永遠ノ魔術師-elona replay-
01.ノースティリス、旅の始まり
「ん? ……意識が戻ったのか?」
エーヴィヒが目を覚ますと、そこは薄暗い洞窟のような空間だった。頼りない火の明かりが、辺りを照らしている。
その火を囲むように、エーヴィヒの他に青の瞳の男と、男と同じ瞳の色の女性がいるのをエーヴィヒは重い視界の中に確認した。
「……うっ」
「まだあまり動かない方がいい。だいぶよくはなったが、まだ君の傷は深い。しかし、驚いたな。君の回復を待つために我々の急を要する旅がいつまで中断されるのか、気を揉んでいたのだが」
エーヴィヒは一瞬の痛みに耐えて、とりあえずその体を起こす。どうやら彼らは旅の者らしいが、その紳士的な態度といい、悪い者たちではなさそうだ。
「ここ……は?」
そうエーヴィヒが訊ねた途端、青い瞳の男は少し驚いた顔をした。
「おかしなことを言うんだな。ここは君の家じゃないのか?」
「え? じゃあ、ここはノースティリスなのか?」
「そうだ。……あまり状況がわかってないようだな。君は重傷を負い川辺に倒れていた。宵闇が辺りを覆う前に、癒し手の力を持つ我々に発見されたのは、全くよくできた偶然だ。君の持ち物を調べたところ、ここの場所を示した紙をみつけたから、私たちが運んできたんだが」
エーヴィヒの脳内に、意識を失う前の光景が蘇った。突然の嵐、沈んだ船。荒くなった波に飲み込まれ、どうやらここまで流されてきたようだ。着いた先がノースティリスだったのは、船がそこまで近づいていたということだろうか。何にしても、いくつもの幸運が重なったことに違いはない。エーヴィヒは幸運の持ち主なのだろう。
「あ、ああ……。そうだったのか、助けてもらったようで、すまない」
「いや、私たちも勝手だがしばらくここで休息を取らしてもらったことだしな。ところで、君、名前を聞いてもいいか?」
「ああ。俺は“霊を連れた紅”エーヴィヒだ」
「エーヴィヒか。私は“異形の森の使者”ロミアス。こっちは“風を聴く者”ラーネイレ」
エーヴィヒはラーネイレといった女性の方を見た。旅をする女性の多くがそうであるように、彼女の緑の髪もまた短く整えられていたが、どこか凛としたその雰囲気には美しさを感じる。
しかし、彼らの容姿やその身につけているものを確認して、エーヴィヒはひとつの疑問を抱いた。男が名乗った“異形の森の使者”という異名も、また引っかかる。
「……そんな物珍しげな顔をするな。君の察する通り、我々は異形の森の民だ。エレアは……シエラ・テールの高潔なる異端者は、他種族の詮索に付き合う無駄な時間をあいにく持ち合わせていないが、君は、我々に拾われた幸運をもっと素直に喜ぶべきだな。瀕死の君を回復させることは、ここにいるラーネイレ以外の何者にも不可能だっただろう。なにせ彼女はエレアの……」
「ロミアス、喋りすぎよ。たとえ意識の朦朧とした怪我人が相手だとしても」
「……そうだな。私の悪い癖だ。わかってはいる」
エレアである彼らがなぜここにいるのか。まだいくつかの疑問がエーヴィヒにはあったが、深く詮索することはやめた。二人のやり取りをしばらく眺めた後、エーヴィヒはラーネイレに感謝の言葉をかけた。彼女はおそらくとても優秀な癒し手なのだろう。ロミアスの言うとおり、エーヴィヒは彼らに拾われていなければ、命途絶えていたかもしれない。エーヴィヒの感謝を受けたラーネイレは一瞬頬に紅を混ぜて、頷いた。
「……さて、エーヴィヒといったな。見たところ君はノースティリスの人間ではないようだ。私たちが言うのもあれだがな」
「まぁ……ね」
「……エーヴィヒ、君がそうしてくれているように私も深く尋ねはしない。しかし、君はノースティリスは初めてか?」
「ああ」
「私たちもすぐに発つ。一人で生きていくには、何かとわからないことも多いだろう」
しばらく、エーヴィヒは二人からこのノースティリスに関すること、いくらかの知識を教えてもらった。近くの炭鉱街ヴェルニースのこと、王都パルミア、その他主要な町。エーヴィヒは代わりにと言ってもあれだが、船での災難について二人に話した。
「エーテルの風……そうか、それは災難だったな。ノースティリスにもエーテルの風はときどき吹く。エーテルの風が吹き始めたら最寄りの街の宿屋か、手持ちのシェルターに避難するのが良いだろう。この風に晒されていると、エーテル病が進行する」
そういえばと、エーヴィヒはとてつもなく重大なことを、いまさらだが思い出した。最後に見たあの寝顔……一緒にノースティリスに向かっていた連れ、イーリスのことである。
……まさか、あいつあのまま永遠の眠りについてはいないだろうな。
あの後、波に巻き込まれ、エーヴィヒは彼女の姿をすぐに見失ってしまった。体だけは丈夫なやつのことだから、簡単に死にはしないだろうが……。
「そういえば、川辺には俺の他に誰もいなかったか?」
「? ああ、しばらく私たちは川を下ってきたが、見つけたのは君だけだ。どうした、仲間がいたのか?」
「ああ。こう……真っ黄色な髪で、気の強そうな女なんだけど……」
「うむ……ラーネイレ、何か知っているか?」
「いいえ。特に思い当たらないわ」
「申し訳ないが、私もだ。さきほども言ったが、ヴェルニースに行けば何らかの情報を得られるかもしれない。君は幸運の持ち主だから、きっと再開できることを祈るよ」
「そうか……ありがとう」
エーヴィヒたち三人は、その晩そこで夜を明かすことにした。火の番を交代でやりつつ、途中何度かラーネイレがエーヴィヒの傷を見た。
「すごい回復力ね」
「君の治療がいいからじゃないか?」
「そんなこと、ないわ。さいしょ、あなたを見つけた時、わたしはあなたの命を保つのが精一杯だと思ったもの」
「あんまり、体は丈夫な方じゃないはずなんだけどな」
「ふふ。まあ、ロミアスと比べると木の枝みたいな腕ね」
「いやいや、彼と比べないでくれよ……」
「でも、魔力はとても強く感じるわ。エーヴィヒはエウダーナの人だったわね」
「ああ。でも、まだ基礎しか知らない、魔法使いの卵だよ」
「そう、なの? でもきっとあなたなら優秀な魔法使いになれるでしょう。そうだ、よかったらこれを」
そう言って、ラーネイレは旅の荷物の中から何冊か本を取り出すと、エーヴィヒの前にそれを積んだ。
「魔法の矢の魔術書と、ショートテレポートの魔術書よ」
「こんなもの……いいんですか?」
「ええ、私には特に必要ではないから。体がよくなったら、読んでみるといいわ」
「重ね重ね、申し訳ない」
夜が明けると、ロミアスとラーネイレはすぐに出発の準備をした。
「じゃあ、そろそろ行くわね、エーヴィヒ。私たちに残されている時間は少ないわ。こうしている間にも、新王国のかの者の計画は着実に進んでいる……出発しましょう、ロミアス」
「ああ、わかった。パルミアまでは長い旅路だ。一時であれ休息をとれて良かったのかも知れないな」
「また巡り会う時まで、“霊を連れた紅”、あなたに風の加護のあらんことを」
エーヴィヒは、二人の背中に精一杯の礼を送った。