間の勝手な理屈で壊していいはずがない。そう思った。けれ
    ど……人間は、“大人”は、感情じゃ動いてくれなかった。大人は実益を求め突き進み、
    そして、あなたのお母さんは、出血多量になってしまった。
    これから、あなたのお母さんは、ゆっくりと休んで、栄養を蓄えて、血を増やして、生き
    返ろうとする。
    外を見て。



「外を、見て……?」
 鏡の向かい側の壁に、鉄製のドアがあった。



    それは、とても重いドアで、錆びてもいるだろうから、開け難いと思うけれど……



 少女は、必死にドアを押した。
「重い……!」
 ぎ、ぎ、ぎ、と耳障りな音を出しながらも、ドアは少しずつ開いていった。



    この星の子供達は、皆力持ちだから、多分大丈夫。



 少女は、愕然とした。
 ここまで来る間に見た、あの風景と、全く同じだったからだ。
 赤錆びた色の空と大地、ねずみ色の雲。
 星は、決して全快してはいなかったのだ。



    この手紙を最初に読んだあなたは、可哀想。
    変わり果てたお母さんの姿を、嫌でも目の当たりにしなければならないから。



 少女は、外へ出た。
 母を踏みしめた。
 しゃがんで、母に触れた。
 母の体を構成している石のかけらを拾い、それを指の腹で細かく砕いた。
 母は、脆弱だった。
 少女は、知らず知らずのうちに、眼球のある部位から、液体が止めどなく溢れてきていることに気付いた。
 それは、母の苦難の風景を見ていた時と同じく、胸を引き搾る、あの感覚に起因するものだった。



    悲しいでしょう。
    あなたは、一人でも……お母さんを、助けようとするでしょうね。
    この星の子供達は、もう、皆、本当に、お母さん思いな子達ばかりだから。
    私に子供はいないけれど、もしいても、この星のお母さんぶりには、敵わないわねえ。



「お母さんを、助ける……」
 もう一度、少女は母の肌に触れた。
 伝わってくる。
 母の痛みが。
 苦しみが。
 労りが。
 優しさが。



    この星の開発チームの一員だった私が、あなたに何を言っても恨まれるということは分 
    かっています。
    それでも、ここで、言わずにはいられない。
    この星が好き。そして、この星が生み出した、あなた達も、私は大好き。
    どうか、生を全うして下さい。
    200歳まで、生きて下さい。
    そうすれば、あなたもきっと、一人じゃ――



 少女は、空を見た。
 決意の眼差し。
 闘う決意を示した、覚悟を決めた“人間”の顔。



    それでは。どうか、お元気で。
                   ”


 少年は、ぼんやりと空を見ていた。
「あ、さっき見たのとおんなじだ」
 そう、少年は思っていた。
 ここまで来る途中に見た映像と、今、全く同じ風景があった。
 薄く染まっている空と大地。そして、灰色の雲。
 下の方で、あくせくと働いている老婆も、映像通りだった。
 少年は下に降りて、老婆に話し掛けようとした。
「…………」
 しかし、唇は震え、ロクに声は出てこなかった。
「はじめまして」
 老婆が切り出した。少年に背を向けたまま。
「あっ……は、じめまして……」
 それに釣られて、反射的に鸚鵡返しする少年。
「う、お、ばあちゃん、だれ?」
 少年にそう訊かれて、老婆は初めて振り返った。シワが幾重にも刻まれたその顔からは、少年を安堵させるような暖かみが醸し出されていた。
「私は、あなたのお姉さんだよ」
「お姉さん?」
「そう」
 ニッコリ笑ったまま、老婆は地面を――母を指差した。
「私達は、お母さんに産んでもらったの」

       

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