Neetel Inside ニートノベル
表紙

きまぐれかぞく
ハルカとカオリ

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「あの顔だとたぶん、見れなかったわね。ね、くろちゃん。」
ハルカは、ソファのとなりにすわるくろちゃんに、そうはなしかけた。そうだねハルちゃんと、くろちゃんが答えた、あのおちこみっぷり、絵に描いたみたいだ。ハルカがいたずらっぽく笑った、「たしかにね」。

「でもさ、変わってるよね、お姉ちゃんてひとは」
なんだか笑い方がにやにやしてきたことはあえて気にしないようにして、くろちゃんは無言でうなずいた。沈黙に促されてふたたび口を開くハルカの顔は、なんだかよりいっそう、だらしない。
「勉強もできて、バレーボールもうまいし、空手は黒帯で男子顔負け、そのうえかわいくておまけにスタイルもいいし。でも、鹿の角とか、変わったところがあるんだよなあ」
ハルちゃんもまけずおとらず、へんだよ、とか、かおがゆるみすぎてみっともないよ、とか言いたいところだったが、くろちゃんはそれをこらえて、かわりにそうだねとだけ答えた。

「でもね、しっかり者にみえて、けっこうかわいいんだよ。しってる?このまえなんて――」
「ひとのいない所でうわさ話?」

ハルカは背後からの声にびくっと身をふるわせ、そうして口をつぐんだ。ちらりと後ろを振りむくと、おふろからあがったカオリが、髪をタオルでふきながらやってくるのが見えた。上下灰色のスウェットの、部屋着。あっお姉ちゃん、い、意外と早いのね、おふろ。

カオリはソファのうしろに立つと、くろちゃんの両わきの下に背中側から手をさしこみ、ひょいともちあげた。そしていれかわりにそこへ腰をおろして、抱えていたくろちゃんをみずからのひざのうえにちょこんと乗せた。
ハルカがおかえりとあらためて言うと、カオリはただいまと言いながら前方に身を乗りだし、みあげるようにして、ハルカの顔を覗きこむ。少し色素のうすい、すきとおるような茶色の瞳が、じっとハルカを見据える。
ハルカは、目を合わせられるのが生来苦手だった。じっと目を見られると、いてもたってもいられず、そわそわしてしまうのだ。ちょうど、犬を叱るときに顔を両手でおさえて、むりやり目を合わせた時のリアクションそのものだ。もしかすると、ハルカが犬好きなのも、似たものを好きになるたぐいのものかもしれない。

だが、今のそわそわは、それとも違う。何を隠そうハルカは、カオリの瞳をひそかに好いていたのだ。えっなになに、と二重に落ち着きのないハルカの顔は、こころもち赤い。カオリは答えずに、ハルカのおでこに手をあてる。ぴたっと動きを止めるハルカ。
カオリの体温を額に感じて、また顔が赤くなるのを感じた。何を隠そうハルカは、カオリの指のほそくて白く、とてもきれいなのを、ひそかに好いていたのだ。しばらくしてカオリが手をどかした時の、ハルカの残念そうな顔を、くろちゃんは見逃さなかった。
しかし、とハルカは口角をもちあげる。そう、お姉ちゃんはいま、おふろあがりなのだ。その一挙手一投足からは、せっけんのいい匂いが、ふわりと漂ってくる。思わずほほがゆるんで、だらしない顔になる。何を隠そうハルカは、カオリから漂ういい匂いが好きだった。
いや、端的に言って、何を隠すまでもなく、ハルカは世間でいうところのシスコンだった。

「ハルカ、あんたまたかぜひいたの?」
カオリは、ハルカの惚けていることについては、無視を決めこむことにした。
「さっき、くろちゃんに話しかけてたでしょ。顔もなんだか赤いし。」
言いながら、カオリがその理知的な眉をひそめる。ハルカはそれを、真似したいような気がした。こんど使おう。
「は、話してないよ。そんなむかしの話、よ、よくおぼえてるのね」
―――ハルカが中学にあがったばかりの頃のことだった。高熱を出したハルカが、飼い猫のくろに熱心に話しかけている。もちろん、くろちゃんのほうでは平常どおり、にゃあにゃあいうばかりである。訝しくおもった家族がハルカを聴取すると、なにやら、会話をしているというのだった、「熱がでると、私のとくしゅ能力はつどうなの」。
思い出すと、少しはずかしい話だ。だがいっぽうで、そんな昔の話をカオリが覚えていたことに、なんだかハルカはうれしくなった。

「まだきゅうに寒くなる日もあるんだから…気をつけないとね。」
そういってカオリは、ハルカの頭をなでた。ほそくてやわらかく、さらさらの髪には、天使の輪ができている。じつに、さわりごごちがいい。
しばらく無心になでていると、ハルカの様子がおかしいことに気づいた。妙にくったりとして、表情にもしまりがなく、そして赤い。思ったよりひどいかぜなのかもしれない。
「ほら、顔も赤いし、ぼーっとしてるし。きょうは早く寝なさい」

顔が赤いのは、かぜのせいばかりではなかったが、ハルカはもうすこしかぜのふりを続けることにした。犬みたいに、しっぽがはえてなくてよかったなあ、とハルカはぼんやり考える。だってしっぽなんかついていたら、よろこんでるの、ばれちゃうものね。

くろちゃんが立ち上がり、カオリのひざから飛びおりた。そして部屋をでていくときに、にゃあ、とみじかく鳴いた。
ハルカは心のなかで、わかったよ、くろちゃん、ありがとう、とつぶやいた。

     


       

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